第25話 飄々とした助け舟
前回までのあらすじ
リリィの剛腕に脱帽。
「おい、ケイオス! 大丈夫か、しっかりしろ!」
「ケイオス! おい、ケイオス!」
地に伏してピクリとも身動ぎしない件の傭兵。その身体を揺さぶりながら口々に仲間たちが声をかける。
けれど彼は一向に返事を返さない。耐えかねた仲間の一人がごろりとその身を返してみれば、ケイオスと呼ばれた傭兵は顔面から夥しい血を流して気を失っていた。
顎が砕けているのだろう。一目でわかるほどにその顔は変形し、血とともに折れた歯が口から流れ出ていた。
頭を打ってさえいなければ命に別状はないはず。しかし目の前で仲間を打ち倒された傭兵たちは、己の所業を顧みることなくその原因を冒険者たちに転嫁しようとする。
つまりは逆恨みなのだが、今や彼らはそんなことなどお構いなしに抜刀しつつ冒険者たちを睨みつけた。
「てめぇ……ふざけやがって……」
「よくもやってくれたなぁ! 覚悟はできてんだろうな!」
「たかが冒険者風情が調子に乗りやがって! ぶっ殺してやる!」
突如生じた喧騒と場に満ちる緊張。
まさに一触即発。剣呑な雰囲気に飲み込まれた冒険者たちまでもが釣られて剣を抜こうとしてると、そこへ横から新たな声が割り込んでくる。
「おいおい、お前らいい加減にしろよ。こんなもん自業自得じゃねぇか。売った喧嘩を買われて負けた。ただそれだけのことだろ」
今にも襲い掛からんとする傭兵たちと、青ざめた表情で受けて立とうとする冒険者たち。その間に割って入った声に振り向いてみれば、そこには一人の男が立っていた。
他の傭兵たちよりさらに頭一つ分背の高いその男は、皮肉めいた笑みを顔に浮かべながら無遠慮に近づいてくる。それから仰向けに倒れるケイオスを一瞥して傭兵たちへ告げた。
「大丈夫だ、問題ない。顎を砕かれて気を失っているだけだ。しばらくは飯を食うのに難儀するだろうが、それ以外はどうってことない。放っておけばそのうち目を覚ますだろうよ。――それよりもお前ら、逆恨みは感心せんな。いい大人がみっともねぇ」
「うるせぇぞ、アル! 仲間をやられたんだ、これが黙ってられるかよ!」
「そうだ! このままじゃ済ませねぇ、このガキもろと全員始末してやる!」
「なに言ってやがる、うるせぇのはお前らの方だろうが。これはケイオスの手落ちだ。いくら相手が格下だからといって、力を見くびったのはこいつ自身だからな。それを相手のせいにするなんざ、傭兵の名が聞いて呆れる。いい加減にしておけ」
「なんだと、アル! てめぇも傭兵だろうが! まさかこいつらの味方をするつもりじゃねぇだろうな!?」
「勘違いすんな。そんなつもりなんざぁこれっぽっちもねぇよ。ってか、俺はお前らを助けてやろうとしてるんだが、それがわかんねぇのか? ――さっきも言ったが、今の勝負は始まる前から見えていた。それを見極められなかったケイオスの負け。ただそれだけだ」
「てめぇ……」
仲間の苦言などどこ吹く風。アルと呼ばれたその男は、まるで気にすることなく涼しい顔を崩さない。
見たところ彼は傭兵たちのリーダーではないようだが、それでもその存在は彼らの中では小さくないらしい。その証拠に、あれだけいきり立っていた傭兵たちがアルの言葉とともにおとなしくなっていた。
そんなベテランの傭兵がリリィに向けて言い放った。
「というわけで、嬢ちゃん。お前の勝ちだ。本人が気を失っているから、代わりに俺が詫びを入れよう。色々とすまなかったな、このとおりだ」
神妙な口調のわりに全く悪びれることなく男が頭を下げる。必死に隠しているものの、その顔にはどこか楽しそうな表情が浮かんでいた。
それを見た傭兵たちは再び色めき立つと、掴みかからんばかりの勢いで男に詰め寄った。
「お、おいアル! お前、なに勝手に謝ってんだよ! 俺たちはまだ――」
「やめろと言っただろう。いいかよく聞け。お前たちじゃ、あの嬢ちゃんには勝てん。ケイオスよろしく、またぞろ顎を砕かれて終わりだ。これからも傭兵稼業を続けたいなら、あいつにだけは手を出すな。――わかったか?」
「なに言ってやがる! 俺たちがあんなメスガキに負けるはずねぇだろう! いったいどこに目ん玉つけてんだよ!」
「しつこい奴らだなぁ。そんなに俺の忠告が聞けねぇってんなら、次はお前が勝負してみるんだな。言っておくが、次は助けてやんねぇぞ」
傭兵たちの中でも一際背が高く、屈強な体躯を誇るアルと呼ばれる男。その彼の仲間を見る目つきが変わる。
どこか掴みどころのない飄々とした雰囲気だったにもかかわらず、その言葉を境に一変した。
傭兵と言えば、腕に覚えのある荒くれ者の集まりである。そう広く世間に認知されているように、確かに彼らは粗野で野蛮な者が多い。
しかしその中でもどうやらこのアルと呼ばれる男は少々毛色が違うらしい。他の傭兵たち同様に言葉は汚いし口調もぞんざいではあるものの、立ち居振る舞いから会話の内容に至るまで微妙に違っている。もっとも、それがどこかと問われても、はっきり答えようもないのだが。
そんな男が、今度はリリィに話を振ってきた。
「なぁ、嬢ちゃんよ。もう二度とお前さんたちにちょっかい出さねぇと誓うから、ここはなんとか矛を収めちゃくれねぇか?」
「……」
「頼むよ。このとおりだ」
そう言うと男は両手を開いて打ち合わせ、祈るような仕草を見せる。それは南方に広がるブルゴー王国でよく見る所作で、相手に対してへりくだる時に使うものだった。
それを見たリリィがやっと身体の力を抜いた。固く握りしめていた拳を解いて、よく見なければわからないほど小さく息を吐き出したのだった。
「なぁリリィ。実はお前って凄い奴だったんだな。一番年下だし身体も小さいから、正直言って侮っていたよ。すまなかった」
「一体どうやってその細い腕であの傭兵を殴り倒したんだ? なにか武術の心得でもあるのか?」
「凄いわ、リリィ! 尊敬しちゃう!!」
リリィを取り囲み、口々に持て囃す冒険者たち。興奮気味に頬を染め、やや早口に語り続ける彼らに対して、終始リリィは言葉が少なかった。
圧倒的な体格差をものともせずに、たった一撃で男を殴り倒したのだ。幾ら本意ではなかったとはいえ、普通であれば多少は嬉しそうな顔を見せるのだろうが、そんな素振りを一向に見せようとしない。
それどころか、声をかけられる度にどこか困ったような表情をしていた。それを見ていると、どうやら彼女はその話をあまりされたくないらしい。
それに気付いたエリクが仲間たちからリリィを遠ざけようとする。やや強引に手を掴むと、彼女を連れて道端の大きな木の下へと連れて行った。
「なぁリリィ。皆がいたから言えなかったけれど、まずは俺……お前に謝るよ。もし俺があの傭兵と戦っていたら、地に這っていたのは間違いなく俺だった。そしてお前なら勝てると言ったのも本当だったな」
「……」
「さすがの俺も腕力でお前に負けるとは思わなかったよ。正直言うと少しへこんでいるけれど、お前には感謝している。――ありがとうな、リリィ」
「あ、あのねエリク……実は私……」
珍しくリリィが言い淀んだ。
それはいつも淡々とした口調の彼女には滅多にないことだ。それに気付いたエリクが気遣わしげに返事を返すと、リリィではなく別の人物が答えを返してきた。
「あれは魔法だな。つーことは、なぁ嬢ちゃん、お前は魔術師だろう?」
咄嗟に振り向くエリクとリリィ。いつの間に近づいてきていたのだろう。そこには傭兵たちからアルと呼ばれる男が立っていた。
そのアルが不審な表情を浮かべる二人に向けて、なにを考えているのかわからない飄々とした面持ちのままなおも言い放った。
「隠しても無駄だ。お前は魔術師に違いないし、ケイオスを殴り倒したその拳にも、なにかしらの魔術が込められていたはずだ。――それにしても驚いたぞ。こんな場末のギルドに現役の魔術師が身を窶していたとはな。しかも滅多にお目にかかれない、無詠唱魔術の使い手だったとは。いやはや、本当に恐れ入った」
そう告げるアルの顔には、変わらず飄々とした表情が浮かんでいるだけだった。




