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幕間.豊穣神の愛娘

■後神暦 1326年 / 春の月 / 黄昏の日 am11:00


――アルテスタ 『ラ・マガザン・ド・ブラン』


 ラ・マガザン・ド・ブラン、店主の名を冠したその店は主が不在だ。

 お店と同じ建物にあるアトリエにアタシちゃんは今日も来ている。


 メルたんが出発して数日、友達を助ける為に隣国へ向かうらしい。

 でも、どうして領主様の管理する山脈へ向かうのかは教えてくれなかった。


 メルたんはアタシちゃんの大切な友達だ。

 生きるきっかけをくれた先輩。

 死ぬきっかけを消してくれたメルたん。

 大切な人が二人もいるアタシちゃんは幸せ者だ。


 そんな友達が内戦が絶えない隣国へ向かう。

 そうと思うと、会えない寂しさとは別の気持ちにギュッと胸が締めつけられる。

 でも、別れ際にメルたんは言った。



 ――大丈夫、また遊びにくるよ



 アタシちゃんは知っている、彼女は言葉にしたことは絶対に守る。

 一緒に過ごせたのはたった数か月、でも何度も何度もそれを見てきた。


 メルたんは大丈夫。

 アタシちゃんはそう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替え深呼吸……

 そしてノックをせずに目の前の扉を開け放つ。



「せんぱ~い! 入るっすよ~!!」


「あのなぁ……ノックくらいはしろよ……」


 アタシちゃんの大切な人、ほっといたら題材を探す以外に外にも出ない人。

 食事だって忘れることもしょっちゅうだ。

 今日もいつもと変わらずに薄暗い部屋に籠ってカンバスに向き合っている。

 頭の中が絵のことばかりの先輩、それでもアタシちゃんの大好きな人。



「先輩、()()、結局メルたんに見せずに行かせちゃって良かったんすか?」


「……良いんだよ。ミーツェは『また来る』って言った。

アイツは言ったことを必ず守る、ラメンタもそう思うだろ?」


「はい! アタシちゃんもそう思うっすよ! へへへ……」


 先輩と同じことを考えていたことが嬉しくて、じんわりと頬が温かくなる。

 内心浮かれたアタシちゃんはケースからバイオリンを取り出す。

 絵に向き合い続ける姿がいつもの先輩、そのすぐ近くでバイオリンを弾く。

 これがアタシちゃんの日常だ。

 変わらない”いつもの”、でも飽きることない”いつもの”、永遠に続いて欲しい”いつもの”。


 …

 ……

 ………

 …………


「ふぅ……少し休憩するか」


「先輩! それならご飯食べましょう!」


 暫くして先輩が筆を置いた。

 アタシちゃんはここぞとサンドイッチが入ったバスケットを開ける。

 以前、メルたんに貰ったレシピと調味料で一生懸命作ったんだ。


 そう言えば、レシピをくれた後にメルたんが何かを思い出したように青い顔をしていたけれど、なんでだろ?


 ふと疑問が頭を過ったが、先輩がサンドイッチを口にしてくれたことで、その疑問は彼の感想を待つ緊張に塗りつぶされた。



「美味いな、もしかして手作りか?」


「そうっす!!」


 やった!

 やったよメルたん!!


 アタシちゃんの頭にファンファーレが鳴り響く。

 指を怪我しないようにナイフを左右持ち替える練習からした甲斐があったと言うものだ。


 上機嫌を突き抜けたアタシちゃんは、先輩に抱き着きたい気持ちを抑え、努めて冷静にサンドイッチを頬張った。

 お陰で不自然なくらい言葉数が少ない食事だったのは仕方ない。



「ごちそうさま。さて、続きを描くか」


「アタシちゃんにはほぼ完成に見えるんすけど、実際どれくらい進んでるんすか?」


「そうだな……9割、ほぼ完成で間違ってない。でも大切なものをまだ描けていない」


 確かに言われてみればカンバスの左端が白い。

 敢えて空白にしていると思っていたけれど、ここに何か描くのだろうか。

 でも”大切なもの”が分からない、アタシちゃんには既に描かれているように思える。



――『豊穣神の愛娘』



 白い髪をなびかせる銀色の瞳の少女。

 この絵のタイトルを象徴する人物。

 構図も完璧、アタシちゃんにはこれ以上加えるものがないように思える。



「大切なものって何すか? 主題は描いてるっすよね?」


「まぁ……そうだな」


 ビンを開け、絵具をパレットに乗せていく先輩の答えは何とも煮え切らない。

 アタシちゃんはバイオリンを弾くのを忘れて描かれていく絵に食い入った。

 何故なら絵が完成したら言おうと決めていたことがある。

 9割出来上がっているならば今日中に描き終わるかもしれない。



 この絵が完成したら告白するんだ!

 抱き着いて、好きですって言って……違う、順番が逆!

 とにかく言うんだ、メルたん、覚悟を決めたよ、アタシちゃん頑張るからね!!


 何通りものパターンをシミュレーションしているうちに妄想は膨らんでいく。

 後半は老後まで想像が飛躍し、完全に自分の世界に入り込んでいた。

 しかし、先輩の『できた』との一言で現実に引き戻され絵に目を戻す。


 そして作品の最後のピースに瞬きを忘れた。



「これって……」


 描かれていたのはカンバスに見切れた人物の顔。

 束ねたピンクブラウンの髪、間違いない、アタシちゃんだ。


 白髪の少女より手前でカンバスの外側を見つめるように描かれたアタシちゃん。

 やっと分かった、この絵は先輩の”目”そのものだったんだ。

 ……こんなに嬉しいことはない。

 今だ、想いを伝えるなら今しかない、言うんだアタシちゃん……!



 ――いくぞっ!!



「ふぐっ……しぇんぱい……あだしぢゃん…………」


 決意を固めて発した言葉はなんとも無様だった。

 最高のタイミングは嬉しさで滲んだ視界と嗚咽する喉に潰された。

 最悪だ、もしかするとこれ以上の機会は二度と巡ってこないかもしれない。

 嬉しさと悔しさが混ざって、もう声すら出なくなったところで先輩が口を切った。



「見て分かると思うけど、最後に描いたのはラメンタだ」


 言葉に詰まるアタシちゃんは全力で首を縦に振る。

 イスから振り向いていた先輩は立ち上がり、コントラバスへと歩き、優しくそれを横に倒す。

 メルたんが前に言っていたコントラバスの秘密とはこれだったんだ。

 更に視界が滲む、呼吸はもう苦しいくらい。



「実はこれがこの画法で描いた初めての肖像画なんだ」


 ヒッ、ヒッ、っと引き攣り上手く息が吸い込めない。

 このまま倒れるんじゃないか、そう思っていると先輩はそっと抱きしめてくれた。

 細いのにちゃんと硬い、それに油と顔料の独特の匂い、先輩の匂い。



「ずっと前から、これから先も、オレにとって大切なのは……――」


 それに続く言葉をアタシちゃんは生涯きっと忘れないだろう。

 大切な先輩の匂いに包まれながら貰った大切な言葉。


 ……順番、逆でも良かったんだね。


 アタシちゃんは宝物を抱えるように先輩を抱き返した。


【絵画風ラメンタ】

挿絵(By みてみん)

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