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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
32/33

第32話 大切な家族

前回までのあらすじ


多勢に無勢。果たしてどうなる?

「ギ……ギギ……」


 脇目も振らずに駆けてくる奇怪な人形。

 汚れと染みで全体的にくすんでいるものの、もとの白さが垣間見える体色と特徴的な長い耳を見る限り、どうやらあれはうさぎらしい。それにしては不気味すぎる外観が気になるが、やはりどこからどう見てもうさぎのぬいぐるみにしか思えなかった。


 その事実に愕然とする首領のもとへ慌てて手下たちが駆けてくる。彼らの顔は焦りと驚愕に染まっていた。

 

「か、(かしら)! ここは一旦下がってくだせぇ!」


「ここは俺らが引き受けますんで、どうかあちらへ!」


 一瞬なにを言われているのか首領にはわからなかった。

 思わず周囲を見渡す。すると傭兵を相手にしている者たちは善戦していたし、冒険者と戦っている者たちもかなり余裕がありそうに見える。

 にもかかわらず、なぜ自分たちだけが防戦一方なのか。見れば相手はうさぎのぬいぐるみ一匹だけではないか。


 もはや笑い話にすらならないような現実を前にして、意図せず口から恨み言が衝いて出る。


「くそっ! 一体なんだあれは! どうなっている!?」


「よ、よくわかりませんが、あれはヤバい! ヤバすぎる! とにかく下がって――」


(かしら)! 逃げてください、早く!」


 口々に手下たちが(まく)し立てる。それを聞いた途端、首領はまるで呪縛が解けたかのように身を翻すと脇目もふらずに駆け出していった。

 盗賊団の頭目として、彼も彼なりに矜持もプライドもあるのだろうが、こればかりは背に腹を変えられない。次々に手下たちが屠られていく様を見ていれば、すぐに自分の番が回ってくるのは間違いなかった。


 なんということだ。

 圧倒的に有利な状況だったはずなのに、気付けば追い詰められていた。しかもあんな年端もゆかぬメスガキと意味のわからぬキモいぬいぐるみに、だ。


 おのれ……許さんぞ!


 などと罵ってみたところで事態が好転するわけもなく、敵を目前に逃げ出したという事実も変わらない。それでも再び背後へ視線を向けてみれば、凄まじい速度で追い縋るうさぎのぬいぐるみが見えた。


「ギギギ……」


「や、やめろ! 来るな! 来るんじゃねぇ!」


 恥も外聞もなく涙を流し、両手を振り回しながら首領が叫ぶ。

 彼とても今の地位まで上り詰めるには幾人もの仲間たちを屠ってきたのである。時に(たばか)り、ときに陥れて邪魔者を始末してきた。

 自他ともに認める冷酷無比な彼であるのに、事ここに及んで人目を|憚ることなく泣き叫びそうになる。

 するとその時、突如何かが割り込んできた。



 身を焼くような灼熱と鳴り響く轟音。

 突如それが現れたかと思うと、迫りつつあるぬいぐるみを直撃したのだ。


 ドゴンッ!


 それは巨大な炎の塊だった。

 大きさは人の頭くらい。直視できぬほどの煌めきと、肌を焦がすような灼熱感。思わず首領が両手で顔を庇っていると突然それは聞こえてきた。


「へぇ。こんなところにゴーレムがいるなんざ、珍しいこともあるんだねぇ。それで主人はどこのどいつだい?」


 殺し殺される殺伐とした戦場。決してそれにそぐわない、ともすれば扇情的とすら表現できそうな濡れた声。

 首領はそれを聞いたことがあった。いや、正確にはついさっきまで話をしていた相手であることを思い出す。


「あ、(あね)さん、姐さんじゃねぇか!? 一体どこへ行っていたんだ!? なんですぐに助けに来なかった!?」


「どうしてあたしがあんたを助けなきゃいけないのさ。一回寝たくらいで亭主面するんじゃないよ、まったく。そもそもそんな義理なんざ、これっぽっちもないと思うけれどねぇ」


「う、うるさい! とにかく助けろ! あの気味の悪い人形をどうにかしてくれ!」


「もう助けてあげたじゃないのさ。見てごらんよ、あのうさちゃんなら足を止めたよ」


 促された首領が再び前を見る。

 するとそこにはぶすぶすと煙を上げて立ち止まるぬいぐるみがいたのだが、刹那それは再び動き出した。


「なに言ってやがる、止まってなんかいねぇじゃねぇか! また動き出したぞ! おいお前、いいから助けろ!!」


「ねぇ旦那、思うんだけどさぁ、仮にも助けてもらおうって相手に『お前』はないんじゃないのかい? ――べつにいいんだよ、あんたが死のうとどうしようと、あたしゃ屁でもないんだからさぁ」


「わ、わかった、すまねぇ謝る! この通りだから助けてくれ! なぁ、ヴェラさんよぉ!」


 自分よりも10歳は若いであろう者に対して、恥も外聞もなく懇願する盗賊の首領。醜い痘痕面(あばたづら)をさらに醜悪にさせて縋るように言い募る。

 その様子を愉快そうに眺めながら女が笑った。


「ふふふ……まぁ、仕方ないねぇ。その不細工な(つら)に免じて助けてやるのもやぶさかじゃないさ。だけどタダってわけにはいかないねぇ。追加で報酬を出すってんなら考えてあげてもいいけどさぁ。はてさて、どうしたもんかねぇ……」


「払う! 払うから助けてくれ!」


「ふぅん。――で? 幾らくれるのさ?」


 ともすれば男を誘うような艶やかな流し目。

 しかし首領はそれどころでなく、慌てて指を三本突き出した。


「こ、これでどうだ! これだけ払う!」


「ふぅん……あのさぁ、命を助けてもらおうってのに、たったそれっぽっちかい? あんたの命ってなぁ、随分と安いもんなんだねぇ」


「な、なにぃ!? わ、わかった! これだけ払う、これでどうだ!?」


「ふふふ……もう一声かねぇ」


「く、くそっ! なら、これだけだ! 持っていきやがれ!」


「あぁ……いいねぇ。そんだけくれるってんなら、話も聞こうってもんさ。ふふふ……その言葉、絶対に忘れるんじゃないよ。あとできっちり請求するからねぇ」


 言いながら街道沿いの森の中から姿を現す一人の人物。


 それは女だった。

 年の頃は二十代後半だろうか。上気したような表情と、相手を誘うような官能的な眼差し。赤く紅を引いた唇は半ば開かれ、その隙間からチロチロと覗く舌が妙に淫猥に見えた。

 その女がおもむろに両手を前にかざしたかと思うと、その場で滔々(とうとう)と言葉を刻み始める。


「風よ、我が敵を射抜く弾丸となり――」



 短い足を懸命に動かして、猛烈な速度で追い縋ってくるうさぎの人形。

 それが首領のもとへ到達するまであと数秒。にもかかわらず、ややもすればのんびりとさえ見える様子で言葉を(つむ)ぐと、突然女が前へ手を突き出した。


 バシュ!


 短く、鋭く、軽い音が周囲へ轟く。

 すると次の瞬間、今まさに首領へと襲い掛かろうとしていたうさぎのぬいぐるみが凄まじい勢いで吹き飛んでいった。

 

「ギギ!」


 叫ぶリリィ。

 ギギの遥か後方に位置していた彼女からはその様子がよく見えた。なんらかの見えざる力によって突然ギギは切り裂かれたのだ。

 手足だろうか。見れば幾つもの端切れが宙を舞い、左右に切り離された身体が力なく地を転がっていく。

 時間にして僅か数秒の出来事に過ぎない。しかしリリィにはその光景がまるでスローモーションのように見えた。


 生まれた時から(そば)にいて、ずっと守り続けてくれたうさぎのぬいぐるみ。

 それはただのゴーレムに過ぎないのだから決して喋ったり意思表示したりするはずがないのだが、不思議とわかり合えていた気がする。


 その出自から実の兄姉(けいし)に疎まれて、生まれた時から孤独とともに生きてきたリリィ。彼女にとってギギは大切な家族そのものだった。

 言うなれば兄か姉、もしくは弟か妹のような存在。それが目の前でバラバラにされたのだ。如何に沈着冷静なリリィとて、周囲を顧みずにその身を晒したのも無理はなかった。


「ギギ! ギギ!! うわぁぁぁぁ!!!!」


 今やすっかり残骸と化した「ギギだったもの」。

 それらを必死に拾い集めるリリィの目には、周囲を取り巻く盗賊たちの姿などもはや見えていなかった。


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