10.新たな門出
「ロリ帝~!」
「ファイッオー!ファイッオー!」
夕暮れ時の薄暗い空間に、マリアナとヨルギの掛け声がこだまする。
「声が小さーい!!」
「二人しかいないんだからしょうがないじゃないですかあ!!」
昨日までの総勢百名ほどのトレーニングとは、その雰囲気はうって変わって頼りない。しかし、絶対に諦めないと決めた二人は気迫でそれをカバーする。
「ほらあっ!そんな球も取れないんじゃ、玄人のロリコンくらいは騙せても皇帝陛下にはご満足いただけないわよ!」
「はいっ!」
いつもは怒声であふれる広い庭も、今日は二人だけ。自分たちの声が建物に反響して、びりびりと空気を震わせる振動が誰にも吸収されることなく肌に伝わってくる。
でも、いいのだ。たとえ二人きりになってしまったとしても、王宮を追い出されても、ロリのエースを目指し続ける。自分の目標がはっきりしたことで、むしろヨルギはやる気に満ち溢れていた。
「じゃあ、交代ですよ!」
「へなちょこな球投げるんじゃないわよ!」
「わかってます!」
場所を交代しようとしたとき、ふいに建物のほうからリーダーが現れた。しかも、トレーニング用の動きやすい服に着替えている。
「わたくしも混ぜていただけます?」
「リーダー!」
もしかして帰ってきてくれるのか。もちろん大歓迎の雰囲気で迎えたヨルギたちに、リーダーはにっこりと笑って、さらに自分の後方をちらりと振り返ってみせた。
「わたくしだけじゃありませんわ。」
彼女の後ろには、同じく着替えた姿の仲間たちが、ちょっとそわそわしたような態度でずらりと勢ぞろいしていた。信じられない気持ちで彼女たちを見つめると、その視線に少し不貞腐れたように中の一人がぷいと顔をそむけた。
「まったくあんたら、さっきからうるさいのよ。せっかく久々に早く寝ようと思ってたのに、全然眠れやしないわ。」
「ほんと。しかも何?そのへなちょこな練習は。」
「やっぱり私たちがいないと、ダメみたいね。」
「み、みんな……!」
散々と憎まれ口をたたきながらも、その態度の意味するところは明らかだった。ヨルギがぱあと顔を明るくすると、彼女らは照れたように少しだけ微笑んだ。
「結局ね、ちょっと自信を無くしていたの。本当にロリのエースになんかなれるのかって……。」
「そうすると、諦める理由ばかり探すようになっちゃって……。」
「でもあんたたちが、たった二人でも練習してる声を聞いていて気づいたの。本当は私たちも諦めたくないんだって。」
「こんなことしてて何になるの?って考えたりもしたけど……。」
「きっと、本当のエース・オブ・ロリータになれた時にわかるわよね。」
彼女たちは誰もが穏やかな顔をしてにっこりと、あるいは少し恥ずかしそうに微笑んでいた。しばらく見つめ合う両者の間に、もはや言葉はいらなかった。
「さあみなさん、始めましょう。」
リーダーが取り仕切るように声をかけると、あっという間に広い庭には昨日までと同じ光景が戻ってきた。
今や、みんなの気持ちが再び一つになったのだ。
・
一週間後。ついにヨルギたちを一人残らず追い出すために、再び眼鏡が後宮を訪れた。それを待ち構えて全員で整列していたヨルギたちを彼はじろりと一瞥して、
「なんだ?全然減っていないではないか……。」
不審そうな顔に不機嫌さを上乗せた。
「私たち、諦めませんから。」
「たとえここを追い出されたって、みんなでエース・オブ・ロリータを目指すんだから!」
ヨルギたちにはもはや何の迷いもない。一致団結して目の前の眼鏡をまっすぐ見据えて、全員諦めないということを宣言した。
眼鏡は百名余りの強い視線にさらされて、一瞬少しひるんだような戸惑いを見せる。が、すぐにその持ち前の大きな顔を取り戻して言った。
「ふん、好きにするがいい。ここさえ出ていけば、トストレース家はすでに何の関係もないからな。」
「よおっし。それじゃあ、みんなで新たな後宮をつくるわよ!」
新たな門出の予感に、ヨルギたちはわあっと歓声を上げて盛り上がる。どこに拠点を作ろうか、活動メニューはどうしようか。みんな、そんな未来への期待と理想で頭がいっぱいになっていた。ところがその楽しい雰囲気を遮るように、眼鏡がただし、と声を張り上げた。
「ただし、エリザはそうはいかないがな。」
意地悪そうな目で眼鏡が見据えていたのはリーダーだった。
「え……、わたくし?」
リーダーも寝耳に水といったようにきょとんとした顔をしている。ヨルギたちにも、全く意味がわからなかった。
「なんでよ。」
「なんでリーダーが?」
「リーダーはリーダーなんだから。リーダーがいないと後宮が始まらないでしょ。」
みんな何をバカなことを言っているのだというように口々に眼鏡に問いかける。彼はヨルギたちの純粋な疑問顔のほうをむしろバカにして、それなら残念だったなと今度こそ勝ち誇った顔で言った。
「彼女は俺に下賜されることになった。これがその証明だ。」
そして、得意げに何らかの文書を胸の前に掲げて見せた。