クレーマー・バトル
大昔。
人事部の研修課に怪物がいた。
テレビタレントなら上沼恵美子が毒持った感じ。
苦情処理研修の名物講師。
自身も有名な悪質クレーマーで、
超有名企業にクレームつけては対応研究している。
ある年、怪物の研修を受けた。
全員受ける決まりで、その年は私の番だった。
自慢じゃないが、私は応対品質が高い。
クレーム対応も得意項目のひとつ。
不要な研修だった。だが黙って受けた。
余計な波風立てたくなかった。
研修の最後に怪物から研修への感想を求められたので、
ひとことだけ言った。
「勉強になりそうですので怪物さんの来店、
一度お受けしてみたいですね。胸をお借りしたいです」
怪物はニヤリと笑った。
あたしが怖くないのかい、と目が言っていた。
私も接客用の笑顔を返した。
滅相もございません私は平凡な一従業員ですよ、と目で返した。
数か月後。
私の勤めるフロアに怪物が顔を出した。
怯える上層部のオッサンたちと談笑していた。
そして。
フロアの遠くで仕事していた私にチラリと目をくれた。
あいつか?
と上層部に目で確認してから。
おもむろにデスクの受話器をとるのが視界のすみに入った。
私のデスクの電話が鳴った。
やつが来た。
なんとなく分かった。
だからあえて自分の得意とするメソッドではなく、
怪物が研修で教えたメソッドを自己流アレンジして、
ご対応した。
わざわざ不利なアウェーで戦おうとするあたり、
私も可愛げがない。
死闘が始まった。
感情的に怒鳴り散らす客よりも、
悪意的な理で追いつめてくる客のが、
面倒くさい。
それを当たり障りなく躱し、
失言の言質とられないよう細心の注意をしながら、
至らぬところを詫び、客を褒め、感謝し、いい気分にさせていった。
戦いは十分程度だったと思われるが、
こっちも夢中だったので覚えていない。
最後に怪物の高笑いのような声が聞こえた。
おめぇの言い分は伝わった、と、軍を退く姿勢を見せながら、
最後に一言。
「上司に替わりなさい」
あいよ、と私は上司へ受話器を差し出した。
上司がギャッと悲鳴あげた。
嫌そうに受話器をつまんでペコペコしながら電話に出ていた。
最後はクレーマーとしてではなく人事部として、
上司へフィードバックを告げる図である。
概ねお褒めの言葉は賜れたようで、ホッとした。
あんな恐ろしい思いをしたのはあの時かぎりである。
いい経験を積ませてもらえたことを、今も感謝している。
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