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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
31/33

第31話 起死回生

前回までのあらすじ


ウォーレスが助かったようでなにより。リリィの正体も何気に誤魔化せたし。

 どこもかしこも敵、敵、敵。

 ざっと見たところ三十名は超えているだろうか。街道の前後はもちろんこと、左右の森の中まで人を配置する徹底ぶり。

 いつの間に囲まれていたのか。それすらもわからぬまま、誰もがただ後悔と焦燥の念に駆られるばかりだった。


 状況を把握した傭兵のアルが「ちっ!」と小さく舌打ちをする。すると他の傭兵たちの表情が見る見るうちに変わっていった。

 普段の態度は別にして、どうやらアルは荒事においては絶大な信頼を得ているらしく、どのような状況下でも飄々とした涼しい顔を崩さない。その彼が舌打ちをするということは、これがかなりまずい状態であることを意味していた。


 とはいえ当の本人はまったく気にした様子もなく、いつもと同じ片方の口角だけを上げた器用な薄笑いを見せつけるばかり。

 それでもやはり思うところがあるらしく、口から小さな呪詛を撒き散らした。


「ふざけやがって。どうりで口を割らないはずだ。こいつらの役目は斥候なんかじゃなく、本体が包囲するまでの時間稼ぎだったんだからな」


「なにぃ!? そ、それじゃあ――」


「あぁ、間違いない。こいつらがここ最近この辺りを賑わせている賊の集団だな。見てみろよ、この人数。ずいぶんと暴れ甲斐がありそうだぜ」


 言いながらアルが背後に控える味方を見渡した。

 敵の数は軽く三十名を超えている。事前に捕らえていた斥候たちを入れると四十名に届く勢いだ。

 対してこちらは傭兵が六名に冒険者が九名。――いや、すでに一人がやられているので正確には合わせて十四名か。


 他にも隊商員たちが十二名いるが、(はな)から彼らは人数に入らないどころか、その護衛のために貴重な戦闘要員を割かれる始末。

 とは言えそれも仕方がない。もとより隊商員たちの警護が今回の任務なのだから、自分たちの身が危ないからと彼らを放置できるわけもなかった。


 ならばこの人数でなんとかするしかない。

 隊商員たちを手近な馬車へ押し込んで、その護衛のために二人を割り振る。

 残りを前後左右へ配置すればそれなりの陣形にはなるだろうが、そのうちの八名は素人に毛が生えた程度の若い冒険者でしかない。


 考えれば考えるほどお粗末な未来しか想像できないものの、そもそも応援が期待できないこの状況でない物ねだりをしたって仕方がない。

 ならば再びあの気味の悪い人形に頼るほかないか――


 薄笑いを浮かべたままそんな算段をアルが立てていると、それを遮るように賊の一人が声を上げた。


「武器を捨てろ! お前たちはとっくに包囲されている! 手向かったところで痛い目を見るだけだぞ! ――さぁ、まずは仲間たちを解放してもらおうか!」


 薄暗闇に響き渡る野太い叫び。

 それはアルの真正面に立つ男だった。どこから見てもまるで盗賊のテンプレのような立ち居と容姿。まさに絵に描いたような賊の首領らしき男が、薄闇の向こうから()め付けてくる。

 それにはアルも様々に言いたいことがあったのだが、短く慎重に言葉を選びながら返事を返した。

 

「断る。こいつらは大事な人質だからな。そう易々(やすやす)と渡してたまるか。――さぁ、仲間を傷付けられたくなければ道を空けてもらおう」


「ほぅ、中々に豪気な男だな。この期に及んでこちらを脅すとは。しかしどうやら自分たちの立場がわかっていないようだ」


「なんだと?」


「周りを見てみろ。その人数で我々と渡り合えると本気で思っているのか?」


「やってみなけりゃわからねぇだろうが」


「ふふふ、面白い。ならばやってみろ。――いいぞ、殺せ。そいつらは全員殺していいぞ。俺が許可する。みすみす敵の手に落ちるような間抜けなんぞ必要ないからな」


 にやにやとした残忍な笑みを浮かべながら賊の首領がそう告げる。

 すると縄を打たれて転がされている斥候の賊たちが、先ほどとは打って変わって情けない声を上げた。


「お、お(かしら)ぁ!」


「見捨てないでくださいよ! これまでずっと尽くしてきたじゃないですかぁ!」


「えぇ!? そんなぁ!」


 口々に叫びながら助けを乞う男たち。直前までの太々(ふてぶて)しさはどこへやら、一転して悲壮感に満ちた声を上げ始める。

 それを見たアルが小さな舌打ちとともに再び口を開いた。



「ちっ……なら仕方ねぇ。どのみち避けられねぇってんなら戦うまでのこと。こちとらそのために雇われてんだ。上等だぜ」


 告げながらアルがチラリと横へ視線を向ける。すると意図していたようにリリィと目が合った。

 決して声には出さないけれど、瞬時に彼の言わんとすることを理解したリリィは、ギギの長い耳へ小さく囁いた。


「ギギ、何度もごめんね。お願いだから、もう一度だけ私たちを助けてくれる?」


「ギギギ……」


「よく聞いて。正面にいるあの男……そう、あいつが見えるでしょう? あなたにはアレを()ってほしい。――できる?」


「ギギギ……」


「そう、ありがとう。いい子ね。――それじゃあお願い」


 理解しているのかいないのか。主人の指示にも変わらず不気味な声を上げるだけ。

 そんなギギをまるで今生の別れのように二度三度と抱きしめてから、リリィはそっと優しく地面へ下ろした。

 するとギギは、その短い手足からは想像できないような素早さで一気に駆け出していったのだった。



 向かう先は賊の首領。

 この圧倒的ともいえる戦力差を覆すには一気に敵の司令塔を叩くほかない。それを単独で成し遂げられるのはギギしかおらず、たとえ口へ出さずともリリィはアルの意図を正確に理解していた。


 敵の反撃を許さぬほどの出足の速さ。それが勝敗を分ける。そのためには他に目をくれずに一直線に駆け抜けるのみ。

 それがわかっているがゆえに、ギギは猛烈な速度で賊の首領へと迫っていく。すると、それを見た囚われの賊の男が仲間へ向かって叫んだ。


「そいつだ! そいつにロドニーとダリルを()られたんだ!」


「なに!?」


「近づかせるな! 見えない刃に斬り殺されちまうぞ!」

 

 仲間へ向けて慌てて男が警告を発した。

 しかし時すでに遅し。走りながらギギが左右へ向けて短い腕を振り回し始めると悲鳴を上げて次々に賊たちが倒れていった。

 ある者は身体を腹から切断されて、またある者は頭頂から股間にかけて真っ二つに裂かれる。ギギが駆け抜けていったところは、文字通り血煙が上がり続けていた。


 リリィの護衛用として特別に作られたギギは、小型のゴーレムとしては異例の性能を誇る。

 製作者は世界に名だたる高名な魔術師。射程距離こそ短いものの、魔力の許す限り腕の先から風刃(ウィンドカッター)を放つことができ、主人の敵を全力で排除しようとする。


 作られてからすでに十五年も経っているので、あちこち破れて継ぎはぎだらけのうえに、幾度も敵の返り血を浴びて薄汚れている。

 もとは高級なタオル地で作られた触り心地満点のぬいぐるみだったのだが、今となっては汚くてキモい謎の人形と化していた。

 そのギギが盛大に返り血を浴びながら賊の首領へ肉薄していく。


 それを横目に見ながら、アルを始めとする傭兵たちが動き始めた。


「おい、お前ら! 賊の頭は嬢ちゃんと人形に任せる! 俺たちは後方、若造どもは左右の賊を殺れ! ――おい若造ども! いいか、決して一対一で戦おうとするな! 常に複数で連携してかかっていくんだ、わかったか!」


「了解!」


「わ、わかった!」


 アルの指示にエリクとジャンが返事を返す。

 年齢のわりに実戦経験豊富なエリクは自信を表すように力強く頷き、武者震いに震えるジャンは慌てるように声を上げた。その他の者たちも同時に返事を返したのだが、そのほとんどが喧騒にかき消されてしまう。

 それでも時は無慈悲にも止まってくれず、いつしかそこには剣と剣とがぶつかり合う甲高い響きが轟き始めたのだった。

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