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3.ロリコンじゃない眼鏡

 後宮は特に男子禁制というわけでもなかったが、ロリコンと思われるのを恐れて自然と男性は滅多に近づかないのだった。それゆえこんなに堂々と後宮の内部まで踏み込んできた眼鏡の男に、みんなは若干の不快感と、それから多大なる好奇心を刺激されたようだった。

「誰?あれ……。」

「ロリコン?」

 そこかしこでひそひそと囁きが交わされる。ヨルギも当然、突然現れた男に注目した。きれいに整えられた艶やかな髪に、眼鏡は繊細なデザインをしていてとっても高そう。でもそれらをすべてぶち壊す神経質そうな雰囲気にたがわず、眉間に深いシワを寄せていた。そのせいで誰も直接声をかけることができないでいる中、リーダーが慌てて立ち上がって男のところへと近づいていった。

「ルークス様、ご無沙汰しております。」

 そしてヨルギたちにもいつだったか教えてくれた、正式な作法できれいな挨拶をする。どうやらリーダーの知り合いみたいだ。取っ掛かりを得たみんなの疑問は、リーダーに集中した。

「リーダー、それ誰?」

「ロリコン?」

「そんなわけあるか。」

 みんなリーダーに聞いたというのに、その向こうの男本人からまるで叱責されているような鋭い返答が飛ばされ、ヨルギたちは一様に鼻白んだ。なにこいつ、感じ悪い……。

 しかしすかさず、ちょっと険悪になった両者の間を取り持つようにリーダーがにこやかに男を紹介した。

「みなさん。こちらは、この後宮を支援してくださっているトストレース侯爵のご子息、ルークス様よ。」

 ということは、出資者の息子……。いくらいけ好かないといってもあまり無下にもできないようだ。みんなは完全に納得したわけではないけれど、仕方がないといった様子でぱらぱらとおざなりに頭を下げた。ヨルギも一応、上目遣いのままぺこりと頭を下げておいた。

 彼はそんなヨルギたちをうっとうしそうにじろりと一瞥すると、眉をいっそうしかめて吐き捨てるように言った。

「なんだ?このありさまは。」

 その視線は明らかにたくさん用意された料理たち(と、失敗作のビスケット)に向けられたものだったので、

「あ、今日は後宮設立一周年ですの。そのお祝いに……。」

 リーダーが代表して、いつもこんな贅沢をしているわけではないのだと弁明した。しかし彼はその楽しいお祝いを台無しにするために来たのだと言われても納得できるほどの敵意を即座に撒き散らした。

「なにが一周年だ、くだらん。その間、一度も皇帝陛下が後宮までお出ましになったことはなかったそうじゃないか。」

「それは……、その……。」

 そのもっともな指摘に、リーダー以下全員がうつむいた。ヨルギたちが集められてから丸一年。その間、一度も皇帝陛下が後宮にいらしていないことは全くの事実だったからだ。きっとヨルギたちのロリ(りょく)がまだまだ足りなくて、陛下にご満足いただけていないから……。

 みんなが静かになってしまうと、反対に男のほうはふんと勝ち誇ってその嫌味な顔をさらに大きくした。

「父上に進言させてもらった。うちの使用人をこんなところに派遣しているのは人的資源の無駄使いだと。ただいまを持って、彼女らはすべて引き揚げさせる。」

「えっ!」

 そんなことになったら、これからの生活が立ちいかない。ヨルギたちは思わずざわりとどよめく。が、

「ええっ、そんな!」

「急にそんなことおっしゃられても!」

 当の使用人たちのほうが声高に叫んだ。やはりお后候補と使用人といえど、一年間苦労を共にしてきた仲間たち。いくら出資者の息子とはいえ、急に現れたロリコンでもない眼鏡に大人しく従う義理はないと言わんばかりのその勢いに、ヨルギたちはじんと胸が熱くなった。

「私たち、一体どうなるのですか!」

「心配はいらない。一年間もこんなところで働いてくれたお礼として、これからは南の島の別荘の管理を任せようと、父上に進言してある。」

 しかし眼鏡の男が今後の処遇を鷹揚に告げると、風向きは一気に変わることになる。

「あ、それなら……。」

「南の島!」

「行きます!」

 使用人たちは一気に手のひらを返して、さっと素早く男のもとへと引き揚げていった。

「そんな!」

「裏切り者!」

「悪いわね、こんなロリコンしか来ないところなんてもううんざりなのよ。」

「俺はロリコンじゃない。」

「はい若様、存じておりますう。」

「南の島、よろしくお願いしますう。」

「くっ……。」

 彼女らの目にはもはや南の島しか映っておらず、ヨルギたちのことなんて眼中にないのは明らかだった。

 汚い、これだから大人は……。金に物を言わせる大人に、権力におもねる大人。ロリータを極めんとするヨルギたちにとって、一番触れてはならない種類の(けが)れだった。エース・オブ・ロリータを目指して研鑽していたことが、こんなところで仇となるなんて……。

 あっさりと去っていってしまう元戦友たちを恨みがましく眺めていると、その最後尾にいた眼鏡の男がリーダーのほうをちょっと振り返った。

「どうする?陛下が一年もお出ましにならないとなれば、そろそろ諦めるべきだろう。」

 決めつけたような言い方に、ヨルギたちはムッとした。ヨルギたちの日々の努力を、ロリのロの字も知らないような素人に無駄扱いされたくはない。

「お前さえよければ、俺が……、」

「……確かに、まだまだ努力が足りないことは認めます。でも、わたくしたち、精一杯皇帝陛下にお仕えする所存でございます。」

 リーダーがきっぱりと宣言すると、眼鏡は追い詰めた獲物から思わぬ反撃を受けた時のようにぎゅっと不快気に顔をしかめた。

「……ふん。運営費だってタダじゃないんだぞ。とにかく、もう使用人は引き揚げさせてもらうからな。せいぜい無駄なあがきを続けるがいい……、続けられるものならな。」

「横暴!」

「眼鏡!」

「うるさい。文句があるなら後宮を出ていけ。」

 まあそのほうがこっちも助かるがな。

 それを捨て台詞に、眼鏡は悠々と後宮を去っていったのだった。ヨルギたちと苦楽を共にしたはずの使用人(うらぎりもの)たちを、一人残らず引き連れて。

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