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第5話 少女の実力

前回までのあらすじ


血塗れうさちゃん人形のギギ。怖いよ……

 人間の成人男性ほどの体躯を誇る5匹のホブゴブリン。

 近接戦闘可能なのがクラウスとエリクだけである状況を鑑みれば、それらは十分すぎるほどの脅威に違いなかったが、気付けばさらなる危機が姿を現していた。

 身長は2メートル半ば、体の幅はクラウスの倍以上。腕は大人の胴体ほど太く、武器は軽く百キロは超えていそうな巨大な棍棒。

 ゴブリンをさらに凶悪にしたような外観は、見ただけで怖気が走るほどの醜悪さだ。


 それはトロルだった。

 人肉を食らう亜人種の中で、もっとも人間の生活域近くに住む巨大な怪物。それがなんとホブゴブリンの後ろに控えていたのだ。舌舐めずりを隠そうともせず、今にも襲いかからんとする凶悪な姿は完全に捕食者のそれだった。


 冒険者歴10年を超えるクラウスは、これまで多くの魔物や魔獣の討伐をこなしてきた。しかしこんな人食いの魔物を相手にしたことはない。そもそもすぐ隣には長閑(のどか)な農村が広がっているのだ。こんな森の中にトロルがいるなど聞いたことがなかった。

 

 およそ普通の武器が通用するとも思えない、筋肉の塊のような巨大な体躯。それを前にして、さしものクラウスも意図せず身体が震え出す。

 けれど彼は、それを(おくび)にも出さずにエリクを鼓舞した。


「恐れるなエリク! まずはホブゴブリンどもを血祭りにあげるぞ! その後にゆっくりあのデカブツを()ってやる、いいな!!」


「わ、わかった!」


 勇ましい返事とは裏腹に、エリクも身を震わせていた。

 それが武者震いなのか、恐怖のためなのかはわからない。けれど表情を見る限り後者なのは間違いなかった。

 その背後には恐怖を隠そうともしないポリーナとルチア。今や二人は走ることさえ 忘れ果て、ひたすらトロルを見つめることしかできない。


 けれどリリィとギギは別だった。変わらずリリィは無表情のままだし、ギギもゴブリンを相手に大立ち回りを演じ続けている。そんな中、一斉にホブゴブリンたちが飛び掛かってきた。


 渾身の力で剣を振るう先頭の一体。それをいなしたクラウスが懐に潜り込んで胴体に剣を突き立ててみても、身に纏う鎧に勢いを殺されて深手を負わせることができない。

 馬鹿力と名高いクラウスの膂力と両手持ちのロングソードを以てしてもその程度なのだ。軽量な片手持ちのブロードソードと、体格に劣るエリクになどまともに戦えるわけがなかった。


 スピードに勝るエリクがいくら剣を当てようと、ホブゴブリンたちは涼しい顔を崩そうとしない。手数に任せて細かい傷を負わせてはいるものの、到底それは深手などと呼べるようなものではなかった。

 次第に焦りの色が濃くなっていくクラウスとエリク。今や彼らは相手の攻撃を躱すのに精一杯で、もはやまともに攻撃すらできていなかった。

 その状況を見た女二人が堪らず叫んだ。


「お願いリリィ! ギギをクラウスたちへ加勢させて! ゴブリンはわたしたちがなんとかするから!」


「このままじゃ、エリクたちがやられてしまう! お願いだからギギを――」


 半ば泣きそうになりながら、ポリーナとルチアが懇願する。近接戦闘が専門ではない彼女たちにとって、クラウスとエリクの危機は自身のそれを意味する。もしも彼らが倒れたら次は自分たちの番なのだ。

 そんな必死の訴えに、しかしリリィは無表情に答えた。


「それは無理。ギギは私以外を守ろうとしない。そのようには作られていないから」


「えぇ! そ、そんな……!」


「それともう一つ。ほら見て、そろそろギギの魔力が尽きる」

 

 言いながらリリィが指を差す。

 そこにはゴブリンを相手に暴れながらも、次第に動きが緩慢になっていくギギがいた。その様子を見ていると、リリィの言うことは嘘ではなさそうだ。


「えぇ!? そ、それじゃあ……ギギは死んじゃうの?」


「死なない。魔力が切れて動かなくなるだけ。魔力を充填すればまた動き出すけれど、それには時間がかかる。悠長にやっている暇はない」


「じゃ、じゃあどうするの!? このままだと、クラウスもエリクも死んでしまう!」


 絶望を浮かべるルチアとポリーナ。ギギが討ち漏らしたゴブリンを始末しながら二人がリリィに食い下がる。


 皆の前では魔術師と名乗ったものの、免状を持っていないリリィはあくまでもぐり(・・・)でしかない。本来ならば魔術師と名乗ることさえ許されないのだ。

 いや、それどころか、薬草採集しか任せられないような新人冒険者でしかなかった。

 そんなリリィに助けを請うなど全くおかしな話ではあるが、今やルチアたちはそんなことにも考えが及ばないほど追い詰められていた。


 見ればクラウスもエリクも限界寸前だ。致命傷こそないものの、それもいつまで持つかわからない。

 ホブゴブリンすらまともに相手ができないのだから、なおさらトロルになど勝てるはずがない。その事実に女二人が打ちひしがれているとリリィが淡々と告げた。


「ギギはもう動けない。だから残ったゴブリンたちはあなたたちに任せる。――いい?」


「わ、わかった……だけどクラウスたちは!? クラウスたちを助けてあげないと! このままだとやられてしまう!」


「大丈夫、策はある。私に任せて」


「任せてって……どうするつもり!? だってギギはもう――」


 ルチアが言うとおり、もはやギギは限界だった。魔力の減少とともに動きは鈍くなり、今では魔法すら発することができなくなっているようだ。

 その姿を無表情に見つめながらリリィが言う。

 

「だから、私が戦う。クラウスたちは私が助ける」


「えぇ!? リリィが!? あ、あなた……戦えるの?」


「任せて。これでも一通りの攻撃魔法は本で読んだ。たぶん大丈夫……だと思う」


「だと思うって……」


 ポリーナとルチアが面食らった顔をする。けれどリリィはそんなことなどお構いなしにその場を後にした。向かう先にはクラウスとエリクが死闘を繰り広げていたのだった。



「くそっ、こいつら意外と強ぇじゃねぇか! まったく相手にとって不足はないぜ、おらぁ!」


 未だかつてない危機にもかかわらず、エリクは軽口を吐くのをやめようとしない。いや、むしろ己を鼓舞するかのように必要以上に大口を叩く。

 深手こそないものの、全身に傷を負い、肩で息をし、疲労で脚がもつれそうになる。

 もはや彼には、一緒に肩を並べるクラウスを気にかける余裕すらなかった。ただひたすらに敵の攻撃を防ぎ、()(くぐ)り、一撃を加えようと前のめりになる。


 するとそのとき、突如轟音が響き渡った。

 目に飛び込んでくる眩しいまでの光の渦と全身を焼く灼熱感。思わずエリクが後退ると、その視界に小さな背中が飛び込んできた。


 それが誰なのか。瞬間エリクにはわからなかった。しかし数舜の後に理解する。

 忘れるはずもない、簡単に折れてしまいそうな小さな身体。背はエリクの顎までしかなく、身体の幅は半分にも満たない。

 

 それはリリィだった。

 彼女は手の平から炎の塊を撃ち出しながら、エリクたちの前に飛び出してきたのだ。状況を把握し切れず間が開いたものの、その背をエリクとクラウスが怒鳴りつけた。

 

「リリィ!? お前なにやってんだよ! 危ねぇから下がってろって!」


「なにぃ、リリィだぁ!? なんでこいつがここにいるんだ!? ポリーナたちはどうした!?」

 

「ポリーナもルチアも無事。ゴブリンはギギがほとんど片付けた。だからもう背後の心配はいらない。あとはこいつらを始末するだけ」


「そ、そうなのか、いつの間に……それはそうと、今のはなんだ? 魔法か!?」


「そう、魔法。火球(ファイヤーボール)。」


「ファイヤーボール……?」


 訝しげにエリクが視線を向ける。するとそこには、身体に点いた炎を消そうと悲鳴を上げながら地面を転がるホブゴブリンたちがいた。

 絶好のチャンス。彼らを倒すにはこの機を逃す手はない。

 クラウスとエリクが剣を振り上げようとしていると、一瞬早く再び炎の塊が飛んでいった。

 

 続々と着弾する炎の塊。それが轟音を響かせながら次々に爆発、炎上すると、その場はまさに地獄へと様変わりしたのだった。

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