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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
22/33

第22話 盛大な勘違い

前回までのあらすじ


だいぶリリィもエリクに気を許すようになったみたいで……

 その後すぐに馬車列は動き始めた。

 荷馬車に商品を満載しているためお世辞にも進みは早いと言えないが、それでも徒歩より少し早い程度の速度は出ているらしい。

 いずれにしても一日に移動できる距離は六十キロ程度でしかないため、アストゥリア帝国との国境沿いの町――バルバスまで二日はかかる。


 傭兵とは違い、自前の馬を持たない冒険者たちはその間ずっと馬車に揺られっぱなしだ。けれど、馬車の後ろを歩かされるのに比べればむしろ好待遇と言えよう。

 一台目の馬車にはリュックを始めとする隊商関係者が乗り、二台目には冒険者たちが乗る。その周りを六名の傭兵たちが馬上から警戒に当たっているのだが、そんなところも傭兵たちが気に入らないところだった。


 自分たちは休む間もなく仕事をしているというのに、こいつらは一体なにをしているのか。日がな一日なにもせずに、ただ馬車に揺られているだけではないか。

 などと思いつつ、後続の幌馬車を面白くなさそうに睨みつける傭兵たちだが、当の冒険者たちはそんなことなどお構いなく雑談に興じていたのだった。



「昨日も名乗ったけれど、改めて自己紹介するよ。俺たちは『獅子の咆哮』。俺がジャンでこいつがベルナー、彼女がメラニーでその隣がマチルドだ。俺たちは幼馴染同士なんだ。一旗揚げようってんで半年前に田舎から出てきたばかりでさ」


 ジャンの紹介とともにメンバーたちがペコリと頭を下げる。年の頃は十五~十六歳といったところだろうか。未だ幼さの残る顔には希望に満ち溢れた明るい表情が浮かぶ。

 装備と服装を見る限り、ジャンとベルナーの男二人が剣士(ソードマン)で、女のメラニーとマチルドがともに弓を背負っているところからも弓使い(アーチャー)もしくは狩人(ハンター)と思われた。


 前衛二人に後衛二人。組み合わせ的にはバランスが取れていると言えるのだろうが、そう論じられるほどのスキルをお世辞にも持ち合わせているようには見えない。

 事実、護衛の任務はこれが初めてだと語っていたことからも、彼らのレベルを察することができた。


 次に口を開いたのは男三人のパーティーである『三色団子』だ。見たところ全員が十八歳前後らしく、『獅子の咆哮』よりは幾つか年上に見える。とは言っても経験値的に大した違いはないのだろうが。

 そのリーダーが言う。


「俺がイアンでこいつがウォーレス、そしてあいつがラッセル。三人とも剣士だ。もともと俺たちはソロだったんだが、事情があって三ヵ月前にパーティーを組んだばかりでな。もっとも、護衛の任務はこれが初めてじゃないから安心してくれ」


 言いながらウォーレスがちらちらとリリィに視線を向ける。思えば昨日の顔合わせの際もなにか言いたそうにしていたような気がする。

 とは思ったものの、敢えてなにも訊かずにエリクが返事を返した。


「それじゃあ俺たちも改めて名乗らせてもらうよ。俺がエリクでこいつがリリィ。パーティー名は特にないから、それぞれの名で呼んでくれればいい。よろしく頼む」


 これ以上ないほど簡潔にエリクが挨拶を終わらせると、その隣でリリィがぴょこりと頭を下げた。今やトレードマークにもなっている無表情で皆の顔を一瞥して終わらせる。すると、すかさずウォーレスが問いかけてきた。


「あのさ、君たちの職種なんだけど、エリクは剣士で間違いないよな? それならリリィは……なんなんだ? それって魔術師のローブにも見えるけど……まさかなぁ」


  同じ冒険者同士とは言え、未だ親しくもなっていない女性をガン見するのは如何(いかが)なものか。そんな思いとともにちらちらとウォーレスがリリィを見てくる。

 もっともその疑問はエリクにも理解できるものだった。


 魔術師などというものは、市井の者たちにとっては未知の存在そのものだ。それ自体は知っていても、間近で見たこともなければ聞いたこともない。

 理解しているのは、魔法という人知を超えた力を使うことと、国に仕えるエリート中のエリートであることだけ。そのくらい彼らにとっては魔術師など接点のない者たちなのである。


 足首まで覆い隠すざっくりとした灰色のローブ。それだけを見れば、確かにリリィが魔術師だと名乗ってもおかしくはない。けれどそんなエリートがこんな場末のギルドにいるとも思えなかった。

 そんな疑問が顔に浮かぶウォーレスに一瞥をくれると、変わらず無表情のままリリィが答えた。


「よく間違われるけど、私は魔術師じゃない。この格好に特別な意味はないから気にしないで」


「そ、そうか、そうだよな。魔術師なんかがこんなところにいるわけないよな。――まぁそれはいいとして、ひとつ教えてほしい。そもそも『人形遣い』ってなんなんだ? 初めて聞いたけど」


「その名の通り、人形を操る職種。ギギの手を借りて、薬草採集から害獣駆除までなんでもこなす。もちろん護衛の任務も」


「ギギ? ……あぁ、その人形のことか」


 リリィの胸に抱き締められる不気味な人形。力なくくったりと垂れ下がるそれを見つめながらウォーレスが独りごちる。

 先刻からこの人形が気になっていたのだが、精々がお気に入りのぬいぐるみなのだろうという程度の認識だった。もっとも、幾ら年端のゆかぬ少女とは言え、ぬいぐるみ片手に仕事するのはどうなのかと思っていたのだが。


 納得するようなしないような、なんとも言いようのない顔でウォーレスが返していると、その横から今度は『獅子の咆哮』メンバーの一人、メラニーと呼ばれた女が話しかけてくる。

 焦げ茶色のショートヘアーが似合う、なかなかに可愛らしい顔に興味深げな表情を浮かべながら口を開いた。


「へぇ、人形を操るだなんて初めて聞いたけど、なんだか面白そう。それじゃあ、いざって時はその人形が戦ってくれるのね。実を言うとさ、さっきからずっと気になっていたのよ。なんでそんなキモい人形を大切そうに抱えているんだろうって」


「……ギギはキモくない。見た目が少し怖いのは認めるけれど、これでも頼れる相棒。そんなこと言わないで」


 どこか憮然とした様子のリリィ。相棒をキモいと言われたのが余程気に入らなかったのか、彼女にしては珍しく感情を(あらわ)にする。

 気付いたメラニーが慌てて手を振り回しながら釈明した。


「あぁ、ごめんごめん、なにも悪口を言うつもりじゃなかったのよ。気に障ったのなら謝るわ、このとおり……許してくれる?」


「……いい。気にしてないから」


「いやぁ、ほんとにごめんねぇ。私ってば昔から思ったことをそのまま喋る癖があってさ。ジャンにもよく叱られるんだよね」


 パーティーリーダーであるジャンに向かって小さく舌を出すメラニーと、無言のまま微笑を返すジャン。

 もしや彼らは単なるパーティーメンバー以上の関係なのか。思わずそう勘繰りたくなるほどにそのやり取りは男女のそれに見えた。

 と言ったところで、他人の色恋になど露ほどの関心も持たないリリィは、再び無表情のまま黙り込んでしまう。その彼女を相手になおもメラニーが話を続けた。


「ねぇねぇ、それよりも訊きたいんだけど……エリクとはどんな関係なの? まさか兄妹じゃないよねぇ、似てないし」


「どんな関係って……単なるギルド員同士だよ。それ以上でもそれ以下でもない。あんたは一体なにを期待してんだ?」


 興味津々に尋ねてくるメラニーに向けて、今度はエリクが答えを返した。胡乱げな顔を見る限り、彼はその質問の真意を量りかねているらしい。

 もっともそれは無理もなかった。若い男女がペアを組んでいる以上、そこになにもない方が稀有なのだから。


 果たしてなんと答えようか。

 エリクが考えていると、先回りするようにリリィが口を開いた。


「エリクとは将来を約束した仲。この旅が一段落したら、私は彼の妻にならなければならない」


 一切の感情がこもらない淡々とした言葉。それを聞いた途端、エリクが凍りついた。

 形容しようのない表情。震える口。それらとともにリリィを見つめるものの、なかなか次の言葉が出てこない。

 そんなエリクを横目に見ながらメラニーが表情を変えた。


「なぁんだ、やっぱり二人はデキてんじゃん! ほぅらね、私の言った通りでしょう!?」


 嬉々として仲間たちに告げるメラニー。どうやら彼らはエリクとリリィの関係を取り沙汰していたらしく、自身の勘が当たったことに誇らしげな顔を見せつける。

 するとエリクが、懸命な努力の末にやっと口を動かした。


「ちょちょちょ、ちょっと待て! おいリリィ、お前なに言ってんだ!? なんでそんなことになってんだよ!?」


「ねぇエリク、まさか責任を取らないつもり? だとしたら信じられない。あれだけのことを仕出かしておきながら、逃れられると本気で思っているの?」


「お、お、お、お前なにを――」

 

「酷い人。私の全てを見ておきながら、言い逃れをしようだなんて。まったく男の風上にも置けない」


「だから、言い方ぁ!!」


 必死なエリクと憮然とするリリィ。

 本人たちの思惑をよそに、今や周りの者たちはすっかりこの二人の仲を勘違いしていたのだった。

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