9.ヨルギの仲間
広い庭の片隅には小さな庭園がある。後宮のなかでここだけは、王宮庭師のおじいさんが常に手入れをしに来てくれていたのでいつも綺麗なのだ。
「ここに来るとなあ、わしも皇帝様とおんなじ『ろりこん』なんだとみんなが噂しているらしいんだよ。」
にこにこと自慢げに話していたおじいさんは明らかにロリコンの意味をなにか物凄い高尚なことだと勘違いしていたが、ヨルギたちも適当に合わせてわあー陛下とおんなじなんてすごいですね!と流していたので庭園は今でも完璧な綺麗さを保っているというわけだ。
「はあ……。」
その小さな池を覗き込むと、目元をはらした酷い顔の自分が映っていた。
ひとしきり感情の波が去ると、ヨルギは惨めな気持ちにすらなった。知らなかった。みんながいつの間にかエース・オブ・ロリータ以外の道を視野に入れていたことを。そんなきっかけに誰もが出会っていたということを。そして一番惨めなのは、ヨルギにはそんな出会いすら一度もなかったということだった。
一心にエース・オブ・ロリータを目指してきたつもりだった。けどそれは、それ以外に道がなかったからでは?本当に自分はロリのエースになりたかったのだろうか。ただ、みんなとわいわい過ごすのが楽しくてなんとなくトレーニングを続けていただけだったのだろうか。だって、その証拠に未だエース・オブ・ロリータになれてはいない……。
もはや自分の目指すところすらもわからなくなっていた。そして結局、何度も行きついた疑問が再び顔を出す。私はこれから一体、どうしたらいいのだろう……。
水面に映る落ち込んだ自分の顔を見つめていると、背後でがさりと音がした。
「ここにいたのね。」
「マリアナさん……。」
言葉を発してみると自分が思っていたよりだいぶ鼻声になってしまい、それが恥ずかしくてヨルギはうつむいた。マリアナはそんなヨルギとは少し距離を開けて、近くの木の幹に寄りかかって腕を組む。
「みんな、一週間以内にここを出ていくってことで落ち着いたわ。」
たぶん、話し合いが終わったのだ。ヨルギは途中で飛び出してきてしまったから、マリアナが代表して教えに来てくれたのだろう。
「そう、ですか……。」
予想通り、というか、ヨルギが一人で声高に反発していただけで、そのヨルギがいなくなったのだからそういう結論になることは火を見るより明らかだった。やっぱり、という諦めの感情よりも、ヨルギの中にはみんなに置いて行かれるという焦りのほうが強くなった。だって、みんなどこかしら行く場所があるのに、ヨルギにはどこにも行くところがない……。
うなだれきった頭に、マリアナの鋭い視線が集中している気配がした。しばらくの沈黙のあと、彼女は口を開く。
「あんたはどうするの。」
「わ、私は……。」
正直どうしたらいいのかわからない。それに、どこにも行くところがないのだと言うのも惨めな気がして答えられずに口ごもると、
「私は諦めない。」
マリアナはどこか遠くを見据えてきっぱりと言い切った。
「王宮にいられなくなったって、年齢が何よ。私はエース・オブ・ロリータになるって決めたんだから。こんなところでむざむざと諦めたりしないわよ。」
その横顔は深い決意に満ちており、陽に照らされてきらきらと輝いて見えた。何があっても折れない強さ。さっきまでぐらぐらと揺れていたヨルギに確かな芯を示してくれたマリアナの姿勢は、まさにエース・オブ・ロリータ。彼女ならいつか、きっと。そんな確信が、萎えかけていたヨルギの心をも再び奮い立たせた。
「わ……、私も!」
思わず立ち上がって同意を示すと、マリアナはこちらを向いてヨルギの泣きはらしてぐちゃぐちゃの顔に一瞬驚いたような顔をしつつも、すぐに苦笑したような笑みとなった。
「あんたならそう言うと思った。」
ヨルギの仲間はすべてが失われてしまったわけではなかったのだ。袖口で雑に顔中の水分を拭きとると、ヨルギはマリアナに促されて歩き出した。もう迷ったりしない。マリアナはきっと、たった一人になってしまったとしてもロリのエースを目指し続けるのだろう。それならばヨルギも、そんな強さが欲しい。今はまだ頼りないかもしれないけれど、いつかマリアナを支えられるような立派なロリになれたら。そんな決意を胸に、ぴょんと跳ねて彼女の隣に並んだ。
「……ところで、マリアナさん。マリアナさんはどこかからお誘い、きてたんですか?」
何気なく尋ねた質問に、真横の彼女はものすごく嫌そうな顔で視線だけをじろりと寄こした。
「……。別にないけど。……だから?」
「……エヘッ。」
つい笑顔になってしまうと、割と本気で頭をはたかれる。痛い。それでも頬が緩むのを止められずに、マリアナの腕を無理やり取って絡みついた。暑苦しいと文句を言われてもちっとも気にならなかった。
ヨルギの仲間はここにいる!




