ep17.地下貧民街のギャング3
■後神暦 1325年 / 秋の月 / 海の日 am 04:20
――バベル下層街 柘榴鼠保有の倉庫
烈火の如く怒り狂うリェンさんを宥めること約1時間。
ようやく来てくれたチョンバイさんのお陰で何とか彼女は落ち着きを取り戻した。
冷静になったリェンさんはフィエルテとの話の内容と、そこから推測されることを語り出す。
「あのガキ、フィエルテと言ったナ、アイツの話では数年前から地下貧民街で多幸感ヲもたらす薬ガ出回っタらしイ、依存すル特徴からも恐らく麻薬ダ。そしテ、それを扱ってルのはルパ・リンチェで間違いナイ、製法を知っテいるのはアイツらだけだからナ」
「じゃあ、フィエルテは麻薬の依存を治す為にペニシリンを必要としたんですか? でもそんなこと一緒にいても聞かなかったですよ」
「否、楊梅瘡の治療の為ダ」
「ですよね、梅毒に罹った仲間の為だって言ってましたし……でもあれ? それだと話が……」
「そうダナ、先ず麻薬は安価ダ。それデも地下貧民街でハ常用すルほど手に入れルのは辛いだろうナ。加えテ使えバ使うほど量ヲ欲すルようにナル。するトどうナル?」
「あ……」
段々繋がってきた、薬を買う為に無茶な稼ぎ方をする者が増える。
きっとその中には身体を売ることも含まれる。それは感染経路は限定された梅毒が感染爆発する原因になってもおかしくない。地下貧民街で蔓延した梅毒が下層街まで上がってきて、歓楽街でも感染が広がった、そう考えれば辻褄が合う。
「分かってきたカ?」
「……はい、何となく繋がってきました」
「協定ヲ破り続けてイタ不義理、そしテ、柘榴鼠の縄張りニ被害が出ルことも分かっテいたはずダ。この悪意ニどう報いテやろうカ……」
話すうちに怒りが再燃したようで、リェンさんはギリと歯を食いしばり険しい表情へ変わる。しかし、先ほどのように我を忘れた怒りではなく、冷静に相手を地獄に叩き落してやる、そんな意志が伝わってきた。
地下貧民街から売人を一掃するのは賛成だ、ただ問題がある。
それを代弁してくれるようにチョンバイさんが口を切った。
「リェン、ルパ・リンチェに報復するのは簡単じゃが、地下貧民街に我々が赴くのは協定を破ることになるのぅ」
そうそれ。柘榴鼠が乗り込んだら相手に反論の余地を与えちゃうよね。
「分かってル!」
「だからの、この小僧たちを使うのはどうじゃ? それを以て今回の償いとするのが良いのではないかのぅ」
いやいやいや、ダメだって!
それだと相手にするマフィアが柘榴鼠からルパ・リンチェに変わるだけでしょう!?
やっぱりこの好々爺さんヤバい人だ……!
「待ってください! それだとフィエルテたちが死んじゃうかもしれないじゃないですか!!」
「うぅむ、しかしのぅ……信賞必罰、襲撃した事実は変わらんじゃろう? であれば償いがあって然るべきじゃろうて」
「~~ッ!! もういいです!! 僕もフィエルテたちと行動します!! 別に僕が勝手に手伝うんだから問題ないですよね!?」
人を駒のように扱おうとする目の前の老兵に強い憤りを感じた僕は、フィエルテたちグラディオ・イーシスに加勢することを宣言した。
それを聞いたチョンバイさんはため息と共に俯き、すぐに顔を上げた。
しかし何かおかしい。顎に手を当て、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべている。
まるで悪戯が成功した子供のようだ。
「だそうじゃリェン、白猫も手伝ってくれるみたいで良かったのぅ。もちろんワシらも存分に使ってくれて構わんぞ」
「好ッ、助かるゾ、白猫」
ハメられた……この老兵、初めから地下貧民街僕に乗り込む気だったし、僕を巻き込む気だったんだ……掟なんてハナっから気にしてなかったのか……
くそぅ、こんな煽り方聞いてないよ、おじいちゃん不信になっちゃったらどう責任とってくれるのさ……
「情報を集めて万全を期して叩くべきじゃろうな、『彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず』、じゃ。準備が整ったら白猫にも報せよう」
「もうやだ……」
何で孫子兵法まで出てくるんだよ……どこの転生者が教えた?
こうしてグラディオ・イーシスは解放された。
指を切り落とされたメンバーはスキルで治療したけど、それだけで信頼が戻ると思っていない。
今度は本当に味方として彼らに協力して一からまた積上げていこう。
そう決意して、僕も疑似朝焼けが差す下層街を帰路についた。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――翌日 バベル下層街 春ノ月兎亭
倉庫襲撃から戻った僕は丸一日眠ってしまい、起きた頃には日付と時間の感覚が狂っていた。
ぼやける意識はもう少し休んでも良いと僕を誘惑するが、そうも言っていられない。
柘榴鼠の準備が整えばマフィアの抗争が始まる。
半ばハメられて協力することになったけれど後悔はない、ただ一つ解消しておかないといけない問題があった。
市街地の乱戦じゃ短機関銃や散弾銃の類いの銃器は使えないよなぁ……
かと言ってハンマーやハンドガンだけじゃグラディオ・イーシスを護りながら戦えないし、何か広範囲をカバーできる戦い方か武器を考えないと……
寝ぼけた頭では思考が纏まらない。
先ずは顔を洗おうとベッドから身体を起こすと、理解できない光景が目に飛び込んできた。
「ミー姉ちゃん」「おはよー」
「あら、やっと起きたのね」
「え……? 何で二人がalmAに乗ってるの?」
自分でも言葉が足りない自覚はあった。
オーリとヴィーがalmAに乗るのは不思議なことではない。
おかしいのは二人が別々にalmAに乗っていたのだ。
almAが2機……しかも2機に別れたからなのかサイズがいつもより小さい。
「almAくんは凄いんだよぅ、機能を維持したまま構造だけ変化させてぱかーんってなったんだよぅ」
「スフェンもいたんだ、それにまた最後IQ下がったね……えっと、大きさ以外はいつものalmAと変わらなくて単純に増えただけってこと?」
「そうだよぅ、たぶん核も複製されてるんだよぅ」
「これ以上増えたり出来るの?」
「試してないから分かんないよぅ、でも色ーんな形に変わったんだよぅ」
スフェンが言うには、彼が造っている船のように複雑な形状の物には変化できないが、もう少し単純なもの、例えば僕のハンマーのみたいな武器や工具には形を変えることができるらしい。
ただし、どうしても角ばってしまい、丸みを帯びた形にはならないそうだ。
almAらしいと言えばalmAらしい。
「こんなビックリ機能があるなんて知らなかったよ、何がどこまで出来るか広いところで確認しないと……!」
「試すならボクも一緒に行くんだよぅ」
「オーリも!」「ヴィーも!」
普通に考えてもalmAが増える時点で戦力が跳ね上がる。
いそいそと着替えた僕は、作業場でペニシリンの生産をすることも忘れティスに子供たち、それにスフェンを連れて下層街の倉庫付近の空き地に向かった。
分裂に偽装にも近い形状変化、これらの能力があればもしかすると僕が望むことができるかもしれない。
本当になんでも出来るんだね、凄いよalmA。
僕は自分の相棒の浮かぶ多面体が誇らしかった。
【チョンバイ イメージ】