忘れ物
社屋の共用エントランスにジャケットを忘れた。
探しに戻ったが見つからなかった。
守衛室に届いていると連絡を受けて詰所へ出向いた。
すると。
待機していた守衛さんは、超がつくほど高齢な爺様だった。
手がふるえてペンも持てない。
歩く速度は分速一メートルか。
もつれそうで心配になる足取りで。
つかめない手で私のジャケットを持ち。
よた。よた。と受付へ歩いてきてくれた。
詰所の奥に、若い兄さんがいた。
私は彼へ目線を送った。
爺様が転んだら怖いから、きみが対応してくれ、と。
しかし兄さんは目線を返してきた。
爺様は言い出したら聞かないんですよ相手してやってください、と。
爺様はアタマも怪しかったが、
大事な預かりもののジャケットを泥棒には渡せない、
という意識だけは残っていたらしい。
不審者を見る目で私を見て、住所や名前や部署名を言えという。
忘れたのはカーキのミリタリージャケット。
強面のオッサンの持ち物かと思っていたのに女の私が現れたから、
爺様なりに混乱したらしい。
最後にようやく納得したらしい爺様は、
ジャケットを手渡してくれて、言った。
「じゃ、これお渡ししますよ、お嬢さん」
お嬢さん。
頭のむこうでその言葉がこだました。
そして私は爺様のすべてを許した。
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