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ep7.階層都市バベル3

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 黄昏の日 pm 06:00


――バベル 下層街 娼館フェーリン 前


 ピエタさんが部屋を出た後、朝食がてらメイグロウさんにフェーリンについて聞いてみると……やはり知っていた。それは彼が悪い大人と言うだけではなく、フェーリン自体が有名な娼館だった。


 娼館のヒエラルキーで言えば中堅の筆頭。

 そして黒い噂を聞かない店だそうで、そう言った意味でも優良店として有名なんだとか。


 そしてもう一つの特徴……



「猫人族専門の娼館ですか……外観も猫がモチーフなんですね」


「そうなの、可愛いでしょ?」


 洋館の入口はお腹を見せて座る巨大な猫のオブジェを通って入るようになっている。

 精巧に作られたそれは大型の芸術品と言って良いものではあるが……



「お股のところから入るんですね……」


「そう、お茶目でしょ?」


 お茶目……なのだろうか?

 僕には動物園や水族館で猛獣やサメなどの口から入場する入口の娼館版に見えてシュールな印象なのだが……

 それにうっきうきの男たちが猫の股に吸い込まれていくことを考えると、若干の居た堪れなさすら感じる。



「……裏口とかないんですか?」


「あるけど、正門(こっち)の方が良くない? 一般の女の子がここを通るなんて珍しいんだから、入り得ってやつよ」


「なんかニュアンス違いませんか? 帰りたくなってきた……」


 まぁまぁと背中を押され、僕たちは広げられた猫の後ろ脚の間から中に入っていった。

 何故か『お邪魔します』と内心呟いてしまった自分に嫌気が差してくる。


 入口からして館内も独特なセンスの造りなのかと思っていた……けど実際はそんなことはなかった。

 吹き抜けで広いエントランスには赤を基調とした品の良いテーブルやソファーが並び、緩くカーブした階段が二か所から伸びる、まるで創作によく出てきそうな中世貴族の屋敷みたいだ。



「どう? スゴいでしょ? さ、ママのところに行きましょう」


 豪華な内装に息を呑んでいた僕にピエタさんは誇らしげに鼻を鳴らす、そうして彼女に連れられ、”ママ”がいる場所へと向かった。

 途中、何人かの娼婦とすれ違ったが、みな寝起きで服装も寝巻のようだった。気になって聞いてみたが、フェーリンは人気の高い所謂売れっ子以外は、基本娼館に住み込みで働いているらしい。



「ピエタさんは売れっ子さんなんですね」


「そうよ~、これでも結構稼いでるんだから。さ、着いたわ、ママ~入るね~!」


 ノックの返事も待たずに扉を開けるピエタさんに続き部屋に入る。

 そこは小上がりになった畳敷きの和室で、奥にママと呼ばれた女性がひじ掛けに寄りかかりキセルをふかしていた。

 艶やかな黒髪、伏し目がちなのにこちらを見つめていると錯覚するような不思議な瞳、煌びやかな打掛(うちかけ)を羽織り、現代で美化された花魁を形にしたような女性(ひと)だ。



「ママ~、異国の商人さん連れて来たよ~。ミーツェちゃん、この人がフェーリン(うち)のママ、レディ・カプリスよ」


商人(あきんど)さんでありんしたか、わっちがフェーリンの支配人(オーナー)、カプリスでありんす。どうぞよしなに」


 廓言葉(くるわことば)みたいなイントネーションだね、花魁風な見た目ともマッチしてる。でも、婦人(レディ)の敬称に従業員からはママって呼ばれてるのは、属性がもう分からないんだけど……?

 それにシュールな入口を通って、次は洋風で豪華絢爛な館内、最後は和室に属性カクテルの花魁って……あまりのギャップに脳がバグりそうだよ。



「メルミーツェ=ブランと申します。北のアルコヴァンという国で商会を営んでおります」


「そうでありんしたか、では、腐れ薬は扱いはありんすか?」


「腐れ薬?」


「へえ、ややこを堕ろす薬でありんす」


 堕胎薬か……今使ってる物をサンプルとして貰えば作れるかもしれないけど、なんか嫌だな……


「……ありません、因みにその薬は今ありますか?」


「あるわよ、ちょっと待ってて」


 ピエタさんは一度部屋を出て”腐れ薬”と呼ばれる丸薬を持ってきてくれた。

 almAに成分を分析させたが、僕は絶句した。

 しかし、伝えないワケにもいかず声を絞り出す。



「これ……水銀含んでるじゃないですか……有毒ですよ……?」


「毒を含んでいることは存じていんす」


 平然と言ってのける目の前の花魁に顔が熱くなる、何を考えているんだ!?


「じゃあ何で使ってるんですか!? 下手したら死にますよ!?」


「それしかありんせんので。主さんは此処でしか生きれん女がいることがわかりんせんか?」


「あのね、ミーツェちゃん、歓楽街(ここ)は私みたいに稼げるからって理由で働いてる方が珍しいわ。貧民街あがりだったり、逆に下層街で崖っぷちの子が多いの。安定するまでは皆必死なのよ」


 言い返せない……悔しいけれど僕が何を言っても独善的で無責任でしかない。

 たぶん、この薬は作れる、でも……でも、何かないか、もっと別の解決方法はないのか……?



 ―いや、待って、あるよ。既にデキてしまった場合はどうにも出来ないけど、予防策がある。



「あの、避妊具ってないんですか?」


「避妊具とはなんでありんしょう?」


 そうか、その概念自体ないのか。


「えっと……子供ができないようにする物と言いますか……――」


 そこから僕は避妊具がどういったものか、作るには何が必要かを説明した。


 材料については常夏の地域であるバベルでは簡単に手に入るそうだ。

 話しをするうちに分かったことだけど、カプリスさんのコネクションはかなり広い。

 パイロンさんが欲しがっていた南部の香辛料(スパイス)を扱ってる商人とも繋がりがあった。

 僕の報酬は商品の代金とその人を紹介してもらうことで話は纏まった。



「では、よしなに」


「はい、また後日伺います」


 使えそうなものがないか帰りは寄り道をしながら街を周った。

 宿に戻るころには深夜になっていたが、僕は拠点に戻り、今ある元素値で作れる分だけの商品を作り翌日にフェーリンへ持ち込んだ。


 立涌丸(たてわくまる)の船員たちが、次の出航の準備の為に買い付けを行っている数日間、僕はフェーリンと宿を往復することになった。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――バベル到着から10日後 娼館フェーリン



「かなりの数が揃いんした。ミーツェには感謝してるでありんすえ」


「ミーツェちゃんの商会ってスゴいわよね~、材料さえあれば現地で商品作れるなんて、いったいどうやってるの?」


「…………ナイショです……アハ……アハハ……」


 腐れ薬(あのくすり)を使って欲しくない想いがあったけど、正直やり過ぎた感が否めない。

 避妊具は男女両方の物を作り納品した。

 ピエタさん曰く、男性用はウケが悪いらしく、途中から女性用の生産にシフトした、そこまでは良かった。



「ジャガイモから作るアレ、本当に助かってるのよ。乱暴なお客さんに当たっても大丈夫だもの」


「…………それは何よりです……アハ……アハハ……」


 娼館に通っていれば当然そこで働くお姉さんたちとも仲良くなる。

 日中は特にやることがなく、彼女たちに相談されるがままに作り過ぎてしまった、これが大問題だ。


 ヌメヌメする液体から始まり、ちょっと特殊なお客さんの要望を満たすものまで……今やブラン商会は”そういう”商品を扱う商会と認知されてしまっている。


 自分の迂闊さと、途中で止めようと思っても言い出せず、相談に乗ってしまう優柔不断さが恨めしい。

 そんなことを考えているとカプリスさんが話を進める。



「もうすぐバベルを離れてしまうのでありんしょう? また来て欲しゅうござりんすね」


「僕もまた来たいです、商品は立涌丸(たてわくまる)の人たちに定期的に運んでもらようにお願いしておきますね。替わりに香辛料をまた卸してもらえるように口添え頂けると嬉しいです」


「おや、商人(あきんど)らしいでありんすね、うふふ」


 商品を卸して後にカプリスさんの和室で雑談をすることが最近では日常になってきた。

 今日も変わらずに談笑し、そろそろ宿に戻ろうとしたとき、まだ娼婦として働けない下働きの女の子が和室へ駈け込んできた、その様子は酷く慌てている。



「ママ! あの客がまた来て暴れてます! どうしましょう!?」


 何だか嫌な予感がする、ねぇどうしてカプリスさんは僕の目の前にお金を並べ始めているの?



 この後の展開が予想できてきたよalmA。

 僕は浮かぶ多面体に向かいにどうお断りしようか逡巡した。


【カプリス イメージ】

挿絵(By みてみん)

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