山姥が追ってくる
駅前ロータリーを自転車で横切っていた時。
前を走るママチャリから、何かが落ちた。
ぬいぐるみ。
東京と銘打っているのに千葉にある夢の国の、
耳のでかいネズミのぬいぐるみ。
前を走るチャリはお父さんが運転していて、
前にも後ろにも子供を乗せていた。
たぶん、その子供が落とした。
推定価格は五千円。垢まみれで真っ黒なネズミ。
きっと子供の宝物だろう。
お父さんは気づかず走り去ろうとしている。
交番に持ってくほうがメンドくせえと思った私。
ネズミつかんでチャリ爆走。
お父さん、と叫ぼうとして、口が転んだ。
「おっさん!」
何度か叫んだら、ようやくお父さんがふりむいた。
そこにいたのは私。
髪ふりみだして汗びっしょりでチャリ漕ぎまくって、
鬼の形相で何かを叫びながら追ってくる婆さん。
さぞ怖かっただろう。
お父さんは小さく「ぎゃっ」と悲鳴をあげて、
ママチャリのスピードをあげた。
ちがう、ちがうんだ。
私は焦って、つかんだネズミをふりまわした。
山姥という発想のなかった子供が先に気づいて、
あー! と嬉しそうな声をあげてくれたおかげで、
ママチャリが停まった。
もう二度と親切なんかしねぇぞバーロー。
と思いはするが。
私は目鼻のついてるものに弱いのだ。
あのいかにも子供に愛されてたネズミが、
車に轢かれてズタズタになるのを見たくなかった。
山姥の自己満足。
こんな日もある。
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