おまけ:慎重な男1
ルークスは慎重な男だった。
末っ子ということで甘やかされた世間知らずという先入観を持たれることもままあったが、そんな失礼な奴らはルークスと少しでも関われば、彼の川をせき止めたうえでさらに自ら石橋をかけて渡る慎重さに舌を巻く。それは彼が子供のころから上の兄姉を見て育ち、自分はああはならないようにしようと計画的に生きられる聡明さを持っていたからできることだった。
そのルークスにも、予想外の出来事というものはある。彼の(一方的に)良く知るエリザ嬢が後宮に入ったというのだ。
それを聞いたルークスは、裏切られたような気分になった。あんないかにも癒し系ですみたいな雰囲気でこちらを油断させておいて、その実あいつも他の女どもと何も変わらないではないか。金と権力に目がくらんだのだ。そもそも彼女は全然全くロリータなどではない、俺はロリコンじゃないからな……。おおかた、黒髪であるというだけで浅ましくも陛下のお目に留まろうと妙な野心を働かせたのだろう、なんて卑しい奴だ。癒し系ではなく卑しい系だったとは。
そもそも後宮に入ったからといって、陛下の寵愛を得られるとは限らない。なにせ後宮には続々と少女たちが集められており、その数およそ五十にも達するほどで、しかもまだまだ増えるという噂だからだ。少女たちは明らかに似通った容姿をしており、つまりそれが陛下の好みであることは明白で、その中から特別陛下の気を引くことなどできはしないだろう。そもそもエリザ嬢の家はたいして家格が高いわけでもなく、従って彼女が陛下と個人的な知り合いである可能性も皆無に等しい。いくら貴族出身とはいえ、陛下にとってはその他大勢のうちの一人だろう。うん、完璧に望みはないな。
「父上。あのように大勢を集めても、皇帝陛下ご自身がその気にならなければあまり意味はないのではないですか。」
しかし、万が一ということもある。ルークスは慎重な男だった。幸いにも後宮は自分の父親が勝手にけん引している事業ということもあり、多少の口出しはじゅうぶんにできる立場である。それとなく苦言を申し立ててみると、
「いやいや、あれだけ集まればちょっとくらいは覗いてみようかなという気にもなるだろう。今、みんなで賭けてるんだよ。一年以内にお世継ぎができるだろうという予想が大多数だな。大穴は、一か月だ。お前もどうだ?」
父親はノリノリの様子だった。ついでにほかの貴族も多数関わっているとなれば、後宮そのものを潰す、あるいは大幅に縮小させることはできなそうだ。悔しくもルークスは引き下がるほかなかった。何か、確実な方法を考えなければならない。
それから一年が経とうとした頃。ルークスの不安とは裏腹に、皇帝は一度も後宮を覗きにすら行っていないようだった。今や後宮に対する皇帝の一挙一動一投足は下世話な期待とともに大注目されており、その包囲網を潜り抜けてこっそりと通うことなど不可能。後宮に近づいてすらいないという噂はかなり信用のおける情報といえるだろう。やはり皇帝にはすでに心に決めたロリがいるのだ。ルークスは皇帝に対して若干の親近感すら抱いた。もちろんロリコンの部分ではないが。
そうなると、もはや後宮の存在意義とは。そこにルークスは勝機を見た。彼が再び、一年経っても皇帝のお渡りがないようだということを盾に父親に問いただすと、
「いやいや、まだまだ。ロリコンだという噂が広まってしまって、陛下も後宮には行きづらかったんだろう。そろそろほとぼりも冷める頃だろうし、今年こそは陛下もお出ましになるだろうとみんなで賭けてるんだよ。私は陛下の性格も鑑みて、十月ごろお出ましになるに賭けた。お前もどうだ?」
大穴は二月だがあと五日しかないからな~、と彼は楽しそうにルークスに教えてくれた。能天気な父親が未だ能天気に賭け事を仕切っていることから、後宮を潰せと言っても受け入れられないことは明らかだった。ここでルークスは、一年前に悔しく引き下がってからというもの密かに立てていた計画を実行に移すことにした。
「でしたら、父上。私に後宮の運営を任せてはもらえないでしょうか。」
ルークスの言葉に、父親はちょっと目を見開いて、おや、というような顔をした。
「ほう、なんだ。もしかしてお前、ロリコンだったのか。」
「違います。」
まさかそういう疑惑を向けられるとは思ってもいなかったルークスは若干動揺しながらも即座に否定し、かねてからの計画を披露していった。
「経営に興味があるんです。勉強はしていますが、やはり実地でやってみたい。練習として、後宮の運営を任せてほしいのです。」
後宮なら実質、貴族連中の賭け事の場と化しているお遊びの娯楽事業みたいなものだし、多少失敗したところで損害はゼロに等しい。というか、後宮に対してやることというのはほとんどないと言ってよかった。むしろ賭け事をやりたがる連中に対する対応のほうが重要で、そちらのほうは父親の手中にあるから後宮本体くらいなら任せてもらえるだろう。そういう計算だった。
「おお、そういえばお前、ウチの事業に興味があると言ってカークにいろいろと教わっていたみたいだったな。」
慎重なルークスは、経営に興味があると言って疑われないくらいには事前に仕込みをしておいたのだ。それが功を奏して、
「いいぞいいぞ。やりたいことはなんでもやりなさい。後宮なら、多少失敗したとしても何の問題もないからな。」
父親はルークスの思惑通りににこにこと笑った。末の息子だからと家業を継がせるような教育は特にしていなかったにも関わらず、自ら興味を持ったのが嬉しいといった様子の二つ返事で、ルークスは後宮の実権を握れることになった。末っ子だから甘やかされていると言われるのは癪だったが、今だけはそんな風潮も有難かった。
こうやって、彼はようやく後宮解体計画を進める手はずを整えたのだった。