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第3話 思わぬ事態

前回までのあらすじ


子供が見たら泣き叫ぶほどギギの見た目は怖い。おまけに汚れてぼろぼろ。

 ポリーナの問いにリリィが顔を背ける。

 なにも答えたくないと言わんばかりに口を閉ざしていると、さすがのエリクも苦言を呈した。


「なぁリリィ。言いたくないこともあるだろうけど、全く語らないのもどうかと思うぞ。俺たちはお前を助けたんだ。礼をしろとまでは言わないが、多少は素性を明かしてくれてもバチは当たらないんじゃないか? それにこれから戦闘に入るんだ、お前の実力も知らなくちゃならないしな」


 それはまさに正論だった。正論過ぎてぐぅの音も出ない。目をつむり、それもやむなしと頷くと、おもむろにリリィが答えた。


「確かにそう。わかった、教える。――私は魔術師の見習い。旅の途中で路銀が尽きて、お金を稼ぐためにギルドで簡単な依頼をこなしていた」


 どうやらリリィは本当に魔術師らしい。冗談のつもりで訊いたにもかかわらず、予想外の答えにポリーナの瞳が見開かれる。


「えぇ? 本当に!? それは凄いわ、魔術師なんて初めて見た! ――それじゃあ、このギギってあなたのゴーレムなの? 魔術師はゴーレムを従えているって聞くけれど、それも本当だったのね!」


 興奮のためか、その声は少々大きすぎたようだ。仕方なくクラウスが諫めた。


「大きな声を上げるな、ゴブリンどもに聞かれたら厄介だ。――それでリリィ、魔術師と言えば滅多にいないエリートのはずだが、どうしてこんなところにいる? 言っちゃ悪いが、ここは辺境の掃き溜めだ。エリートなんかがいる場所じゃない。それにその訛り……お前、この国の人間ではないだろう? 大方、ハサールあたりか?」


「……出自が何処だろうと関係ない。それに魔術師見習いと言っても、誰かに師事していたわけでもないし免状すら持っていないのだから、私はエリートでもなんでもない。それと……ギギは私のゴーレムじゃないし。作ったのは別の人」


「別の人? 誰?」


「誰だっていい。それも関係ない」


「確かにな。まぁ、そいつはいいとして……つまりお前は、もぐり(・・・)の魔術師なのか? 魔術師協会に属していない野良ってわけか。――ふふふ、面白い。どうやら事情がありそうだが、これ以上詮索するのは野暮だろう。続きは追々教えてくれ」


「そうしてもらえると助かる」


 リリィの物言いに色々と察したのだろう、決してクラウスは深追いしようとしなかった。するとリリィは人知れずホッと安堵の溜息を吐いたのだった。



 普通の人間は魔力を持っていない。けれど数千人に一人の割合で、稀に魔力を持った人間が生まれてくる。

 そんな「魔力持ち」と呼ばれる希少な人材の中で、さらに選りすぐられたエリート中のエリートが魔術師だ。

 その彼らがどこへも属していないなどあり得ない。特に知の継承が重要視される魔術師においては、師から弟子へと受け継がれるのが常であり、その身柄は国の組織に属するのが普通だ。

 

 けれどリリィはそうではないらしい。

 誰かに師事し、修行中であるべき十代半ばにもかかわらず、何処にも、誰にも属せずにこんな辺境でギルド員をしている。破落戸(ごろつき)の一歩手前、言わば自由業の極みとも言うべき冒険者に身を(やつ)しているのだ。


 それには相当な理由があるはずだ。少なくとも生まれ育った祖国を出る程度には。

 とは言え、冒険者などという人種には脛に傷のない者の方が珍しい。中には己の過去をまるで武勇伝のように触れ回る輩もいるが、大抵は過去を明かさない者ばかりだ。


 だからクラウスはそれ以上追求しようとしなかった。なぜなら、自分にだって知られたくない過去の一つや二つはあるからだ。

 それを察したリリィの表情が微妙に変わったのだが、それも一瞬、すぐさま真顔に戻る。そんな彼女にクラウスが問いかけた。


「あぁ。それともう一つ。お前……戦ったことはあるか」


「一応はある。だけど、あまり期待しないでほしい。ほとんどが本で学んだ程度の自己流でしかないから。ギギの方が余程頼りになるはず」


「頼り? この人形がか?」


「そう。もともとギギは私の護衛として作られた。だからとても強い」


「そうか……ならお前は戦闘に参加しなくていい。そのギギとやらに守られていてくれ。その代わり、誰かが怪我をしたら魔法で癒してほしいのだが……できるか?」


「治癒魔法? 大丈夫、それなら使える。あなたたちは私の恩人。できる限りの協力は惜しまない」


「助かる。――それにしても、まさかこんなところで本職の魔術師に出会えるとはな。ギルドにも幾人かいるが、ほとんどがSランクパーティに独占されている状態だ。単独(ソロ)の魔術師になんて、まずお目にかかれるものじゃない」


「誤解しないで。私は正規の魔術師じゃない。変に期待されても困る」


「だが、魔法は使えるのだろう? それだけでも凄いと思うぞ。俺たち凡人にしてみれば、魔法なんて神が生み出したもうた奇跡みたいなものだからな」


 感慨深くクラウスが告げる。すると横からエリクが口を挟んできたのだが、その瞳は好奇心に満ちていた。


「そうだリリィ。これもなにかの縁だ、俺たちのパーティに入らないか? 単独(ソロ)で薬草採集なんかしたって日銭を稼ぐようなものだろう。毎日あくせく働いたところで、いつまで経っても路銀なんて貯まりやしない。それにお前が魔術師だと知られるのは時間の問題だしな。そうなったら引く手数多だ。おかしなパーティに入るくらいなら、これも縁だ、俺たちの仲間にならないか?」


「ねぇ、エリク。いくらなんでも唐突すぎるでしょ。いくらリリィが可愛いからって、ここでナンパするなんて野暮だって。この子だってびっくりしてるじゃん」


「そうよ。彼女には彼女の好みってものがあるだろうし。――ねぇ、リリィちゃん?」


「……」


「な、なんだよお前ら! そんなんじゃねぇって、いい加減にしろよ!!」


 女二人の冷やかしを必死にエリクが否定する。未だ少年の面影を残すその顔は真っ赤に染まっていた。

 時に真剣に、時に冗談を言い合う、これぞ仲間と言うべき賑やかな一時。その雰囲気にリリィは僅かに頬を緩めた。



 その後仮眠をとったクラウスたちは、夜明けとともに動き出した。

 音を立てないように注意しながら、ゴブリンの巣穴を遠くから観察する。


 物音はせず、見張りもいない。

 まるで無人の洞穴のように見えるものの、両脇に獣の骨や果物の残骸などが積み重なっているのを見れば、そこが奴らの根城であるのは間違いなかった。


 ギルドの情報によれば、そこには十数体のゴブリンがいるらしい。近隣の農家を襲っては家畜に被害を出しているそうだ。

 彼らも馬鹿ではないので、やりすぎると人間から討伐対象にされることは知っているのだが、調子に乗りすぎた結果、ついに死人が出てしまった。


 そこで依頼を受けたのがクラウスたちだ。

 巨大な体躯を盾にする重戦士のクラウスを先頭に、剣士のエリクと弓使いのポリーナ。そして斥候、偵察を得意とする密偵のルチアの四人組。

 エリクこそ17歳の若者だが、リーダーのクラウスはギルド員歴13年のベテランだし、ポリーナは10年、ルチアも7年に及ぶ中堅だ。

 決して有名ではなく、むしろ目立たない地味なパーティではあるけれど、その堅実な仕事ぶりはギルドからも依頼者からも信頼が厚かった。

 

 今回もいつも通りに手早く終わるはずだった。

 煙で燻り出し、出てきたゴブリンたちを次々に始末していく。成人でも人間の子供程度の背丈しかないゴブリンは、単体なら全く脅威ではない。現にギルド員の新人が、教育の一環としてゴブリン討伐を命じられるほどだった。


 だから今やベテランの域に達しているクラウスたちにとって、それはもはや戦闘と呼べるほどのものではなかった。しかしそれを突然ルチアの声が遮った。


「ちょ、ちょっと! みんな待って……囲まれてる! 数は20……30……いや、それ以上!」


「なにぃ!? どういうことだ!?」


「はぁ!? なんだそれ……はめられたのか!?」


「えぇ!?」


 口々に声を上げるメンバーたち。その背後では、変わらず無言のままのリリィがギギを抱き締める。

 周囲を見渡せば、(おびただ)しい数のゴブリンたち。果たしていつからそこにいたのか、クラウスたちにはまるでわからなかった。

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