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正義の味方  作者: 春原 恵志
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たっちゃん池

たっちゃん池


 東京都と埼玉県の県境にある村山下貯水池の近くの都立狭山公園。多摩湖の湖畔にある公園と言った方が分かりやすい。森に囲まれた自然の多い公園である。

 ここに「宅部池」(やけべいけ)通称たっちゃん池という森の中に囲まれた1千坪ぐらいの池がある。自然の湧き水で出来た池らしく、古くから地域の方に親しまれている。

 現在ここではテレビ局が番組制作中だった。この池の外来種調査および清掃目的で、かいぼりをおこなうというもので、早い話、池の水を全部抜いてお宝発見といった番組である。

 天候にも恵まれ、公園の緑が一段とさえている。

 現場周辺の住民や番組のファンも大勢、池の周囲に詰めかけており、数百人はいるだろうか。けっこうな賑わいとなっている。

 番組ディレクターらしき人物が声を掛ける。

「それじゃあ、そろそろ撮影開始します。スタンバイお願いします」

 ディレクターがキューをかける。それを合図に番組のレポーターらしき男性お笑いタレントが、二名池のほとりで実況を開始する。

「はい、今日はここ、宅部池からお送りします。お宝発見、池の水抜くぞ!です」

「はい、もうすでにずいぶん、水位が下がってきて段々と池の底が見えつつあります」

 たしかに池はすでに水かさが下がっていて、池の外周部分は泥が浮かんできている。一番深いところが中心部だが、そこもまもなく干上がろうとしていた。

「なんでもこの池、深いところは7mもあったそうで、実際、水を抜き出してからすでに1週間かかっています。いよいよ本日この池の全貌があきらかになりそうです」

「楽しみですね。何が出るかな」相棒のタレントがひょうきんなポーズをとる。

「あのね。ここはけっこう巷では評判の心霊スポットなんですよ」

「まじすか?」

「そうそう、通称たっちゃん池って言ってね。昔、たっちゃんて名前の子供がおぼれ死んだという話があるんですよ」

「ほんとに、なんか変なものが出ないと良いですね」

「ほんとですよ」

「あれ?」

 先程からひょうきんな動きをしていたタレントが何かに気が付く。

「どうかした?」

「あれ、何かな?」

「何、お宝でたの?」

「いや、池の真ん中付近になんか出ましたよ」

「本当だ。何だろう」相方も気が付く。

 たっちゃん池は約1千坪、周囲が30m程度の大きさだが、その中心部に黒い大きな物体が露出しつつあった。水かさは概ね1m以下になっており、池に埋まっていた木材や自転車などの廃棄物が露出しつつはあったが、真ん中に出てきたものはかなり大きくて異質な感じが漂っていた。

「ああ、ドラム缶かな・・・」

「確かにそんな感じですね。誰がすてたんだろう。迷惑な話だな」

 すでに水底が見える所もあるので、スタッフのADが実物を確認に向かう。

 ディレクターらしき男性が声を掛ける。

「ちょっと撮影中止。おーい、木村君、何だいそれ」

 先ほどのADに声を掛ける。ADは錆が出ているドラム缶をのぞき込む。

「なんか、砂利がはいってますね。けっこうたくさんはいってる・・・わああああああ!」

「どうした?」

「大変です。手、手が見えます」

「何?」

 他のスタッフ、ディレクターも水につかりながらドラム缶に集まる。ドラム缶の空き口から確かに砂利があふれている。さらにそこから確かに異様な臭いがしている。そして、砂利の間から手らしき骨が見えている。

「これ、人間の手だよな」

「こりゃ、大変だ。警察を呼べ」

 池の周りで見ていた観衆も騒然となり、みんなが池に突進してくる。スマホなどで現場を撮りまくっている。

「ああ、ちょっと池には入らないでください」

 スタッフが静止するが、このインスタ映え写真には逆らえないようだ。池の周辺はまさに大騒ぎとなった。


 武蔵大和署刑事組織犯罪対策課。ここに強行犯係が存在している。総勢12名の組織である。本日も強行犯係の朝が始まる。この部屋のドアが開く。

「おはようございます」

 部屋に入って来たのは若手の二宮警部補である。若手と言っても、すでに30歳である。

「おはよう。相変わらず重役出勤か」

 奥の席に座っていた係長の佐藤が嫌味を言う。

「何言ってるんですか、早朝の仕事をこなして来てるんですよ」

「ほう、それは感心。で、どんな仕事?」

「聞き込みです」

「なるほどね」

 佐藤は疑惑の視線を投げかけるが、それ以上は言わない。二宮が自分の席に着く。隣にいるのは神保警部、40歳、既婚で二人の子持ちである。その神保が小声で話す。

「毎日、聞き込みだけだと理由が持たないぞ」

「まあまあ、いいんですよ。我々は残業も付けてないんですから、その分を調整してるんです」

「いいよな。最近の若いやつはおおらかで」

「へへ、ああ、ところで今日から新人が来るんですよね」

「そうらしいな。異動で来るって言ってたな」

「女の子でしょ」

「うん、男女雇用均等法のせいか、警察も女性を増やさないといけないらしい。強行犯には向かない気がするがな」

「似顔絵担当とかやってもらえばいいのかな。まあ、女性だと年寄りには当たりがやわらかでいいのかもしれませんね」

 そんな話をしていたところで、電話で係長が呼ばれて出ていく。

「いよいよ、登場かな。可愛い子だと良いな」

「そういや、二宮、独身だったな。職場恋愛は止めとけよ。あとがやっかいだからな」

「まあ、心得ておきます」

 近年の禁煙ブームというか嫌煙権が進んで、署内は完全禁煙であり、ヘビースモーカーの神保は居心地が悪い。1時間おきに喫煙所、というか署員用の自転車置き場にある喫煙所に吸いに行っている。雨の日などは濡れて大変である。

「神保さん、モク中ですか?手が震えてますよ」

「お前、今、忘れてたのに思い出させやがったな・・・」

「はは、ここらで思い切って禁煙したらどうですか?」

「まあな。たばこ代のエンゲル係数が高すぎて、そろそろ考えてはいる。おれの小遣いが殆ど、たばこ代になってるからな」

「安月給ですからね。早く昇進しないと」

「お前は口さがないな。そのとおりなだけに苦しいところだ。かみさんもうるさくてな」

「独身が気楽でいいですね。そんな話を聞くと増々結婚願望がなくなるな」

「二宮のエンゲル係数は何が主なんだ」

「お酒ですかね。情報収集も兼て繁華街に出かけてます」

「キャバクラだろ、情報収集なんてできるのかね。ねえちゃんのサイズばっかり確認してるんじゃないの?」

「神保さん気を付けて下さい。そういうのはセクハラ発言になりますから、今度、女の子が職場に来るんですから、気を付けないと内部告発で訴えられますよ」

「ふう、面倒な世の中になってきたな。タバコも吸えない、自由に発言もできない。おやじにはストレスがたまるばっかりだ」

「なるほど、中年にもストレスがたまるんですね。こういうのは中年ハラスメントとでもいうんですかね」

「何、言ってるのかね」

 そこへ異動者を連れて佐藤係長が戻って来た。二宮の口が開いたままになる。

 髪はセミロングで黒のレディススーツを着こなしている。まるでファッション雑誌から飛び出したような容貌で、モデルのようでもある。身長は佐藤係長と同じぐらいで、パンプスを履いて同じなので、170cmはありそうである。早い話が相当な美形である。

 佐藤係長が話をする。

「はい、みなさん、そのままでいいので顔だけこちらに向いてください。異動者の紹介になります。じゃあ、自己紹介を」

「この度、八王子西署地域課より異動になりました冷泉三有れいぜいみうと申します。一所懸命にがんばりますので、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」

「冷泉さんは刑事志望で八王子西署は充足していたため、当署に配属になった。3年目の新人さんだ。みんな、よろしく頼む」

 二宮が手を挙げている。

「何だ、二宮」

「はいはい、私に指導係をさせてください」

「指導係は神保さんにお願いする。二宮はもう少し経験を積んでからだな」

「いやあ、もう十分経験を積んでますよ」

「却下!それじゃあ、神保さんよろしく頼むよ」

冷泉も神保に向かって一礼する。

「よろしくお願いします」

 神保はどうも若い女性が苦手だ。以前も女性警官の指導をしたことがあるが、とにかく気を使うことが多く、通常勤務以上に気疲れしてしまう。

「冷泉さんの席は神保の横にしてくれ、二宮は窓際の空いてる席に移動してくれ」

「えっ、窓際族ですか」

「古い言い方を知ってるな。外の監視もよろしく頼む」

「あーあ、残念」

 二宮はしぶしぶ、荷物を片付けて移動を始める。

「それじゃあ、神保と冷泉さん、今後の話だ。会議室で打ち合わせしよう」

 神保が会議室に向かおうとしたその時、電話が鳴った。

「はい、強行犯係。はい、佐藤さん事件です」

 佐藤が電話を代わる。

「はい、宅部池で、了解しました。すぐ向かいます」

 電話を切る。

「宅部池で遺体が発見された。現場に行くぞ。神保と二宮も来てくれ」

 冷泉が話す。

「私も同行してよろしいでしょうか?」

「うーーん、まあ、いいか見学ということで、じゃあ、行くぞ」


 宅部池は周辺にロープが張られ、一般の立ち入りが禁止となっていた。現場は騒然としていた。元々のテレビ局のクルーは報道に回り、撮影を続けている。

 佐藤ら一行の車が到着した。佐藤がロープの前にいる制服の警察官に話をする。

「強行犯係の佐藤だ。中に入るぞ」

 警察官が敬礼して中に入れる。

「かいぼりが終了してますね」

 神保が池を見渡す。すでにほとんどの水が抜けている状態で池の真ん中にドラム缶が残っている。そこに鑑識が数名張り付いている。佐藤たちが池の中まで行って後ろからのぞき込む。

 ドラム缶には砂利が入っていたようで、すでにそれは相当数が取り除かれていた。鑑識が慎重に写真を撮りながら、遺体を確認している。

「係長、遺体はバラバラのようですね」神保が話す。

「ああ、バラバラというかぐしゃぐしゃだな」

 どうしたら、こんなことになるのかというぐらい遺体の損傷は激しかった。腐乱も進んで、白骨化した部分も多いようだが、骨の原型がわからない。どこの部位なのかといった状態だった。それらがドラム缶の中に砂利と一緒にうごめいている。

 冷泉は青い顔をして後ろで見ていた。

「冷泉は外に出ていろ」

 神保が声を掛ける。冷泉はフラフラと外に出ていく。

「いきなり、これは強烈だな。新人にはきついよ」二宮もハンカチで口を押える。吐き気を抑えるのに必死だ。

 佐藤が現場にいるベテランの鑑識に声を掛ける。

「どんな感じだ?」

「うーーん、多分、一人じゃないね。二人みたいだ」

「二人?」

「二人分の部位がある」

「二人分の遺体を分解して、ドラム缶に詰めたのか・・・」

「分解?どうかな。押し込んだ感じかな。重機かなんかで、まあ、これから検死に回すけどな」

「それにしても、どうやってここまで持って来て、池の真ん中まで運んだんだろうな」

「それはこれからだな。だけど、全部で200㎏はあるだろうから、やっぱり何かで運ぶしかないな」

「死後、どのくらいたってる?」

「正確には分からないけど、ひと月はゆうにたってる。腐乱状態からしてもそれぐらいはたってると思うよ」

「わかった。よろしく頼む」

 神保は池から出て、外にいる冷泉に声を掛ける。

「大丈夫か?」

「はい、すみません。私から同行を申し出てこのありさまでは・・・」

「気にするな。普通こんな遺体はありえない。レアケースだ」

 相変わらず冷泉の顔色が悪い。

「殺人事件なんて、この界隈じゃほとんど起きていない。ましてやこういった事件は東京でもほとんどないからな。これで懲りるなよ」

「はい」

「少し聞き込みをしたい。公園と周辺住民を当たることにする」

「わかりました」


 それから、神保と冷泉、佐藤と二宮とで二組に別れて周辺の聞き込みをおこなった。

 神保と冷泉は公園管理所に向かう。たっちゃん池からは反対側の道路沿いにある一見ペンション風の木造建築物である。冷泉は幾分平静を取り戻したようだ。顔色もよくなっていた。

 事務所に入り、神保が声を掛ける。

「すみません。武蔵大和署のものです」

 管理担当者は在籍していた。別室から年配の男性が出てきた。

「ご苦労様です」

 神保と冷泉は警察手帳を提示し、

「少しお話いいですか?たっちゃん池の遺体の件です」

 管理人は気まずそうな顔をして話す。

「先ほどから大騒ぎで、今も都の担当者と話をしていたところです」

「こちらの公園内の防犯カメラ画像を貸していただきたい」

「大丈夫です。上からも協力するようにとの話を聞いています。今から用意します」

「どのくらいの期間が保管されていますか?」

「こちらの防犯カメラのシステムは容量がいっぱいになると上書きするタイプなんで、どうでしょう、だいたい1ヶ月かそのくらいかと」

「そうですか、事件があったとすれば、1カ月かもしくは2カ月ぐらいたってるかもしれません」

「そうですか、きわどいな。一応、貸し出しますね」

「カメラは公園のどの箇所になります。たっちゃん池周辺を重点的に見たいんですが」

「池の辺は少ないな。池に向かう遊歩道あたりはありますね。こちらに設置地図がありますので、お渡ししますね。番号で追えると思います」

「ありがとうございます。あと、その時期に何か気になるようなことはなかったですか?」

「ああ、それなんですが、ドラム缶でしょ。そんなものを運び込んでるような記憶はないですよ。あとで駐車場にも管理人がいますんで聞いてもらった方が良いと思いますけど、管理事務所側でそんな事実は思い出せません。まあ、2カ月前をしっかり記憶してるかと言われると不安ではありますけど」

「大型の重機みたいなものを運び込んだら分かりますよね」

「日中だったら間違いなく気が付きますよ。ただ、夜は誰もいなくなりますから、それ以降は防犯カメラだよりになりますね」

「そうですか。あなたのほかにここで管理業務をされている方はおられますか?」

「ええ、あと二人で交代勤務しています。今日はいませんが」

「あとでけっこうですので、その方からも聞いてもらって何か気になることがありましたら、こちらまで電話をお願いします」

 神保は名刺を出す。管理人は名刺を受け取り、冷泉の方を見ている。

「ああ、彼女はまだ名刺がないんですよ」

「はあ、そうなんですか」

 管理人は何かすごく残念そうな顔をしている。

 その後、USBで防犯カメラの動画を受け取った。

 神保と冷泉はそのまま、たっちゃん池側にある駐車場に向かう。

 神保は冷泉の顔色を確認する。少しはよくなったようだ。

「冷泉、少しは楽になったか?」

「はい、もう大丈夫です」

「強行犯係なんで最悪、こういった悲惨な現場をみないといけなくなる。覚悟がいるぞ」

「理解しています。すいません、それなのに自分が情けないです」

「そこまで言うことはない。初めてなんだし、これからだ」

「はい、ありがとうございます」

 神保に苦い記憶がこみ上げる。冷泉の前に強行犯係に来た若い女性警官の事を思い出す。

 彼女も当初は刑事にあこがれて懸命に捜査現場にも参加していたが、想像を超える激務と男社会のはざまに徐々に潰されていった。歳も冷泉と同じぐらいだったか、最後はメンタルヘルスを発症して、うつ状態になり警察自体を辞めていった。

 冷泉が同じにならないとは言えない。まあ、今日の様な現場ばかりだったら、二宮でも値を上げるだろう。

 二人は駐車場につく。駐車場は先ほどの管理事務所からは反対側に位置している。台数でいえば50台は駐車できそうな大きさである。

 入り口付近に管理人がいた。年配で60歳は過ぎている感じである。

「お疲れ様です。武蔵大和署のものです」

「はい、お疲れ様です。ひどい事件ですね」

「はい、現在、事件のことを確認しています。先ほど管理事務所には顔を出して防犯カメラ画像もいただいています」

「そうですか」

「一月から二月前に、こちらの駐車場にドラム缶や重機を持ち込んだようなことはなかったですか?」

 管理人は少し思い出そうとするが、

「いやあ、それは無いですよ。そんなことしたら気が付きます」

「駐車場はここしかないんですよね」

「そうです」

「夜はどうなります」

「夜間は閉められますので駐車は出来ません」

「そうですか、物理的に入れられないんですよね」

「はい、ポールを立てますんで駐車場には入れられません」

「そうなると夜間にたっちゃん池にドラム缶を運ぶことはできないということでしょうか?」

「どうかな、強引に多摩湖のほうから入ることは出来ますよ。多摩湖の遊歩道がありますんで」

「その先ですね」神保が指さす。

「そうです。多摩湖が見えますでしょ。そこの脇に遊歩道があります」

おそらく、夜間にそこから入ったと考えるべきだろう。そうなると防犯カメラ画像が頼りだ。

「駐車場で勤務されている方は何人ぐらいおられますか?」

「私を入れて5名勤務しています」

「そうですか、もしほかの方で何か気が付いたことがありましたら、管理事務所の方に話をしてください。当方の連絡先を渡してあります」

「わかりました」


 その後、神保と冷泉は周辺の住宅にも聞き込みをおこなった。

 この近辺は多摩湖のほとりで住宅街でもあり、人通りも多いことから有力な情報が手に入るかと思ったが、逆に事件の情報を聞きたがる者が多く、その日は結局、事件に結びつくようなものは得られなかった。

 さらに公園から入手したカメラ画像は1カ月前までで、事件の画像は期待薄であった。


 現場が埼玉県に近いこともあり、特別捜査本部が設立された。指揮は警察本部主導で行うこととなった。佐藤の強行犯チームは所轄を代表して参加することになった。主に周辺地域の聞き込みなどの情報収集にあたった。

 2日後の合同会議で検死報告が発表された。本部長には警視庁から坂本管理官が付いていた。その坂本が音頭を取り、武蔵村山署会議室にて、会議が行われていた。

 1回目の会議は事件翌日に顔合わせ目的で行われていて、本日は2回目の会議開催となる。

「それでは、宅部池ドラム缶殺人事件の第2回の捜査状況報告会をおこなう。まずは、検死結果の報告からお願いする。鑑識課長よろしく頼む」

 鑑識課長が報告を始める。

「それでは、検死結果報告です。マルガイは男性2名。以降ABで呼びます。年齢は10代後半から20代前半、身長はマルガイAが168cm体重は約80kg、マルガイBは178cm約85kg。死後30~40日は経過しております。死因は撲殺でAは内臓破裂、Bは頭蓋骨粉砕による脳挫傷、Aの死因は内臓破裂ですがその後、頭部も粉砕されています。凶器はおそらく素手ではないかとのことです。このおそらくと言うのは相当な力が加わっており、人間の場合は相当な力を持っているものとなります」

 管理官が確認する。

「相当な力とはどの程度を言っているのか?」

「はい、おそらく一トンを超えると思われます」

 会場がざわめく、神保と二宮が顔を見合わせる。犯人はゴリラか。

「もう少し調査が必要ですが、計算上は1トンを超える力でないとこういった結果にならないそうです。よって、素手以外の可能性も当たっているところです。続けます。さらにAの左上腕部には入れ墨があります。いわゆるタトゥーといったものです。画面をみてください」

 会議室の大型モニターにタトゥーが表示される。何かの動物のようだが、よくわからない。

「ワンポイントタトゥーといったところですので、現在、和彫りの関係者を当たっているところです」

「これは何なのか?動物か?」

「わかりません。特徴はありますので聞き込みもこれを中心に行えばいいかと思います」

「了解。今後はこのタトゥーを使ってマルガイの特定を急いでくれ。他に分かったことはあるか」

「はい、血液型は両方ともA型で、DNAを照合しましたがデータベースに該当者はいませんでした。指紋採取も出来ましたが、こちらも該当者はいませんでした。先ほども述べましたが頭部が破壊されており、歯型の採取は困難でした。検死報告の主なものは以上となります」

「続いて鑑識担当からの現場報告をお願いする」

 別の鑑識署員が立ち上がって報告を始める。

「はい、報告します。ドラム缶は200?サイズのオープンタイプで、使用時は天板を付けるタイプになります。ごく一般的なものでオークションサイトなどでも取引されているものになります。使用の痕跡がある品物でした。ドラム缶の型番などの特定は別途、進めています。さらに総重量は死体と砂利を含めると200kgになります。それを池の中央部まで運んでいますので、なんらかの機械を使わないと運べません。池周辺にもそういった痕跡は見つかっておりません。さらに池の深さは該当場所は7mありますので、そこまではボートで運んだものと思われますが、ボートを運ぶためとドラム缶を移動させるのにもフォークリフトやそれに類するものが必要になります。運搬用にはトラックが必要ですので、池周辺には痕跡が残っているはずですが、機械の使用跡やトラックの運搬跡などは発見できておりません」

「雨やその後の作業などで除去されたんじゃないのか?」

「その可能性はありますが、それにしても何も残ってないのは不思議ですらあります」

「仮定の話だが、ヘリコプターから落下させることは可能だろう?」

「そうですが、相当な音が出ます。地域住民が気が付かないはずがありません。さらに砂利についてですが、おそらく河原で採取されたものではないかと思います。どの場所かを特定中です。それと遺体の状況から判断して、ドラム缶にマルガイを入れた後から砂利を押し込んだものと思われます。これについても相当な荷重をかけての押し込みかと判断しております。遺体の損傷はこの荷重によって発生している部分も多々見受けられます」

「それについても何か機械を使用したということか?」

「可能性が高いと思います。鑑識からの主な報告は以上になります。また、遺留物の詳細資料は別途作成しておりますので、本部内で共有できるようにしております」

「わかった。続いて所轄の情報を頼む」

 佐藤係長が立ち上がって話をする。

「それでは武蔵大和署から報告します。現場の周辺で聞き込みを続けていますが、1カ月前近辺での不審な物音や人物の発見にはいたっておりません。逆にこの公園は人通りも多く、多摩湖の遊歩道もあり、夜間でも人流がある場所です。いずれ目撃者が見つかるとは思っています。また、公園内は夜間の立ち入りはできないはずですが、塀や柵もなく、実際入ることは可能です。防犯カメラの画像もすべては確認できておりませんが、1カ月前までのため、望み薄です」

「つまりは現状、有益な報告はないということだな」

「すみません。そうなります」

「わかった。狭山警察関連はどうですか?」

 狭山警察署関係者が話す。

「はい、残念ながらこちらも同じく、有益な情報はありません」

「わかった。それでは本日まで入手した資料をもとにマルガイの特定、犯人に結び付く情報収集を続けてくれ。以上」

 一同が立ち上がり、各々捜査を再開していく。


 強行犯係が集まり、捜査の進め方を確認している。佐藤係長から指示が出る。

「二宮はタトゥーの線を洗ってくれるか?多摩地区の入れ墨業者を当たればこういったものを入れた人物を特定できるかもしれない」

「わかりました。何件か当てはありますので当たってみます」

「この模様はわかるか?」

「何かの動物ですかね。カスタムタトゥーかもしれません。ああ、客から指定するオリジナルのタトゥーのことです。案外、マルガイの方はすぐ特定できるかもしれませんね」

「そうか、よろしく頼む。神保と冷泉は聞き込みを続けてくれ、まだ、すべての範囲を聞きこんだわけじゃないだろう」

「そうですね。もう少し範囲を広げてみます」

ここで二宮が話す。

「犯人はゴリラーマンじゃねえの」

「ゴリラーマン?」

「いやあ、ゴリラみたいな怪力の持ち主ってことですよ。そう考えると納得でしょ」

「どういうことだ?」

「まず、殺人方法が頭蓋骨破壊、内臓破裂で人物特定も困難なほどの破壊力でしょ、そのうえでドラム缶に詰め込む力も半端じゃない。ドラム缶を持ち上げる力があれば、対岸から池の中央まで運ぶこともできる」

「200kgのドラム缶を持ち上げることができるのか?」

「重量挙げの選手や相当の力持ちであれば、ある程度はできないですかね」

 神保がフォローする。

「逆にそういった怪力の人物から探す手もある気がします」

「そうだな。わかった。その線はこっちで当たってみる」


 神保と冷泉が捜査車両に乗り込もうとする。冷泉が運転席側に向かい。

「神保さん、私が運転しましょうか?」

「冷泉、運転できるのか?」

「免許はあります。ペーパードライバーですが」

「いや、遠慮しとく、もう少し練習してからな」

「はい、すみません」

 神保の運転で車が走り出す。

「少し話もしていきたいから、俺が運転する。あんまり気にすることもないぞ」

「はい」

「赴任早々でこんな事件で大変だろうが、これも経験だ。むしろ貴重な経験だ」

「はい、そう思います。ここまでの重大犯罪はまれだと聞いています」

「うちの管内だと数年に1回あるかないかだな。窃盗や強盗が中心だ。殺人事件なんて10年ぶりじゃないかな」

 しばらく走って神保が気が付いたように話をする。

「ところで、冷泉は何故、刑事になったんだ?」

「はい、単純な理由なんですが、刑事に憧れがあって、それと公務員志向が強かったので。すみません。こんな理由で」

「うん、まあ、そんなもんかもしれんな。ただ、警察組織なんてのは男社会の最たるもんだからな。何かとやりにくい部分は多いと思うぞ」

「はい、それは認識しています」

「そうか、まあ最近はセクハラだの、そういったハラスメントに気を付けろってのが多いが、こっからは俺のセクハラ発言だから、拒否してくれてもいいぞ」

 冷泉がうなずくのを確認して、

「ざっくり言って、冷泉ぐらいの女性だったらもっと色んな職種も選べるだろうとおもうんだが、」

「単刀直入に言って貰っても構いませんが」

「うん、まあ、モデルさんとか容姿を売りに出来る仕事とかな。そっちの方が金にもなると思うが、」

「実は学生時代はそういったこともやってたんです。確かに見入りはいいんですが、先ほども言ったように公務員志向もあって、ああ、それと私、母子家庭なんです。母親を安心させたくて堅い職種を選びました」

「なるほど、まあ、キャリアアップで別の部署に異動も可能だからな。色々と経験するのは良いと思う」

「はい、でも今の所は異動は考えていません。強行犯係に希望を出した時も色んな方に説得されましたが、元々希望していた部署だったので、骨をうずめる覚悟で仕事をしていきたいと思っています」

「そうか、まあ、頑張ってくれ」

「はい」

「今は自宅から通ってるんだよな」

「そうです。立川に住んでいます」

「うん、俺は東村山に住んでる。子供は二人いて、両方男の子だ。かみさんによく言われるんだが、俺は女心がわかってないそうで、気に障ることがあったら遠慮なく指摘してくれ」

「わかりました。そう言っていただけると安心します」

「あと、たばこはだめだよな」

「神保さん、吸われるんですよね」

「ああ、肩身が狭いんだ」

「すみませんが、やはり気になります。もちろん吸われても構いませんよ」

「うん、まあ、そういわれて吸う気にはなれないがね」

 神保がにやりと笑う。大概の若い女性は煙草を嫌う、世の常だ。

「はい、すみません」

「謝ることはないさ」

 ここで神保が少し沈黙し、思い切った感じで話す。

「いずれ、わかることだから話をするが、強行犯に女性が入るのは冷泉で二人目なんだ」

「そうなんですか?」

「去年まで冷泉と同じぐらいの年頃で赴任したものがいたんだ。その子は2年で退職した」

「・・・」

「俗にいうメンタルヘルスってやつだな。1年目まではよかったんだが、徐々におかしくなってきてな。最後は自殺願望まで出てきて、配置転換を勧めたんだが、結局退職になった」

「そうですか」

「その子もメンタルは強いって言ってたんだが、それなりにきつかったんだろうな。周りのフォローも足りないって、係長なんかはけっこう上から怒られたらしい。俺も冷泉の教育係になってるが、自分自身教育が足りない部分が多いからな。とにかく、何でも話してくれ。まずはそこからだ」

「わかりました」

「聞き込みの前に現場の再確認をしたいと思う。池に行くぞ」

「わかりました」


 車は狭山公園の駐車場に停まった。全周でも1㎞ぐらいの小さい公園ながら、樹が豊富で森の様な中に池が存在している。この池は心霊スポットともいわれるだけあって神秘的な様相を漂わせている。

 池は馬蹄形をしていて、全周が円ではなく、直線部分がある。円の部分は森に囲まれているが、直線部分は堤防の様になっていて5mぐらい高くなっており、遊歩道も兼ねている。ただ、池の方向に向かってはそこに柵があり、歩行者が落ちないようになっている。

「この駐車場から池までは20mちょっとだから、リヤカーなどでも簡単に運べる。ただし、人に見られなければな」

「そうですね。遊歩道を使えば簡単に池まで来られます」

「ただ、池の中央にドラム缶を運ぶとなるとボートは要るな。そうすると遊歩道側ではなく、反対側の森の方からになる」

 二人で池の周りを歩いてみる。

「撮影スタッフや観客のせいで地面に足跡やら機材跡があって、事件のものかどうかは判断が難しいらしい」

「車で池のほとりまで来たのかどうかも良く分からないということですね」

「そうだな。ただ、池の中央までドラム缶を運んだんだから、ボートは使ったはずなんだ」

「200kgのドラム缶ですから、ボートもそれなりに大きいものですよね」

「そうだな。スワンボートじゃ厳しいかもしれない」

「そうなるとボートを運ぶのを含めても単独犯ではないことになりますね」

「そうだな。少なくとも2人は必要だな」

 池を1周して堤防の遊歩道まで歩く。二人は遊歩道側から池を見る。池はかいぼりのまま、ロープを張られた状態を維持している。

 すると冷泉が何かに気づいたように資料を見る。

「神保さん、ドラム缶に蓋はあったんでしょうか?」

「ふた?いや、どうだったかな」

 二人で捜査資料を確認する。

「蓋の存在については記載がないな」

「今、思ったんですけど、ドラム缶が蓋で閉められていて、その状態でこの遊歩道側から転がせば、浮かんだまま池の中ほどまで到達しないでしょうか?」

「ここから池まで落とすのか・・・」

「遊歩道から池までは坂になっています。さらにこちら側からはある程度、水かさもあって、うまく転がれば、そのまま浮かんで中央付近までは移動できないでしょうか?」

「どうだろう、確かに遊歩道は堤防みたいに池に向かって坂になってるから、転がることは転がるかもしれない」

 遊歩道は池の端にあって、高台にある。つまり坂になっているので歩道側から落とせばそのまま、池まで転がることになる。ドラム缶が少しの間浮いていれば、池の中ほどで沈むのかもしれない。

 突然、冷泉は靴と靴下を脱いで池に向かう。

「おい、何する気だ」

「蓋を探してみます」

「無茶するな。人海戦術になるぞ。お前ひとりじゃ無理だろ」

 冷泉はそのまま、泥の中に入っていく。中央部のドラム缶のあった付近から逆算して蓋を探そうというのか。

「冷泉、ちょっと待てよ」

「大丈夫です。ちょっとだけ探してみます」

 仕方なく、神保も靴と靴下を脱いで池に入る。

「まったく、風邪ひくぞ」

 かいぼりされたとはいえ、けっこうな泥と水が残っていて、簡単に水底が見えてはいない。さらに泥の中にあるとするとそれなりに探すのは大変だ。

 二人で数か所を探すも蓋らしきものは見つからない。

「冷泉、出直ししよう。一応、上には話をしてみるから」

 ところが冷泉はあきらめようとしない。1時間近くも探し続けている。神保は仕方なく遊歩道まで戻り、タバコを吸いだした。

 冷泉は池の中で拾ってきたらしい、木切れか何かの棒を使って池の中をつついている。

「冷泉、どうだ。あきらめがついたか?」

「うーーん、すみません。もう少しだけ・・・あっ」

 冷泉が汚れるのも気にせず泥の中に手を突っ込む。すると泥の中から蓋らしきものが見つかった。

「ありました!」

 確かに泥まみれだがドラム缶の蓋のように見える。冷泉は顔まで泥まみれになっている。

「おお、やったな」

 冷泉はガッツポーズでもするんじゃないかといった顔つきである。実ににこやかな顔をした。この娘のこんな顔は初めて見る。

 神保はこの娘がメンタルヘルスになるとは思えなかった。


 ドラム缶の蓋の発見と前後して、二宮にも発見があった。立川にあるタトゥスタジオでそれらしいタトゥを入れた覚えがあるものが現れた。店側の話では20代のヤンキー風の若者が該当のタトゥを入れたということだ。

 タトゥはヘチもしくはカイチという伝説の動物で、中国や韓国などでは一般的な動物らしい。

 強行犯係に戻った二宮が伝説の動物の絵を見ながら話をしている。

「こま犬みたいですよね」

「ということは中国もしくは韓国関係か」

「その線で、立川周辺を当たっているところです。ヤンキー風だったということなんで、その線も含め、探しています」

「わかった。捜査会議でも話をしよう。冷泉はお手柄だったな。ドラム缶の蓋には気が付かなかった」

「ただ、遊歩道まで運んでそこから落とすのもそれなりに大変なんで、どうやったのかはよくわかりません」

「うん、色々な選択肢は考えられるが、中央まで運ぶのにボートは不要になったかもしれない。詳しくは本庁の科捜研で確認してもらうことにする」

「あと、怪力の人物についてだが、200kgのものを運ぶのは無理みたいだな。重量挙げの世界記録が200kgだから、金メダル級の怪人じゃないとありえない。それを人力で転がすのは難しいだろうな。ただ、二人で運んで転がすことは出来そうだな」

 それから三日後、マルガイが特定された。

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