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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
24/33

第24話 小よく大を制す

前回までのあらすじ


見た目13歳くらいだけれどリリィはとっくに成人してます。決してロリではありません。

「あぁいいぜぇ、やってやる。だがな、勝負には賞品がつきものだ。それがないと面白くねぇからな。そうだなぁ……よし、俺が勝ったらお前を好きにさせてもらうぜぇ。もちろんその意味はわかるよなぁ?」

 

 瞳に色欲を浮かべて傭兵が言う。するとその背後から、待ってましたとばかりに仲間たちが囃し立てた。


「出た、ロリコン! お前も本当に好きだよなぁ。出るとこも出てない、ぺったんこのメスガキがよぉ! 見ろよあの乳! どうせ毛だってまだ生え揃ってねぇんだろうよ。うははははっ!」


「マジかよ……見るからに小便臭そうなガキじゃねぇか……こんなのとヤッてなにがいいんだ? 俺にはさっぱりわからんなぁ」


「う、うるせぇな、黙ってろ! いいか、俺が勝ったらこのメスガキは好きにさせてもらう。わかってんのか……って、おい、聞いてんのか!? お前に言ってんだぞ!」


 見るからにガラの悪そうな傭兵が、酒焼けした擦れ声でがなり立てる。それを受けたエリクが、なんとも言いようのない表情でリリィを見つめた。


 彼女の言うとおり、この男が相手なら楽勝なのかもしれない。なによりリリィにはギギがいる。そのうえ自身も強力な攻撃魔法が使えるうえに、いざとなれば戦女神を呼び出すこともできるのだから。

 しかしこれは単なる喧嘩であって殺し合いではない。純然たる戦闘ならばリリィに負ける要素などないのだろうが、ただの喧嘩に殺人人形をけしかけるわけにはいかないし、戦乙女を呼ぶなど以ての外だ。

 ならば魔法を行使すればいい。しかし皆に魔術師である事実を隠している以上はそれも叶わない。


 魔法を行使するには呪文を唱えなければならないため、喧嘩という衆人環視のもとでそれを隠し通すのはまず不可能。

 つまりはリリィの腕力勝負になるのだが、どこからどう見ても彼女の細腕に敵う相手には思えない。身長で四十センチ、体重に至っては三倍近くもある屈強な傭兵を相手に腕力のみで立ち回らなければならないのだから、万に一つも勝ち目があるとは思えなかった。

 

 けれどリリィは事も無げに言い放ったのだ。さっさとかかってこいと。

 見れば顔にはいつもと同じ無表情という名の表情しか浮かんでおらず、まさに平常運転の彼女がいるだけ。

 リリィも人の子。焦りや恐怖といった様々なものが心の内に渦巻いているのだろうが、それすら一切見せずに佇んでいるだけだった。

 そんな少女にエリクが言う。


「な、なぁリリィ……本当に大丈夫なのか? 勝ち目はあるのか? もしも負けたら、お前はあの男に……」


「……」


「そんなことになるくらいなら……俺は……俺は……」


「……どうするつもり?」


「お前を連れて逃げてやるよ。どこまでもな」


 決死の面持ちとともにエリクが告げると、そこで初めてリリィが表情を緩めた。とは言えそれは傍から見てもわからないくらいの微妙な変化でしかなかったのだが。

 その彼女が言葉を続けた。

 

「任務の放棄は重罪。逃亡なんて以ての外。それはわかってる? もしもそんなことをしたら、二度と冒険者として働けなくなる。あの男にそこまでの価値があるとは思えないけど、あなたがそう言ってくれるなら嬉しい」


「リリィ……」


「だから負けない、絶対に勝つ。そして二人で旅を続ける。――そもそもこんなところで(つまづ)いていたら、あの人の弟子だと名乗ることさえできなくなってしまう」


 言いながら傭兵を睨みつけるリリィの顔には、普段秘められている感情が珍しく滲み出ていた。なおも言い募ろうとするエリクを振り払うように、傭兵に向かって勢いよく身を翻す。


「私はもう準備ができている。さぁ、いつになったらかかってくるの?」



 冒険者たちのざわめきと、下卑た笑いの混じった傭兵たちの(だみ)声。加えて興味なさげな隊商員の視線を浴びながら一歩、また一歩とリリィが歩を進める。

 変わらず無表情ながらも、どこか決意の(みなぎ)る彼女へ向けて傭兵が小馬鹿にしたような言葉を投げたのだが、その顔にはいやらしい笑みが浮かんでいた。


「よぉし、なら始めようか。しかし俺も鬼じゃない。お前に一つハンデをやろう」


「ハンデ?」


「あぁ、ハンデだ。俺とお前じゃあまりに実力が違い過ぎる。だから最初の一発はお前に殴らせてやろうって言ってんだよ」


「……ひとつ訊いていい? まだ手合わせもしていないのに、どうして相手の力がわかるの? 傭兵ともあろう者が、まさか見た目で判断してるとでも?」


「はっ! そんなもん、見ればわかるじゃねぇか。お前のその細腕で一体なにができるってんだ? まさか本気で俺を殴り倒せると思ってるんじゃねぇだろうな。もしそうなら、本気でおめでたいってなもんだ」


「……よく今まで生き残ってこられたと本気で感心する。それなら、本当におめでたいのがどっちなのか教えてあげる。――覚悟はいい? いまさら気が変わってももう遅いから」


「ひひひひ。おぉいいぜぇ。男に二言はねぇからな。――ほれ、ここだ。ここを思いっきり殴ってみろ。遠慮はいらんぞ?」


 言いながら傭兵が大きな身体を折り曲げてリリィへ自身の左頬を近づける。本来ならば、至近距離で背伸びしなければ届かない痘痕面(あばたづら)。それを目の前に見たリリィは、準備運動よろしく勢いよく腕を振り回し始めた。


 ニヤニヤ笑う傭兵仲間と青ざめた顔の冒険者たち。それら対照的な面々を眺めながら薄ら笑いを浮かべる傭兵の頬へ、リリィがおもむろに右の拳を叩きつけた。


 ばきっ!


 ぐしゃっ!!


 ゴロゴロゴロ……



 それは信じられない光景だった。

 どう見ても力があるようには思えない細く華奢なリリィの右腕。その拳が頬に触れた瞬間、傭兵の身体が勢いよく吹き飛んだ。

 すでに意識は飛んでいたのだろう。歴戦の傭兵にもかかわらず、一切の受け身を取ることなく地面を転がってそのまま動かなくなる。今や身動ぎ一つしないその様は、さながら出来損ないの木偶人形のようにしか見えなかった。


 その場に満ちる静寂と、呆気にとられる周囲の者たち。

 誰一人として声を上げることさえ叶わぬ中、ただ一つの音がこだました。


「むふぅぅぅぅ!」


 振り向いてみれば、そこには仁王立ちのリリィがいた。「ふんすっ!」と勢いよく鼻息を吐き、「どうよ!」とばかりに見下ろす顔には珍しく感情が満ち溢れる。


「だから警告したのに。見た目で相手を判断すると命取りになると」


 独り言のような小さな呟き。それを目敏く聞きつけたエリクが、やっとの思いで声を発した。 

 

「リ、リリィ!? お、お前って、いったい……」


「さぁエリク。無礼なおじさんは黙らせた。これで少しは静かになるはず」


「い、いや、そうじゃなくって……お前がやったんだよな? お前があのおっさんを殴り飛ばしたんだよな? ど、どこにそんな力が……」


 握り締めていた拳を解いて、白く細い自身の指をジッとリリィが見つめる。倒れた傭兵になど目もくれず、ただひたすらに彼女はそうしているだけだった。いくらエリクが必死に訊いてみたところで、その質問に答える気などなさそうだ。

 そんな相棒を見つめながら、エリクは必死に言葉を探し続けた。 



 何度眺めてみても、目の前の光景が信じられない。

 単純な腕力勝負にもかかわらず、まるで棒のように華奢な少女が大柄な傭兵を殴り倒したのだから。しかも殴られた衝撃で顎が砕けたらしく、遠目からでもわかるほどに傭兵の顔は変形していた。


 小よく大を制す。確かにそれは武術の世界において実践されることではあるが、それとて達人と呼ばれる一握りの者たちが身に付けている技術に過ぎない。今のような殴り合いでは、単純に体重が重い方、腕力の強い方が勝つのが普通である。

 そもそも魔術師であるリリィが、それらの技術を体得しているとも思えない。ならば魔法を用いたのだろうと推測もできるが、およそ彼女が呪文を唱えたようには見えなかった。


 魔法を発動するには呪文を唱えなければならない。これは魔術の世界においては基本中の基本である。

 もちろん無詠唱魔術なるものは存在するし実際に使う者もいるのだが、その基礎理論が提唱されてから百年と少し。未だ使いこなせる者は少ない。


 物理法則を完全に無視したリリィの攻撃力。どうしたらこんなことができるのだろうか。

 その疑問に頭をいっぱいにしてしまったエリクは、周囲の傭兵たちの動きをすっかり見逃していたのだった。

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