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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
14/33

第14話 痴話喧嘩

前回までのあらすじ


ギギの稼働可能時間は、ぬいぐるみの状態(ディープスリープ)で約二週間、普通の使い方(スタンバイ)で約一週間。戦闘時など、シビアコンディションでの最大連続稼働時間は約三時間。ちなみに魔力の再充填には約六時間かかるが、リリィが枕代わりに寝ている間に自動的に充填される。便利。

 一切の感情を滲ませない冷え切ったリリィの眼差し。見つめられたエリクは、凄まじい勢いで謝罪の言葉を口にした。


「わ、悪かった! 冗談だ! すまない、謝る! このとおりだから許してくれ!!」


 プライドさえもかなぐり捨てて縋りつく勢いで謝り続けるエリクに対して、当のリリィは一向に命令を撤回しようとしない。

 このままでは殺される。この不気味な人形に八つ裂きにされてしまう。

 己の死を確信したエリクは、なおも必死に謝り続けた。


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


「ごめん、ごめんってば! 確かに俺はお前の寝顔を覗き見たけれど、それは単なる好奇心であってそれ以上の目的なんてなかった! もう二度とこんなことはしない、だから許してくれ!!」


「……」


「このとおりだ! お願いだからギギを止めてくれ!」


「ギギギギ……」


「リリィ!」


「……ギギ、もういい。戻って」


「ギギ……ギ……」


 命令一下ギギが動きを止める。見た目に似合わぬ俊敏さでくるりと身を翻すと、そのままリリィの傍で動きを止めた。

 とは言え、エリクの行動如何によっては再びけしかけてくるに違いない。その事実に脂汗を流しながらエリクが告げた。


「あ、ありがとう、助かった。――ごめんよリリィ。お前に怖い思いをさせてしまった、本当にすまなかった」


「……」


 冷めた眼差しのままリリィがエリクを見つめる。それを見ていると、ここに至るまでの彼女の経験が手に取るようにわかった。

 野盗、盗賊なんでもござれのこの時代、たとえ男でも一人旅など危険すぎて躊躇われるほどだ。にもかかわらず彼女はずっと一人で旅を続けてきた。


 リリィにはギギもブリュンヒルデもいるので滅多なことはないのかもしれない。けれど女の一人旅というものが様々な不埒者を招いてきたのは事実だろうし、結果として相当危険な目に遭ってきたのも想像に難くない。


 綺麗、美しい、可愛いなどと女性が喜ぶ甘言を(ろう)して近づいてくる有象無象の男たち。それらとエリクとをリリィが同列に扱おうとしたのも無理からぬことだった。

 それを鑑みれば、少女の寝込みに近づくというエリクの行動自体があまりに軽率過ぎたのは否めない。


 そう、リリィは怖かったのだ。

 不用意にも寝込みに近づかれたのはもちろんだが、一度は信用した男がその他の取るに足らない男たちと同類なのだとわかるのが怖かった。


 己の軽率さにより少女を怖がらせてしまった。

 他に頼る者のないこの状況で、相方に裏切られたとわかったときの悲しみと恐怖は如何ばかりか。

 それを改めて思い知らされたエリクは、心の底からリリィに謝罪したのだった。




 翌朝。

 今日も朝から快晴だった。まさに秋晴れと言うべき陽光のもと、簡単に朝食を済ませた二人が歩き出す。

 予定通りであれば今日の昼過ぎにはヘルセトへ着くはずだ。時間にして約5時間。短いようで長いその時間がエリクには苦痛だった。

 

 いや、正確には居た堪れないというべきか。

 昨夜の出来事からというもの、リリィとはまともに会話ができていなかった。なんとか関係を修復しよう試みたものの、一向に彼女は心を開こうとしない。


 出会ったばかりの頃に戻ったような上辺だけの会話。いくらエリクが気を遣ってみたところで、肝心のリリィにその気がなければ意味がない。ひたすら空回りするエリクと相槌を打つことだけに終始するリリィ。もはやその関係は修復不可能と思えるほどギクシャクしていた。


 そんな状態がしばらく続き、そろそろエリクが音を上げそうになっていた頃やっと目的地――ヘルセトへ着いた。

 時刻はすでに13時過ぎ。いい具合に腹が減ってきた頃合いでもあり、町へ入るなりに宿屋へ向かう。今はそこの食堂で注文した料理が運ばれてくるのを待っているところだ。


 小さなテーブルに向かい合って座る。

 散々謝罪もしたし関係修復も図ってきた。これ以上どうすればいいのかすらわからぬまま所在なさげにエリクがテーブルの染みを数えていると、おもむろにリリィが口を開いた。


「もうわかった。昨夜のことは忘れる。だからあなたも忘れて」


「えっ……?」


「あなたが(よこしま)な目的を持っていなかったことは理解した。だから私はもう忘れる。――昨夜はなにもなかった。それでいい?」


「……わ、わかった。お前がよければそれでいい」


 そう言ったきり、次の言葉が出てこない。せっかく許しを得たというのに、押し黙ったままのエリクに向かってなおもリリィが話し続ける。


「うん、そうする。――ただ最後にこれだけは言いたい。私は殿方……男性に対していい思い出がない。実家の男たちは総じてろくでもなかったし、旅の途中で出会った者たちも大概だった」


「……」


「だから私は、あなたもそれらと同類なのかと思ったら悲しくなった。一度は信用した相手。あなたに裏切られるくらいなら、いっそ殺してしまおうとさえ思った」


「……そうか」


「そう。綺麗だとか可愛いだとか、そんな台詞(せりふ)は好いた女性にだけ言うもの。だから冗談でも二度とあんなことは言わないで」


「わ、わかった、気を付けるよ……ごめん」


 滔々(とうとう)と諭すリリィの前で、両手を膝の上に置き、背筋を伸ばして姿勢を改めるエリク。神妙な顔つきのまま身動ぎ一つしないその様は、まるで母親に叱られた子供のように力なかった。



 そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。

 今日の昼食はミルクと豆と鶏肉のスープだ。この地方ではわりとポピュラーな料理で、どの料理屋に入っても大抵はメニューに載っている。

 これに黒パンを一つ付けても銅貨5枚と値段も手頃なので、路銀が限られる旅人などには好んで食べられているものだった。


 湯気が立つ温かそうなス―プと素朴な褐色のパン。すでに食べ慣れた味ではあるものの、今朝も早くから歩き続けて空腹を抱えていた彼らにはとてもご馳走に思えた。


 食事を堪能し、お詫びのしるしとしてエリクがリリィの分まで代金を払うと、二人はその足で市場へ出かけた。そこで日用品などを買い足しながら、リリィの探し人――リタについての情報を訊いて回った。

 けれど全ては徒労に終わる。期待したような情報がなに一つ得られないまま、とぼとぼと二人は宿屋向かったのだった。


 そして夜。

 決して広いとは言えない宿屋の個室から、静かな声が聞こえてきた。


「……ねぇ、一つ訊いてもいい?」


「な、なにかな?」


「あなたと私……どうして部屋が一緒なの? なぜ部屋を一つしか取らなかったの?」


 淡々としてはいるけれど、妙に迫力のあるリリィと、バツが悪そうなエリク。どうやら彼らは揉めているらしいのだが、よく見ればリリィが一方的に詰問しているようにしか見えなかった。


 痴話喧嘩か。

 そう思ってみたところで、そもそも彼らはそんな関係ではない。それどころか、エリクの行動にリリィがブチ切れたばかりなのだから、冗談でもそんなことにはならないはずだ。

 ならばなぜリリィが剣呑な雰囲気を醸しているかと問われれば、それは宿の部屋が一つしか取れなかったからだ。


 ご存知のようにこの二人は、十代半ばの若い男女である。それもまだ出会って日も浅い、知り合いに毛が生えた程度の間柄でしかなかった。

 これが普段から行動をともにしている冒険者同士ならまだ許されただろう。互いに信頼し、背中を任せられるがゆえに、たとえ男女でも同じベッドで眠ることができる。


 しかしエリク、てめぇはだめだ。

 そもそも昨夜はあんな事があったばかりではないか。さっきまで泣いて謝っていたのはどこのどいつだ? あぁ?


 変わらず無表情ではあるものの、明らかにリリィの顔にはそう書いてあった。

 もっともエリクにしてみれば、むしろ感謝してほしいくらいである。そもそも宿屋自体が少ないこんな田舎町で、飛び入りで部屋が取れただけでも幸運だった。場合によっては野宿もやむなしと覚悟していたのだから。

 などと思ったところで口に出せるはずもなく、トホホとばかりにエリクが折れた。


「い、いや、この部屋はお前が使えばいいよ。俺はどこかその辺で野宿しているから。それとも朝まで酒場にいるのもいいかもしれない」


「……」


「ま、まぁ、昨夜のこともあるし、今夜は一人で眠ったほうがいい。俺のことは気にしなくていいからさ」


 いささか自嘲地味にエリクが笑う。するとリリィが小さな声で答えた。


「いい。あなたも部屋で寝て」


「えっ?」


「だから、同室でかまわないと言っている。その代わり、私はベッドでエリクは床。いい?」


「あ……いや……その……いいのか? 本当に?」


「いいから、気が変わらないうちにどうするか決めて。ただし一つだけ言っておく。私が眠っている間に、少しでもおかしな動きをしたら……」


「し、したら……?」


「ぶち殺す」


「ごくり……」


 相変わらず淡々とした口調のうえに、いつもと同じ仏頂面のリリィではあるけれど、今の彼女は少しだけ肩の力が抜けているような気がした。

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