幕間.とある楽団の雑談
『chap.7 ep2.5. アルカンブル砦の歌姫』にて登場した、
楽団の男性の視点になります。
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■後神暦 1325年 / 夏の月 / 黄昏の日 pm 00:40
――アルカンブル砦 砦門前
「お~い、そっちの積み込みは終わったか~?」
アルコヴァンでの興行の最後に受けた、砦の慰労に各砦を回る依頼も終わり、次の国へ向けて2台の馬車へ次々と荷物が運び込まれる。
私は愛用のチェロを積み込んで、御者席でキセルに火をつけ紫煙をくゆらす。
「ちょ、団長、サボんないでくださいよー」
「これは休憩だよ。初日に迷子になった君には言われたくないねぇ」
「違いますって! あれは兵士さんに案内されて全然違う場所にいっちゃっただけでアタシは悪くないですよー」
「またまた~、でもお陰で刺激的な体験もできたけどね」
「代役の女の子ですか? いきなりステージに立たされて可哀想だと思いましたけど……顔真っ赤にしてたじゃないですか、酷いですよ」
オーレリアを包囲している砦でも最大のここアルカンブル砦から各所を回る予定だったが、到着してすぐは運がなかったと後悔したものだ。
長年、オーレリアを巡って攻防が繰り返されているのは知っていたが、それでも我々が滞在している間に戦闘が始まる可能性は低いと思っていた。ましてや、最奥のアルカンブル砦まで攻め込まれるなんて考えもしなかった。
「しかし初めはなんてタイミングで来てしまったと思ったけど、結果から見れば素晴らしいタイミングだったね~」
「そうですね、まさかずっと続いてた戦いの終わりを近くで見れるなんて思いませんでしたよー」
うちの歌姫の言う通りだ。
歴史的な瞬間に立ち会えたとは作曲家にとってどれだけ幸運なことか。
私たちの商売は初めに広めた詩が元となって後世に残ることが多い。
それは作曲家冥利に尽きると言うものだ。
「よっと! あっちも積み込み終わったみたいですよ。そろそろ出発ですね」
「では次はヨウキョウを目指して行こうじゃないか!」
団員たちを乗せた馬車はゴトゴトと車体を揺らしながら進む。
段々と遠のく砦を見つめながら、私の頭の中には次々と詩や旋律が浮かんできた。
早く滞在先でこれらを組み上げ、色を付けていきたいものだ。
「オーレリアの乙女に調和の歌姫、奴隷解放、題材に出来るものが山ほどある、作曲家としてうずうずしてしまうね~」
「アタシも団長の新しい曲歌ってみたいです。
あ、奴隷解放と言えば、オーレリアでヴェルタニア兵と戦ったのは乙女を含めてたったの四人だったらしいですよー」
「ほう、それは劇的だね~、詳しくわかるかい?」
「えっと、噂になりますけど、兵士相手に大立ち回りをしたのは、漆黒のドレスに身の丈ほどの大鋏を持った魔人族の女性と、隻腕隻眼で白髪の猫人族の少女だったらしいですよー」
「は~、君の代役の女の子といい、白髪の猫人族とは何かと縁のある話だね~。
なにかこう……キャッチーな名称をつけたいね~」
「あ、少女の方は厄災の咎猫って呼ばれてたらしいです」
「なるほど~、ヴェルタニア側から見たら確かに厄災だね~、じゃあ鋏の女性は差し詰め死神と言ったところかな~」
「物騒ですね、はは」
歌姫と笑い合いながらも創作意欲は止まらない。
馬車の揺れの中では頭に溢れる旋律を譜面に起こせないのが非常に悔やまれるところだ。
「ヨウキョウに着いたらさっそく曲作りだね、あぁ早く奏でたいものだ」
「ヨウキョウはどれくらい回るんですか?」
「首都のアヤカシのみだね、どちらかと言えばネタ集めと、南に向かう補給の意味合いの方が強いからね」
「あ! ネタと言えばアタシもう一つ知ってますよ! これも噂ですけど、ヨウキョウで最近あった大火事を一人で鎮火した人がいるらしいです」
「ほうほう、それも詳しく」
「確か……そう、風雪の白尾、です! なんでも吹雪をびゅーんって起こしたらしいです」
「いいじゃないか~、これは我らの故郷に戻るまでにたくさんの曲ができそうだね~」
「陸路は命懸けですけどね……本当に船は使わないんですか?」
「当然だ、そんなことをしたらネタと取り損ねてしまうかもしれないだろう?」
各大陸を分断する地帯は非常に危険だ。
魔獣が多く生息する湿地帯、険しい山脈、断崖絶壁の渓谷、それでも五感の全てを使って経験したことでなくては素晴らしい音楽は生まれないと言うものだ。
私は決意を新たに次の目的に向けて馬車を走らせた。
~ ~ ~ ~ ~ ~
一方その頃――
「くしゅんっ!!」
「あら、今回は年寄臭くないわね」
「ふふ、僕もお淑やかになったもんだね」
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オーレリアでの家族との食事の一幕をショートストーリーで公開しています!
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