4.一年目の危機
「みなさん、申し訳ありません。わたくしにもっと力があれば……。」
彼らの去っていってしまったあと。残された料理の上でリーダーはため息を吐いた。
「謝らないでよリーダー。全部あの眼鏡が悪いんだから。」
「そうそう。」
「『ロリの女王』の名が泣きますわね……。」
どうやらリーダーの実家はあの眼鏡の家よりも家格がずいぶん劣るらしく、どうやっても彼には逆らえないようだった。片手を頬に当て、気落ちしたような表情になる。
「リーダー、なんとかしてあいつをたぶらかせないの?」
「無理よ。彼はロリコンじゃないわ……。」
それはさっき散々聞いていたので、みんなは悔しく顔をゆがめた。ロリを極めていることが、こんなところで思わぬ障害になるなんて。
「ロリコンなら絶対に落としてみせるのに……。」
絞り出すように誰かがぽつりとつぶやく。まったくもって、その通りだった。あの横暴眼鏡をどうにかしなければ、後宮の存続自体が危うくなってしまう。というか、もうじゅうぶんに危ういのだった。しかし、ロリコンでもない一般人に対抗するすべはヨルギたちにはほぼないといってよかった。この一年間、わき目もふらずにロリコンを落とす技能だけを磨いてきたのだから。
一体、今後どうすればいいのだろう……。楽しかったパーティーは一転、お通夜のような沈鬱な空気に支配されてしまった。
「み、みなさん。そんなに落ち込まないで。わたくしの実家に、なんとか使用人を寄こしてもらえるよう頼んでみますから……。」
それをとりなすようにリーダーがことさら明るい声を出す。ヨルギは見えてきた希望にぱっと顔を明るくしたのだが、もう少し年上の仲間たちはもっと慎重だった。ちらりとリーダーを見上げてあまり嬉しくはなさそうな顔で問いかける。
「それって、何人くらい?」
「ええと……。頑張れば、二人くらいは……。」
「それじゃ、全然足りないよ……。」
「……。」
はあと諦めたようなため息とともにもっともな指摘を受けて、ついにリーダーも黙り込んでしまった。この後宮に住まう百人もの少女たちの面倒を見るのに、二人では到底足りないことは誰の目にも明らかだった。再び、気まずい沈黙がのしかかる。
「……逆に、こっちの人数を減らせば?」
そこにぽつりとコペルニクス的発想が現れる。
確かに……。それがヨルギたちのできる最善の方法に思えた。しかしみんなの顔色は冴えないままだった。人数を減らすということは脱落させられる人が出てくるということ。つまりこれまで共に研鑽してきた仲間たちの誰かが、エース・オブ・ロリータになる夢を諦めなければならない。そういう選択をするということだった。
「……そうよ。おばさんはとっとと諦めて。」
みんながまだ戸惑っているところに、彼女らの中では比較的年少組に入る少女が年上の仲間を睨んで言った。
「なんですって!」
その言葉に、睨まれたほうはガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。それをきっかけに、あちこちで年上と年下のにらみ合いが勃発してきた。
「ちょ、ちょっとみんな、落ち着いてください。」
こんなところで仲間割れをしてしまったら、それこそ眼鏡の思う壺だ。ヨルギがみんなを落ち着かせようと立ち上がると、
「あんたはいいわよね、一番年下なんだから。」
「絶対に追い出されない自信があるんでしょう。」
一斉に集中砲火を受けてしまった。
「そんな……。」
年下であるヨルギが何を言っても彼女たちには通じないようだった。頼みの綱のリーダーも、お上品さが仇となって諍いの間に分け入ることができずにおろおろとしている。
でもこんな争いになってしまうのも、ロリのエースになるという夢を諦めたくないからこそなのだ。みんな、気持ちは一緒なはず……。それなのに、それゆえに争わなければならないなんて。しかしそんなヨルギのもどかしさは誰にも届かず、言い争いは激化していく。
このままでは本当に後宮が内部から崩壊してしまう。そんな不安がはちきれそうになったその時。
「……ていうか、みんなで家事したらいいんじゃない?」
一人のつぶやきが一筋の光明となった。
・
「うわっ、あんたそれ何入れてんの?!」
後宮の台所から少女の叫び声が上がる。
「うちの故郷じゃ常識よ。」
それに答えて平然とした顔で鍋の中身をかき回しているのも、やっぱり少女。自分たちで家事をすることになったとはいえ、料理は地域差が出やすい。それゆえ、後宮の台所はいつも悲鳴やブーイングであふれているのだった。
「あんたの故郷頭おかしいんじゃない?!」
「なんですって!」
「まあまあ。食べられれば、なんでもいいですよー。」
相変わらず言い合いは絶えないが、仲間は一人たりとも減っていない。それだけでヨルギにはじゅうぶんなのだった。
またみんなでエース・オブ・ロリータを目指せる。それだけで、毎日がわくわくと輝いているのだから。