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正義の味方  作者: 春原 恵志
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チャッピー

チャッピー


如月は柳沢社長との面会の後、プラチナシードの新事業として美術関連業務を進めるべくプロジェクトが進行した様だった。如月のもとに柳沢や顧問弁護士から様々な問い合わせがあった。それにより、みゆきの母親のプロモートを含めたプラチナシード社の事業計画も徐々に形になってきていた。

そんなある日のことだった。

子供たちの飼い犬チャッピーは、子供たちが学校にいる時間や夜間は如月宅の庭にケージを設けて飼っていた。如月も犬は嫌いではないのでまさに自分の飼い犬の様な気持ちで面倒を見ていた。庭のケージにチャッピーがいれば、如月がいない時でも子供たちが庭に来て犬を連れていくことができるようにした。

また、如月も犬を飼うことで常にみゆきとも会うことが出来たので、みゆきの家庭の様子やみゆき自身の悩みなどについても話をすることができた。みゆきの年頃で母親が常に不在で働き詰めだと、本人もうっぷんがたまるようだ。如月がその受け皿になっていた。 

如月にとっては孫の様な年頃なのだが、どうかすると自分の娘を見るような気持になって困ることが多々あった。そういう時は自分の感情を押し殺さないとならない。

そんなある日、子供たちがチャッピーを連れていったあと、しばらくして事件は起こった。

如月の家のチャイムがけたたましく鳴った。居間でうつらうつらしていた如月が飛び起きる。玄関に出ると、子供たちが来て大騒ぎしている。

「おじさん、大変だよ。チャッピーが死んじゃうよ」

みゆきの友達の男の子たちだ。二人とも血相を変えている。

「何?どういうこと?」

「チャッピーが男たちに蹴られてぐったりしてるんだよ。みゆきちゃんも蹴られた」

「え!どこで?」

「公園だよ。早く来てよ」

「わかった」

如月は子供たちと公園に向かう。子供たちは一目散に走っていくので、その速度について行けない。若いころはこんなことはなかったのに、病気もあるが体力の衰えを痛感する。

如月が遅れて公園に着くとチャッピーがぐったりとしていて、みゆきはそこに座り込んで泣きじゃっくている。如月はゼイゼイ言いながら、「みゆきちゃん、大丈夫か?」

「おじさん。チャッピーが、チャッピーが・・・」

そういって如月に抱きついてきた。よく見るとチャッピーはびくとも動かない。如月が確認すると息をしていないみたいだ。犬の場合も心臓マッサージなのか、そういったところがよくわからない。 とにかく獣医に連れて行かないと、如月と子供たちが近くの獣医にチャッピーを抱えていく。如月は走りながら話をする。

「一体、どうしたんだ」

「あいつらが来たんだよ」みゆきが泣きながら答える。

「あいつらって?」

「お母さんの借金取りだよ」

「え?でも借金はもうなくなったんだよ」

「なんか、いちゃもんつけてきて、それにチャッピーが吠えたんだ。そうしたら・・・」

みゆきが再び泣きじゃくる。

「いいがかりか。まったくあいつらは」

近くの獣医に犬を見てもらったが、チャッピーはもう死んでいるらしく。手の施しがないとのことだった。

子供たちの傷心振りは目も当てられないほどで、如月ももらい泣きをしてしまった。

その後、みゆきの話を聞いたところ、状況が見えてきた。

公園でチャッピーとみゆきが遊んでいたところ、借金でもめた田代とその仲間の木村が通りかかり、みゆきにいちゃもんを付けてきた。借金が払い終わってないとか、子供相手に脅しを掛けてきたらしい。それに対してチャッピーが吠えたので、いきなり二人で蹴りだしたとのことだ。止めようとしたみゆきまでも突き飛ばして、チャッピーが動かなくなるまで蹴り倒したらしい。みゆきは泣いて止めようとしたがそのたびに突き飛ばされたそうだ。

動かなくなったチャッピーをそのままにして、やつらは笑いながらいなくなったそうだ。

まったく、信じられない話だ。幸いみゆきに怪我はなかった。借金取りの田代と木村は近所でも札付きのワルらしく、これまでも子供に対しても脅しやいたずらをするそうで、子供たちも彼らが公園に来ると逃げ出すらしい。

子供たちが口々に不満を口にする。

「おじさん、チャッピーの仇をとってよ」

「あいつら、ゆるせないよ」

「みゆきにも暴力をふるったんだよ」

「うん、わかった。警察に話をするよ」

如月も激しく憤る。チャッピーは如月にとっても身内のような心境になっていた。怒りのまま駅前の交番に行く。交番には女性警官がいた。

如月の血相を変えた顔を見て、女性警官が真剣な顔になる。

「すみません、相談なんですが、よろしいですか?」

「はい、どういった話ですか?」

「うちで飼っていた犬なんですが、そこの公園で若者に蹴り殺されたんです」

「え、どういうことでしょう?」

如月が事情を話す。

「ちょっと待ってください。その犬はあなたの飼い犬ですよね」

「ああ、いや実際は子供たちと一緒に面倒を見ていた犬で」

「登録していますか?」

「いえ、登録はしていません」

女性警官は困った顔をする。そこに中から年配の警察官が出てくる。

「どうした?」

「ああ、所長、こちらの方が飼い犬が殺された件で来られているんですが、その犬、登録していないようなんです」

如月は今までの事情を再度話す。年配の警察官は一通り聞くと、

「そうですか、お気持ちはわかりますが、残念ながら犯罪には問えないですね」

「でも、飼い犬を殺されてるんですよ!」

「わかります。ただ法的には裁けないということです。それだと警察は動けないんです。民事裁判でも起こして慰謝料の請求はできるかもしれませんが、裁判費用や犬自体が登録していないとなると、そっちのほうも問題がありますね」

「そんな。生き物を殺しておいて何の罪にも問えないんですか・・・」

「若者は田代と木村ですよね。彼らには僕の方から注意しておきますよ。けっこう、問題の多いやつらなんでそれ以外にも色々とあります」

「子供にも暴力をふるったそうです」

「怪我をされたんですか?」

「いえ、怪我まではしていませんが」

「どなたか目撃された方がいればいいんですが」

「え、それはいないかもしれません」

警察官は難しそうな顔をする。

如月はその後もしばらく意見を言ったが、警察としても出来ることはないとのことだった。無力感とともに公園に戻る。子供たちに何て言えばいいのか・・・


公園に如月が戻る。子供たちが勢いよく取り囲む。

「おじさん、どうなった?」

「あいつら逮捕されるの?」

「いや、チャッピーは犬の登録をしていないんで、難しいらしい」

子供たちが絶句する。みんな、信じられないという顔だ。

「うそでしょ、チャッピーを殺したんだよ。何にも悪いことしていないのに、どうして捕まらないの?」

如月に言葉はない。

「そんな、だって悪い事をしたら捕まるんじゃないの?チャッピーが犬だから何にもできないの?」

「大人はうそつきだ!」

みゆきが如月に迫る。「おじさん、何とかできるって・・・」

「うん、ごめん。」

再び、みゆきが泣きじゃくる。「おじさんのうそつき!」

そのまま、みゆきは走り去ってしまう。子供たちもその場に如月を残していなくなった。如月は無力感とともに自宅に戻る。

庭を見るとチャッピーのケージがそのまま残っている。このケージに主が戻ることはない。如月は嗚咽を漏らす。短い間だが、如月にとってもチャッピーはかわいい子供の様なものだった。さらに子供たちの純粋な心も傷ついてしまった。

それにしても田代たちはあきらめていなかった。これからもあの家族にちょっかいを出すことも考えられる。

自室に戻り、パソコンを開く。何とかして、あいつらを裁く方法は無いものか。検索をしようとしてメールが届いていることに気づく。在籍していた製薬会社の後輩瀬川からのものだ。


如月さんお久しぶりです。

その後、お変わりありませんか?悠々自適の生活をされておられるのでしょうか、うらやましいかぎりです。さて早速本題ですが、如月さんの研究内容について質問があります。

データ類を確認させていただきましたが、3年前の学会発表までの実験データはあるのですが、それ以降におこなわれたデータはないのでしょうか?

確か、試薬を再調整し、より効果を高めるための実験をされていたように記憶しています。マウスによる動物実験もおこなわれたように思っています。もし、データがありましたら、確認させてください。

話は変わりますが、この試薬は素晴らしいと思います。再調整が必要かもしれませんが、現在のままでも十分な成果が得られると思います。如月さんの研究成果でたくさんの患者を救えそうです。

研究センター主査 瀬川瑞樹


如月が返信する。

瀬川様

こちらこそ、ご無沙汰しています。

当方、現在は無職で終活に明け暮れる毎日です。思ったよりやることも多く、相変わらず貧乏暇なしです。さて、質問の件ですが、確かに再調整の実験を進めたのですが、結果として有効な成果は出ませんでした。そのため、データ類は残していません。また、研究成果を実用に活かせそうとの事、嬉しく思います。ぜひ、たくさんの患者を救ってください。

如月


如月はパソコン内に残った自分のデータを確認する。神という存在があるのなら、すべて最初からこれを意図していたのかもしれない。自身の終活の最後にこれを使えということ、それがすべてのことわりということなのかもしれない。

あの家族の幸せをつかむためにはそうするしかない。冷蔵庫の中にしまってあったアンプルをおもむろに取り出した。

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