ep18.ルパ・リンチェ掃討戦1
■後神暦 1325年 / 秋の月 / 星の日 pm 05:00
――バベル 地下貧民街
グラディオ・イーシスの一件から約1週間。
僕たちは軒並み背の低い建物が並ぶの地下貧民街で唯一聳え立つ望楼、その上からルパ・リンチェが拠点としている建物を単眼鏡で覗いていた。
こんな短期間で相手の正確な居場所を特定して、更に確実に掃討できるように計画まで立てるなんてマフィアの本気とは恐ろしいものだ。
地下貧民街の中心からほんの少し外れた区画。
そこがルパ・リンチェの拠点なのだが、初め規模を聞いた時は言葉を疑った。
区画にある建物ではなく、一区画丸ごとが奴らの拠点なのだ。
現代に置き換えてみても、住民が全てマフィアの関係者の町内なんてあったら冗談でも笑えない。
「「準備おっけー!」」
木箱に乗ったヴィーがライフルを手すり壁に固定し、隣でスコープを首から下げたオーリも飛ばしたドローンで周囲の確認を始めた。
今回は規模が規模なので子供たちにも狙撃で援護をお願いすることになってしまった。
出来れば人を撃つことはさせたくないけれど、流石に一区画丸ごとは僕が用意した”とっておき”でも対応ができない。
もちろん、子供たちに人殺しはさせない。狙うのは手足のみだ。
『リェンお嬢様、こちラ準備が整いましタワ』
『ワシらも準備万端じゃ』
柘榴鼠に渡した無線機から区画封鎖への準備が整った連絡が入る。
『分かっタ』と短く返し、通信を終えたリェンさんは新しい玩具を与えられた子供のようにキラキラとした目で、僕に無線機を突き出す。
「白猫、白猫! この魔導具ハ凄いナ!!
離れた場所ノ者たちと遅延なく連携がとれるなんて革命だゾ! 戦乱の世なラ宝具扱いダ!!」
戦乱の世、か。確かに情報戦で遅延がないのは圧倒的なアドバンテージだ。
今まで何気なく使っていたけれど、もしかしたら無線機もいつかファルナの助けになるかもしれない、覚えておこう。
「ナぁ、ワレらにコレを譲ってくれないカ?」
「うーん……じゃあ予備の動力源込みで、今借りてる作業場の権利でどうですか?」
もちろん冗談だ、無線機三つと小さな工場くらいの建物が同等な価値のはずがない。
これは今までからかわれたことへの仕返しの意地悪。
リェンさんを少し困らせてから、適正な対価で譲ってあげるつもりだ。
「そうカ! ヨし、では今回の件ガ終わったラ契約を交わそウ!」
「え……? 嘘……本気ですか……?」
今更『冗談でーす』とも言えず、思いがけずバベルでの自宅に成り得る建物を手に入れてしまった……とんでもないぼったくりをしたようで心が痛い。
居た堪れなくなった僕は少し早いが、グラディオ・イーシスと合流する為、望楼を降りることにした。
「じゃ、じゃあ僕もいってきます。ティス、行こう」
「「いってらっしゃーい!!」」
「護衛は任せロ、白猫の子供ハ必ず護り抜いてヤル」
側衛手にリェンさんが就いてくれるなら、これほど心強いことはない。
リム=パステルのスラムで見た柔拳で護ってもらえれば子供たちは安全だ。
まぁこれもボスを前線に出したくないチョンバイさんの策略なのかもしれないけれど、子供たちを危険から守れるなら僕は何でもいい。
梯子の縁を掴んで下まで一気に滑り降りて、グラディオ・イーシスの待機場所へalmAに乗って向かった。
今回攻め込む区画へのメインストリートと言うべき太い道に、そこから目と鼻の先にある空き地に彼らは集まっている。
合流した僕は相変わらずメンバーに囲まれ人望を窺わせるリーダーへ声をかける。
しかし襲撃の夜以来会っていないこともあって非常に気まずい。
「……フィエルテ、久しぶり」
「おぉ! ジェーン! 加勢に感謝するぞ! 白髪か、それがお前の本当の色なんだな、似合っている」
「あの……嘘ついてたこと、ちゃんと謝ってなかった、ごめん。
名前も偽名だったんだ、本当はメルミーツェ、メルミーツェ=ブランって言うんだ」
「気にするな、我々を謀る為ではなく助ける為の嘘だったのだろう? それに余も偽名だ。フィエルテ、誇りを意味する名だ。
事情があって真名は明かせない、だからお互いこのままで呼び合うことにしよう」
「分かった、でも結局マフィアの争いに巻き込んじゃって……だからやっぱりごめん」
「ジェーン……卑屈になるな。お前は最善を目指した、だから胸を張れ。
ここ数日の間に柘榴鼠の老兵から全て聞いた、我らの為に彼らの女王に喰ってかかったそうじゃないか。余を生かしてくれたこと、礼を言う」
そう言って恭しく一礼をするフィエルテはやはりギャングのような荒くれ者とは思えない。
素人が見ても立ち振る舞いの品格が違う。
彼の生い立ちは気になるけれど、今は誰一人欠けることなくルパ・リンチェとの抗争を切り抜けることが優先だ。
だから前を見ろ、胸を張れ、彼の言葉に報いるんだ。
「行こう、全員無事で……生きて戻るよ」
「あぁもちろんだ」
無線機でリェンさんへ行動を開始することを告げて空き地から走り出す。
僕とグラディオ・イーシスの役割は真正面から突っ込んで派手に暴れること。
釣り出したルパ・リンチェをジズさんやチョンバイさんが指揮する部隊が退路を断ちつつ包囲する。
つまり僕たち囮、必然的に大勢を相手に戦うことになり、死傷者が出るリスクも高い。
この采配は倉庫襲撃の罰への償いでもあるけど、そもそもマフィアが抗争でどう動くか知らない僕たちは暴れるくらいしか出来ることがない。
それは分かってる、だから危険な状況になっても皆を護れる方法を考えたんだ。
「almA、分裂!!」
almAから飛び降りて指令を出す。
バキリと固いものが折れたような音を鳴らし中央から割れたalmAは、半分になった体を組み換えながらフィエルテたちと走る僕に追従してくる。
カチカチと振子時計に似た音が止む頃には、僕の左右には少しサイズダウンした2機のalmAの姿があった。
――まだまだ、ここからだ。
「手甲形態! やるよ、almA……――」
――”術撃・戦術技能……僕が望むように…”
絶対に全員無事で帰るんだ、頼りにしてるよalmA!!
僕は浮かぶ多面体ではなくなった相棒と共にマフィアへ殴り込む。