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2.一周年のお祝い

「それでは、後宮一周年をお祝いして。乾杯!」

「かんぱーい!」

 リーダーの掛け声とともに、楽しい宴が開始された。いつもの食堂のテーブルの上にはいつもより数段華やかな料理たちが所狭しと並べられている。

「まあ、こんなにたくさん。職員のみなさん、どうもありがとう。」

「ほんとですよー。まったく、こちとら予算もカツカツだってのに……。」

 リーダーに労われてなお、使用人のテーブルについた料理長の彼女は愚痴っぽくため息を吐いた。同じテーブルを囲む他の使用人たちも、やれやれといった風情だ。

 この後宮はトストレース侯爵という貴族のオッサンの一任で設立されており、後宮のすべては彼の個人事業という扱いなのだった。そのためもちろん、国からの予算は下りずに、ここは彼のポケットマネーで運営されているという状態であった。後宮の建物自体が、本来なら皇帝一家が暮らすための屋敷を流用しているというありさまだった。

 しかしそのトストレース侯爵のご厚意により身の回りの世話をしてくれる使用人が十名ほど派遣されており、彼女たちの働きで後宮に集められた百名あまりの少女たちの生活は成り立っているのだった。

 早朝から一日中ロリを極めることができているのは、まさに彼女たちのおかげ。実は今日の主役はヨルギたちだけでなく、使用人の彼女たちを労うという目的もあったのだ。みんなで目配せしてから、密かに焼いておいた山のようなビスケットを彼女たちの目の前に登場させる。

「じゃじゃーん。」

「ええっ。なんですか、これ?!」

 案の定驚きを隠せない様子で、使用人たちは目を丸くした。

「実はね、わたくしたちが生活できているのも、あなたたちのおかげだから。」

「今日はその感謝も込めて……。」

「あまり凝ったものは作れなかったけど。」

「みんな、いつもありがとう。」

 ヨルギたちが次々に感謝の言葉を述べると、使用人たちも感極まった様子となってくる。

「あ、そんな……。」

「え、ええ……。私たちも、これが仕事だから……。」

「全然、こんなことしなくていいのに……。」

 途端に彼女たちはもじもじとし出して、そわそわとお互い顔を合わせだした。みんな、照れているようだった。サプライズは大成功といえた。ヨルギたちは思わずにっこりと口角を上げた。

 しかし使用人たちはいつまで経ってもお互いをつつき合ったりもじもじとしている。一向にビスケットとの距離が縮まらない彼女たちに、ヨルギたちも期待をじらされてそわそわとしてきた。

「みなさん遠慮なさらないで。さあ、召し上がって。」

 リーダーが代表して勧めると、使用人たちは一様に眉をしかめた。

「え、えーっ……。」

「この、燃焼温度を間違えたとしか思えない代物を口に入れろっていうんですかあ?」

 ついに中の一人が呆れかえったような大声で堂々と真実を指摘した。

 そわそわもじもじとしていたのは、感極まったのでも照れていたのでもなく、自分だけは絶対に犠牲者になりたくないとお互いに押し付け合っていたからのようだった。まあ、確かにちょっと失敗したけど……。

 ちらりとビスケットに目をやると、確かにこんがりと焼け過ぎて真っ黒になってしまったものが山と積まれ、さながら炭鉱のよう。実は使用人たちが使ったあとの窯をこっそりと使わせてもらったのだが、温度が高すぎたらしく、気づいたヨルギたちの救出も空しくあっという間に真っ黒焦げになってしまっていたのだった。

 でも、もう材料もないし……、これでいいか。みんなでそういう結論に至ったのである。

「まあ、ちょっと黒いけど。」

 ことさら何でもない風を装って、一人がビスケットをつまみ上げた。くるくると角度を変えてみせると、炭、じゃない、ビスケットは光を受けてきらりと黒光りした。

「チョコレートっていうのも黒い食べ物らしいじゃん。いけるいける。」

「そうそう。チョコレートだと思って食べてもらえれば……、」

 しかし相手はさすが食のプロ、と使用人のプロ。

「どこがだ!」

「殺す気か!」

 一人残らず猛反発をくらってしまう。そのうえ、

「てか、食費足りなかったのこのせいじゃん!」

「食材無駄にしやがってえ!」

 ヨルギたちにとって痛いところに気づかれてしまった。これはまずい。ヨルギたちには手持ちのお金も何かを買いに行けるような時間もなかったため、厨房で小麦粉やバターをちょっと拝借するしか手がなかったのだ。

「まだ!まだ無駄にはしてないじゃん!ほら、食べて!」

「食べれば無駄にならないから!」

 自分たちの失敗をなかったことにしようと数人がかりで強引に食べさせようと取り囲んだものの、

「てめーで食えやあ!」

 料理長は華麗な体さばきで見事に反撃し、取り囲んでいた少女の一人にそれを押し付けた。仲間たちのキャー大丈夫ー?!という悲鳴の真ん中で、黒炭を口に押し付けられそうになった少女が大慌てで口元をぬぐった。

「ちょっ……、殺す気?!」

「あんただよ!」

 一周年記念の楽しいパーティーは、あっという間にぎゃあぎゃあと騒がしい大混乱へと陥ってしまった。

 でもいつもの厳しい練習を忘れてみんなで大騒ぎできるのがなんだか楽しくて、ヨルギもいつの間にか大声で笑い出していたのだった。

 と、そこで急に食堂のドアが大きな音を立てて開いた。でも普段後宮で生活している者は全員ここに集まっているはず。誰だろう。ヨルギたちはきょとんとして入り口のほうを見やった。

 そこには入り口の四角い空間を切り取って、険しい顔をした若い眼鏡の男が立っていた。みんなの注目を一身に集めているというのに平気な顔をして、まるで自分の家に帰ってきたかのように堂々と食堂の中に踏み込んでくる。

「一体この地獄のようなやかましさはなんだ。」

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