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正義の味方  作者: 春原 恵志
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金田

金田


 殺害した木村から聞いた電話番号を使い、如月はその上司である金田と接触した。

 自身の身分をルポライターであると偽り、高額の取材費を払うという約束で面会は可能となった。

 この金田はいわゆる話の分かる半グレのようだ。

 面会場所はヘチが仕切っているらしい、先日知り合った女性のいる例のキャバクラにした。金田もそこで問題ないとの話だった。

 立川の繁華街など如月は来たこともなかった。数年ぶりに駅前を歩くが知らないうちにこの街もずいぶん変わったと思った。おそらくここ数年で多摩地区では一番発展したのはこの街かもしれない。

 雑居ビルの5階にキャバクラ店はあった。

 黒服が如月を見て、若干びっくりしたような顔をする。なんだこのエロじじいはと言った感じだ。

「いらっしゃいませ。初めてですか?」

「はい」

「こちらはセット料金が5000円で、指名料が別途1000円かかります。よろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

 なるほど、思ったより高額ではない。どういった仕組みなのか興味はある。

 黒服に店の奥に案内される。大きさは広い方なのか、昔、若いころに飲みに行ったスナックなどとは規模が違う。教室一部屋分はあるだろうか、店内は暗いが客数はそこそこ入っているようだ。

 大きなソファーに座る。座り心地もまずまずだ。如月に黒服がたずねる。

「ご指名は?」

「來未さんはいますか?」

 また、黒服がびっくりしたような顔をする。

「はい、今日はいますね。少しお待ちください。今、別の席にいるようですので」

「あと、この後、金田さんと会う約束があります」

 黒服はさらにびっくりした顔をする。なぜ、このじいさんがヘチの幹部と会うのか、ひょっとしてその筋の人なのかと言ったところだろうか。

「はい、わかりました。」

 すると得体のしれないウイスキーが出てきた。ガラス瓶にはいっているがウイスキーなのかも疑わしい気がする。しばらくして來未が来た。さすがに化粧が濃い。先日とは別人のようだ。キラキラ、ピチピチの衣装のせいもある。如月に気が付く。

「あれえ、本当に来たの?びっくり」

「ええ、ちょっと冥途の土産に」

「面白いこと言うね。お酒飲む?」

「ああ、薄めに作ってください」

「私ももらっていい?」

「はい、どうぞ」

「そういえば、おじさん、名前は?」

「田中と言います」如月は偽名で答える。これからもこの名前で行くつもりだった。

「田中さんね」

 薄目と言ったのにそれなりに濃い目に作っている。こういう店はなるべく客を酔わせるのが常なんだろうか。店内を見ると若い客が多いが、如月ぐらいの年配者もそれなりにはいるようだ。彼らは年金生活者だろうか。

「田中さんは何やってるの?」

「はい、物書きをしています」

「へえ、物書き?そんなんでお金大丈夫なの?」

「大丈夫です。それなりに貯えもありますので」

「そうなんだ。でも気を付けないと身ぐるみはがされちゃうかもよ」

「そうなんですか?ああ、そういえばこの店はヘチ系統でしたよね」

 少しびっくりして來未が小声で話す。

「そうだよ。ああ、あんまりヘチの名前は出さないほうがいいよ。この前も話したけど、ヘチの人はけっこう怖いよ」

 來未のお酒が出てくる。色からするとウーロン茶みたいだ。さらに小声で言う。

「あのさあ、ここの店にもヘチから金を借りてた娘がいてさ、薬もやってたみたいで、払えなくなって、風俗に飛ばされたよ。今はどうなったか、よくわからないけど」

「來未さんは大丈夫なんですか?」

「まあね。薬はそれとなく誘われるけど、断ってるよ。ちゃんと断れない娘が落ちていくみたいだよ」

「そうですか」そういうやり方なのかと思う。如月を見て思い出したのか、

「ああ、そういえば最近、田代見ないな。前は毎日ぐらい来てたのに」

「へー、そうですか」如月はとぼける。

「田中さんはいくつなの?」

「63歳です」

「へー、そこまでには見えないな。あれ、そういえば前に会ったときから、なんか雰囲気が変わったね。なんだろう、がっしりしたみたいな」

「え、気のせいですよ。この歳で成長するはずないので、多分、老いてやせただけですよ」

「そうか」

「今日はこの後、金田さんと会うんです」

「金田さん?ああ、あの人かな。たまに来るな」

「どんな人ですか?」

「普通の勤め人って感じかな。あんまりヘチっぽくないかもしれない」

「そうですか」

 その後、來未がいなくなって、次の女性に替わったりしながら1時間ぐらい経過して、黒服が来る。

「金田さんがお見えになりました。VIP席に御案内します」

 なるほど、こういう店にもVIP席があるのか。黒服に連れられて店の入り口から反対側のドアを行くとそこに部屋があった。

 全体が黒でまとめられた8畳ぐらいの大きさで、高級なソファーが置いてある。奥の席に金田らしき人物が座っていた。歳は40歳ぐらいだろうか、確かに半グレといった印象ではない。昔ながらのやくざに近い印象である。

「田中さんかい?」金田の方から話しかける。

「はい、電話で失礼しました。田中と申します」

「金は持ってきたかい?」

 インタビュー代で100万円を要求された。如月は封筒に入った100万円を手渡す。

 金田は封筒内をざっくり確認して、懐に仕舞った。

「いいかい、ここでの話はネタ元はわからないようにしろよ。ばれたら俺が危ない」

「わかりました。そこは気を付けます」

「まあ、こっちもその辺は気を付けて話をするがな」不敵に笑う。やはりそういう筋の人に見える。

「はい」

「それで俺の事はどこで調べた?」

「すみません。それはちょっと言えません」

「ふん、そうか、まあ、概ねどこかは分かるがな」

「早速、質問させてください。一応、録音いいですか?」

 金田は手を振る。「録音はだめだ。変なこと言うかもしれねえからな」

「わかりました」しかし、すでに如月の胸ポケットのレコーダは動いていた。

「金田さんはいつからヘチに所属してるんですか?」

「おれは最近なんだ。5年前かな、元々風俗関連のビジネスをやっててね。ヘチからスカウトされた感じかな」

「となると、ヘチっていつからあるんですか?」

「元々は多摩地区の暴走族だよ。90年台に3つの族連中がまとまってグループになって悪さをやりだした。暴対法の絡みで暴力団が動きづらくなったから、そこをヘチが代わりになったということさ」

「そうですか、今はどのくらいの人数なんですか?」

「半グレってな、その辺があいまいなんだ。とくにヘチはそうだな。構成員って意識がない連中が多い。いわゆる下っ端で動いている奴らはけっこういる。詐欺電話のかけ子なんて構成員じゃないからな。バイト感覚だよ。クレジットカード詐欺も同じだ。今の若いやつは特にそうだ。簡単に金が稼げればそれが何でも食いついてくる。楽して儲けたいだけなのさ」

「なるほど、でも金田さんは幹部なんですよね。幹部クラスは何人ぐらいいるんですか?」

「幹部か、まあ、そうなるのかな。俺はまだそこまで行ってないと思うよ。さっきの下っ端を束ねるぐらいの役割だ」

「組織の構成はどうなってるんですか?」

「リーダーは李王芳。こいつは残留孤児で日本名もあるが、最近はもっぱら中国名を使ってる。次に汪張偉と陳ハオランが腹心だ。こいつらも残留孤児の三世だ。こいつらは暴走族時代からのメンバーだ。そいつらが組織を束ねている。その下に10人ぐらいの幹部がいてそれぞれ役割がある。俺はさらにその下だ」

「金田さんの仕事は何ですか?」

「俺は金融関連だ。いわゆる闇金だよ。闇金と合わせてヤク絡みからの風俗斡旋もやる」

「金田さんのリーダーはどなたなんですか?」

「俺の上は青山ってやつだ。青山は10人いる幹部の一人だ。サラ金あがりで賃貸業が改正されてからヘチに来たやつだよ」

「なるほど、その青山さんは賃貸業となると表の商売もやってるんですか」

「おお、よくわかるな。表向きは消費者金融もやってるよ」

「なるほど、どちらの消費者金融なんですか?」

「借りたいのか?まあ、いいや相模原でやってるな。名前は知らねえ」

「なるほど」

「いい情報をやろう。ヘチはな、この10年で大きくなった。その要因はブレーンが入ったからなんだ。俺も会った訳じゃないが、中国人らしい、噂によると香港系のマフィアだったと聞いている。香港で働きづらくなって来日してこっちで悪さをしてきた。それが10年前に中国系のヘチに取り入って金儲けをやるようになった」

「その中国人はどんな人なんですか?」

「それが表に出てこないんだな。幹部連中は知ってるはずだが、名前を出さないようにしている。多分、別に表の顔があるんじゃないのか」

「表の顔?」

「カタギってことさ。まともな仕事をしているふりをしている」

「ああ、なるほど」

「そいつがヘチをまともに機能させだした。うーん、なんていうのかな、闇営業のルール化ってやつかな。効率よく金儲けをする。それも違法にな。世の中には違法じゃないと回らないものがあるんだよ。マネーロンダリングなんかもそうだ。まともにビジネスやってるやつらもマネーロンダリングをやる必要があるだろう、そういった商売をビジネスライクにやれるようにしたんだ」

「ああ、頭が切れるんですね」

「そうだな。基本、ヘチの連中なんて筋肉バカばっかりだからな。まあ、俺みたいに別業態からはいったやつもいるが、そういった人材の引き抜きもそいつの指示で動いている。そうそう、人材派遣業もやってるんだぜ。今は外国人労働者も多いだろ、そいつらのクリーニングもやってるわけさ。犯罪者を法的にまともに働けるようにしたてるのさ。これだって今の日本じゃ必要不可欠な仕事だろ」

「なるほど、人手不足ですからね。話を戻しますが闇金用にリストがあるとか聞きました」

「それはカモ用のデータってことだよな。あるよ。それこそ、ビックデータだ。個人データを管理している。闇金に流れそうな、詐欺にかかりそうな人間をピックアップして攻めた方が効率がいいだろ。データは公的機関から仕入れたり色々やってるらしい」

「そのデータを見れますか?」

「そいつは無理だな。俺もターゲット候補の指示が来るだけで元データまでは見れない。そういったデータ管理は一流企業なみだ。あと、面白いのは昇格制度だな。幹部になるためにはノルマがあってそいつを熟さないと上には上がれない。もちろん俺にもノルマがある」

「ノルマをこなさないと殺されるみたいなことがあるんですか?」

「それはないな。ただ、昇格しないといつまでも安月給だ。だめだと入れ替わりだ。人事異動ってやつか。どこかの会社と一緒だろ」

「そうですね。確かにそうです。で、やめたりするのは問題ないんですか?」

「俺クラスはない。さらに下っ端なんかは全く制約がない。いつやめても構わない」

「でも、ノルマをこなさないと生死にかかわるみたいな話を聞きましたよ」

「下っ端の話だろ、それこそ、ノルマをこなして上にあがらないと金がもらえないって話だ。上に行くほどもらえる金がけた違いに増えるからな」

「そうですか、じゃあ、無理することもないんじゃないかな」

 ここで金田は真剣な顔になる。

「いいかい、半グレで下っ端なんかやってるやつは、世間じゃまともな仕事が出来ないやつだ。そいつらはそれこそ、転職なんてできない。犯罪でもやりながら金を得るためには組織にいないとならない。下っ端なんかはすぐに捕まるしな。だから、金を儲けたい、上がることを夢見るわけさ。まあ、そんな奴らはほとんど上には上がれないがな」

「厳しい世界ですね」

「闇社会も甘くないってわけさ。おい、これぐらいでいいか」

「先ほどのリスト化された人間については、これからも何とかして収入源にするんですよね」

「そうだな。いったんリスト化でランク付けされたら、死ぬまではそのままだろうな。そういうところをしつこくやるのが俺たちの商売さ。じゃあな。また、ききたいことがあれば、金を用意しときな」

「はい、ありがとうございました」

 それで金田はVIPルームから出ていく。これで100万円とはいい商売だな。30分も話してない。これではヘチの幹部の実態はほとんど掴めなかった。如月の目的は、みゆきたち家族の将来にわたる安全確保だが、ヘチ側がリストをもとにこれからも接触を続けないという保証はない。むしろ金づるとしてこれからも付きまとわれる可能性の方が高い。柳沢女史に後見人を依頼したところで、彼女がどこまでそれが可能かも不透明だ。

 今の金田の話だとヘチの患部や陰で操っている黒幕を排除しない限り、平穏は望めない気もしてくる。

 また、自分の寿命についても不透明だ。

 体質の変化により、自分の癌細胞がどうなったのかは不明だが、マウス実験の結果を見るとマウス自体の寿命もそれほど長いものではなかった。人間がどうなるのかもわからないが、如月の癌の余命と大差ないと思われる。いずれにしろ、如月に残された時間は限られているのだ。


 その後、如月はその雑居ビルの下で待つ。遅くなってから金田が出てきた。路地を抜けて大通りで出る模様だ。タクシーでも呼んであるのだろうか。

 如月は静かに後ろに近づく。人の気配で金田が振り返る寸前に後ろから裸締めする。通称スリーパーホールドである。これで10秒もかからず金田は失神した。普段、柔道競技中に締め技が決まるところはあまり見ないが、素人相手だと簡単に決まるものだ。

 有段者であり、現在の如月にはいとも簡単にこれは出来る。

 そのまま、金田を脇に抱えて大通り近くに出る。路地側で人目につかないように待機する。するとおあつらえ向きに大型のトラックが通過しようとしていた。

 如月はタイミングを見計らって、金田を放り投げる。一瞬のことでトラックの運転手には金田が不意に飛び出したようにしか見えない。大きなブレーキ音がするが、金田は無残にひき殺された。如月は離れて見たが、金田は道路上でピクリとも動かない。

 如月は足早に現場を後にする。事故を発見した人が徐々に集まりだしているようだ。こうやって少しずつ町の美化活動をしていかないといけない。


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