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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
23/33

第23話 喧嘩の賞品

前回までのあらすじ


リリィは随分と思い込みの激しい娘のようで……

 荷物を満載した隊商の馬車列が、西へ向かって緩々(ゆるゆる)と進み続ける。

 その中には冒険者たちを乗せた幌馬車が一台あるのだが、今やそこでは半分以上の者たちが睡魔に負けて意識を失っていた。


 そもそも彼らは護衛として雇われているはずだ。にもかかわらず、仕事らしい仕事もせずに馬車に揺られっぱなしなのには(いささ)かの事情があった。

 これだけの荷物を運ぶにはこれだけの護衛が必要である、などと役所が作った決まり事があるために、その頭数を揃えるためだけに彼らは駆り出されていたのだ。

 普段の護衛は、別に雇われている六人の傭兵たちで十分間に合う。だから国境沿いの町――バルバスに着くまで冒険者たちに出番はない。それもまた傭兵たちの反感を買う一端になっていた。


 ただ馬車に乗ってだけで金が貰えるなんて、これほど美味しい仕事はないだろう。と思ってみても、拘束時間の長さと報酬額を比較してみれば、実のところそれほど割のいい話でもない。けれど予想される危険度を鑑みれば、腕に自信のない者たちにとっては決して馬鹿にしたものでもなかった。


 そんなわけで、ここに集まっている者たちはさほど報酬額に頓着しない若い冒険者ばかりである。もちろんそれはエリクとリリィも同じなのだが、二人に限って少々皆とは事情が異なっていた。 

 もともとリリィたちは次の目的地としてアストゥリア帝国に入国する予定だったので、今回の仕事は非常に都合のいいものだったのだ。


 目的地まで馬車に乗せてもらえるうえに、仕事らしい仕事もせずに済む。国境を越える際には隊商とともに手続きをすれば余計な手間も省ける。仕舞いに報酬まで貰えるとなれば、二人がこの仕事を受けない理由などなに一つなかった。



 ゴトゴトと音を立ててゆっくり進み続ける一台の幌馬車。これまでずっと堪えてきたものの、ついに睡魔に負けてリリィが意識を失いかける。未だ幼さの残る端正な顔がかくんと揺れたその時、唐突に馬車が止まった。

  

「おい、お前ら! ここで休憩だ。昼飯を配るから全員降りてこい!」


 男の声が響く。それを合図にして寝惚け眼の冒険者たちがぞろぞろと馬車から降りていくと、外ではしかめっ面のリュックが待っていた。

 一体どんな育ち方をすればここまで尊大になれるのか。そう思わざるを得ない冒険者たちだが、いらぬ波風を立てる必要もないだろうと誰も文句を言おうとしない。


 リュックの態度は別にして、食事自体は悪いものではなかった。

 主食の黒パンこそ普段食べているものとそう変わらないものの、付け合わせの干し肉もチーズも格段に高級であるうえに量も多い。

 これまで旅続きだったエリクとリリィにとっては、道中にこれだけのものが食べれられるだけでも有難かった。

 

 隊商員から食事を貰い、思い思いの場所へ冒険者たちが座り込む。それから食事を始めていると、再び傭兵たちが茶々を入れてくる。


「いいご身分だねぇ、冒険者ってのは! 日がな一日馬車に揺られているだけでメシが貰えるんだからなぁ!」


「ちげぇねぇ! しかしよぉ、お前たち『働かざる者食うべからず』って言葉、知ってるか? どうやらここには『ただ飯ぐらい』がいるようだぜぇ」


 懲りることなく傭兵たちが再び嘲ってくる。しかし冒険者たちは不快な表情を見せつつも決して相手にしようとしなかった。

 なんと言われようとも聞こえないふりを続けて、ひたすら我慢するだけ。おとなしくしていればいずれ彼らも飽きるはず。

 

 決して敵うことのない傭兵たちを相手に、誰も喧嘩をする気などなかった。目を合わせないように顔を俯かせて、今やすっかり冷たくなってしまった食事をぼそぼそと(ついば)む。

 周囲に漂う微妙な空気。するとその時、一人の男が声を上げた。


「おい、おっさんたち! いい加減にしてくれねぇか! 俺たちだって好き好んで一日中馬車に揺られてるんじゃねぇんだよ! そもそもの初めからそういう契約になってるってだけだ! あんたたちだって知らないわけじゃないだろう!? ――それともなにか? 弱い若者をいたぶって楽しむのがあんたたちの趣味なのかよ、あぁ!?」


 周囲に轟く若い男の声。咄嗟に皆が振り向けば、そこにはエリクが立っていた。

 鋭い眼差しで傭兵たちを睨みつけながら、残った食事を口に中に放り込む。そんな彼に向かって傭兵たちが色めき立った。


「なんだとてめぇ! ガキが調子こいてんじゃねぇぞ!」


「おっさんこそ調子こいてんじゃねぇよ! いい大人のくせして、ガキくせぇことすんなよ、みっともねぇな!」


 恐らくそれを待っていたのだろう。言い返すエリクに対して傭兵たちが嬉しそうな顔を見せる。それから恐れ知らずの若者を舌なめずりするように()め付けた。


「口答えするたぁ、なかなかいい度胸してるじゃねぇか! ガキのくせして生意気なんだよ。痛い目に遭わねぇとわかんねぇのか!?」


「これでも俺は腕に覚えがあるんでね。ロートルのおっさんになんか負けたりしねぇよ!」


「なんだと、こらぁ! やんのか!? あぁ!?」


「うるせぇよ! ごたごた言ってねぇでさっさとかかってきやがれ、おっさんよぉ!!」


 剣を捨て、腕まくりしながらエリクが足を踏み出す。それを受けて立つとばかりに傭兵の一人が進み出た。そんな一触即発の事態にもかかわらず、周りの誰も止めようとしない。

 傭兵たちはニヤニヤと笑い、隊商員たちは興味なさげに無視を決め込む。それを横目に冒険者たちが右往左往していると、突如そこへ小さな影が飛び込んでくる。


 視線を向ける傭兵とエリク。するとそこには、相変わらず無表情なリリィが立っていた。

 大切そうに胸に抱く気味の悪い人形を突き付けながら、二人に向かってぼそぼそと口を開く。


「いい加減にして。おじさんは口が悪すぎるし、エリクは我慢が足りない。もしも喧嘩するつもりなら、代わりに私が受けて立つ。いい?」


 180センチを超える身長と、熊のような厳つい体躯を誇る大柄な傭兵。まるで筋肉の塊のような男の前へ、身長150センチ足らずの小さなリリィ近づいていく。それからエリクの前に立ち塞がると、そっとギギを地面へ置いた。

 それまでの薄笑いはどこへやら、意味がわからぬとばかりに傭兵が胡乱な顔を返す。それからリリィの無表情と地面に置かれたぬいぐるみへ交互に視線を交差させた。

 その様子にエリクが大声を出した。

 

「おいリリィ! お前なに言ってんだ!? 危ねぇから下がってろって!」


「エリク。あなたの想いは理解するし、勇気も認める。けれどそれは蛮勇でしかない」


「お前までなんだよ! いくら俺たちが駆け出しだからって、ここまで馬鹿にされて黙ってられっかよ! こんなおっさんなんか一発で仕留めてやるから止めないでくれ!」

 

「はっきり言う。あなたに勝ち目はない。勝てない喧嘩は馬鹿がすること。そんなの五歳児でも知ってる」


「知るかよ! たとえ勝てなくても、男には戦わなきゃならない時があるんだよ! 今がその時なんだ! 四の五の言ってねぇでそこをどいてくれ!」


 エリクが怒鳴る。

 確かに彼は感情豊かな性格をしているが、ここまでの激情を見せたことは(つい)ぞなかった。それはそれだけ彼が腹を立てている証拠なのだが、それでもリリィは折れようとしない。

 

「いえ、どかない。とにかく喧嘩はだめ。だめ、絶対。それでも私たちの名誉を守りたいと言うのなら、代わりに私がやる」


「なっ……お前、なに言ってんだよ!? なんで俺がダメでお前がいいんだよ! そんなの納得いかねぇって!」


「そんなの簡単。私なら勝てるから。……これで納得?」


 まるで母親の様にリリィがエリクを言い聞かせる。決して厳しい口調ではないけれど、その態度は頑なだった。

 淡々とした口調と無表情のせいでいまいちなにを考えているのかわからないリリィであるが、エリクには一つだけわかっていることがある。それは彼女が「くそ」がつくほどの頑固者だということだ。

 それを知っているからこそ、むしろエリクは粘ろうとしたのだが、結局リリィに言い負かされてしまう。


 リリィに説得されて引き下がったものの、未だ憤懣やるかたないエリク。その彼とリリィとを交互に見つめて面白そうに傭兵が笑った。


「うはははは、こりゃあいい、傑作だ! 騎士がお姫様に守られるってか! 普通は逆だろ! もっとも、お間たちにはお似合いだがな!」


「く、くそぉ……てめぇなんかさっさとぶち殺されちまいやがれ!」


「おいおい、あんまりおいた(・・・)が過ぎると、またママに叱られるぜぇ! うひひひひ!」


「てめぇ……」


 変わらず軽口を叩きまくる傭兵と、頭から湯気が昇る勢いで怒りまくるエリク。その間には無口、無表情のリリィが佇んでいた。

 その彼女が言う。


「まだ間に合う。謝罪しておとなしく引き下がるなら許してあげる。けれど、向かって来るなら容赦はしない」


「はっ! 容赦しないだぁ!? 随分と舐めた口きいてくれるじゃねぇか、このガキが! ――よしわかった、やってやろうじゃねぇか! お前みたいなチビのメスガキとやり合う気なんぞ毛頭なかったが、彼氏を(かば)った心意気を汲んで特別に相手してやる」


「……エリクは彼氏じゃない。将来の夫になる人。言わば婚約者」


「ちょ! リリィ!?」


「御託はいい。さっさとかかってきて」


「あぁいいぜぇ、やってやる。だがな、勝負には賞品がつきものだ。それがないと面白くねぇからな。そうだなぁ……よし、俺が勝ったらお前を好きにさせてもらう。もちろんその意味はわかるよなぁ?」


 じろじろと無遠慮にリリィの身体を眺め回す傭兵の男。

 舌なめずりするようなその顔には、今や隠しようのない色欲が浮かんでいた。

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