第4話 災難続き
前回までのあらすじ
エリクよ、ナンパしている場合じゃなかろう。
「ギギャギャギャギャ! グギャ!!」
「ギャギャ! グギャ!」
「ちっ……待ち伏せか」
明らかに人とは違う叫び声。それを聞いたエリクが舌打ちをする。それから仲間たちを守ろうとその身を挺した。
単体のゴブリンは大した脅威ではないものの、群れを成して襲い掛かられるとかなり厄介な存在となる。
野生動物とは違ってゴブリンは武器を持つ。そのほとんどが棍棒などの粗末なものでしかないが、中には剣やナイフといった刃物を持つ者もいるのだ。
そんなもので一斉に襲い掛かられれば、いかなベテラン冒険者と言えども無事で済むはずがなく、場合によっては数の暴力に負けてしまうケースすらある。
どうやら洞穴のゴブリンたちは囮だったらしく、気づけばすっかり囲まれていた。人間をおびき寄せるためなら、平気で仲間を見殺しにする。そんなゴブリンたちを見ていると、とてもじゃないが平和的な交渉ができるとは思えなかった。
そもそもゴブリンは、亜人種の中でも最底辺の劣等種である。いくら人間と容姿が似ていても、言葉から観念にいたるまで全く異なっているのだから、そこに相互理解を求めるのは無理というものだろう。
ゆえに人間たちは一切の良心の呵責なく、まるで害獣のようにゴブリンを駆除できるのだが、当のゴブリンたちにとっては人間こそが安寧を脅かす存在に他ならなかった
粗末ではあるけれど、人を殺すには十分すぎるほどの得物。それらを携えたゴブリンたちがぐるりと周りを取り囲む。それだけでも危機的状況に違いなかったが、クラウスたちは全く怯まない。
「エリク、一点突破だ! 正面を切り崩して輪の外に出る! ――お前たちもわかったか!?」
「了解!」
「オッケー!」
「任せて!」
ゴブリンは人間の言葉を解さない。だからクラウスは周囲に聞かれるのも憚らずに大きな声で指示を出す。それにメンバーが答えたのだが、その中で一人だけ声を上げない者がいた。
それはリリィだ。この極端に口数の少ない少女は、この期に及んでなお返事すら帰そうとしなかった。
心配になったエリクが背後を振り返る。するとそこには、相棒のギギに顔を埋めて思い切り深呼吸する少女がいた。その肩は僅かに震えているように見える。
やはり彼女も女の子なのだ。あまり感情を露にしないものの、やはりこの状況は怖くて仕方がないのだろう。成り行きとは言え、巻き込んだのは自分たちなのだから、必ず生きてここから逃がさなければならない。
突如湧き上がってくる使命感。ともすれば質の悪い笑みが浮かびそうになるほどの高揚感に身を任せながらエリクが叫んだ。
「リリィ、お前は後ろにいろ! 正面は俺とクラウスが守る。背後はルチアとポリーナだ! ――いいか、絶対に遅れるなよ! どんなことがあろうと、俺の傍から離れるな! わかったか!?」
「……わかった」
やっとリリィが反応を返した。そっとギギを地面に下ろすと、視線をエリクに向ける。
「足の速さには自信がないけど、遅れないよう追いかける。あなたは正面、ルチアたちが後ろ。それなら側面はギギに守ってもらう」
「……なぁ、そいつって強いのか!?」
「強い。だってギギは私の護衛。そのためにあの人が作ってくれた」
「あの人? 誰だ?」
「なんでもない。――ほら、怪物たちが動き始めた。私たちも動かないと」
気付いたようにリリィが言う。同時にクラウスが叫んだ。
「よぉし、全員俺についてこい! 幾らいようが雑魚は雑魚だ。ゴブリンなんざ敵じゃない、全員ぶち殺すまでだ! ――いくぞお前ら!!」
「おぉ!」
周囲に轟く叫び声。それを合図にパーティが動き始めた。
まずは重戦士のクラウスが両手持ちのロングソードを振り回しながらゴブリンの群れに突っ込んでいく。エリクがその後の血路を確保していった。
その背後にはリリィ。彼女にしては珍しく、いつも無表情なその顔に僅かながらの表情を浮かべる。
さらにその後ろには矢を放つポリーナと、背後をダガーで牽制するルチア。近接戦闘が専門ではない二人だが、その戦いぶりにはベテランの余裕が垣間見えた。
そんな彼らの中にあって、一際異彩を放っているのがギギだ。
この薄汚れた継ぎはぎだらけの人形は、意外な俊足を見せてリリィと並走すると、近づいてくるゴブリンへ向けて短い腕を振り回した。
「ギギ……ギギギ……」
「グギャァ!」
「ギャー!!」
ギギが腕を振る度にゴブリンが血を流して吹き飛んでいく。それはまるで目に見えない何かに切り裂かれているようにしか見えなかった。
その様子にポリーナが目を丸くする。
「リ、リリィ!? こ、これって魔法!? ギギって魔法が使えるの!?」
「そう、使える」
走りながらリリィが答える。しかし前を行くエリクについていくのに精一杯で、それ以上の説明ができない。
剣でも魔法でもなんでもござれの冒険者ギルド員のポリーナではあるが、実のところこれまで一度も魔法を見たことがなかった。確かにギルド員の中にも魔術師はいる。しかしその全てが上級パーティに独占されている状況では、まともに話すらしたことがなかった。
そんなポリーナでも、これが魔法だとすぐに理解する。
剣で斬るわけでもなく、矢を放つわけでもない。いや、それどころか直接触れてすらいないのに、ゴブリンたちが真っ二つになっていくのだ。これを魔法と呼ばずしてなんと呼ぶのか。
「なかなかやるじゃない! 頼もしい相棒ね!」
「ぬいぐるみなんかに遅れを取るかよ! まだまだいくぜ!」
くるくると舞うようにギギが身を躍らせる度に、一匹、また一匹とゴブリンが屠られていく。それを見ていると、継ぎはぎだらけの不気味な人形でしかなかったそれが、今ではとても頼もしく思えた。
ギギの活躍を視界の隅に捉えて、クラウスとエリクもより一層奮起する。
これなら包囲網を突破するのも時間の問題だろう。それにしても驚いた。魔術師のゴーレムとはこうも強力なものなのか。あとで詳しく話を聞いてみよう。
などと、皆がそう思ったその時、先頭のクラウスが急に立ち止まった。
「く、くそ! なんだこいつは!」
血塗れのロングソードを構え直して、クラウスが前方を注視する。その先を辿ってみれば、そこには一際大きな影が見えた。
ゴブリンと同じ緑色の肌に醜悪な顔。けれど盛り上がった筋肉でふた周りは身体が大きく見える。
背の大きさはエリクと同じくらい。つまりは平均的な人間の成人男性ほどの背丈なのだが、鍛えられた太い腕と大振りの武器は凄まじいほどの驚異に見えた。
それはホブゴブリンだった。
知能に優れ、体格にも恵まれたゴブリンの上位種である彼らは、しばしばゴブリンと行動をともにする。しかしそれは人里離れた森の中や山の奥深くであることがほとんどで、人間の生活圏内で見るのは極めて稀だ。
にもかかわらず、こんなところに姿を見せているということは、初めから待ち伏せされていたに違いない。
そんな者たちが、見えるだけで5体はいる。その数は単純にクラウスたちを上回っていた。一対一でも手強いというのに、周囲をゴブリンの群れに囲まれているのだ。
それだけでも悲観するには十分過ぎるほどだったが、さらにそこへ追い打ちを掛けられてしまう。
居並ぶ筋骨隆々のホブゴブリンたち。その後ろに、さらに大きな影が見えたのだった。