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2 ゲーム世界でもトイレは行きたい

 教室の中で主人公タクヤは言った。


「ゾンビの性質がわかってきた。あいつらは大きな音に引き寄せられる。大きな音をたててあいつらを引き寄せれば、その隙に通りぬけることができるはずだ」


 そんな話を聞きながら、俺は、もぞもぞしていた。


(やべぇ……)


 ゲームの中って、どんなに時間がたっても誰もトイレに行かないものだ。

 だから、当然、俺も尿意なんて感じないはず。ましてや、腹痛なんて。

 そう思いこもうとしてんだけど。

 だけど、俺は今、ぎゅるぎゅる鳴る腹を抱え、さらに尿意もしっかり感じていた。

 アイカが腹をおさえる俺を見て言った。


「ちょ、ちょっと、アキラ、ひょっとして、あんた、こんな時に、トイレ行きたいんじゃ……」


 鋭い。よく俺を観察しているな。……まぁ、俺今むっちゃ腹痛そうな姿勢だけど。


「あ、わかった? お腹痛くて。てか、あれ? ひょっとして、アイカも……」


 なんか実はアイカもトイレに行きたそうな気がする。


「ちょっ、はぁ? そんなことないし! あたしは全然トイレなんか行きたくない……え? 今、あんた、あたしのこと、アイカって呼んだ?」


 しまった。いきなり名前呼びする仲ではなかったのか。


「あ、ご、ごめん」


 アイカは真剣な表情で俺を見ていた。 


「アキラ、あんた……」


 でも、アイカはそこで俺から目をそらすと、主人公タクヤの方を向いて言った。


「タクヤ。うちのバカ弟がどうしてもトイレいきたいって」


(えぇ!? 俺達、姉弟なの!?)


 驚愕の設定だ。そんな隠し設定があったなんて!

 じゃあ、俺、いつもアイカのこと、なんて呼んでたんだ? 姉ちゃん、とか? ……マジでわからん。

 でも、そういえば主人公たちって、1年の設定だろ? なんで弟の俺が同じ制服着て同じ高校に? ……まさか双子なのか? 顔とか全然似てないぞ? アイカってちょっと西洋っぽい顔してるけど、俺、塩顔だし。血がつながってるとは思えない。ひょっとして、義理の姉弟……?

 疑問符しかうかばねー!


「こんな時に……」


 タクヤは苦い顔をしたけど、ナナやリョウコは俺を擁護した。


「生理現象はしかたありません」


「そうよ。全員、いつまでもトイレを我慢できるわけじゃないわ」


 みんな優しい。実はみんなトイレに行きたいのかも。

 それにしても、アイカがつんつんなわりに俺に甘い理由はわかったけど、なんとなく最初からヒヨリ以外の女子全員、俺への注目度が高い気がする。

 思春期童貞特有の自意識過剰かな。

 でも、なんかみんなタクヤのことより俺を見ている方が多い感じが……実はみんな姉設定じゃないだろうな。

 まぁ、どうでもいいや。俺はヒロインを攻略する主人公じゃないし。それより、生き残ることが大事なのだ。

 

 それにしても、アイカが俺の姉だったとは。姉だと思うと、なんか、アイカのことが大事に思えてきたぞ。


 さて。タクヤが教室の後ろのドアの所で音をたててゾンビを引き寄せて、俺達は教室の前のドアから外に出て、トイレにかけこむ作戦になった。

 そんな危険な役割を引き受けてくれたタクヤに、女子全員の好感度が爆上がりだ。もちろん、俺も大感謝。

 「タクヤ君、ありがとう。大好き」と俺が熱烈に感謝すると、「とっとと行け」と追い払われた。


 トイレはここからすぐのところにあるらしい。

 俺は防災ヘルメットのひもをしめながら、気合をいれて教室のドアの前に立った。


「よし、俺がトイレまで先導す……」


 最後まで言うまえに、アイカに思いっきり肩を引っ張られて、俺は後ろにおいやられた。


「あんたはあたしの後ろ。ドジでマヌケなあんたが先頭にたったら、すぐ死ぬでしょ」


 俺って、そんなにドジでマヌケ……? 

 かもな。このドアを開けたとたん、さっそくゾンビに噛まれそうな気がしてならない。

 でも、俺は言った。


「だけど、男が後ろなんて格好わるい。だいじょうぶだよ。俺が絶対にみんなをトイレまで届ける。俺にまかせろ」


 とたんに、ナナが言った。


「松本君、死亡フラグをたてているようにしか聞こえないから、お願いだから、アイカさんの後ろにいて」


 リョウコもナナに続いて言った。


「そうね。先頭でおかしなことをされて全滅はさけたいから、大人しくお姉さんに従っててくれる?」


 俺ってそんなにドジでマヌケな自爆モブキャラが確立してるのか?

 みんなに言われたので、俺はアイカの後ろ、ナナの前というポジションに落ちついた。






 5分後。俺は無事にトイレの個室の中でぶっ放していた。


「はぁ~。死ぬかと思ったぁ。はらいたかったぁ」


 俺がひとりごとを口にだして言うと、個室の外からアイカの声が聞こえた。


「まったく、あんたは。こんな時にもトイレなんて」


「アイカ……姉ちゃんだって、トイレがまんしてたっぽいじゃん」


 ここは男子トイレだけど、アイカは俺といっしょに男子トイレにとびこんでいた。他の女子3人は女子トイレ。

 こんな時に別行動にならない方がいいと思うんだけど、とっさのことで、みんなそこまで気にしていなかった。

 男子トイレにはゾンビはいなかった。トイレの入り口にはドアもあるから、そのドアを内側からバリケードした。アイカが。

 俺は一刻を争う危機的状況で時間がなかったので個室に直行した。


「なっ! そんなことないもん! だいたい、レディーにむかってそういうこというんじゃない!」


「ほいほーい」


 たしかにデリカシーがないな。別におれ、主人公じゃないからどんな発言したって関係ないけど。

 アイカは、うってかわってまじめな声で続けた。


「……それから、あんたはいつもあたしのこと、アイねぇって呼んでるから」


「え……。アイねぇ……」


 うわー。おれ、呼び方まちがえすぎ。

 にしても、なんでそんな高難易度な呼び名なんだよ、松本アキラめ。そんな呼び名、あてられるかよ。

 アイカはそっけない声で言った。


「別に、アイカって呼んでもいいけど。どうせ、あんた今、記憶ないんでしょ?」


「うん……」


 バレてる。

 やっぱり、姉はだませないよな。

 俺はトイレからでると正直に、俺はいつのまにか俺が知ってるゾンビゲームの中、異世界に転生していた転生者なんだと言った。


 アイカは別に驚きも否定もしなかった。

 少し悲しそうな目で俺を見ていただけだ。

 俺が説明し終えると、アイカはぎゅっと俺をだきしめて言った。


「あんたは何も心配しなくていいから。あんたのことはあたしが守るから」


 え? なんで、こういう感じ? なんかこう、「転生なんてあるはずない!」とか、「じゃあ、あんたがいた異世界ってどういう世界?」とか、そういう感じにならないの?

 よくわかんないけど、抱きしめられて温くて気持ちよかった。恐怖がちょっと消えてすこしだけ安心感がひろがっていく感じがした。


 アイカって、ただのツンデレツインテールかと思っていたけど、実は、むっちゃいい姉だな。

 俺はアイカの背に手を置いて言った。


「俺も守るよ。アイカのこと、死なせない」


 アイカは俺から離れると、俺を人差し指でさしながら言った。


「だーかーら、あんたはそんなこと考えなくていいの。安全なところに行ったら何しようかな、とかぼーっと楽しいこと考えてればいいの。それより、さっきあんたが言ってたことは、絶対に他の人には言わないでよね。普通のふりしてなさい」


「オーケーオーケー」


 軽く返事をしながら、俺は考えていた。

 アイカを死なせない方法。

 もしここがゲームのシナリオ通りに進む世界なら、確実にアイカが生き延びる道は、タクヤにヒロインとして選ばれること。

 じゃ、俺はそのアシストをすればいいのでは?

 そう思って俺はたずねた。


「アイカって、タクヤのこと好きなんだよね?」


「はぁ? あんな奴のこと……そりゃ、タクヤは頭よくて運動神経いいから、昔は、ちょっといいなって思ったこともあるけど。でも……」


 アイカはなんかツンとしたりモジモジしたりしている。


「やっぱ好きなんだ」


 だったら話は早い。俺が全力でアシスト……と思ったところで、アイカは言った。


「そりゃ、幼なじみだもん。好きか嫌いかでいえば、好きに決まってるでしょ。でも……一番じゃない……」


「え? そうなの?」


 1番じゃない? タクヤは2番目の男ってこと? 

 えー、マジかよ。ヒロインたちはみんなタクヤのことしか見ていないと思っていたのに。他にも好きな男いるんだー。

 まぁ、2番でも、嫌じゃないならくっつけちゃっていっか。

 と思っていたら、アイカは真っ赤な顔で俺に怒鳴った。


「うっさいわね! 今はそれどころじゃないでしょ!」


「そんな怒鳴ったら、ゾンビ来る」


「ご、ごめん……って、あんたが変なこと言うからでしょ」


 なんか文句言われているけど。

 俺はそのときには別のことを考えていた。

 なんか腹がまだちょうしわるいのだ。

 俺のこの腹って、あれだよな。ストレスで下痢になるっていう過敏性腸症候群。

 てことは、この後もゾンビストレスで俺の腹はずっとこうなのか……。

 うぅ。そんなこと考えたら、また、腹が痛くなってきた……。

 俺が腹をさすっていたら、アイカは伏し目がちにぼそりと言った。


「それに、あんたは、あたしなんかより、あの子のこと守りなさいよ」


「あの子?」


 アイカは驚いた顔で俺を見た。


「ナナのことまで忘れてるの?」


「あ、うん……? ナナって、いっしょにいる図書委員の子だよな? たしか、本が好きで、あとは……」


 俺はゲーム内の知識を思い出そうとした。アイカが俺の口に手をあてた。


「気にしないで。あんたは自然にしてればいいから。さ、行こ」


 そう言ってアイカは俺に背を向け、トイレのドアのバリケードをはずしにむかった。


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