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正義の味方  作者: 春原 恵志
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サイバー犯罪対策課

サイバー犯罪対策課


 武蔵大和署強行犯係。冷泉が早朝からパソコンに向かい、熱心に検索作業をおこなっている。入口から神保が入ってくる。この部屋は係長が朝一番で出署する。神保はたいてい、始業時間30分前で2番目か3番目になる。係長だけでなく冷泉がいるのに気づく。

「おはよう、始業前から仕事か?」

「おはようございます。昨日の報告どうしますか?」

「ああ、そうだな。佐藤さん始業前ですがいいですかね?」

 神保が佐藤に話しかける。

「何かつかんだのか?じゃあ、会議室にいくか」

 3人で小会議室に入っていく。8畳ぐらいの広さでパーティションもあって外部からは見られない。

「昨日、立川で襲われた地下アイドルに話を聞いてきました。その中で気になる情報がありました」

「何だ?」

「はい、彼女を助けた人物ですが、彼女の話ですとネットで知り合った人物だったようです」

「ネット?そうなのか?彼女、今までそんな話はしていなかったよな」

「そうです。理由は色々あるようですが、そのいわゆる正義の味方ですが、本人から他言してはならないような取り決めがあったようです。アイドルが冷泉信者だったようで話してくれました」

「どういうことだ?」

「はあ、そのアイドル、茉莉華のファンだったようで、情報提供してくれました」

「そうか、冷泉様様だな」佐藤が冷泉に笑顔を向ける。

 ここで神保は昨日、聞いた話を一通り佐藤に話した。

「なるほど、ラインで人助けか」

 冷泉がフォローする。

「その後、自分なりにネット情報を探してみました。ラインにあったはずの正義の味方の連絡先などはなくなっていましたが、ネット上には痕跡があり、どうやら数件で人助けをしていたようです」

「人助け?具体的にはどういった内容なんだ?」

「私が調べた限りでは、借金苦にあえぐ人間を助けた話がありました。いわゆるヤミ金による被害です。借主は薬物中毒だったようで、その上での借金苦です」

「なるほど、最初からそういった筋書きに乗せられたってわけだな。暴力団の手口だな」

「はい、それで今回その相手はヘチのようです」

「ヘチ絡みか」

「そのヘチの取り立て屋はすでに死んでいます」

「何だって!」

「はい、最近、事故死として処理された人物になります」

「事故死じゃないってことか・・・」

「もっと調べてみないとわかりませんが、他の案件も事故死に見せかけて殺されているのかもしれません。私の調査ではこの辺が限界です。それで、お願いなんですが本庁の専門部署に調査依頼をして頂きたいのです」

 神保が続けて話す。「最近の事故死と正義の味方がつながっている可能性が大だと思います」

 冷泉がつなげる。「アイドルの話ですと、児童虐待でも同じような依頼があったそうです」

「つまりは別件で虐待をしていた親も事故死しているというのか・・・」

「わかりません。そういった事象を洗いなおさないといけないのかもしれません。おそらく、それ以外にあるとしてそれらも事故死扱いになっている可能性が高いです」

「事故死に見せかけたということか、その正義の味方って何者なんだ?」

「わかりません。目的も正体もわかりません。ただ、この数か月間で現れたようです。交渉はラインを使って救済を望む人間を選別してたようです」

「ラインか、情報開示出来るかな・・・」

「そういった部分も含めて本庁マターにしてもらうと助かります」

「係長、どうですかね?」神保が確認する。

「わかった。まずは署長に相談してみる。冷泉、それとたっちゃん池はどうなる?」

「それはこの案件とたっちゃん池が結びつくのかといったところですか?」

「そうだ。こう矢継ぎ早に事件が起こるとなると関連性を疑うだろ」

 神保が話す。「どうですかね。事故死に見せかけている点から言うと、関連性はないかもしれません。あの事件の犯人には残虐性を感じる」

「なるほど、同じ犯人の場合、たっちゃん池も同じように事故死になるはずだというんだな」佐藤は少し考える。「よし、早速、署長に話をしてみる」係長が会議室を出ていく。 

 残った冷泉が神保に話す。

「神保さん、妙高さんにも話をした方がいいと思います。元ネタは彼女ですので」

「ああ、連絡してみる。ラインのIDは削除されていたんだよな?」

「そうです」

「妙高も何か知っているのかもしれないな、わかった。おれから連絡してみる」


 その後、この話は署長経由で承諾を受け、本庁に連絡した。その後、依頼は警視庁サイバー犯罪対策課に通り、強行犯係は詳細確認で本庁に呼ばれた。

 係長、神保、冷泉の3名で本庁に行く。この時の冷泉はボブカット、伊達メガネ、古着の様なジャケットとジーパンを履いてオーラを隠す衣装になっていた。

 地下鉄桜田門駅から外に出て警視庁を見あげる。佐藤係長が話す。

「まさに東京の中心だな。警視庁なんて久々に来る。いつ以来だろう」

「辞令を受け取って以来じゃないですか?」神保が話す。彼も同じ思いだ。

「そうかもしれん。思い出せんぐらいだ」

 神保が冷泉に話す。

「冷泉はそういう格好をしても、何か逆に目立つな。うらやましいぐらいだ」

「そうですか。なんか無駄な変装をしている気分です」

「まあ、茉莉華とは気づかれんかもしれないな」

「そうであれば、OKです」

 かみさんに茉莉華と一緒に仕事をしていると言ったら、大騒ぎでサインもらってとか、家に連れてきてとか、とにかく大変だったことは伏せておこう。神保が知らなかっただけで、やっぱりカリスマモデルだったらしい。

 受付で入門証カードを受け取り、サーバー犯罪対策課に向かう。ゲートをくぐって中に入る。この辺のセキュリティ対策も万全だ。所轄とは違う。

 エレベータで目的の階まで登り、サーバー犯罪対策課の看板がでている部屋まで歩く。室内に入って、入り口付近の職員に声を掛ける。

「武蔵大和署の佐藤と申します。清水班長様と面会の約束があります」

対策課の人間が班長を呼びにいく。奥から清水班長が来た。年齢は30歳前後か、キャリアらしい。

「ご苦労様です。清水です」

3人は挨拶し、会議室に通される。しばらくして清水班長と若いフチなし眼鏡の男が入って来た。

「こちらはうちの細川君、今回の件で作業してもらうことになった」

 細川は20歳代には見えるが、いかにもオタクを絵にかいたような若者でちょっと得体が知れない。警察官というよりネット犯罪者風でもある。名刺交換を終えて清水班長が話を始める。

「大和署の署長さんから大体の話は聞きました。連続殺人の可能性があるということですね」

「そうです。正義の味方になって私刑を行っている可能性があります。今回の話を進めるために報告書を作成しました。冷泉,渡してくれ」

 冷泉が今回の事件をまとめたファイルを渡す。本庁の二人はそれを一通り眺める。清水が話す。

「なるほど、事件の可能性が高いですね。ただラインの情報開示は敷居が高いですよ。裁判所命令が必要になります。ある程度、証拠固めをしないとだめですね」

「そうなんです。我々では調査に限界があるので、サーバー対策課に協力していただけないかということです」

「細川、どうだ?何かあるか?」

「こちらの報告書、あとでいいのでデータでください。とりあえず、ネット検索をかけましょう」

「ネット検索ですか?」

「そういうとネットサーフィンのようですが、うちには最新の解析ソフトがあります。ネットの情報をAIを使って選別、有用な情報のみ抽出します。ネットの情報も色々あってデマも多いですから、細川君はそのソフトの開発責任者です」

 なるほど、本物のオタクだ。細川が眼鏡を右手で持ち上げながら話す。

「僕は正確には仕様書の策定と基本アルゴリズムの開発しかやってません。でもネットを使った犯罪対策でこういったツールは不可避です」

「そうなんですよ。ネット犯罪は増々、多様化しています。最新ソフト、最新ツール、そういったものを犯罪側はカオナシでどんどん駆使してくる。こっちもそれに対抗しないとね。基本、日本はサイバー犯罪については諸外国に比べ後れを取っている。相手は海外にもいる。そいつらの先をいかないとネット犯罪は防げません」

「この正義の味方も考えようによっては我々の先を行っていたかもしれませんね。ライブハウスの大量殺害事件を防いだんですからね。ただ、私刑は認められないけど」

 ここで冷泉が二人に話をする。

「他に何か知りたい情報はありますか?」

 清水が再び、眼鏡のフチを上げながら話す。これは彼の癖のようだ。

「とりあえず、今の所はこれで大丈夫です。冷泉さんはこのアドレスで連絡出来ますよね」

 名刺を見ながら話しをする。

「大丈夫です」

「うちの担当は冷泉です。遠慮なく質問してください」佐藤係長がフォローする。

 一段落した時点で清水が話す。

「警視庁はサーバー犯罪に力を入れていきます。そちらの署にも適任者がいれば、ぜひ、推薦してください。署長さんには話をしたんですが、現場の方でも適任者もしくは希望者がいれば是非お願いします。とにかく優秀な人材がほしいんですよ」

「わかりました」

 武蔵大和署の3人が犯罪課を後にする。エレベータに乗り込んで佐藤が話す。

「冷泉、今回は茉莉華とは気づかれなかったな。イメチェン効果があったな」

「はあ、なんか違和感はありますけど」

 サーバー犯罪課で残った二人が話す。

「細川、すごい美人だったな」

「冷泉って名前だったんですね、茉莉華は・・・」

「ずいぶん、古風な名前だな。宮家かなんかか?」

「どうですかね。検索しますか?」

「公私混同はどうかと思うぞ」

「はあ、まあ検索エンジンの試運転です」

「まあ、好きにしろ、聞かなかったことにするから」


 その後、サーバー犯罪対策課の犯罪検索ツールは優秀で翌日には抽出をもとにした解析作業が終了していた。

 早速、対策課から佐藤係長のパソコンにオンライン会議開催依頼がはいっていた。

「冷泉、なんかサイバー対策課からオンライン会議開催ってのが来たんだが、どうするんだ?」

「早いですね。私に回してください」

 佐藤が開催メールを冷泉に回す。その内容を冷泉が見る。

「わかりました。私の方でセッティングします。みなさんは10時から会議室に来てください」

「わかった」

 その後、冷泉が総務から設備一式を借りてきて、会議室にセッティングする。強行犯係でこういったことが出来るのは冷泉しかいない。二宮は若いくせにパソコンは音痴だ。

 時間になり、係長、神保、二宮がぞろぞろと会議室にはいってくる。

 会議室のモニターにはパソコン画面が映っている。オンライン会議用の画面になっているようだ。佐藤係長が話す。

「冷泉、準備完了か?」

「はい、今、犯罪課の会議開催を待っているところです」

「冷泉ちゃん、すごいね。一人で設定したの?」二宮は本当に驚いている。

「今のオンライン会議用のツールは簡単ですよ」

「そうなんだ。でもなんか、コードやらマイクがつながっててよくわからないな」

「マイクは集音なので、真ん中の黒い機器に話せば、皆さんの声が先方に届きます。カメラは前方にあって皆さんが映るようになっています。先方の声はこちらのスピーカーから流れます。パソコン操作は私がおこないます」

「なるほど」

 冷泉は何をやらせてもソツがない。

 時間になり、オンラインがつながったようだ。画面が変わり犯罪課からアクセスが始まる。

「犯罪課の清水です。聞こえますか?」画面に清水班長と細川氏が映る。

「おお、テレビ電話みたいだ」

 二宮が子供の様な感想をつぶやく。神保が嘆く。まったくこいつは恥ずかしいな。

「大丈夫です。良好です。こちらの声は問題ないですか?」

「はい、大丈夫です。それじゃあ、細川君から報告してもらうから、細川君よろしく」

「はい、それではこちらの画面をご覧ください」

 モニターに先方のアプリ画面が映し出される。犯罪課の検索ツール画面のようだ。3次元のグラフを俯瞰したように見えている。

「こちらが犯罪課のウェブ情報解析ツールです。等高線のように見えるのが今回の関連ワードに対して反応が大きかったものになります」

 等高線のように見える山は数か所で山のように盛り上がっている。

「具体的にはネットにおける情報、ツイッター、掲示板、インスタなどのSNSを東京救助隊、ヘチ、正義の味方、黒づくめの男、救済依頼などといった検索ワード基本として、日時と発信者を特定しております。情報はこの6カ月と東京中心としました。その中で都内で起きた実際の事故死案件と照らし合わせることによって、解析しました」

「画面にある山の大きなものが可能性が高いものと判断してよろしいでしょうか?」

 冷泉が確認する。

「その通りです。該当するもので10件近く抽出されました。とりあえず、裁判所に情報開示指示を出してもらうことが優先ですので、その中でより可能性の高い3件を選びました」

「わかりました」

「まず、1件目は冷泉さんがすでに調査済みの地下アイドル案件です。この部分になります」

 画面の突起を当たると地下アイドル案件が表示される。ログと時間、発信者の名前が出る。突起は時系列で見ると最新のものになるようだ。

「こちらは地下アイドルさんの証言が取れておりますので、問題ないですよね。次にこちらの案件です」細川がもう一つのヤマをクリックする。

「これはそれから1カ月前に起きている幼児虐待案件です。実際、所轄の方にも相談が合った案件のようです。アパートの隣人から児童虐待の疑いがあると数回問い合わせがありました。6歳の男の子が母親の新しい彼氏に虐待されているのではないかと言った内容です。その男が事故死しております。バイク事故です。単独での事故死で片付けられてます」

「故意にバイク事故を起こさせたということですか?」

「それについてはわかりません。事故内容は報告書を参照してください。ただ、目撃証言は無いようでした。該当の隣人がネットに書き込んでおり、その後東京救助隊と接触した可能性があります。時期も一致しております。隣人の情報は別途、送付します。武蔵大和署のほうで、その方に確認し証言してもらってください」

 神保は素直に感心する。エスエフ映画の世界だ。二宮はポカンとしている。佐藤係長も同じような顔で返答する。

「わかりました。対応します」

「もう一件はこれも同時期に起きてます」細川がその近くにある突起をクリックする。

「これは闇金関連です。依頼したのは闇金利用者本人のようです。頻繁に薬の密売人と連絡を取ってるようで、薬物中毒の挙句、お金に困って闇金に手を出したようです。これはヘチ絡みです。闇金の取り立て屋と思われるヘチの中堅が事故死しています。深夜に公園の階段から転倒して首の骨を折って死亡しました。飲酒の形跡もあり、事故死と判断されています」

「ただ、他の2件と同じく、依頼主が東京救助隊を調べてアクセスした形跡が残ってます。こちらの依頼主の情報も贈ります」

「わかりました」

「あとですね。興味深いものとして正義の味方ではないかという案件があります。黒づくめマスクなどからSNS上で散見されたものです。これは都内で発生したものです。電車内で喫煙していた男を注意した黒づくめの男がいたようです。もちろん、喫煙していた男は抵抗したそうですが、その男が殴りかかったところを逆に叩きのめしたそうです。それも1発で」

「それもネット情報ですか?」

「そうです。数人が目撃したそうで、SNSにあげています」

「画像類は残っていないんですか?」

「はい、すぐに車両を変えて降りた模様です」

「殴られた男は何かしなかったんですかね」

「そのようです。気絶したらしくしばらくしてから血まみれで降りたそうで、被害届も出ていません。まあ、自分が悪いんで被害届でもないんでしょうが。それからもう一件。興味深いものとしてこの男が該当している案件があります。同じく黒づくめマスクなどからSNS上で散見されたものです。ただ、信じがたい部分もありますので、報告までです。多摩地区で発生したもののようです。トラック事故が起きたようです。そのトラックが横転して積荷が散乱して近くを歩いていた男性がその積荷の下敷きになったそうです。積荷は木箱に入ったもので中身は分かりませんが、相当な重量があり抜け出せないため、発見者が救急依頼をかけていたところ、黒づくめの男が通りかかり、その積荷を持ち上げたそうです」

「積荷ってどのくらいの重さなんだろう?」

「その前に二人がかりでびくともしなかったそうなんで、200kgは超えているんじゃないかと」

「それを持ち上げた?」

「いとも簡単に持ち上げたそうです。また、お礼を言うまでもなく消え去ったそうです」

 一同、正義の味方の実像が分かりかねるといった印象になる。こういった人間が存在できるのだろうか、それこそスーパーマンだ。


 可能性の高い3件について、武蔵大和署のほうで確認をとる形となった。

 その結果、アイドルと合わせ残り2件についても依頼主の証言が得られたため、正義に味方による犯行と断定できた。よって事件性が高いとのことで裁判所による開示請求が通った。

 そうして東京救助隊関連のログを入手し、3件以外にも救助依頼があり該当事件が確認され、合計7件もの殺害疑惑が明らかになった。

 警視庁の方で検討した結果、所轄署で事故処理された案件で、なおかつ連続殺人事件ともなると世の中の反響の大きさが想定されるため、容疑者の確定を進めてからという判断となった。そのため、サーバー犯罪対策課により、東京救助隊そのものの特定作業を進めていった。ところが個人情報については電話番号も含め特定できなかった。電話はプリペイド式もしくは公衆電話を使用したようで、メールアドレスもフリーメールを巧妙に変更していた。通信履歴についてもVPNを利用しており、VPNサーバー側のログについてもすでに削除されていたため特定はできなかった。

 殺人方法も周到であり、証拠もなく、事件性は高いが犯人に結び付くようなものが何も得られない状況となった。一方、たっちゃん池事件にも新たな発見がなく、捜査は完全に行き詰ってしまった。

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