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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
27/33

第27話 真実を知る

前回までのあらすじ


アルの身長は190センチ。見上げるような長身と鍛え抜かれた筋肉質の身体はいかにも傭兵といった風情。

 その日の夜。

 街道沿いの森の中で早めにキャンプを張った隊商の一行は、とっくに夕食も済ませて思い思いに身体を休めていた。もっとも日がな一日馬車に揺られていた彼らは、休むというよりも凝り固まった身体を伸ばしていると言った方が正しかったのだが。


 そんな中、冒険者メンバーの女性陣――メラニーとマチルドがリリィを誘いに来た。どうやら彼女たちは、男女混成の馬車の中ではできなかった女だけの会話をしたいらしい。

 当のリリィはと言えば、遠征中とは思えないほどの豪勢な夕食をたらふく食べて、今はもう眠る時間のようだ。外套代わりの魔術師のローブを抱き寄せて、大きな木の下へその身を横たえようとしていた。


 朝から晩まで馬車に揺られるだけで昼寝以外にすることがなかったというのに、夜は夜でしっかり睡眠を取る。

 そんな健康優良児のようなリリィが全財産を詰め込んだ大きな背嚢を枕代わりに整えていると、その背へ女たちが声をかけてきた。

 

「あれぇ? リリィちゃん、もう寝ちゃうの? まだこんな時間だよ、ちょっと早すぎない?」


「ごめんねぇ。少しだけ話がしたいんだけど。いい?」


「……なに?」

 

 幼馴染であるうえに、同じパーティーメンバーとしてすっかり信頼関係を築いているメラニーとマチルド。二人に比べてリリィの反応は明らかによろしくない。

 コミュ障、人見知り、陰キャと見事に三拍子揃った、生粋のぼっち気質の彼女は、ずっと一緒の馬車に乗っていたにもかかわらず、未だ二人とは打ち解けていなかった。

 いや、実のところそう思っているのはリリィだけで、あとの二人はすっかり友人になったつもりでいたのだが。


 にこやかな二人に対してリリィが胡乱な視線を向ける。どこか不機嫌そうにも見えるその顔にもたじろぐことなく、にこやかにメラニーが話しかけた。


「よいしょっと。ちょっとここに座らせてもらうね。――ねぇねぇ、男たちがいたから馬車の中じゃ訊けなかったんだけどさ。エリクとリリィちゃんって結婚の約束してるんだよね?」


「……」


「それってやっぱり、エリクの方からプロポーズしてきたの? それともリリィちゃんから?」


「……プロポーズなんてしていない、彼も私も。エリクにはただ責任を取ってもらおうとしているだけ」


「責任って……だってリリィちゃんだって合意のもとに彼とそういう関係になったんでしょう? 一方的に責任を迫るのもどうかと思うけれど」


「そういう関係って?」


「いやいや、わかるでしょ? 言わせないでよ」


「わからないから訊いている。それが裸を見られたことを指すのなら、それに合意などなかった。言うなれば事故」


「えっ……? ちょっと待って! 裸を見られたって……たったそれだけ? それだけで結婚を迫ってるの?」


「『たったそれだけ』じゃない。私にとっては死活問題。男の人に肌を晒すと赤ちゃんができるっていうでしょう? だから彼には責任を取ってもらおうと――」


「えぇぇぇぇぇぇ!? マジでぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 素っ頓狂な声を上げながら、信じられないとばかりに大きく体を仰け反らせるメラニー。

 目を見開いたまま二の句を継げずにいる彼女に変わって、今度はマチルドが話を続けた。


「ちょ、ちょっと待って! 男に裸を見られたら妊娠するって……箱入り娘じゃあるまいし、あなた一体どこの貴族令嬢よ? そんな馬鹿げた話があるわけないじゃない」


「だ、だって……母様(かあさま)がそう……」


「母様って……お嬢様か!? ま、まぁ、百歩譲ってそうだとしても、たったそれだけの理由で結婚を決めるとかあり得ないんだけど。――ってか、訊いてなかったけれど、あなた達ってペアを組んでどのくらい?」


「……今日で十日? ううん、十一日かも。そのくらい」


「みじかっ! たったの十日? ますますあり得ないんだけど! そもそもあなた、エリクがどんな男なのかわかって言ってるの? たったそれだけの付き合いで結婚決めちゃって大丈夫?」


 屈強な傭兵を瞬殺したリリィの雄姿。

 それを目撃したメラニーとマチルドは、若く見えてもリリィは経験豊富な冒険者だと思い込んでいた。けれどプライベートな話をしてみれば、一転してこの娘は相当な世間知らずのうえになかなかのポンコツであることがわかった。


 これは姉貴分として色々と教えなければなるまい。

 そんな謎の使命感に突き動かされたマチルドが、若干の上から目線とともに諭すような言葉を投げた。



「いい? リリィちゃん。まさかとは思うけれど、あなた子供の作り方を知らないとか言わないわよね?」


「えぇと……さっきも言ったけれど、裸を晒すと子供ができるのではないの? 私はそう教えられてきたから。――もしも違うなら、真実を知りたい。教えて」


 その質問とともにマチルドの表情が強張った。

 ギルド員の登録を受けているのだから、リリィだってとっくに15歳を過ぎているはずだ。にもかかわらず子供の作り方を知らないとか常識的にあり得ない。


 ここファンケッセル連邦国を含め、周辺諸国の成人年齢はすべて15歳と決められている。つまりその年齢になれば法的に結婚が認められるということである。

 労働力と見なされて、幼い頃から自立を促される子供が多いこの時代。貧しい農村などには特に早熟な子供も多く、15歳になるとともに結婚、出産する例も少なくない。


 そうしたわけだから、今や子の作り方など10歳の子でも知っているはずなのに、なぜかこの娘は知らないという。到底信じられないことではあるが、真っすぐな眼差しと真摯な表情を見る限りおよそ嘘や冗談を言っているようにも見えなかった。

 なので仕方なくマチルドが説明を試みる。


「ふぅ……いい? 改めてこんなことを口にするとは思わなかったから私も恥ずかしいのだけれど、あなたのために包み隠さず説明するわね」


「わかった。お願いする」


 直前まで眠そうにしていたリリィだが、突如瞳を輝かせて居住まいを正した。その様子を見たマチルドは、これから説明する内容をあらためて意識してしまい、軽く頬を上気させてしまう。

 それでも彼女はリリィのためだからと懸命に口を動かし始めた。


「えぇと……まずは男と女の身体の違いについてだけれど――」



 ◆◆◆◆



 もう寝る。

 そう言い残して大きな木の下へ移動したリリィだが、気付けば仲間の女性たちと談笑しているのが見えた。その様に安心したエリクは、自身も仲間たちの輪の中へ入って暫しの交流を試みる。

 そうして一時を過ごしたエリクが明日に備えて眠ろうとしていると、突如そこへリリィが姿を現した。


 どこがどうというわけでもないが、そこはかとなくいつもと雰囲気が違うリリィ。見れば白い頬が夜目にも見えるほど染まっているし、吐息もどことなく荒い気がする。

 突然姿を現したかと思えば、何も言わずに佇むばかりの少女に対し、胡乱顔のエリクが問い掛けた。


「どうしたリリィ。なにかあったのか?」


「……」


「さっきまでメラニーたちと楽しそうに話をしてみたいだけど。――もしかして喧嘩でもしたのか?」


「……喧嘩はしていない」


「ならどうした? なんか様子が変だぞ」


 その言葉にリリィが顔を俯かせる。意図的に表情を見られないようにして小さな声で(ささや)いた。


「あの……エリク」


「ん?」


「私……この旅が一段落したら、あなたと結婚するって言った……」


「な、なんだよ、その話か。いいかいリリィ、それについては俺からも言いたいことがある。確かに裸を見てしまったのは悪かったと思っているけど、そんな結婚なんて言葉を軽々しく言ってはいけないよ」

 

「同意。私が間違っていた。裸を見られたけど、私は妊娠していない。今さっきマチルドに聞いた」


「そ、そうか。それは良かった。やっと事実を受け入れたか」


「マチルドが事細かく教えてくれた。どうしたら子供ができるのかを」


「……」


「さ、散々考えたけれど、どうしたって無理。絶対無理。私にエリクの……その……」


 そこまで言うと急にリリィが押し黙ってしまう。

 顔を俯かせているので表情を読むことはできないものの、今の彼女がどんな顔をしているのかエリクには手に取るようにわかった。

 果たしてなんと言うべきか。数舜思い悩んだ末に再びエリクが口を開いた。


「べ、べつに無理はしなくていいんじゃないかな。俺たちは出会ったばかりだし、まだお互いのことだってなにも知らないんだから。なんていうかそのぉ、男女の関係ってのはこう……もっとゆっくりとだな――」


「無理だから! そんな破廉恥(はれんち)なことなんて、私には一生できないから!」


「リ、リリィ!?」


「エリクの馬鹿!」


 突如叫び出したかと思えば、顔も見せずに身を翻してそのままリリィが走り去っていく。

 その小さな背中を見送りながら、エリクは暫し呆然としたのだった。

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