慎重すぎる男2
予定外の事態が起きた時、ルークスは一人になってじっくりと考える。
エリザ嬢が自ら後宮に留まることを決めるとは、まったくの予想外であった。
使用人を引き上げてしまえば、貴族の娘である彼女にとって食事を取り上げられたも同然。絶望したところに手を差し伸べて救ってやる計画が、あの女、それでも皇帝陛下のお越しを待ち続けると宣言したのだ。
「まさか、本当に何らかの個人的つながりが……。」
家格からして陛下との接点などないと決めつけていたが、もしかしたら何かあるのかもしれない。例えば、子供の頃に遊んだことがあるとか、風に飛ばされたショールを拾ってもらったとか。あそこまで頑なだと、そういう可能性も出てくるな。一度、隅から隅まで調べさせなければ……。
それからルークスは、苦心して彼女の両親と面会する機会を設けた。もしかしたら、両親の意向で陛下を落とすまで戻ってくるななどと命令されている可能性もあるからだ。伝手を伝ってようやく対面した彼らに、雑談を装って後宮にいるエリザ嬢のことについて水を向けると、
「いやあ、そうなんですよ。もともとは友人の付き添いで行っただけだったのに、今はずいぶんと頑張っているらしくて。」
「あんなにのんびりした子だったのに、後宮ではリーダーをやっているんですって。なんていう成長かしら……!」
夫人のほうなど自分の言った言葉に感激してハンカチを取り出す始末。なるほど。話が通じん。
ルークスは真顔だったが内心盛大に落胆していた。つまりエリザ嬢が後宮に留まっているのは彼女自身の意思なのではないか……。しかし彼女と陛下の個人的なつながりのようなものは、ルークスの調査力をもってしても未だまったく発見できていない。やはり権力目当ての卑しい系なのか?ルークスは苦悩した。
そこで今度は、自らが皇帝陛下と直接話ができるような機会を作ることにした。やはり本人に聞くのが一番早い。
しかしここでも問題が発生した。どうやら父親が強引に後宮をつくったことでそのご趣味を帝国中にバラされる羽目になり、ロリ帝……いや陛下はトストレース家の者に対して相当な警戒心を抱いていらっしゃるようなのだ。家長である父親はまだしも、その一番の末っ子であるルークスなど、普通にしていたらとてもではないがお目にかかれそうもない。
「まずは、陛下にお目通り願えるような功績を挙げなければ……。」
陛下が喉から手が出るほど欲しているものを献上すれば、無視はできまい。幸いといっていいのか、帝国の領土は広大で、支配が行き届いておらずに反乱を起こすような地方もままある。一番いいのはそれらを平定することだが、ルークスにそんな力はない。代わりに、武力衝突のせいで起きる不安定な物流をどうにかできれば、ある程度の功績となるのではないかと目をつけた。そもそも陛下はさすがロリコンというべきか、血なまぐさい闘争はお好みではいらっしゃらない様子なのだ。帝国の力をもってすれば簡単につぶせるような地方にも、弾圧を加えたりすることはない。むしろ独立を望む国は積極的に支援していらっしゃるご様子すらある。つまり交易路を確保しておけば、今後の帝国のためにも悪いことは一つもないというわけだ。
加えて、ルークスのほうにも父親の事業という味方がいる。いくつもあるうちのひとつくらいは、何か役に立つだろう。早速ルークスは国の運営状況や地方との関係を調べ、父親の事業とのすり合わせを行っていった。父親の事業を利用するわけだから彼とは何度も交渉・説得を繰り返し、さらに関係者との人間関係の構築、最新の情勢を把握するための情報収集。ルークスの毎日は矢が飛ぶように過ぎていった。
そして合間に、後宮そのものを崩すことも忘れない。エリザ嬢本人が音を上げれば、一番話が早いからだ。いくつもの計画が同時進行し、絡み合って後宮を落としにかかる。そのうちのひとつくらいがうまくいかなくても、焦ることはない。その背後に押し寄せている数々の計画が、いずれ本懐を遂げてくれるのだから。他人から見たら回りくどすぎると思われるようなものでも、ルークスにとっては当たり前の努力の範囲内だった。
ルークスは慎重な男だった。
慎重すぎて時間がかかりすぎるのが玉に瑕