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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
28/33

第28話 襲撃

前回までのあらすじ


だめだこりゃ。

 訳もわからぬまま突然「馬鹿!」と罵られたエリクは、茫然自失の様相で立ち尽くすばかりだった。

 いつもは無口、無表情のリリィがあれほど感情を発露するのを初めて見たし、張り上げられた大声も初めて聞いた。その事実に驚くと同時に信じられない思いも募る。


「なんだ。大きな声だって出そうと思えば出せるじゃないか」と呟いてみたりして現実を逃避しながら、リリィが去っていった方向をただひたすら見つめ続ける。

 それからしばらく後にノロノロ身体を動かすと、そのままエリクは何も言わずに地面へ寝転んだのだった。



 とっくに日もまたぎ、全員が寝静まった午前二時。

 夜番の傭兵が周囲を警戒していると、その視界に影のようなものが入り込んでくる。緊張とともに誰何(すいか)してみれば、それは冒険者パーティー「三色団子」のメンバー、イアンとウォーレスだった。

 見知った顔に軽い安堵の息を吐く。それでも傭兵は警戒を怠ることなく二人へ声をかけた。


「なんだお前たち。こんな夜中になにしてやがる。明日も早いんだ、さっさと寝ろ」


「お勤めご苦労様です。昼間は馬上で警戒に当たり、夜は夜で寝ずの番。さすがにお疲れでしょう。せっかくですから我々もお手伝いしようかと思って」


 昼に行われたリリィとケイオスの喧嘩騒ぎ。

 その顛末を忘れたわけではないのだろうが、わだかまりを一切感じさせないにこやかな笑みでイアンが答える。それに傭兵が胡乱な顔を返した。


「なんだよ突然。あんなことがあったからって、急に仲間面してんじゃねぇよ、気色わりぃ。そもそも夜番は俺たち傭兵の仕事だ。それをお前たちに手伝わせる(いわ)れはねぇな」 

 

「そう言わずに手伝わせてくださいよ。俺たちだっていずれ単独で護衛の任務に就くことがあるかもしれない。だから今のうちにそのノウハウを学んでおこうと思いましてね。なにせあなたたちは専門家ですから」


「……ふんっ、勝手にしろ。言っておくが見回りの仕方なんぞ一々教えんからな。見て覚えろ」


「了解。感謝します」


 にこやかに語りながら、さりげなく下手に出て傭兵たちを持ち上げる。どこで学んだのか、イアンの立ちまわりにすっかり傭兵たちも毒気を抜かれた。

 今さら憎まれ口をきいたところでどうにかなるものでもないだろう。結局彼らはイアン達を引き連れて再び要所の警戒を始めたのだった。



「いいか、死角になっているところは念入りに確認するんだ。特にこの辺りなんかは左右から挟撃するのに適しているからな。敵が『いるかもしれない』じゃなく、「いるはずだ」と思って、ずっと奥まで目を光らせろ」


「なるほど。勉強になります」


 なんだかんだと言いながら、飲み込みが早く素直な生徒であるイアンとウォーレスには傭兵たちも悪い気はしないらしく、二人へ向けて細かく説明を繰り返す。その彼らにイアン達も熱心に相槌を打っていた。


「おい、お前。あの木の陰を覗いてみろ。ああいうところが一番怪しいんだ」


 促されたウォーレスが、がさがさと音を立てて下生えをかき分ける。そしてふと木の陰に視線を向けたとき異変は起こった。


 シュッ!


 耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さな響き。聞こえた直後にウォーレスの口から声にならない悲鳴が漏れた。


「ぐっ! がはっ!」


 なんの前触れもなく突然喉を掻きむしったかと思えば、空気の漏れるような音を立ててウォーレスが仲間たちの前へと(まろ)び出る。

 明らかな異変に慌ててアレスが走り寄って、その身を強く抱き留めた。


「お、おい、ウォーレス! どうした!?」


「ぐはぁぁぁっ! ごはっ!」


 ウォーレスの姿が月明りに浮かび上がる。見れば彼の喉からなにやら棒のような物が生えていた。目を凝らすアレス。するとそれが矢であることがわかる。

 

 間違いない。ウォーレスは何者かに矢で喉を射抜かれたのだ。

 その事実に気付くとともにアレスが声を上げようとしていると、一瞬早く傭兵たちが声を張り上げた。


「敵襲! 右手の藪から攻撃! 正体、数ともに不明!」


 さすがは百戦錬磨、実戦経験豊富な傭兵というべきか。声を張り上げ、後退しつつもしっかり急所だけは守り固めていた。

 利き手に抜き身の剣を構えて、油断なく正面を見据えながら後退りする。その後ろで血を吹き出すウォーレスをアレスが必死に引きずっていった。

 

「おいウォーレス! しっかりしろ! いいか、無理に矢を抜こうとするな! 苦しいだろうが我慢してくれ。今すぐ応援を呼ぶからな!」


 聞こえているのかいないのか、アレスの励ましにも「ひゅーひゅー」と声にもならぬ音を上げるだけ。もはや返事すらしないウォーレスを力の限りアレスが引きずっていると、その横を鋭く風を切り裂く音が通り過ぎていった。

 見れば藪の奥から無数の矢が放たれていた。傭兵が盾になっているのでそうそう当たることはないだろうが、それでもアレスは例えようのない緊張感に満たされた。


 全身を支配する恐怖と緊張。一歩間違えば命を落としかねない焦燥感。生まれて初めて経験する実戦の空気に、アレスの唇は震えて言うことをきかない。

 それでも彼は力の限り大声を張り上げた。


「敵襲だぁ! 全員起きろぉぉぉぉ!!!!」




「ちっ、きやがったか!」


 たった一言そう漏らしただけで、素早くエリクは立ち上がっていた。利き手には抜き身の剣が握られており、すでに準備万端整っているようにしか見えない。

 骨の髄まで染み付いたクラウスの教え。この時ばかりはさすがのエリクも感謝せざるを得なかった。


 エリクを冒険者として育て上げたのは、当時のパーティーリーダーだったクラウスだ。新人の若い冒険者が幾人も命を落とすのを見てきた彼は、とにもかくにも生き残る術を第一に教え込んだ。そのおかげもあって、たとえ眠るときでもエリクは剣を手放したことがなかった。


 それどころか、いつでも抜けるようにと常に剣は鞘に半刺しにしたまま、頭の下に敷いて枕代わりにする徹底ぶり。

 中にはそれを馬鹿にする者もいたのだが、得てしてそういった者たちは早死にしてしまい、結局生き残ったのは慎重なエリクたちだった。

 今回もそれが役に立った。おかげで彼は敵の襲撃にも一切出遅れることがなかったのだから。


 果たしてリリィはどうしているか。まさか寝ているなんてことは――とエリクが周囲を見渡そうとしていると、突如その背に声が掛けられる。


「エリク。動ける?」


 抑揚のない口調。鈴の音のように可愛らしい少女の声。

 もちろんそれはリリィだ。振り返ってみればそこには見慣れた相棒が立っていた。その足元には、これまた見慣れた小さなぬいぐるみが(たたず)む。


「ギギギ……」


 リリィの護衛役――ギギがいつにも増しても不気味な声を上げた。

 いつもは力なくくったりとリリィに抱き締められているこの人形は、事ここに至って魔力もやる気も十分らしい。未だ主人が命令してもいないのに、敵が潜む藪の中へ突入しようとしていた。

 それをやんわりと宥めるリリィ。彼女へ向けてエリクが気まずそうな顔を向けた。


「や、やぁリリィ、起きていたか。さっきはどうして――」


「状況を考えて。いまはそんなことを話している場合じゃない」


 ぴしゃりとリリィが戒める。

 言われてみればそのとおりだ。さっきはあんな気まずい終わり方をしたけれど、敢えていま蒸し返す必要もないだろう。そんなことより、今はもっとやらなければならないことがあるはずだ。

 瞬時にエリクは思考を切り替えた。


「すまない、その話はあとにする。――俺は準備オッケーだ! いつでもいける、任せてくれ!」


「わかった、それでいい。まずは敵の全容が知りたい。そのために藪の中へギギを突入させようと思う」


「あぁ、それがいい。こいつは小さくて目立たないからな。そもそも矢は効かないし、近接戦闘じゃ無敵だ。まさに敵を炙り出すにはもってこいだ。――もっとも敵が姿を現すよりも、遠くへ逃げていく可能性の方が高いかもしれないが」


「むしろその方が助かる。戦闘が回避できるならそれに越したことはない」


「そうだな。戦闘を避けるのも立派な護衛の仕事だ。少しでも雇い主のリスクが下がるならそれでいい。――それじゃあ、早速ギギを行かせてくれ」


 その言葉に小さく頷くと、リリィは足元に佇むうさぎの人形を持ち上げた。それからおもむろに抱き締めて耳元で(ささや)く。


「ギギ、お願い。藪の中へ入って、敵を炙り出してくれる? 刃向かうは者は斬り捨ててもかまわない」


「ギギギ……」


「ただし、やり過ぎないこと。あくまで目的は敵を藪から追い出すことだから。決して一人で全滅させようしないで」


「ギギ……ギギギ……」


 変わらず不気味な声を出し続ける小さなうさぎのぬいぐるみ。

 声のみならず、その姿も相当に奇怪ではあるのだが、リリィにとっては世界に一つしかないお気に入りの人形に他ならない。

 そのギギを送り出す彼女の顔には、相変わらず一切の感情が浮かんでいなかった。

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