4 モブ、容疑者になる
ゾンビの習性を知り尽くしたタクヤの機転の利いた行動の数々のおかげで、俺達は無事1階に降りることができた。さすが、主人公!
いまのところ、誰も死んでいない。俺という死すべきモブが最初に死ななかったことで、色々運命がかわっているのかな。
そして、ついに外へとつながる出入り口が見えてきた。
俺はほっと息をついた。
「たすかったー。後は外に出るだけだから、もう大丈夫だな」
即座にぴしゃりとアイカが言った。
「油断しないでよ。ドジアキラ」
「松本君が言うと、不気味なフラグをたてているようにしか聞こえないから……」
ナナがそう言いかけていた時、突然、横の教室からゾンビの大群が出てきた。
「うわぁ、逃げろ!」
俺は慌てて逃げようとして、ずっこけた。
「このバカっ!」
アイカが手に持っていたホウキで、俺を襲おうとしていたゾンビを叩きながら、俺とゾンビ達の間にわって入った。
「早く逃げなさい!」
そのとき、俺は気が付いていなかったけど、俺の足元で、ゾンビが俺に噛みつこうとしていた。
とっさにアイカが足を出し、ゾンビを踏みつけた。だけど、そこを別のゾンビに噛まれてしまった。
「アイカ!」
俺のせいだ。
俺のせいでアイカが、ゾンビに噛まれた。
俺の全身が震えていた。息が苦しい。
アイカはゾンビと戦いながら叫んだ。
「いいからあんたは早く逃げて! ここはあたしがくいとめるから!」
「だけど、だけど……」
アイカを置いて行けない。
「噛まれたあたしは、もう手遅れだから、ここであたしができることをやるって言ってるの! 早く行きなさい! このバカ弟!」
タクヤが俺を引っ張った。俺は抵抗することもできず引きずられていった。
アイカは、あちこちを噛まれながら、ゾンビの群をひとりでくいとめていた。
俺には、タクヤに引っ張られてその場から逃げることしかできなかった。
逃げていく途中、さらにゾンビの襲撃を受け、俺達はまた二手に分かれることになった。
タクヤとヒヨリとはぐれ、俺とナナとリョウコの3人が、1階の教室に逃げこんだ。
ここにゾンビはいない。
でも、ゾンビがいたとしても、今の俺は気が付かなかっただろう。
「アイカ……アイカ……」
俺は、震える手でスマホをつかんでアイカに連絡をとろうとした。
でも、アイカはでない。
もうゾンビになってしまったのだろうか。それとも、ゾンビに殺されてしまったのだろうか。
俺が守るとか言っておいて、結局、俺は何もできなかった。
涙でスマホが濡れた。頭痛がする。目の前がまっ白になりそうだ。俺は座りこみ両手で頭を抱えた。
アイカ……アイカ……アイねぇ……アイねぇ……
「松本君」
ナナが俺の横でしゃがみ、俺の肩にそっと手を置いた。
「今は、ここから逃げることを考えよう。アイカさんのためにも」
「うん……」
俺は涙でぐしゃぐしゃの顔で、うなずいた。
アイカは言っていた。あんたはナナを守れって。
たぶん、松本アキラはナナと付き合う予定だったんだ。
アキラの記憶がない俺にはよくわからないけど。
でも、俺は松本アキラとして、ナナを守らないと。それだけが、今、俺にできることだから。
「行こう。窓から、外に出れる」
俺は涙をぬぐって立ち上がって窓にむかおうとした。
「待ちなさい」
そこで、後ろから声がした。俺が振り返ると、そこには、銃を構えたリョウコがいた。
「銃!?」
リョウコは片手に拳銃、もう片方の手に手錠をもっていた。その手錠が、俺のほうに投げつけられた。
「松本アキラ。あなたを逮捕します。撃たれたくなかったら、この手銃をつけて」
「は? え? なんで?」
混乱する俺に、リョウコは冷たい声で言った。
「この学校の生徒をゾンビにした罪」
「は? なに言ってるんだよ。こんな時に」
俺には悪い冗談としか思えなかった。でも、リョウコの表情は刃物のように鋭く真剣だった。
「とぼけないで。松本アキラ。ゾンビウイルスを作成し、この学校にひろめた犯人。この学校の生徒達をゾンビにしたのはあなたでしょ」
「えぇ? みんなをゾンビにした? 俺が!? いやいやいや。俺はただのドジでマヌケなモブ高校生だろ? そんな、だいそれたことできるわけないって」
「ドジでマヌケなただの高校生。そうやってあなたは周囲を欺いてきた。本当のあなたは狂気にとりつかれた大量殺人鬼。一月前から、この近辺で不審な死体が発見されるようになった。私はそのためにこの高校に派遣された潜入捜査官なの」
「いや、それなんのアニメ? こんな時に中二病?」
俺にはリョウコがおかしくなったとしか思えなかった。だけど、あの手に握られているのは、たぶん、本物の銃だ。
それに、俺には、反論するための記憶がない。俺には松本アキラが昨日までどういうことをしていたか何もわからない。
「あなたを野放しにするわけにはいけない。ここから出たらすぐに連行します。さぁ、その手錠をつけて。でなければ、今ここで射殺する」
「まてって。つけるけど。手錠はつけるけど。でも、俺、本当に知らないんだって。いや、俺、そもそも何も知らないんだ。実は俺、転生者で。さっき、松本アキラの体に入っちゃっただけの転生者で。松本アキラがどういう奴かなんて知らないんだ。でも、俺は……」
混乱して転生者だとバラす俺に、リョウコは冷たく言った。
「錯乱した振りはやめて」
そこで、ナナの声が響いた。
「演技じゃありません。松本君は本当に記憶がないんです。さっき、アイカさんに聞きました。松本君は生まれつき普通の人より繊細で、ご両親がなくなってしまってからは、耐えられない精神的苦痛を感じると一時的に記憶がなくなったり妄想の症状がでてしまうようになったそうです」
(え? ナナ、何言ってるの?)
リョウコの話を聞いた時と同じくらいに、俺は衝撃を受けていた。
ナナは続けた。
「松本君はいつも明るく元気にふるまっているけど、本当はすごく繊細だから、強いストレスにさらされると解離や妄想の症状がでてしまって、今は、今日起きたことのストレスで本当に記憶がなくなってるんです。アイカさんや私のことまで忘れてしまうくらいに」
「いや、俺に記憶がないのは、俺が転生者だからだよ。俺は……」
でも、俺には転生前の記憶もあまりなかった。このゲームの知識も、さっきまではとてもはっきりしていた気がするけど、今はなんだか、よくわからない。
「松本君は今、ここがゲームの中で自分は転生者だと思いこんでいるんです。現実から自分の心を守るために」
思いこんでる? ここはゲームの世界じゃない? 俺は転生者じゃない? 転生は俺の妄想?
じゃあ、本当の俺は、なんなんだ……?
わからない。
何もわからない。
頭痛がする。何も考えられない。
リョウコは冷たく言い放った。
「アイカ? あのブラコンの言うことなんて、信じられないでしょ。弟のためならいくらでもウソをつくはず」
「嘘だとは思えません。松本君は、アイカさんや私をどう呼んでいたかも忘れています」
あ、俺、ナナのこと、ナナと呼んでなかったのか……。ナナ……桧山ナナ。そうだ、桧山さんだ、俺は、桧山さんって呼んで……。
「フン。だとしても、松本アキラの罪は消えない」
「本当に松本君がやったという証拠があるんですか? 私には、松本君がこんなことをするとは思えません」
ナナは俺を信じている。
俺はもう、俺を信じられない。
いや、でも、このマヌケなモブに、人をゾンビにすることなんて、できないよな。
俺が、そんなもの作れるはずがない。
そうだ。俺じゃない。俺じゃないはず。
だって、もし、俺のせいでこんなことになってたら……あぁ、腹痛い、頭痛い……。
リョウコはきっぱりと言った。
「松本アキラがこのウイルス、あるいは人をゾンビにする未知の毒薬を作ったのはまちがいないわ。証拠はつかんでいる。松本アキラは両親が残した研究施設で人をゾンビ化する兵器を……」
そのとき、小さな銃声が響いた。
そして、リョウコが倒れた。頭と心臓を撃ち抜かれて。
ゆっくりと部屋に入ってきたのは、ヒヨリだった。
「リョウコさん、知りすぎちゃったみたいだね」
「な……」
ヒヨリは手錠をした俺に、サプレッサー付きの銃をむけた。
「わたしといっしょに来て。松本アキラ君」