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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
30/33

第30話 彼女の正体

前回までのあらすじ


「ふんすっ!」と鼻息を吐くリリィ。本人に自覚はないけれど、その姿はとても可愛らしい。

 意識を失ったまま苦し気な呼吸を続ける哀れなウォーレス。

 ヒューヒューと力ない音を立てて胸が上下するたびに、首を貫通した矢が小刻みに震え続ける。その様はどこか現実離れしているようにも見えて、反面自分もいつ何時あのような姿になるやもしれぬと誰もが思わされるものだった。

 そんな痛ましい冒険者の首筋に掌をかざして小さくリリィが呟いた。


「いい? 私が傷口を塞ぐから、誰かこの矢を引き抜いてほしい」


 言いながらリリィが周囲を見渡す。すると躊躇なくイアンが名乗り出た。

 知っての通り彼はウォーレスが所属する冒険者パーティー「三色団子」のリーダーである。だから同時に手を上げたラッセルを押し退けて、責任を一身に負うべく前へ出た。


「俺がやる、任せてくれ」


「わかった。じゃあアレスにお願いする。――私がここを押さえているから、あなたには矢尻を処理してほしい。できる?」


「了解だ。だけどそんなことをしたら血が噴き出したりしないか? 太い血管が傷ついているかもしれないし」


「大丈夫。たとえそうなっても私には止められる。任せて」


「そ、そうか、わかった。頼む」


 なんら説明もないまま指示されて、普通であれば疑問の一つも抱くだろう。けれど今のアレスは不思議とリリィの意図を正確に理解していた。

 全く根拠はないけれど、彼女に任せていれば万事うまくいく。そんな直観にも似たなにかに突き動かされたアレスは、リリィの思惑を忠実に遂行しようとする。


 ナイフで慎重に切り目を入れて矢尻を折って合図を送り、リリィが頷いたのを確認してから一気に矢を引き抜いた。

 直後に噴き出る大量の血飛沫。やはり太い血管が傷ついていたらしく、傷口から止め処なく真っ赤な血が溢れ出てくる。


 それはどう見ても簡単に止血できるとは思えなかった。

 いまさら手で傷口を押さえたところでどうにかできるものではなく、このままならものの数分でウォーレスは死んでしまうだろう。

 

 皆の顔に焦りが浮かぶ。

 果たしてどうなるものか。(まじろ)ぎもせず見つめる中で思わず誰かが問い質そうとしていると、徐々にリリィの両手が薄ぼんやりと光り始めた。

 血塗れになるのも(いと)わずに、傷口を押さえつけること十数秒。不意に血飛沫が止まったかと思うと、おもむろにリリィが手を離した。


「ふぅ……とりあえず血は止まった。皮膚には薄皮が張っているし、血管の損傷も塞がった。これでもう大丈夫だと思う」


「えっ……?」


「なにをしているの? 早くウォーレスの血を拭いてあげて。このままでは彼が可哀そう」


 盛大に血に塗れながら、それでもリリィは無表情という名の表情を脱ぎ捨てずにいつもと変わらぬ平常運転のままそっとウォーレスから離れた。

 イアンとラッセルが慌てて助けに入ると、それを見た仲間たちも次々に駆け寄ってくる。その様子を眺めながら、エリクでなければ気が付かないほどほんの少しだけリリィは表情を緩めたのだった。




「なぁリリィ、どうして君は治癒魔法が使えるんだ? 人形遣いだと聞いていたけど、あれは違っていたのか?」


「まさか……実はあなたって魔術師なの?」


「どうして魔術師がこんなところに?」


 ウォーレスの容態を確認したリリィがほっと一息ついていた。相変わらず表情は乏しいままだし余計なことは言わないけれど、何気ない仕草からは彼女が安堵しているのがわかる。

 隣には未だ「ギギギ……」と不気味な声をあげるギギの姿。そのなんとも言いようのない迫力に気後れしながら、それでも果敢に仲間たちが疑問を投げかけてくる。


 とはいえ、確かにそれもやむを得ない。彼らの言う通り、魔術師といえば滅多にいない「魔力持ち」の中でも選りすぐられたエリート中のエリートなのだから。

 国が身柄を管理して莫大な金をつぎ込んで教育を施し、国を動かす要職に就ける。だから魔術師とは、こんな場末のギルドに存在していていい人種ではなかった。

 にもかかわらず、到底信じがたいことだが、どうやら目の前の少女は魔術師らしい。果たしてそこに如何なる事情があるのだろうか。

 皆が皆、興味津々に問いかけてみれば、当のリリィは表情も変えずに淡々と答えた。


「勘違いしないで。何度も言うけど、私は人形遣い。魔術師じゃない」


「でも、あれは治癒魔法だろう? 魔術師でなければなぜあんなことができるんだ?」


「知らなければ教えるけれど、治癒術を使えるのは魔術師だけじゃない。街へ行けば治癒師がいるし、むしろ僧侶なんかは治癒術の専門家だし」


「ま、まぁ、確かに言われてみればそうだよな……でも君は――」


「たまたま私は人形を操る(すべ)と治癒術が使えただけで、決して魔術師と呼ばれるような稀有な存在じゃない」


「そ、そうか……だけど、それだけでも凄いことだと思うぞ。だって君は治癒師と同じような能力を持っているんだろう? もしそうなら決してギルドは放っておかないし、冒険者からも引く手数多(あまた)なのは間違いない」


「……」


「Sランクパーティーにも何人かの魔術師はいるけれど、彼らは攻撃魔法が専門で治癒術が使えるなんて聞いたことがないな。それを考えると、リリィは取り合いになるだろうな!」


「あぁ、間違いない!」


 興奮気味に語り続ける仲間たちと、変わらず無表情のままのリリィ。その対照的な様子を眺めながら、暫しエリクは考え込んでいた。


 前から聞いていた通り、リリィが治癒術を使えるのは本当だった。けれどそれは単純に喜べるものでもないだろう。

 たとえ魔術師でなくとも、治癒術が使えるというだけでその価値は計り知れない。間違いなく高ランクパーティーからはメンバーに誘われるだろうし、ギルドだってリリィを前面に押し出して宣伝に利用するはずだ。


 けれどそれを彼女が望んでいるかと問われれば、決してそんなことはなかった。

 そもそも彼女は人探しの旅の途中なのだから、そんなことに関わり合っている暇などない。というよりも、リリィの性格を鑑みれば、むしろ迷惑以外のなにものでもなかった。

 

 しかし、そんなことなど露ほども知らない仲間たちは、勝手に盛り上げって興奮している。変わらぬ無表情ながら、よく見ればリリィがとても迷惑そうな顔をしていることに気づかずに。

 だからエリクは代わりに彼女を擁護しようとする。


「いいかみんな、よく聞いてくれ。確かにリリィは治癒術を使えるが、このことは誰にも言わないでほしいんだ。もしもギルドに知られたら余計なトラブルに巻き込まれる。それは彼女も俺も望んでいないことなんだ」


「えっ? だけどこれは彼女のためになるんだぞ? 間違いなくSランクパーティーの一員になれるだろうし、報酬だって高額になる。ギルド員なら誰だって憧れる話だと思うが」


「そうよ。それなのに黙っているだなんて……正気なの?」


 ちょっとなに言ってるのかわからない。

 そう言いたげな表情を浮かべながら仲間たちが見つめ返してくる。その視線を正面から受け止めて今度はリリィが返事を返した。


「エリクの言う通り。(はな)から私はお金儲けなんて考えていないし、有名になりたいだなんて思ってもいない。ただ私は国境を越えるのに便利だからと冒険者の登録をしたに過ぎない。だからこのことは誰にも言わずに黙っていてほしい。――これは私からのお願い」


 おだてられて照れているわけでもなければ、謙遜しているわけでもない。

 いや、それどころか、むしろ不機嫌にさえ見える仏頂面をぶら下げてリリィが告げる。するとイアンはなにを思ったのか、数舜考えた末にこう答えた。


「……そうか、わかった。リリィは俺たちの恩人だからな。君が望まないならこのことは黙っているよ。――聞いていたよな? みんなもいいか?」


 アレスが仲間を見渡す。するとその場の全員が迷いなく頷いたのだった。




 冒険者たちがウォーレスの手当てに奔走していたその時、少し離れたところで傭兵たちが捕らえた男たちを詰問し続けていた。

 しかし幾ら殴ろうと蹴ろうとも、彼らはなに一つ喋ろうとせず、ただひたすらに沈黙を貫き続ける。血を流し、腫れた顔とともに凄まじい形相で睨み返してくる様は、まるで視線だけで相手を殺そうとしているようにしか見えなかった。

 そんな男たちを尋問し続けること十数分。ついにそのうちの一人がアルの問いに口を開いた。


「ごほっ……がはっ……ふふふ……ははは……どうだ、気は済んだか? そろそろお前の(こぶし)のほうが壊れてきたんじゃないのか? ざまぁみやがれ」


「ほう、やっと口を開いたか。しかしそれは答えになっていないぞ。それにもうそろそろ飽きてきたところだ。これ以上黙っているつもりなら、全員ここで斬り捨てていく。わざわざ警邏(けいら)に」突き出すのも面倒だからな」


「好きにしろ。しかしいいのか? この場に留まって何分経ったと思っている? 馬鹿が」


「なに……?」


 ぺっ! と血の混じった唾を吐き捨てながら、腫れて血塗れの顔ににやついた笑みを浮かべて男が告げる。

 するとなにを思ったのか、突然アルの表情が変わった。


「ちっ! 罠だ! こいつらの目的は時間稼ぎだったんだ!」


「なに!?」


「いいか、よく聞け! 今すぐにここを発つと隊商員たちに伝えろ! お前たちも急いで馬に乗るんだ!」


 慌てたようにアルが叫ぶ。

 もはや捕らえた男たちには目もくれず、矢継ぎ早に指示を出し始めた。


 その時だった、突然周囲にざわめきが広がったのは。

 気づけば周りを謎の集団に囲まれて、もはや身動きができなくなっていることに気づく。いまやそこに逃げ場などなく、絶望という名の(とばり)が降りつつあった。

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