8.三年目の危機
「なんなんですかあの眼鏡ーっ!」
ヨルギはぷりぷりと怒っていた。あの眼鏡、あのあと勝手に一方的に、一週間以内に全員ここを出ていけと言いおいていきやがったのだ。そうしなければ、王宮に入る資格のない不法侵入者として牢屋にぶち込むぞとご丁寧に脅しまでしていった。
「ほんと。なーにが『バイトばっかりしている後宮なんて恥』よ。バイトしないといけないように仕向けたのはあの眼鏡だっていうのに……。」
マリアナも大きな胸をぷるんと揺らして腕を組んだ。
「そうですよ!みんなであいつの眼鏡の内側に指紋つけてやりましょう!」
握りこぶしを作ってヨルギが振り返ると、しかしみんなはなぜか思いつめたようにしんとしていた。気のせいではなく、誰もが沈んだ顔色をしている。
「……どうしたの?」
てっきり一緒になって怒ってくれると思ったのに。当てが外れたヨルギが拍子抜けして尋ねると、静かになってしまった彼女らは、お互いにおずおずと顔を見合わせて言いにくそうに口を開いた。
「あのさ……。もう、無理なんじゃないかな。」
「うん。ここらが潮時って感じ、する。」
意外にも想像だにしていなかった弱音が飛び出て、ヨルギはびっくりしてマリアナを振り返った。
「何言ってるの、あんな眼鏡の妨害にあったくらいで。私たちの目標を忘れたの?」
予想通りにマリアナがみんなを励ますようにびしっと言うと、彼女らはきまり悪そうにもごもごと「忘れたわけじゃないけど」というようなことを言った。
「でも、実際無理だよ。王宮を追い出されたら、とてもロリ活どころじゃなくなるし……。」
「何言ってるの。その気があれば、どこでだってロリ活はできるわ。」
あくまで諦めない姿勢のマリアナに、ヨルギは尊敬を抱いた。さすがロリ界の巨頭。エース・オブ・ロリータに最も近い(元)少女だけある……。
しかしそのきっぱりとしたまっすぐな態度は、他の(元)少女たちには若干うっとうしがられたようだった。あのさ、といつになく攻撃的な反論が飛んでくる。
「そんなの理想論でしょ。結局無理なのよもう。」
「三年も頑張ってきたけど、未だに誰もエース・オブ・ロリータになれてないし……。」
「皇帝陛下だって、全然お見えにならないじゃない。」
口を開けば開くほど、次々と消極的な意見が飛び出してくる。
「だいいち私らもう、ロリとかいう年齢じゃないし。」
「そんな!年齢なんて関係ないですよ!」
ヨルギが思わず反論すると、
「いやあるよ。」
ほとんど全員が真顔だった。残りも悲痛な表情で顔を背ける。確かに年齢が全く関係ないとはいえないが、だからといってそれを理由に簡単に諦めてしまうなんて。共に苦難を乗り越えてきた信頼できる仲間たちだと思っていたのに、彼女らは実はヨルギの知らないところでとっくの昔に諦めを視野に入れていたのだ。突如足元がおぼつかないような気分になったヨルギに、さらに追い打ちがかかる。
「実はさ、私バイト先で昇進の話がきてて……。」
「私も……。実は、バイト先の人にプロポーズされてて……。」
一人が話し出すと、私も、私も、と次々に波紋が広がっていく。静かなざわめきは、しかし食堂中を確実に満たしていく。
「そんな!じゃあ、エース・オブ・ロリータは?!諦めちゃうんですか?!」
「……。」
ヨルギの必死の叫びにも、彼女らは沈鬱な表情でうつむくだけだった。誰も何も答えなかったけど、その顔を見れば答えは明らかだった。
「そんな、そんな……!」
ヨルギは駆け出した。使用人に裏切られた時よりも援助金がなくなったときよりも、どうしていいかわからないくらい頭の中がぐちゃぐちゃだった。誰かの呼び止めるような声が聞こえたが、到底戻る気になどなれなかった。だってあそこにはもう、ヨルギの信頼していた仲間たちはいないのだから。
悲しいのか悔しいのかわからないままにヨルギは走った。とにかく一人になりたかった。
みんなで頑張ればなんとかできる。その唯一の希望すら打ち砕かれて、これから一体どうしたらいいというのだろう。