3 モブにだって秘密や恋バナくらいあるっぽい
男子トイレをでたところで、女子トイレからタクヤと女子たちがとびだしてきた。
掃除用ブラシを振りまわしながらタクヤが叫んだ。
「逃げろ!」
女子トイレから女子ゾンビがとびだしてくる。タクヤがそれをブラシで突いてひるませた。
(タクヤ、かっこいい!)
俺がほれそう。なにはともあれ、俺たちは廊下を懸命に走って逃げた。
タクヤはすぐに俺達に追いつき、追い越し、先頭を走っていった。
俺は誰も追い越せず、むしろ追い抜かれ、ヒヨリ、リョウコ、アイカ、の後ろだ。……俺、男子のくせに足遅くない? けっこう全力で走ってるんだけど。
だけど、俺は最後尾じゃない。たしか、もうひとりいたはず……。
俺は気がついて振り返った。ナナがひとり、遅れていた。
そして、ゾンビがナナに追いつきそうになっている。俺はあわててナナの方に向かって走っていき、ゾンビに華麗に跳び蹴りをくらわそうとした……ところで、俺はずっこけた。
「松本君!」
ナナは手に持っていたホウキでゾンビを叩いて自力で危機を脱して、俺の方に走ってきた。
そして、ナナは転んだ俺に襲いかかろうとしていたゾンビもホウキで撃退した。
(図書委員、意外と強い! ……そして俺、想像以上にヘボい!)
その時には、俺達の前方にも、ゾンビが出現していた。タクヤ達の後を追うことはできそうにない。
「松本君、こっち!」
とっさにナナが近くにあるドアをあけて駆けこんだ。俺も後を追って部屋の中に入り、急いでドアを閉めた。
「ふぅ……ここは……?」
小さな部屋だ。事務用品が並ぶ机があって、本が入った箱がいくつも置いてある。
「ここは図書準備室。よかった。ここにはゾンビはいないみたい」
「とりあえず、ここで休めそうだな。……もぉー、ずっとここにいてもいいかも。ゾンビがいなくなるまで」
俺の運動神経じゃ、学校の外に脱出するのは無理な気がする。
だったら、ワンチャン誰かが学校のゾンビを全部退治してくれるのを期待して、ここでひたすらひきこもるってのもありかも。
ナナも俺に同意した。
「たしかに。ムリに外にでようとするより、救助を待つ方がいいかもね」
「そうそう。あー。疲れた。なんか、すんげぇ、倦怠感……」
俺は頭を抱えて床にすわった。なんか腹痛にくわえて頭痛がする。これもストレスのせいか?
松本アキラ、弱すぎるだろ。
俺、よりによって、なんでこんな奴になっちゃったんだろ……。
どうせなら、モテモテで運動神経もいい主人公タクヤになりたかった。
タクヤ……。あれ……なんだろ、なんか、タクヤのこと考えると、嫌な感じがする。
俺がそんなことを考えていると。ナナが真剣な声で俺に言った。
「松本君、あの……。金曜日の話の続き。わたし、たぶんもう、何を聞いても心はかわらないと思う。だから、松本君の話を聞きたい」
「え? 金曜の話……?」
俺はドキッとしながら、焦りながら、ナナを見た。
(俺の秘密? 金曜の話ってなんの話? やばっ。俺にはなんの記憶もないぞ?)
「金曜の話って、なんの話だっけ?」
ナナの表情が一瞬で変わった。
やばっ!
俺、なんかまずいことを言ってしまったようだ。
正直に転生の件を話した方がいいか?
でも、アイカにとめられたもんな。
それに「俺、転生者なんだ」とか言っても、「ふざけてるんじゃない!」って、ますますナナを怒らせる気がする。
そのとき、俺のポケットの中でバイブがなった。(なんだろ?)と思って、俺はポケットに手をいれた。スマホだ。スマホに着信だ。
アイねぇと表示されている。
「もしもし?」
「アキラ! 無事!? どこにいるの!?」
アイカだー。俺は声を聞いてちょっと安心したけど、むこうはむっちゃあせってる。
「無事だよ無事。ナナといっしょに図書準備室にいる」
「え?」というナナの小さな声が聞こえた気がしたけど、スマホから響くアイカの声が大きすぎてよくわからなかった。
「そこで待ってなさい! 今からたすけにいくから!」
通話はきれた。
図書準備室には今、なんだか気まずい沈黙が流れている。
「たすけにきてくれるって」
「聞こえた」
ナナの声には冷たいトゲがある。
「えーっと。なんか、大変なことになっちゃったな。ゾンビなんて。で、それで、さっきの話だけど……」
「話したくないなら、話さなくてもいいよ」
ナナの声がむちゃくちゃ冷たい。
「いや、そのー……」
まぁ、いいんだけどさ。俺は主人公じゃないからヒロイン攻略とか関係ないから。でも、ナナが怒ってて怖い……。
それに、金曜の話って、なんなんだろ……。
きまずい沈黙をやぶるように、アイカからの電話がまたきた。
「今、その廊下のゾンビを炎で引き寄せたところ。そーっと外にでて」
「オーケー。行こう」
俺達は外に出て、無事、タクヤやアイカ達と合流した。
「ゾンビって、炎でも引き寄せられるんだ」
俺がそうつぶやくと、タクヤが淡々と答えた。
「ああ。あいつらは音と光と熱に反応する」
「タクヤ、そんなことよくわかったな」
タクヤは俺に返事をしなかった。
避難しながら、俺はこっそり小声でアイカにたずねた。
「アイカ、ひょっとして俺とナナが金曜に何の話してたかわかる?」
もしアキラが姉と親しかったら、アイカに金曜何があったのか、話をしているかもしれない。
「あ、あんた、まさか、ナナにその話は忘れたとか言ってないわよね?」
アイカが引いているというか焦っている。
「知ってるの? 俺、知らないからさ。金曜の話って言われてもわかんなくて。なんの話か教えて?」
「……はぁ。このバカっ。バカっ。金曜日、あんたはナナに告白してもらったの」
「えぇー!?」
思わず俺は大声をだしてしまい、タクヤがぴしりと言った。
「静かにしろ、アキラ。ゾンビがくる」
「ご、ごめん……色々とごめん」
俺は謝ってから、小声でアイカに確認した。
「告白って、あ、あの、あ、愛の告白?」
「もちろん。つきあってって話。はぁー」
アイカの長いため息を聞きながら、俺は心の中で叫んでいた。
告白ー!?
ナナってタクヤの攻略対象のひとりじゃないのかよ。
まさか、俺こと松本アキラこと最初に死ぬモブのことが好きだったなんて……。
そりゃ、ナナが怒るわけだ。告られたこと忘れてるとか。ひどすぎる男じゃん。
俺には松本アキラの記憶がないからどうしようもないけど。
にしても、俺はてっきり、松本アキラは彼女いない歴=年齢が一生続きそうなタイプだと思っていた。
さらにアイカが説明してくれた。
「しかも、あんたはそのとき、後で秘密を話すからその話を聞いてもまだ俺を好きでいてくれるなら付き合う、って返事をした」
「あー。なるほど。だから、話の続きって言ってたのか……。だけど、秘密? 秘密ってなぁに?」
アイカは片手をおでこに押しつけて頭を振っていた。
「……。しかたないわね、このバカ。あたしがナナに話しといてあげる。あー、もう。なんであたしが……」
アイカはブツブツ文句を言っていたけど、どうにかしてくれるらしいので、俺は「サンキュー」とお礼を言っといた。
それにしても、松本アキラ。ただのすぐ死ぬモブだと思っていたら、意外とみんなに愛されてるな。かなりドジでマヌケで役立たずな奴だけど。