第26話 とんだ食わせ者
前回までのあらすじ
リリィ怒りのストレートパンチ炸裂。ケイオスはKO
まるで世間話のように軽く告げられたアルの言葉。それを聞いたリリィの顔が徐々に強張っていく。語気は荒くないし表情も穏やかではあるが、よく聞けばそれは決して他人に聞かせられるものではなかった。
この男は一体何者なのだろう。
必死に表情を取り繕いながら目の前の傭兵に視線を走らせるリリィ。頭の天辺から足の先まで何度も眺め回して必死に探ろうとしていると、突然アルが笑みを見せた。
「ははは、面白い奴だな。表情を隠そうとしているが、俺にはお前の心の内が手に取るようにわかるぞ」
「……」
「まぁ、さしずめ、どうして正体がバレたのか、ってとこだろう? 違うか?」
「おい、おっさん! なに適当なこと言ってやがる! リリィは魔術師なんかじゃねぇよ、いい加減にしてくれ!」
「ははは。お前もそう焦んなって。べつにこの嬢ちゃんの正体を暴いてどうこうしようってわけじゃねぇよ。俺たち傭兵もそうだが、お前たち冒険者だって脛に傷ある者は多いだろう? それを詮索する趣味なんざ俺にはねぇな」
険しい表情のリリィとエリクに反して、飄々としたアルの顔には楽しげな笑みが浮かぶ。どうやら彼は二人の反応を面白がっているらしい。その彼が言葉を続けようとしていると、不意にリリィが口を開いた。
「……どうしてわかった? 私が魔術を使ったって。初見でバレるほど腕は悪くないつもり」
じっとりとしたリリィの視線。それに余裕の笑みを返しながらアルが言う。
「はははっ! そんなの簡単だ。お前さんのその細腕で、仕掛けもなしにケイオスを倒せるとは思えないからな。あれはあまりに不自然だった。――とまぁ、これは建前だ。実際のところ、俺には見えてんだよ」
「……見えてる?」
「あぁそうだ。俺には見えてんだよ、お前さんの魔力がな。――昔から俺には人の魔力が見えてな。まぁ、言うなれば特技みたいなものか。もっともこんな傭兵稼業じゃなんの役にも立たねぇが」
変わらず飄々としたアルの言葉。それを聞いたリリィの瞳が見開かれる。なぜなら、魔力が見えるということは、即ち彼自身も「魔力持ち」であることを意味するからだ。
けれどリリィには信じられなかった。
ご存じのように彼女は「魔力持ち」の中でも最高峰に位置する魔術師であるため、他人から漏れ出る魔力には非常に敏感だ。にもかかわらず、目の前の男からは一切魔力を感知できなかった。
だから彼女も自身から漏れ出る魔力を無理に抑えようとしていなかったのだが、それがこの男には見えていたらしい。
そんな俄かには信じ難い話にリリィの眉が跳ね上がった。
「あなた……『魔力もち』? もしそうなら、なぜこんなところで傭兵なんか?」
「すまねぇな。残念ながら俺は『魔力持ち』なんかじゃねぇよ。他人の魔力が見えるだけのただの凡人に過ぎん」
「嘘言わないで。本当にただの凡人なら、いくら魔力が見えたとしてもそれが魔術師のものだとわからないはず。――あなた何者?」
訝しむようなリリィの視線。
じっとりとしたそれに見つめられても一向にアルは表情を変えようとしない。変わらず飄々とした顔のままその問いに答えた。
「ははは、俺が何者かだって!? いいじゃねぇかそんなこと。細けぇことは気にすんな! さっきも言ったが、俺たち傭兵は脛に傷ある者ばかりだ。いたずらに過去を穿るもんじゃねぇよ。――とまぁ、苛めるのはこの辺にしておこうか。彼氏が怖い顔をしているからな」
言いながらアルがエリクを見る。その顔にはどこか悪戯っぽい表情が浮かんでいた。するとそれにエリクが慌てて言い返したのだが、その頬は微妙に上気していた。
「か、彼氏じゃねぇよ! 俺はリリィの仲間なだけで――」
「さっきも言った。エリクは彼氏じゃない。婚約者」
「ちょっ! リリィ!?」
「はははははっ! なんでもいいがよろしくやってくれ! ――心配すんな、お前の正体は誰にも言わねぇよ。他人の秘密を暴くような趣味は生憎持ち合わせていないんでな」
「助かる。それじゃあ、私もあなたの正体は詮索しない。これでおあいこ」
「あいこか。まぁそうだな。それじゃあ同じ旅の仲間同士、これからもよろしく頼む。――ケイオスの件は悪かったな。奴もこれで懲りただろうから、あまり苛めないでやってくれ」
これで話は終わりとばかりに身を翻すと、ひらひらと手を振りながらアルが遠ざかっていく。瞬間その背に何かを言いかけたものの、結局リリィはなにも言わなかった。
それから30分後。白目を剥いたままのケイオスを詰め込んで馬車列が動き出す。車内では冒険者たちがひそひそと話を続けていた。
もちろんそれはリリィの雄姿についてだったが、本人が嫌がる素振りを見せるので表立って話を振る者はいなかった。それでも興味津々に向けられる視線。それに気づかないふりをしながら、反対側ではエリクとリリィが小声で言葉を交わしていた。
「なぁリリィ。あのアルっておっさんなんだけど、一体何者なんだろうな。他の傭兵たちとは雰囲気というか佇まいというか、上手く言えないけど何かが違う気がする」
「同意。あの人、絶対に只者じゃない。そもそも、普通の人に魔力を見ることなんてできないはずだから」
「それってそんなに難しいのか? 例えば俺が訓練を受けたとしても?」
「無理。残念だけどあなたは魔力を持っていない。――いえ、正確に言えば微弱な魔力は持っているのだけれど、感知できないほどでしかないから」
「へぇ、知らなかった。全く縁がないと思っていたけど、実は俺にも魔力はあるんだ」
「そう。人や動物、果ては植物に至るまで、生きとし生けるもの、命あるものは全て魔力――マナを持っている。違うのはその質と大きさだけ。私のような『魔力持ち』と呼ばれる者は、それらを人並み以上に持って生まれてきたに過ぎない。それが幸運かと問われても答えられないけれど、そのおかげで普通の人にはできないことができるのは事実」
無口で無表情、普段から必要最低限の会話しかしようとしないリリィであるが、このときばかりは饒舌だった。見れば雪のように白い頬もほんのり上気しているような気がする。
いつもは決して目を合わせようとしない典型的なコミュ障ぼっちのリリィが、この時ばかりは真っすぐにエリクを見つめていた。
輝くプラチナブロンドの髪と透き通る灰色の瞳。八等身と見紛うような小さな顔と神憑り的に整った目鼻立ち。そんな美少女と呼ぶに相応しい相棒に見つめられたエリクは思わず見惚れてしまう。
意図せず熱くなっていく頬と吹き出す汗。それでも彼は必死に自制して話を続けた。
「そうか、そうなんだな。それじゃあ、やっぱりあのおっさんも『魔力持ち』なんだ」
「それは違うと思う。なぜなら、あの人からは全く魔力を感じられないから。魔術師の中には魔力を完全に隠せる者もいるけれど、それをあの人ができるとは思えない。順当にいうなら、やっぱり『魔力持ち』ではないと思う」
「うーん、余計にわからん。つまりはあのおっさんが普通じゃないってことか」
「そう、そのとおり。それに普通の人が『無詠唱魔術』なんて言葉を知るはずがない。絶対にあの人には別の顔があるはず」
「無詠唱魔術? そういえばそんなことも言ってたな。なぁリリィ、それって一体なんなんだ? 俺にも教えてくれよ」
「……魔術の世界の話。話せば長くなる。普通の人はべつに知らなくていい」
「そうか? わかった。それじゃあそのうち教えてくれよ。――つーことは、あのおっさんはなにか隠してるってことだな。いつか必ず化けの皮を剥がしてやるから楽しみにしててくれ」
「わかった。期待してる」
無表情という名の表情を捨てて小さくリリィが微笑む。
滅多に見せないその顔に鼓動がさらに早くなったのだが、エリクはそれを誤魔化すように話を続けた。
「それにしても腹立つよな、傭兵たちのあの態度。お前が蹴散らしてくれたから胸も晴れたけど、ああいう輩はどこへ行っても一定数いる。気を付けようぜ」
その言葉とともにリリィの鼻息が荒くなる。
どうやら彼女も未だ怒り心頭らしく、罵られたことを思い出して「ふんすっ」とばかりに大きく鼻息を吐いた。そして言う。
「大丈夫。そんな輩には呪いをかけてあげるから。精々、泣いて許しを請えばいい」
「の、の、の、呪い!?」
「そう、呪い。とても恐ろしくて酷い目にあう呪い」
「お前って本当に多才だよな。そんなこともできるのか。――ちなみにどんな呪いなんだ? 寿命が縮むとか、病気になるとか? まさか悪魔が出てきたりなんて……」
おっかなびっくりエリクが問う。それにリリィが再び荒い鼻息とともに答えた。
「そんな大層なものじゃない。そう……一日に一度、足の小指をぶつけるとか、頬の内側を噛むとか。絶えず口内炎ができるなんてのもいい」
「えっ? そんな程度? 意外と大したことな……くもないな。それはそれで嫌だし。ちなみにあの傭兵たちならどんな呪いがいいと思う?」
「そう……用を足した後に、必ず残尿がズボンの中に漏れる呪い、とか?」
「……そ、それは確かに嫌だな。考えただけでテンション下がる」
ズボンの中に残尿が漏れて、足を伝って滴り落ちる。
その光景を想像したエリクは、意図せずその身を震わせてしまう。それから決してリリィを怒らせてはならないと固く誓うのだった。




