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正義の味方  作者: 春原 恵志
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茉莉華

茉莉華


 本日も武蔵大和署刑事組織犯罪対策課強行犯係の朝が始まる。バタバタと血相を変えて二宮が出社する。そして扉を開けるやいなや叫ぶ。

「係長!」

「どうした。二宮、事件か!」

「大事件です。これ見てください!」

 二宮が何かの雑誌を持っている。よくよくみると何かのファッション雑誌のようである。

「これがどうした?」

「係長、これを見て気が付かないですか?」

 二宮は雑誌の表紙を見せている。佐藤係長はここで気が付いた。

「たまに朝早く来たかと思ったらこれか・・・」

「冷泉はどこにいるんすか?」

「これから捜査会議なんで神保と資料をまとめている」

 雑誌の表紙にはモデルの女性が映っている。若い女性向けのファッション雑誌である。

「広報の女の子から頼まれたんですよ。サイン貰ってくれって。よく見たら、これ冷泉じゃないですか?」

 なんと、その雑誌の表紙モデルは冷泉だった。係長が答える。

「彼女は学生時代にモデルをやってたらしいぞ、今はもう辞めてる」

「辞めてるって、この女性、茉莉華じゃないですか、係長は冷泉が茉莉華だったって知ってたんですか?」

「一応な。まあ本人から表ざたにしないでくれって話があったんだ。署内でもこういったサインなんかの行為は禁止だ。広報にも俺からやめるように言っとくよ」

「いやあ、どこかで見た気がしたんだよ。茉莉華って言ったらCMにも出てたし、なんかドラマもやってましたよね。この雑誌の専属モデルだったし、芸能人としても一線級でしたよ。たしか芸能界引退の時も大騒ぎだった」

「そこまで知ってて気が付かないってお前も刑事失格だな」

「いや、あんまり、じろじろ見るのも悪いと思ったんですよ」

「冷泉は学生時代のアルバイト気分でやったそうだよ。続ける気はなかったそうだ」

「それにしても我々には知らせてほしかったです」

「そうか、知ってどうするんだ」

「どうするって・・・、どうしましょう」

「全く、お前は・・・お前も捜査会議に出るんだろ、早く準備しろよ」

「なんか、仕事が手に着かない」

 佐藤はあきれ顔で二宮を見ている。まったくこいつは。


 捜査会議場。武蔵大和署の4階にある大会議場である。佐藤係長と二宮が会場に入る。会議はこれからだが、神保と冷泉は準備完了のようですでに資料を持って待機している。 

 二宮が冷泉の隣に座る。

「冷泉ちゃん、茉莉華だったの?」

 冷泉は困った顔で答える。

「ああ、ばれちゃいました。4年前ですし化粧も変えたんで気が付かないかと思ってました。先輩、このことは内緒でお願いします」

「内緒って、みんな知ってるみたいだよ。女性陣はみんな気が付いてた」

「そうですか、まあ、アルバイトだったんで」

「アルバイトって・・・」

 ここで神保が話に入る。

「二宮、朝っぱらから血相変えて何事かと思ったらそんな話か」

「神保さんは知ってたんですか?」

「冷泉から聞いたよ。学生時代のアルバイトだったんだろ」

「そんなレベルじゃないですよ。茉莉華は一流芸能人です」

「なんだ。それは?」

「えー、神保さん茉莉華を知らないんですか?」

「聞いたことはあるな。ああ、あれが冷泉か」

「神保さん、驚き方が足りないですよ」

 冷泉が二宮を拝む。「二宮さん、面倒なんでこの件はオフレコで、若気の至りなんです」

「うん、わかったよ。その代わり今度モデルさん紹介して!」

 神保が代わりに応える。

「お前、それハラスメントだからな」

「えーー、そうですか・・・」

 冷泉は苦笑いである。ここで会場に管理官ら幹部連中が入室し会議開催となった。

「おはようございます」

 管理官の挨拶に一同、挨拶を返す。

「それでは、宅部池ドラム缶殺人事件の状況報告会をおこなう。まずは武蔵大和署から報告をお願いする」

 佐藤係長が立ち上がって話す。

「それでは、武蔵大和署佐藤から報告します。マルガイは中国残留孤児3世の田代真司、木村一の両名であることは前回、話をしました。こちらはDNA鑑定も済んでいます。その後、判明した内容を中心に報告します。両名は東村山市在住で現在はフリーターです。中学、高校と同級生でしたが、両名とも都立高校を中退しています。立川市中心に活動している半グレグループに在籍していたとの報告もありますが犯罪歴はありません。ただ、地元住民の話ではかなり評判が悪く、犯罪歴はありませんが黒に近いグレーといった印象で、少年課の話では逮捕歴がないのが不思議なぐらいとのことでした。今回の事件の背景にそういったグループ間の抗争があったのかなどについては調査中です。まあ、ケンカは多かったようです。

次に両名の消息が途絶えた時期ですが、二カ月前の15日以降の存在確認が出来ていません。両名が住んでいたアパート周辺の防犯カメラ画像を解析したところ、15日までは画像確認できました。以降は付近の画像を含め、確認できておりませんので、該当時期に犯罪に巻き込まれた可能性が高いと思われます」

「了解。これで時期は絞り込めたことになる。15日以降の宅部池付近の防犯カメラ画像を確認だな。腐乱状態からも、この時期に殺害された可能性が高い。続いて報告を頼む」

 佐藤が続ける。「15日近辺のトラブル確認ですが、今のところ大きな事件は起きていません。近所の仲間連中に当たったところでは、思い当たることもないとのことです」

「在籍していた半グレグループの監視は行っていたのか、敵対するグループへの復讐とかそういった動きはあるのか?」

「組織犯罪対策部が主に対処しておりますが、具体的な動きはないようです。引き続き対応はしてもらってます」

「わかった。他に報告事項はあるか?」

「こちらからは以上です」

「強行班係は今後は池付近と公園内の防犯カメラのより詳細な解析を頼む」

「了解しました」

「じゃあ、次に本庁捜査一課から報告はあるか?」

 本庁の担当が起立する。

「はい、前回出ました所轄から提案のドラム缶転がし実験の結果です。科捜研報告によると実験の結果、可能性が高いとのことです。また、蓋を留める金具も池の再捜索で発見されました。調査した結果、蓋と金具、ドラム缶の固定証跡が出ました。よって、遊歩道側から転がした可能性が高いと判断します」

「遊歩道側に痕跡はなかったのか?」

「二月近く経過しておりますので、はっきりとした痕跡はなかったです。続いて調査報告です。ドラム缶の特定ですが東鉄ドラム製造の200?缶であることが判明しました。こちらは流通量も多く、使用済のドラム缶であることからどこからか盗難もしくは廃棄分を拾ってきた可能性が高いです。ここから犯人の特定は厳しいと思われます」

「特徴がないだけに使用場所の特定は困難といったところだな。他に報告はあるか?」

「犯行から2カ月以上経過しており、さらに人通りの多さや当日のテレビ撮影のために痕跡が消失している。もしくは判別できないといった状況です。また公園内の防犯カメラですが、一定期間で記録が上書きされるタイプで、記録は残っていませんでした。元々、設置個所が5カ所と少なく、池周辺のカメラも遊歩道側にあるだけでした」

「犯人はそういった点も知っていたということかもしれないな。そうなると地元勘があるといったところか」

「検死の結果と頭蓋骨陥没および腹部加圧の分析結果が出ております。先に話をしました殺害状況の詳細になります。頭蓋骨の加圧状況ですが、11200ニュートン、簡単に言うと約1トンの力が加わったことになります。これは人間でいうとヘビー級のボクサーが目一杯、パンチを繰り出したぐらいになります」

会場から声が上がる。

「それはすごい力だな。そういった器具を使ったんじゃないのか?」

「そうですね。プロのボクサーに話を聞いてもそこまでのパンチ力はなかなか出せないそうです。器具を使った可能性もあります。そういったものの特定はできておりません」

「すさまじいな。そこから容疑者が絞り込めるかもしれんな。他に何かあるか?」

「ドラム缶に死体を入れた後の砂利による加圧状況です。こちらも同じぐらいの力で押し込まれています。死体の損傷状況から推定しました。こちらも具体的方法はわかりません。今のところ,以上になります」

「わかった。それじゃあ、本部捜査一課の加藤課長から報告をお願いする」

 捜査一課の加藤課長が立ち上がって話をする。

「先ほどあった半グレグループの特定ですが、立川を中心に活動しているヘチというグループだと思われます。マルガイの入れ墨がヘチの形ですので、おそらく間違いないと思っています。現在、裏付けを取っていますが、このグループの実態が掴めていないところもあります。一部情報によると地元の暴力団と敵対関係にあるとの話もありますが、詳細は組織犯罪対策部と一緒に詰めています。また、犯人のプロファイルを策定中ですが、現在のところ知能が高いものではないかとの見解がでています。その根拠ですが、マルガイの死体の処理方法が緻密で、実際、今回のかいぼりがなければ死体は見つからなかったということです。証拠についても有力な情報を残していない。遺棄現場も防犯カメラを意識した場所を選定している。あそこは交通の便がいい割に夜間の人通りはそれほどでもない。あらゆる観点から緻密に計算されています」

「そうなのか」

「さらに付け加えますと、池の中央まで運ぶ方法も十分に考えられており、科捜研での調査がなければ普通の人間では考えつかない方法ではないかと、さらにこの方法が使えれば、ドラム缶だけ現場に運べばいいわけで運搬手段も普通乗用車でも可能になります」

「夜間に運び込んだとしたら、どこかの防犯カメラに画像が残ってるだろう?」

「可能性はありますが、現場はカメラのない場所からの侵入も可能であります。現場周辺の画像データは押さえてありますので、詳細解析はこれから所轄と協力して作業します」

この話が出て二宮が神保に小声で話す。

「協力って・・・こっちの仕事になりますね」神保がうなずく。

 以降も報告は続いたが、新たな発見につながる報告は無かった。


 報告会と捜査一課との話し合いを終えて、強行犯係が自室に戻る。冷泉がカバンに入った防犯カメラのデータ一式を持っている。

 佐藤係長が話す。

「それじゃあ、これからこの防犯カメラデータをみんなで解析するぞ。ほとんどが最近のデータで上書きされているはずだが、あれば15日以降のデータを確認してくれ」

「結局、全部、所轄で見ることになったんですね」二宮がうんざりした顔で話す。

「仕方ないだろ、うちの署内の事件だからな。データを見て、気が付いた点があったら、そのカメラ番号と日付時間を記録すること、あとで全体で照会することになるから、じゃあ、分けるぞ」

周辺道路や公園周辺の画像データがメモリーに入って相当数存在する。手分けしてやっても1週間はかかる仕事だ。こういう作業は神保の苦手な仕事だ。元々、そんなに根気があるほうじゃない。佐藤係長は均等に全員に分けている。神保はしばらくはデスクワークになることを覚悟する。

「冷泉、やり方はわかるか?」

「はい、メモリーのデータを確認して、気になったものがあったら、メモリー番号と日付を記録すればいいんですよね」

「そうだ。判断に迷ったら俺に確認してくれ」

 冷泉がメモリーを自分のノートパソコンに差し込んで、データの確認を始める。動画再生ソフトが立ち上がって、動画が始まる。

「この右上にある日付データを書き写せばいい」動画データには時間表示が出ている。

「わかりました。先ほどの話ですと男性の二人組以上の公園内外の移動記録でいいんですよね」

「そうだ。早送りでいいが、顔までは判別できないだろうから、雰囲気をつかんでくれ」

「わかりました。やってみます」

それから全員でのデータ確認が始まったが、なんと神保の2倍の速度で冷泉がこなしている。二宮はグータラやってるので、神保と同じペースだ。神保はそれなりにやっても冷泉のペースにはならない。

「冷泉、あんまり無理するなよ」

「大丈夫です」

「やっぱり若い者はこういった作業は早いんだな」

 それだけではないだろうが、とにかく冷泉は何をやらせても早いし、正確だった。

 しかしながら、1週間の確認作業が終わってもそれらしいものは見つからなかった。2人組以上の車で駐車場まで来た車のナンバー確認もおこなったが、結局、犯人に結びつくものは見つからなかった。


 防犯カメラからの犯人特定作業については棚上げとなり、マルガイと犯人の接点に捜査の中心が移行されていた。半グレグループ「ヘチ」については、グループの構成員がはっきりせず組織実態もメンバーとそれ以外の区別がつきづらく、マルガイの田代真司、木村一両名がヘチの構成員であったといった確証も得られていなかった。それほどはっきりしないグループのようだった。

 捜査は完全に暗礁に乗り上げた格好となった。強行犯係も捜査の方向性が見えずにいた。

 神保は何回目かの捜査会議の後で自室にいた。そんな中、携帯が鳴った。

「はい、神保です。おお、久しぶり、え、今晩?ちょっと待ってな」

 スマホを外し、二宮に声を掛ける。

「二宮、今晩,暇か?飲みの誘いなんだけど」

「誰すか?」

「妙高だ」

「ああ、あの人か、ねえ、冷泉ちゃんも飲みに行かない?」

 二宮が冷泉に声を掛ける。

「今日ですか?別に予定もないのでいいですよ」

「神保さん、冷泉も一緒に参加します」

 神保は面食らう。

「冷泉、いいのか?」

「はい、高級店じゃないんでしょ?」

「うん、普通の居酒屋だな」スマホに戻る。

「大丈夫だ。あと、二人連れていくけどいいか?二宮と新人を連れていく。うん、そうだ、了解。国分寺の店だな。じゃあ、7時に現地で」

 スマホを切る。

「じゃあ、今晩7時に国分寺だ」

 二人がうなずく。二宮は妙にうれしそうだ。


 国分寺の駅前から数分の居酒屋に強行班の3人が到着する。すでに妙高は店にいた。駅から歩いて10分程度のこじんまりとした小ぎれいな居酒屋で個室を用意してあった。

 神保が座席に座っている妙高に挨拶する。

「妙高、久しぶり、二宮は知ってるよな」妙高がうなづく。

「それで、こちらが新人で今月からうちに異動になった冷泉三有さんだ」

「冷泉です。よろしくお願いします」

 妙高が冷泉を見て不思議そうな顔であいさつする。

「妙高です。あの?ひょっとして茉莉華さん?」

「若気の至りです」冷泉が困った顔をする。

「やっぱり、私、昔、編集部で見かけたことがありますよ」そういって名刺を出す。冷泉が名刺を見ながら、

「ああ、週刊誌の方ですか?」

「うん、フリーランスだけどね。でも茉莉華が刑事さんになってたなんてびっくりだね」

「すみません。記事にしないでくださいね」冷泉が拝む。

「いやあ、つらいわ、それは、こっちはフリーランスなんでこのネタは特ダネなんだけど・・・」

「そこをなんとか」

「冗談ですよ。記事にはしません」

「ありがとうございます」

「でも、あの頃より美人になったね。大人になったというのか、とても刑事には見えない」

「そうですか。あえて化粧っけもなくしてるんですけど」

「うん、そうだけど、なんか凄みみたいなものが出てきた感じかな」

「おい、早く乾杯しようぜ」二宮が吠える。

 それぞれ、お酒を注文して乾杯する。

「冷泉はお酒いける口か?」

「いえ、付き合い程度です」

「そうか、妙高、実は俺たちも彼女と飲むのは初めてなんだ」

「そうなんですか?歓迎会とかやらないんですか?」

「普通はやるんだが、けっこうやっかいな事件が発生してな。それどころじゃなかったんだよ。冷泉には悪い事したよ」

「それじゃあ、今日は歓迎会も兼て飲みましょう」

 料理も出て一段落した時点で妙高が冷泉に話をする。

「神保さんとは仕事で知り合って、その後飲み屋でばったり会って、2年ぐらい前かな。あの時も国分寺だったかな。なんとなく、うまがあって、その後も何回か機会があるごとに飲みに行ってます」

「そうなんですか」

 神保が話をつなぐ。

「妙高にしてみれば、警察関係に知り合いがいると都合が良いんだろ。俺はネタ元かもしれない」

「神保さん、それは持ちつ持たれつということで、ははは」妙高が今日の本題を持ち出す。

「それでですね。神保さん、例の地下アイドルの件なんですけど」

「ああ、あれか、聞いたよ。なんか不思議な事件になったな」

「そうなんですよ。神保さんから脅迫の話を聞いて、それとなくアイドル周辺を当たってたんですけど。あの事件でしょ、びっくりしたのと、それと正義の味方なんてものが出てきて」

 二宮が話に加わる。

「あれ、いったい何なの?立川南署でも事件は終わったのに報告書が書けないって話だよ」

「そうなんです。あの正義の味方の正体が全く分からないんです。それで神保さんに聞きたかったのは、あの地下アイドルの連絡先なんですけど」

「それは無理だよ。個人情報だからな。脅迫されてる云々は特に秘匿事項でもないから教えたけど、個人情報はだめだな」冷泉が話に加わる。

「ライブハウス襲撃事件の話ですよね。神保さんがアイドルの脅迫事件に関係してたんですか?」

「関係はしていないんだ。彼女がうちの署内に住んでていてね。警察の方に相談にきたんだよ。生活安全課のほうで事件性がないんで捜査はできないって話だったんだが、実際は襲撃されてしまった。結果的にはこちらの対応にも課題があったな」

「そうだったんですか」

「実際のところ、今はああいったストーカーまがいの問い合わせが多くてな。すべてに十分な対応が出来ていないのが実態なんだよ」

「そんなに多いんですか?」

「多いな。女性側の訴えが圧倒的に多いんだ。担当は生活安全課なんだが、事件が起こったらうちの担当になる。冷泉に来てもらったのもそれがひとつの目的でもある。女性の話は女性が良くわかる部分もあるからな。あ、これセクハラか?」冷泉が笑う。

「大丈夫ですよ。それで妙高さんがアイドルの連絡先が知りたい理由は何ですか?」

「うん、一応、記事には出来たんだけど。次にあの正義の味方の素性が知りたいじゃない。それで彼がどうやって事件に気付いたのか知りたいんだ。アイドル側の脅迫情報なんてマル秘事項だったはずでしょ。どこにもそんな情報は流れていない。警察関係でも知っていたのは武蔵大和署だけだからね」

「なるほど、そうなると確かに不思議な話ですね」

「そうなのよ。どこから情報を仕入れたのか、それをつかむのには情報源に話を聞くのが一番だと思ったわけよ」

「なるほど、ああ、神保さんそれ私がやっていいですか?」冷泉が神保に伺いを立てる。

「え?まあ、いいけど、今は難しいぞ」

「ええ、わかってます。今の事件が一段落したらやらせてください」

「まあ、うちの署内の事件とも言えないでもないから、いいかな」

「ありがとうございます」

ここで妙高が二つ目の話題に移る。

「神保さん、それでまだ話せる情報じゃないと思いますけど、今、話の出た例のたっちゃん池の方はどうなんですか?」

 強行班の3名が顔を見合わせる。

「そのとおりで話ができる段階じゃないんだ。今、報道関係に流してる情報のみだよ」

「まあ、そうでしょうね。えーと、こっちが持ってる情報も流しますけど」

「うん?なんか掴んでるのか?」

「ちょっとだけですよ」

「教えろよ。ネタによってはこっちも情報を出すぞ」

「本当ですか?絶対ですよ」

 冷泉だけが不思議そうな顔をしている。こういったやりとりが不自然に感じているのかもしれない。

「じゃあ、話しますね。被害者なんですけど地元じゃあ有名なワルで、どうもオレオレ詐欺もやってたみたいなんですよ」

「そうなのか?」

「ヘチにいたんですよね。あそこはオレオレで荒稼ぎしているらしいです。末端のやつなんで電話しまくってるほうですね」

「マルガイがヘチにいたのは掴んでたんだが、実際、詐欺をやってたのは知らなかったな」

「それで捜査状況はどんな感じなんですか?」

「まあ、情報をもらった手前、ここからは独り言だぞ。まあ完全にどん詰まりだな。手がかりすら見つかっていない」

「そうでしょうね。遺体を入れたドラム缶を池に沈めるなんてまともじゃないですよね」

「だろ、組織犯罪だとはにらんでるんだが、まったくその影が見えてこない」

「ヘチと抗争してたのは地元の暴力団ですよね。そこの構成員じゃないんですかね」

「その筋からも当たってるんだが、いっこうに姿が見えてこない」

「ただ、世の中すごい人間がいますから、あの正義の味方なんてスーパーマンですよ。ほんとに瞬間移動するんですから」

「瞬間移動か、週刊誌を読んだけど、実際、見たわけじゃないから何とも言えんが、そんなに凄いのか」

「はい、どこから動いたのか何をしたのかもはっきりと肉眼で捉えられないぐらい早かったです」

「だって現場が暗かったんだろ?」二宮が話す。

「はい、そうなんですけど、それを差し置いても考えられない速度だったんですよ」

「妙高さん、その画像持ってませんか?」冷泉も加わる。

「ああ、あるよ。見る?」

「ぜひ、見せてください」

 妙高がスマホを出して、画像を検索する。例の画像がみつかりみんなに見せる。

 まさに正義の味方が犯人を殴りつける瞬間だ。薄暗く内容がはっきりと見えるわけではないが、それなりに映っている。

「すげえな。パンチの速度がプロボクサーかよ。ぶれてるじゃん」

「一応、高速モードで連写したはずなんですけど、こんな感じで映ってるんですよ」

 他の画像ははっきりと映っているが、確かに握りこぶし付近の動きがぶれている。

「犯人の顔面損傷からしてパンチ力が凄いのは間違いないんです」

「最近はこういった力持ちが増えてるのか?たっちゃん池の犯人もすさまじいパンチ力だっていうし、どこかにそういった養成所でもあるのかな」二宮が感想を述べる。

神保がもの思いにふける。確かに今回の事件はそういったことなのかもしれない。通常の考え方では解決できないかもしれない。

「妙高さん。他に何か掴んでるのかい?」

「ああ、事件とは関係ないかもしれないんですが、ヘチのメンバーに事故が続いているんですよ」

「事故って?」

「はい、それも死亡事故です。この数カ月ですでに5人も死んでるんですよ」

「どういうことだ?」

「武蔵大和署管轄じゃないので、神保さんには情報が入ってないんですかね。ヘチのメンバーらしき人間が交通事故にあったり、転落事故をおこしたりでなくなってるんです」

「それは不自然な話だな」

「すべて事故で処理されてますけど、これだけ続くとなんか気になります」

「そうだな。こっちでも調べてみる。ひょっとすると事故に見せかけた殺人なのかもしれないな。いよいよ抗争でも始まるのかもしれんな」

「そうですね。私が地元のやくざにそんな話は聞けませんので」

「事故の情報は警察どうしでも入るんだが、背景までは記載されていなんで気が付かなかったな。あと、ヘチってグループ実態がよくわかってないところもある」

「中国残留孤児の3世辺りが中心になったグループですよね。元は暴走族だったらしですね」

「うん、ヘチの幹部クラスは分かってるんだが、末端やグループ実態はこれから捜査を進めていくことになる」

「そうですか、こっちも情報出したんで何かわかったら、独り言よろしくお願いします」

「ああ、独り言な、あと、冷泉に直接接触するのは止めてくれな」

「え、どうしてですか?」

「まだ、刑事になったばかりなんで、匙加減はこれから教えていくから、流せない情報も多いしな」

「仕方ないな。茉莉華ちゃんとお話ししたかったな。レディーストークですよ」

「そのうちな。冷泉はまだしばらくは修行中だ」

冷泉がうなづく。妙高が思い出したように話す。

「でも、冷泉さんはいい大学出身ですよね。キャリアじゃないんですか?」

「ええ、そんなにいい学校じゃないですよ」冷泉が手を振る。

「え、でも確か国立じゃなかった?」

「いえいえ、滅相もない。2流大学です。それと私は現場の刑事志向だったんですよ。キャリアじゃ現場には立てないですから」

「そうだったんだ」

 その後、宴席は終了し、全員解散となった。

 別れてから妙高はスマホで茉莉華のプロフィールを確認する。やっぱり国立大学じゃん。それもけっこうすごい。一流大学の法学部だ。確かモデルでも相当な稼ぎがあったはずだし、引退する時も事務所は血相を変えて引き留めたはずだった。それがなんで刑事なんかやってるんだ。やっぱりこっちのほうが興味がある。


 それからも捜査は大きな進展を見せることなく、過ぎていった。強行犯係でも地道な捜査を続けていたが成果は出なかった。そんな中、神保は冷泉と署内の暴力団関連捜査をおこなう組織犯罪課いわゆる旧4課の大橋のところにいた。

 大橋は神保と同年代のたたき上げ警察官で、一見するとやくざそのものである。元ラグビー選手でもあり、格闘家と言った印象の男である。

「神保、前から言われていたヘチの概要が見えてきた」

「おお、ありがとう。こっちは新人の冷泉さんだ」

大橋がちらっと冷泉を見る。

「冷泉です。よろしくお願いします」

「ああ」

 大橋はちらっと見ただけで話を進める。基本、彼は女性が苦手である。さらに冷泉ほどの美人は見るだけでも苦手である。

「ヘチなんだが、うちでも詳細はつかめていない。実際、構成メンバーがはっきりしない。300人から500人ぐらいいるかもしれない」

「どういうことだ?」

「こういった集団は組織化されていないんだ。末端はいるのかいないのかもはっきりしていない。組織の幹部連中も構成員をつかみ切れていないぐらいだ」

「そんなもんなんだ」

「元々は中国の残留孤児や在日中国人を中心とした暴走族集団だったらしい。90年台から活動している。最初は強盗、窃盗、パチンコの裏ロムなんかを収入源としていた。それがここ10年で組織化されてきた。どうも中国から犯罪のスペシャリストが入ったらしい」

冷泉はメモをしながら興味深く聞いている。

「そのスペシャリストが恐ろしく頭の切れるやつで、犯罪も一気にエスカレートした。クレジットカードの偽造,偽造カードを使用した搾取,盗んだ銀行カードを使用した預金の引出し、まさに知能犯だな。これは未確定だがハッキングまがいの犯罪もやってるらしい。それからマネーロンダリングもやってる」

「すごいな」

「元々、血の気の多いやつが多い組織なんで、昔は地元のやくざとも色々軋轢があるようだったが、今ややくざの方がヘチのお客さんになってる。それぐらい強烈だ。とにかく表に出ない。さらに中華系なんで日本人に対し敵意を持っている。中国側の教育もあるがやつらは日本人の道徳観とは一線を画す。中華思想だ。金儲けと縄張りを拡張する欲求が桁外れだ。それで当然、オレオレ詐欺や覚せい剤もやっている」

「それが表に出ていないのか・・・」

「そうだ。ただ、被害届は出ているから、こっちも動くんだがトカゲのしっぽ切りじゃないが、末端で捜査が途切れる。実に厄介な連中だよ」

「組織の幹部はどうなってるんだ」

「うん、幹部ははっきりしている。李王芳がリーダーで、こいつは残留孤児で日本名もあるが、最近はもっぱら中国名を使ってる。次に汪張偉と陳ハオランが腹心だ。こいつらも残留孤児の三世だ。そいつらが組織を束ねている。ただ、問題はさっき話したブレーン、いやフィクサーといっていいか、そいつの存在だ。やつの素性がいまだによく分かっていない。中国だけでなく、東南アジアにも人脈があるようなんだ。そこから覚せい剤が入っている」

「そんな幹部クラスの素性がわかっていないのか?」

「警視庁公安でも数年前から捜査を続けているんだが、影すら見えない」

「それで、今回のマルガイはどういった位置づけだったんだ?」

「うん、末端だな。オレオレ詐欺でいうとかけ子クラスだ。さっき話した幹部も実体をつかんでいないぐらいの人物だ」

「ということは組織間の抗争とかには関係ない人物なのか?」

「多分な。さっきも話したが地元のやくざじゃヘチとは勝負にならない。やくざがヘチのお客さんになってるからな」

「それにしちゃあ、たっちゃん池はずいぶんな殺し方じゃないか。それこそ、そういった組織犯罪じゃないと出来ない気がする」

「うん、そうだな。完全犯罪だな。しかしな。ヘチの殺し方はもっとすごいらしいぞ。死体も残さないって噂がある」

「どういうことだ?」

「粉砕して薬品処理する。すると何も残らないらしい」

「そんなことやってるのか?」

「これも証拠がない。ただ、噂だけはある」

 ここで冷泉が話す。

「最近、ヘチのメンバーで事故死が続いている話を聞いたんですが?」

 大橋は冷泉の目を見ないで話をする。こいつはどこまで女性が苦手なんだ。

「ああ、そうだ。ここ2カ月で分かってるだけで5名が事故死している」

「事故死なのか?」神保がびっくりする。

「うむ。一人は陸橋から転落死している。酒も入っていて事故処理されている。他も転落死で都合3件。それから自動車事故。最後は水死だ」

「不審死じゃないのか?」

「そういった証拠はあがっていない。疑義もないんで事故死で片付けられてる」

「死んだ奴らは幹部クラスじゃないのか?」

「そうだ。オレオレ詐欺の元締めとかヤクの元締めぐらいかな。これも多分そうじゃないかと言う話だ」

「そうか」

「ただ、神保から言われて調べてはいるが、確かにあやしい事故死ではある。転落死した場所に防犯カメラがなかったり、自動車事故もそれほど事故を起こしそうな場所じゃなかった」

「不審な事故死と言ったところか」

「そうだな。ただ、もう処理済の案件だ。再捜査は行われないだろうな。やったところで何か見つかるものでもない」

「なるほどな」


 神保と冷泉が組織犯罪対策課を後にする。部屋に戻る途中で冷泉が話をする。

「なにか気になります」

「そうだな」

「犯人はたっちゃん池も防犯カメラのない場所で作業をおこなってますし、今回の事故死も防犯カメラを避けてるように感じます」

「うん、殺人とすれば相当な知能犯だな。ただ、転落させるにしてもそれなりに何か犯罪の証拠が残るもんだが、そういったものがないようだ」

「そうですね。もし殺人だとすれば、言い方は変ですが実にあざやかにおこなってます」

 神保は考えこむ。たっちゃん池の事件と事故死はつながっているのか。冷泉が言う。

「ただ、たっちゃん池のほうは衝動的に殺人を行っています。犯人が同じだったとして、これだって事故死に見せかければよかったはずで、そういう意味では関連性はないのかもしれません」神保がうなづく。冷泉が話を続ける。

「それと前から気になっていたんですが、たっちゃん池の殺人には強い怒りを感じます。最初に内臓を破裂させた後に顔面を殴打しています。おそらく最初の腹部への打撃でマルガイは戦意喪失しているはずです。それなのにさらに追い打ちをかけている」

「そうだな。それも相当な力で・・・」

「神保さん、我々でマルガイ周辺の聞き込みはできないですか?」

「マルガイ周辺の聞き込みは八王子北署の管轄だからな。すでに聞き込み結果も出ているだろう?」

「そうなんですが、有益な情報もなかったし、もう一度、別な視点で聞き込みをしてみたいんですが」

「ああ、わかった。係長に確認を取ってみる。うちの管轄外なんでどうなるかはわからんが」

「それと話は変わるんですが、先日の飲み会であった地下アイドルへの聞き込みをしてみたいんです」

「例の正義の味方か?」

「そうです」

「何か引っかかりでもあるのか?」

「いえ、そういうわけではないんですが、被害者も女性ですし、私が聞いてみた方が何か情報が取れるかもしれませんので」

「うん、そいつは冷泉に任せる。あとで電話番号を教える。思うようにやってみろ」

「はい、ありがとうございます」


 その後、佐藤係長が八王子北署に確認を取り、マルガイ周辺の追加聞き込みについては了承された。さっそく神保、冷泉両名が聞き込みに向かった。周辺の居住者が在宅しているだろう日曜日の午前中である。マルガイは八王子中野上町のアパートに住んでいた。アパートは木造2階建ての古い建築物だった。資料を神保が見ている。

「田代真司がここの1階、102号室に住んでいたらしいな」

「そうですね。今は別の方が住んでいるようですね」

「不動産屋によると、2カ月間の家賃滞納で継続意志がないという判断で家具類は処分されたそうだ」

「捜査資料によると事件性のあるものはなかったということですね」

「そうだな。ただ、今となっては何とも言えないな。何が犯人に結び付くかわからないからな。微々たる証拠でもあるとなしでは大違いだ」

「そうですね」

「101号室から当たるか」

 神保は同じアパートの住人すべてに当たるつもりのようだ。部屋のチャイムを鳴らす。しばらく待って住人が出てきた。若い男性である。寝起きのようだ。髪がボサボサだ。

「何ですか?」

「お休みの所すみません」神保が警察手帳を見せる。

「お隣に住んでた田代さんについてお話を聞かせてください」

 寝ぼけ眼だった男は冷泉を見て驚いたような顔をしている。

「え?あなたも刑事さん?」

「はい、お話を聞かせてください」

「一日署長とかじゃないの?」

「はは、そういった類のものではないです」冷泉も警察手帳を見せる。

「ああ、そうですか。前にも刑事さんが来てお話はしましたよ」

「はい、伺ってます。少し、再確認をさせてください。お隣さんはどんな感じでしたか?」

 とたんに顔が曇る。

「あんまり、人の事悪く言いたくはないけど、最悪でしたよ。実際、いなくなってくれて助かりました」

「そうですか。どういったことがあったんでしょう?」

「だいたい、普段はいないんだけどね。たまにいる時は夜中まで大騒ぎするは、ものは壊すはで手に負えなかったですよ。こっちは文句も言えないしね」

「お隣さんにはどういった人が来ていましたか?」

「お仲間さんかな。いわゆる不良ですよ。警察にも文句は言ってみたけど、犯罪行為ではないのでって取り合ってくれなかった」

「そうですか、それは失礼しました。それで田代さんが居なくなった時期に何か変わったことはありませんでしたか?」

「えーと二月前だよね。特に変わったことはなかったよ」

「ここのアパートまで車が着たりはしなかったですか?」

「車?」

「例えば、ライトバンだとかちょっと大きめのワゴンだとか」

「ああ、そういえば大きなライトバンが来たことはあったかも?お隣さんがそれに乗り込んでたかな。多分、仲間の車じゃないのかな。そういえばそういうことは結構あったような気がするな。けっこう騒がしかったから」

「いなくなった時期に車は見なかったですか?」

「さあ、こっちもいつもここにいるわけじゃないんで、そこまではよくわからないな」

 神保がもう一人のマルガイ木村の写真を見せる。

「この方もよくここに来てましたよね」

「うん、良く来てたな。こいつが来ると大騒ぎになる」

「他に気になる人物とか、見ませんでしたか?」

「基本ヤンキーばっかりだな。女も多かった。そういえば中国人みたいなのはちょくちょく見たな。日本語じゃなかったから。お隣さんも中国人だったのかな。ちょっと日本人ぽくない感じがあったな。あの、もういいですか?」

「はい、すみません。もう一つ、お隣さんを別の場所で見たりしなかったですか?」

「別の場所?」

「ええ、だいたいこういった方はこの周辺で、言い方は変ですが、たむろってたりする場所があるのではと思ったものですから」

「ああ、そういうのか、それなら近くのコンビニとかにたむろってたかな」

「そうですか。ありがとうございました」

扉が閉まる。神保は最初に話をしただけで、後は冷泉がほとんど話をしてしまった。

「冷泉、お前、聞き込みが上手いな。当たりもお前の方が柔らかいから、これからは基本、お前に任せる」

「わかりました」

「一日署長はよかったな。こればっかりは仕方がないな」

「普通の格好してるんですけど。それと、ライトバンはヘチの車でしょうかね。オレオレ詐欺の事務所があるはずですから」

「多分、そうだな。車で回ってかけ子を拾ってたんだろうな。事務所の場所を特定させないためだろうな」

 その後、アパートの他の住民に話を聞いたが、目新しい情報はなかった。冷泉を茉莉華だと気が付いた住民がいたが、他人の空似と言ってごまかした。

 聞き込みを続けるために二人は近所を歩く。神保が話す。

「冷泉、さっきもそうだが茉莉華騒ぎは交番時代もあったんじゃないのか?」

「あの時期は伊達メガネをかけてました」

「そうなのか。でも目立つだろ、何て言うか、一般人とは違うオーラがでてる」

「いえ、オーラは隠せますよ。こちらに勤務するようになって世間も忘れて来たと思ってメガネもやめたんですが、うまくいかないですね」

「それでオーラを隠してるのか、そうだとすると持って生まれたもんだな」

「すみません。もっと隠します」

「いや、いいんだ。そのうち世間も忘れるだろう、気にするな」

 コンビニに到着した。割と大きい駐車スペースのある郊外のコンビニである。

 店内に入り、神保が店員に声を掛ける。

「すみません。店長さんいますか?」警察手帳を見せる。

レジにいた店員は奥に行って店長を呼んでくる。店長は40歳前後の小太りの男性だった。

「何でしょうか?」

「この近くに住んでいたこの方について聴き取りをしています」写真を見せる。

「ああ、先日も警察の方が来られましたよ」

「すみません。同じことを聞くかもしれませんが、再確認させてください。何か気になることはなかったですか?」

「だいたい、深夜に来られてブラブラしていましたかね。仲間連中も一緒に来てましたよ」

「仲間というとこの方ですよね」冷泉が木村の写真を見せる。

「そうです。この人と一緒が多かったですね」

「女性と一緒の時はなかったですか?」

「どうだったかな。水商売ぽい人は一緒に来たかもしれないです。いつも同じ人ではなかったと思います」

「割と年配の人はいませんでしたか?」

「年配の人?いや記憶にないですね」

「あと、何かトラブルを起こしたようなことはなかったですか?」

「うーーん、どうかな。店ではなかったと思いますよ。ここ以外ではどうかは知らないですけど」

「そうですか」

 ここでも目新しい発見はなかった。店を出て周辺を歩く。住宅街を進んでいくと公園が見えてきた。滑り台やブランコ、ジャングルジムらしきものもある。中規模の公園といったところだ。小学生らしき子供たちが遊んでいる。

「神保さん、子供に聞いても良いですか?」

「ああ、いいんじゃないか、悪いがおれは一服する」そういって神保は煙草を吸おうとしている。 神保は公園の端で煙草を吸いだす。冷泉のみで子供に話しかける。小学生低学年だろうか男の子が3人いた。

「ぼくたち、ちょっと話をしてもいいかな?」

3人が警戒する。最近は知らない人に対する警戒心が強いようだ。冷泉は私服でもあり警戒するようだ。もっぱら学校や家庭でもそういった教育が行われているらしい。

「私は警察官なの」冷泉が手帳を見せる。

「え、刑事さんなの?」子供たちがびっくりする。

「そうなの、駆け出しだけどね」冷泉がにこっと笑う。それで子供たちも安心する。

「君たちこの人たち見たことある」写真を見せる。3人がびっくりしたような顔をする。

「知ってるの?」

「知ってるよ。この人たち死んだんでしょ」

冷泉の勘が当たった。何かある。

「そうなの。何か知ってることがあったら教えてくれないかな」

「バチが当たったんだよ」

「バチ?どういうこと」

「こいつらひどいことしたんだ」

「うん?どんなこと」

「チャッピーを殺したんだよ。チャッピーって犬なんだけど。ここでみんなで飼ってたんだ」

「この人が犬を殺したの?」

「そうなんだ。チャッピーが吠えたとかで、二人で蹴り殺したんだ。みゆきちゃんがやめてって頼んだのに、みゆきちゃんまで蹴飛ばしたんだよ」

「それはひどいね」

「警察に言ったんだけど、何もしてくれなかったんだ」

「警察って近くの交番かな」

「そう、駅前の交番だよ。警察のおじさんに言ったけど、注意しておくって言っただけで、あいつらを捕まえもしないんだ。だから神様が罰をあたえたんだよ」

「そうかもしれないね。君たちは現場を見たの?」

「あのときはみゆきちゃんしか居なかったんだ。俺たちがいれば止めたんだけど」

「そうだね。みゆきちゃん、今日はいないの?」

「今日はいない。みゆきちゃんが一番かわいそうだった。チャッピーのこと一番かわいがってたから」

 男の子はそのことを思い出したのか、半泣きになっている。

「いつ頃の話かな?」

「えーーと、いつだったっけ?」もう一人の男の子に聞く。

「みゆきちゃんの誕生日の頃だったよ」

「そうか、じゃあ3カ月ぐらい前だね」子供たちがうなずく。「そうなんだ。君たちはみゆきちゃんのおうち、知ってる?話を聞いてみたいんだけど」

「みゆきちゃんはその先のアパートに住んでるよ。お母さんと二人暮らしなんだ」

「けんちゃん、それは個人情報だぞ」男の子が口をとがらせて言う。冷泉が笑う。

「そうだね。でも私は刑事だから大丈夫だよ。でも他の人には言わない方がいいね」

 子供は褒められてにこにこする。

「みゆきちゃんのアパート教えてくれる?」

「いいよ。付いてきて」

 冷泉が離れてタバコを吸いながら様子を見ていた神保に目配せする。神保は煙草を消して近づく。

「何かわかったのか?」

「ちょっとした小競り合いがあったらしいです。その時の話を聞きたくて、当事者の女の子の家を教えてもらいます」

「そうか、俺も行く」

 子供たちに連れて行ってもらいながら、冷泉が神保に事件の話をする。

「ひどいことするな」

 そこから数分でみゆきちゃんの家に着いた。先ほどのマルガイと同じような木造2階建てアパートだった。子供が指さす。

「ここがみゆきちゃんの家だよ」

「ありがとうね。あとは私達で話を聞くんで大丈夫だから、助かった。ありがとうね」

「うん、じゃあね」子供たちが手を振りながら離れていく。

「冷泉は子供にも人気があるな」

「子供は好きですよ。あの頃の子供はませてもいないし、かわいいです」

「そうだな。うちの子供も同じくらいかな」

「神保さんの子供もあの歳ぐらいですか、いいですね」

「そうだな。そのうち生意気言うんだろうけどな」

 何故か、冷泉が昔を懐かしむような顔をする。ひょっとしてこの娘、隠し子でもいるのか。

 子供たちから教えてもらった部屋の前でチャイムを鳴らす。表札は出ていない。

 家の中から声がする。

「はい、どちらさまですか?」

「はい、警察です。ちょっとお話を伺いたくて」冷泉が話す。扉が開いてお母さんらしき女性が顔を出す。扉を開けた瞬間に室内から有機溶剤のような臭いがする。

「はい、何でしょうか?」

 30歳後半だろうか、ポニーテールにした清楚な雰囲気の女性である。手を見ると絵具らしき汚れがある。なるほど油絵でも描いているのかな。ただ、顔からは疲れた印象を受けた。

「すみません。お休みの所を、実はある事件を捜査しておりまして、娘さんにお話を聞ければ幸いなんですが」

「みゆきですか?あのこが何か?」

「いえ、おじょうさんが関係しているわけではありません。その事件に巻き込まれた方とおじょうさんに面識があったそうなので、お話を伺いたいと思ってまして」

「そうなんですか。ちょっと待ってください」

 お母さんが家の中に入り、娘を連れてくる。みゆきちゃんは先ほどの男の子と同じ歳くらいの目のクリっとしたかわいらしい女の子だった。冷泉たちをみて少し戸惑っている。

「みゆきちゃん?ちょっと話を聞かせてくれるかな」

「うん、何?」

「いやな話かもしれないけど、チャッピーの話」

とたんにみゆきの顔が曇る。

「その時の男の人がなくなったんだ。それで今、色々調べてるんだけど、この人たちがチャッピーにひどい事したんだって?」

「うん、みゆきがやめてって頼んだのに・・・」思い出しただけで涙ぐむ。

「ごめんね。チャッピーが吠えたの?」

「吠えてないよ。ただ、遊んでてチャッピーは人懐っこいから、あいつらのところにもかけていってお話しようとしただけだよ」

「うん、そうなんだ」

「それなのにあいつら吠えたとか言ってチャッピーを蹴飛ばして、面白がって何度も蹴ったんだ」

「ひどいね」

「みゆきが止めようとしたんだけど、止めてくれなくて、みゆきも蹴られた」

「うん」

「チャッピーが動かなくなって、あいつら笑いながらそのままいなくなった。私はその後、病院に連れていったけど、チャッピーは死んでるって・・・」

ここでみゆきはついに泣き出してしまった。

「ごめんね。辛いこと思い出させて」

「け、警察に言ったけど、け、結局、何にもしてくれなかった・・・えーーん」

「うん、ごめんなさい。それはいつ頃のことだったの?」

「みゆきの誕生日の次の日、3月8日だよ」

「その後、男たちと接触はあったの?」

「お母さんが行っちゃだめって言うんで会ってない」

「そうか」

みゆきの後ろでお母さんが心配そうな顔をしている。

「交番には私も行ったんですけど、注意をするぐらいしかできないって言われるんで、でもひどいことしますよね」

「そうですね。なんとかできればよかったんですけど。交番は駅前の交番ですか?」

「ええ、そうです。男の警察官にお願いしました」

「みゆきちゃんはその事件以降に男には会ってないのね」

「うん、みゆきは会ってない」

「え?みゆきちゃん以外にあった人が居るの?」

冷泉の言葉に一瞬、みゆきが口ごもる気がした。何かあるのかな。

「いないよ。だれも会ってない」

「わかった。どうもありがとうね。お母さん、お休みの所ありがとうございました」

二人がアパートを後にする。

「ひどいことする奴らだな」

「子供たちが罰が当たったていうのもうなづけますね。ただ、何にもなくて面白半分で犬を殺したんでしょうか?」

「どういうことだ」

「わかりませんけど、暴力団なんかは見せしめだとか、いやがらせでこういったことをしますよね」

「あの家族とマルガイに関係があったということかな?」

「そういう気もします」

「ただ、飼い犬でもないしな。法的には罰せないな」

「交番で話を聞いても良いですか?」

「ああ、そうだな。行ってみるか」

駅前の交番に二人が立ち寄る。交番には若い女性警察官が座っていた。

「すみません。所長さんおられますか?」

「はい、どういう御用件ですか?」

「すみません。武蔵大和署の冷泉とこちらが神保警部になります」

 警察官が同業者だと気が付く。

「ああ、ちょっとお待ちください。中にどうぞ」

そうして二人を交番内に案内する。交番の奥に打ち合わせができるような部屋があった。机といすもあり、取り調べにも使用しているのかもしれない。女性警官が椅子を勧める。

「こちらにどうぞ。今、所長を呼んできます」

すると奥から50歳ぐらいの警官が出てきた。

「どうもご苦労様です。所長の宮沢です」

「武蔵大和署の神保と冷泉です。今日は勤務日でしたか?」

「そうです。日曜日でもけっこう事件が起きますんで、その辺は同業者だから同じですよね」

「そうですね」

先程の警察官がペットボトルのお茶を人数分、持ってくる。

「どうぞ」

「ありがとうございます。お構いなく」

昔は婦警がお茶を準備したものだが、最近は市販のペットボトルだよな。神保もなんとなく今の風情を感じる。婦警もそのまま所長の隣に座る。所長が話をする。

「それで今日はどんな用件でしょう?」

「はい、実は我々、たっちゃん池の捜査をしていまして、こちらの聞き込みをしていたところ、マルガイの気になる話を聞いたものですから」

「ああ、あの事件ですね。田代の話ですか?」

「そうです。3カ月前に公園で小競り合いがあったようなんですが、ご存じですか?」

「3カ月前ですか、どんな話でしょう」

3カ月前の話で犬の件がすっと出ないということはこれ以外にも色々事件があったのだろうか?

「ええ、公園にいた犬を彼らが殺してしまったとか聞いたんですが」

「ああ、その件ですか。被害届が出せる案件じゃなかったんですよ。公園にいた野良犬だったんで、訴訟でも起こせば別でしょうが、警察案件にはできなかったんです」

「そうですね。仕方ないと思いますよ。それでその際に何か気になるようなことはなかったでしょうか?」

「犬を公園で子供たちが世話をしていたようでした。特に女の子がかわいがっていたようで、事件のあと、その娘と母親がこちらに来られて、苦情を言われたんですがね。警察としてもなんともできないんで、悪い事をしました」

「いえ、お察しします。それで彼女たちは納得したんですよね」

「まあ、こちらの事情を話して納得してもらったといったところです」

ここで婦警が話す。

「あの女の子はみゆきちゃんと言って、いい子なんですよ。何とかしてあげたかったんですが、一応、私が本部に話をしてみたんですが、何も出来ないって言われて。みゆきちゃんにはかわいそうなことをしました。本当に落ち込んでいて・・・」

「そうでしょうね。感受性の強い年頃だから、かわいそうなことをしましたね」

「本当に素直でいい子なんです。みゆきちゃんは表彰もされたんですよ」

「え、そうなんですか?」

「ええ、一年前ぐらいだったかな。公園で男の人が意識を失っていて、彼女が救急車を呼んでくれて、無事、助かったんです」

「そうなんですか」

「みゆきちゃんは母子家庭なんで、その時は母親もいなかったのかな。自分で公衆電話から救急車を呼んでくれて、その方は助かったんです」

「いい子ですね。先ほどお会いしたんですが確かに聡明そうないいお子さんでした」

「そうですね。こういった言い方はおかしいのかもしれませんが、いまどき、あんないい子はいません」

あの娘は婦警のお気に入りのようだ。

「その事件のあと、何か気になることはありませんでしたか?」ここで婦警が冷泉をまじまじと見て気が付く。

「あ、あなた茉莉華さん・・・」冷泉は仕方ないといった顔をする。

「はい、若気の至りで、今は同業者です」

「そうなんですか!びっくりしました。私、ファンだったんですよ」

増々冷泉は困ったような顔になる。話を元に戻す。

「それで、事件のあと何か気になるようなことはなかったですか?」

「特になかったと思いますよ」所長が話す。ここで婦警のほうが思い出したように話しだす。

「関係ないかもしれませんけど、その後、みゆきちゃんが助けた男の方が来られたんですよ。犬の件で、あまりにひどい話だと言われて」

「そうなんですか」先ほどのみゆきちゃんの口ごもった件はこのことか。

「その方にもやはり、事件としては取り上げられないという話をしたんです。最終的には納得してもらいましたけど」

「その方はどういった人なんでしょう」

「おじいちゃんと言っては失礼かもしれませんが、会社を定年された方でご近所に住まわれていると思いました。でも、あの方は事件に関係していませんよ。とてもそんなことは出来る人じゃないですよ」

「そうですか。その方のお住まいとかはわかりますか?」

「わかりますよ。でも、無関係ですよ。あの人は」

「一応、教えていただけますか?」

婦警が奥に行って、住民一覧を提示する。

「この方ですね」

冷泉が住所と名前をメモする。

「その方の写真とかはありますか?」

「いえ、みゆきちゃんの表彰の写真はありますが、その方の写真はありませんね」

「そうですか・・」冷泉が引っかかるので神保が不思議がる。

「冷泉。何か気になるのか?」

「いえ、大丈夫です」

「じゃあ、そろそろお暇するか」

「はい、どうもありがとうございました」

婦警が思い切って話しかける。

「すみません。記念に一緒に写真撮らせてもらっていいですか?」

冷泉はちょっと困った顔をするが、

「はい、いいですよ」

冷泉と婦警のツーショット写真を撮る。それで二人は交番を後にする。

「冷泉、やっぱり伊達メガネをしたほうがいいかもしれんな」

「はい、再検討します」

「倒れてたじいさんに興味があるみたいだったな」

「いえ、他に何もなかったものですから、興味本位で聞いてました。すみません」

「いや、いいんだ。手がかりはどこにあるか分からないからな」

「神保さん、これから私は例のアイドルの自宅に伺いたいんですが、よろしいでしょうか?」

「え、これからか」

「アポントも取ってます。ちょうど駅も近いので電車で行ってみたいんですが」

「わかった。俺も行こう」

「はい、ありがとうございます」

冷泉は実に積極的に仕事をこなす。自分が若いころはこんなではなかった。先輩にどやされ、しごかれてようやく一人前になった気がする。それがこの娘はどうだ、すでにいっぱしの刑事以上ではないか。神保は感心しきりだ。

二人は駅に向かう。地下アイドルの自宅はここからだと30分ぐらいだ。駅の改札までは階段で登り、ホームに降りる形になっている。

最近とくに冷泉が茉莉華であることに気づかれることが増えてきた。彼女が辞めてから3年も経過しているので世間はいい加減忘れているはずなのだが何故か気づかれるようだ。

今も駅の反対側のホームのOLが冷泉を指さして噂している。

「冷泉、交番時代も大変だったんじゃないのか?茉莉華さんサインくださいって感じで」

「いえ、それがそうでもなかったんです。制服と帽子もあったし、伊達メガネをしてました。意外と気づかれなかったんです」

「そういうもんかな。スーツだから余計に目立つのかもな」

「スーツはモデル時代を連想しやすいのかもしれません。これからは伊達メガネと服装ももっとラフなものしようと思います。あと2,3年もすれば世間も忘れるし、容貌も変わってくるでしょうから」

「そうだな。それも変な話だが」

神保はこの娘なりの気苦労に笑ってしまう。


JRを私鉄に乗り換え、目的の駅に着く。

昨日、冷泉が電話でアポイントを取った時にそのアイドルとは少し話をしたそうだ。

リーダーの川崎美保は元々実家に住んでおり、事件以来、外出することができなくなっているらしい。他のメンバーも多かれ少なかれ同様の症状で休んでいるらしい。

それほどの恐怖体験だったということだ。二十歳前後で今回の経験は通常、ありえないものだ。警察からの聴取はすでに終わっていたが、女性の刑事ということもあるのか話をしてくれると言ってくれたそうだ。

駅から歩いて数分の住宅街に自宅はあった。2階建ての一戸建てで、普通のサラリーマンの一軒家といったところか。

玄関のインターフォンを鳴らす。

「武蔵大和署からまいりました冷泉と申します」

「はい、どうぞお入りください」スピーカーから母親らしき声が答える。

扉を開けて家に入る。冷泉と神保は警察手帳を提示する。話の進行は冷泉に任せよう。その方が被害者も話しやすいだろう。

「冷泉と神保です。本日はよろしくお願いします。お嬢さんはおられますか?」

母親は40歳後半だろうか、普通のおかあさんと言った印象である。先ほどのみゆきちゃんの母親と比べるとそれなりに裕福なんだろうなと思わせる。生活感はあるがやつれてはいない。

「居間の方に上がってもらえますか?」

「はい、ありがとうございます。それではおじゃまします」

ダイニングキッチンとリビングがつながっているタイプの家で、リビングにはソファーがある。家族がここでテレビをみながらくつろぐ空間なのだろう。大型テレビもある。

刑事二人はソファに座って美保を待つ。

母親に呼ばれて2階から美保が降りてきた。20歳ぐらいなのだろうが、事件の影響で顔が暗く、まだ、完全に立ち直っていないことがわかる。

ソファーの反対側に座って、冷泉を見る。そしてはっとした顔をする。

「冷泉と神保です。今日はお時間を頂いてありがとうございます」

「あの・・・ひょっとして茉莉華さんですか?」

また、気づかれた。

「はい、以前、そういった名前でモデルをやっていました」

はじめてこの娘の笑顔を見た気がした。笑顔を見せるのだからこれはこれで良かったかもしれない。

「ええ、びっくり、私、ファンだったんです。今、刑事さんやってるんですか?」

「はい、やってます。すみませんが刑事になった話は内密でお願いしますね」

「はい、わかりました」

しかし、この分では世間でも冷泉=茉莉華の特ダネは時間の問題かもしれないな。神保が興味もあり確認してみる。

「でも、3年前に辞めたのによく気が付かれましたね」

「だって、茉莉華さんってカリスマだったじゃないですか。やめたときも大騒ぎでその後まったく情報も無くて、今でもファンサイトがたくさんありますよ。今や伝説です」

そうだったのか、伝説とは驚いた。神保は茉莉華をあまり見たことがなかった。家でもテレビはスポーツ観戦ぐらいで、基本は子供たちがアニメばっかり見ている。

母親がお茶を持ってきた。

「お母さん、お構いなく」

母親がお茶とお茶菓子を置いてそのまま娘の隣に座る。冷泉が話をする。

「それでですね。事件の話は概ね聞いているんですが、あらためて2、3確認させてください。同じような質問になるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「はい」

「うちの署に脅迫の件で相談されたそうですね」

「そうです。インスタに脅迫まがいのコメントが続いたので恐ろしくなって警察に相談しました。でも、生活安全課の方には捜査はできないって言われて」

「申し訳ないです。確かに事件性についての判断が誤っていた可能性があります。もっと早く動いていればと悔やまれます」

「ほんとにこわかった」事件を思い出すと恐怖がよみがえるようだ。母親が話す。

「この娘、いまだに外出できないんですよ。もうアイドル活動も無理かもしれません。社会生活もできるようになるのか、親としても色々心配で」

冷泉が話をつなげる。

「そうですね。ただ、犯人も捕まってますし、こういった事例はめったにあることではないはずです。なんとか立ち直っていただきたいです」

親子は暗い顔のままだ。当事者にとっては簡単に割り切れるものでもないのだろう。

「それでですね。事件発生の時に救ってくれた人物についてお聞きしたいのですが、どういった状況だったのでしょう?」

「警察にも話をしたんですが、もう怖くて目を開けていられなくって、何が起こったのかもよくわからないんです」

「そうですか。犯人がガソリンをまいたんですよね。それからライターをつけた」

「ガソリンをまかれた時点で目を開けられなくて、よく見ていません」

「でも、その後、音はしたんでしょう?」

「そうですね。もみ合う音と言うか、バンバンって音がして、でも一瞬でした」

「一瞬ですか?」

「そうです。バンバンといった感じであっという間に終わってました。その後、明かりがついて、そこで助かったとおもったぐらいです」

「その時、助けてくれた方はいなかったんですね」

「そうです。スタッフと記者さんが残ってました」

「話によると誰もその男?男なんですかね、見てないんですよね」

「そうです。暗い中でそのままいなくなったようです。男か女かもわかりません。でも週刊誌に写真が残ってましたよね。あれは男の人みたいでした」

「美保さんのほうでその方について思いつくことはないですか?」

ここで美保が言いよどむ。何かあるのか?冷泉はそのまま待つ。少し時間がたってから美保が意を決したように話し出す。

「あの、実はこれは警察には話をしていないんですが」

「なんでしょう。なんでも話をしてください」

「この話は絶対しないようにってことだったんです。実はラインを使って助けてくれる人が居るんです」

「ライン?」

「ああ、そういった噂があってラインでその人に助けを頼むと、状況に応じて助けてくれるって言う」

「そういったラインがあるんですね」

「今、あるのかはわからないんですけど、あの時、こわくって警察も捜査は出来ないっていうし、友達の間で話題になってて、実際、助けてもらった話も聞いていたので、ダメもとでラインにメッセージを送ったんです。そしたら、そこから詳しい話を教えてくれって返信が来て、私もこわかったんで色々お願いしました」

「それはどういった内容なんでしょう?そのライン見れますか?」

「それがそのあとそのラインは削除されていて」

「そうですか。ライン登録はIDでやったんでしょう?」

「そうです」

「どんなIDでしたか?」

「確か東京救助隊だったと」

「tokyo_kyujotaiということですか?」冷泉が紙に書く。

「そんな感じです」

「脅迫が始まったのは半年前ぐらいでしたか?」

「脅迫自体はそれぐらいからでした。インスタグラムで脅迫文書が続いていたので、ブロックしたんです。その後、別アカウントで殺害予告に近い内容が来るようになったので、警察に相談しました」

「生活安全課から聞いてます。確実な殺害予告ではなかったですよね。グレーゾーンというか、あいまいにしてあった」

「そうです。でもなんか悪意を感じたというか、襲われる予感がしたんです」

「それで、東京救助隊に相談したんですね」

「はい、だめもとで」

「先ほど、こちらに相談して助かった話を聞いたということでしたが、具体的にはどういった話を聞いたんですか?」

「私が聞いたのは借金取りに追われていてそれを相談して助けてもらった話でした」

「警察に相談しなかったのかな?」

「多分、相談できない話だったのかもしれません」

「違法性の高い借金だったのかな」

「そうかもしれません。でも噂なんで」

「他にはどういった話があったんでしょうか?」

「友達もネット情報なのではっきりとしないんですけど、幼児を虐待している親がいてその親がなくなったとか」

「どうやったんだろう?」

「そこまではわかりません。私もまさか本当に助けてくれるなんて思ってなかったので」

「でも、助けてくれたんですね」

「はい、そうです」

「具体的には脅迫の事実を教えたんですね?」

「そうです。警察に話した内容を同じように教えました」

「直接に会わずにラインだけでですか?」

ここで再び考え込む。冷泉がにこりと微笑む。

「実は電話で話をしました」

「そうですか」

神保は感心する。さすが冷泉だ。笑顔のパワーかもしれない。しかし、まあそうだろうとは思っていた。文章だけでは事実関係は分からないだろう。

「それで具体的にはどんな話をしましたか?」

「ライブやイベントの日程を教えてくれとのことで、それを知らせました」

「ご自宅や周辺の警備はどうだったんでしょう?」

「はい、自宅は教えました。ただ、警護してもらってはいないと思います。実際はわかりませんけど」

「その男とは電話だけで、会ったことはないんですね」

「はい。それはそのとおりです」

「どんな声でした?雰囲気とかもわかれば教えてもらっていいですか?」

「普通の男の人だと思いました」

「歳は若い感じですか?ほら、しゃべり方でわかるでしょ?」

「ある程度、年配の人だとは思いました。若者ではないような感じでした」

「なるほど。今、その人の写真が週刊誌に載りましたよね。見た感じ、どう思いました?」

「はい、そうなんだという感じです」

「でもライブにも来たことがあったんでしょ?」

「警察にはそういわれたんですけど、気が付きませんでした。後から週刊誌を見てそうだったんだと思いました。それなりに観客の方もいるので」

「他に東京救助隊で気が付くようなことはありますか?」

「いえ、ああ、でも自分のことは他言しないようにと何度も釘はさされました」

「なるほど、身元は伏せておきたかったのかな。電話は携帯からでしたか?」

「いえ、公衆電話のようでした」

なるほど、そうなるとよほど個人の特定を嫌っているようだ。

「他に東京救助隊について覚えていることはありませんか?」

美保は少し考えてから、

「いえ、特にはありません」

「そうですか。事件以降、美保さんしばらく外出されていないそうですね」

「もう、アイドル活動もやれそうにないです」

「そうですか。あれほどの経験をなさったんですから、仕方ないとは思います。でも時間がかかってもファンの方も待ってくれていると思いますよ」

「そうかな、みんな忘れちゃうんじゃないかな」

「そんなことないですよ。いまだに私のファンサイトもあるって話ですし、本当のファンは残ってくれますよ」

「茉莉華さんと私では桁が違います」

そんなに冷泉は凄いのか。神保は素直に驚く、家に帰ったらかみさんに聞いてみないと。

「そんなことないと思いますよ。それと美保さんはまだ若いんだから、これから色々な世界が広がってるはずです。今回は辛い経験だったけど、今にこれが力に変わるかもしれません」

「そう思いたい」

冷泉が母親にも話をする。

「今後とも警察は市民の安全を第一に考えて行動します。何かありましたら遠慮なく連絡してください」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

二人は川崎家を後にする。

「冷泉、東京救助隊がキーポイントだな」

「そうですね。ただ、ラインの開示となると事件性がない場合は開示要求が出せないはずですよね」

「そうだな。さっきの話に合った事故に見せかけた殺人を立証できれば、開示の可能性はあるがな」

「たっちゃん池ともつながるのかもしれません」

「そう思うか」

「この限られた多摩地域でこれだけの事件が連続で起きるとなると、関連性が疑われます」

「しかし、犯人像が浮かんでこない。俗に言うプロファイルだな。異常な怪力で動きも鋭いということだが、さっきの話だと声は年配の男性ではないかと言う話だった」

「声は人に寄りますから、一概には言えないかもしれません」

「確かにそれにラインを使ってる点もある程度、パソコンを知らないとできない」

「さらに事故死もその男の犯罪だとすると相当な知能犯です」

「そうだな。そこまではっきりすればライン情報の開示が必要だ。なんとか立証、もしくは疑義がでないかな」

東京救助隊の情報が欲しい。ただ、事件性があるわけではないので情報開示をどうやって行うかだ。さらにいったん事故死で結論が出ている事案を殺人事件に戻すのも難しい。

どう動けばいいのか。係長にでも相談してみるか。

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