第13話 最強の護衛
前回までのあらすじ
もしやリリィは胸にコンプレックスでもあるのだろうか。……まぁ、あるんだろうな。
昼食を終えたエリクたちは、そのまま日没まで歩き続けた。
目的地であるヘルセトの町まではあと半日かかる。そのため今夜は街道沿いの木陰で野営することにしたのだが、さすがにその時間から狩りをする元気もなく、夕食は宿屋で購入しておいたパンとソーセージで済ませた。
食事も終わり、すっかり暗くなった周囲に警戒しながら焚火を囲んで雑談に興じる。
雑談と言ったところで、もとより口数の少ないリリィは決して自分から口を開こうとせず、黙っていればいつまでも焚火の炎を見つめ続けるばかり。
もっぱらエリクが話題を振り、リリィがそれに応じる。しかしそれも最低限の受け答えしかせず、訊かれないことには答えないし自ら話題を膨らませようともしない。
従前よりそんな気はしていたのだが、やはり彼女はいわゆる「コミュ障」の「陰キャ」に違いなかった。さらに単独行動を好む傾向からもそれに「ぼっち」が加わる。
コミュ障で陰キャなぼっち。
まさに三重苦とも言える重症患者ではあるが、彼女自身に全く気にした様子はない。いや、むしろ彼女自らが敢えて他人を遠ざけるような素振りを隠そうともしていなかった。
通常そのような人物は周囲からも疎まれることが多いものだ。けれど不思議とリリィはそうはならなかった。
それはエリク然り、クラウスたち然り。その他にもギルドの受付嬢や宿屋の主人、そして食堂の女将にも決して受けは悪くなかったのだ。
それがなぜかと考えてみれば、全てはリリィのキャラクターに尽きる。
確かに愛想はないし常に仏頂面だし、極端に無口でなにを考えているのかさっぱりわからないけれど、それらを補って余りあるほど容姿は整っている。
まるで妖精のような愛らしさは見ているだけで癒されるほどだし、折れそうに細く小柄な体躯は、思わず守ってあげたくなるような衝動に駆られる。
加えて食事をするときにだけ見せる表情は、見る者を魅了するまさに魔性の笑みだった。
そんな美少女が、緩々燃える焚火の炎に照らされて濃い陰影とともに鮮明になる。彼女にエリクが話しかけた。
「なぁリリィ。お前の探しているリタっていう魔女なんだけどさ」
「……ん?」
「気を悪くしたら謝るけど……10年も前の話なんだから、もういなくなっているなんてことはないのか?」
「いなくなっている……死んでいるってこと?」
「まぁ、有体に言えばそうだな。――すまないな、こんなことを言って。無神経なのは自分でもわかっている」
確かにエリクの物言いは失礼なのかもしれない。人が必死になって探している人物がすでに死んでいるかもしれないだなんて、そうそう言えることでもないだろう。
実際、エリクはリリィが怒り出すかもしれないと思っていた。けれどそれはどうしても訊いておかなければならなかった。それがこの旅のそもそもの目的――1丁目1番地なのだから。
リリィがエリクを振り返る。予想に反してその顔は怒っているようには見えなかった。
「それは大丈夫。私にはわかる、彼女は絶対に死んでいない。――ギギがその証拠」
「ギギ? こいつがなにか関係あるのか?」
ギギを見る。
それはリリィの胸の中で大切そうに抱き締められていた。
こうしているとただの奇怪なぬいぐるみにしか見えないが、いざという時には速やかに目を覚ましてリリィの敵を抹殺する。
まさに虐殺。ゴブリンたちに仕出かした彼の所業を思い出し、思わずエリクが音を出して唾を飲み込む。それを眺めるリリィが答えた。
「大あり。なぜならギギは彼女が作ったゴーレムだから。私が生まれたときにお祝いだと贈ってくれた。ゴーレムは作成者が死なない限り動き続けるもの。定期的な魔力の補充は必要だけど、今もなお動き続けている事実が彼女が死んでいない紛れもない証拠」
リリィにしては珍しく饒舌だった。頬を上気させ、興奮したような様子が窺える。彼女にとってやはりリタは大切な師匠なのだろう。
エリクの顔に小さく笑みが零れた。
「そうか、わかった。このペースなら明日の午後にはヘルセトへ着くはずだ。早速明日から聞き込みをしてみるよ。お前の師匠、見つかればいいな」
「そうだね……ありがとう」
真夜中。
不意に目が覚めたエリクが周囲を見渡す。空には満天の星空と綺麗に欠けた半月が、地面にはさわさわと静かになびく長い下生えが見えた。
初秋と言えど、やはり夜間は寒さを感じる。ぶるりとばかりに身震いすると、エリクは消えかけた焚火の向こうへ視線を向けた。
リリィは眠っていた。
外套代わりのローブの上から薄い毛布を巻き込んで、小さく身を丸めている。影になっているため寝顔は見えないけれど、規則正しく聞こえてくる寝息と上下する肩を見る限りどうやらぐっすり夢の中らしい。
さすがのリリィも、寝ている時まで仏頂面ではないだろう。
そう思ってみたものの、敢えて確かめるのもどうなのか。とっくに成人を迎えた大人ではあるが、未だ幼気な少女のような彼女に不用意に近づくのはさすがに躊躇われる。場合によっては誤解を招くかもしれない。
とは言え、やはり気になるものは気になる。できることなら確かめてみたい。
しばらく悶々と悩み続けたエリクではあるが、ついに好奇心に負けて立ち上がる。抜き足差し足、周囲を窺いながら近づくと、そっとリリィの顔を覗き見た。
リリィは美しかった。
大きな黒縁の眼鏡はそこになく、長い睫毛が月明りに照らされる。もとより白い肌は月光により一層白く染められて、血色の良い小さく薄い唇とのコントラストが淡く闇に浮かび上がっていた。
思わずエリクは見惚れてしまう。しかしそれは決して俗悪なものではなく、言うなれば妖精や女神に畏怖するようなものだろうか。
いずれにしても、リリィから目を離せなかったのは事実だ。
薄い笑みとともに眠る少女。エリクが視線を逸らすタイミングを見失っていると、突如それは聞こえてきた。
「ギギギ……」
慌てて周囲を見渡す。しかしそれはどこにもいなかった。けれどそれが聞こえてきたということは、それは自分を敵と見なしていることを意味する。
まずい。誤解を解かなければ大変なことになる。
森でミンチにされた哀れなゴブリンを思い出し、必死にエリクが探し続ける。するとそれは意外なほど近くから姿を見せた。
驚くことに、それ――ギギはリリィの頭の下から身を起こしたのだ。
どうやらギギを枕代わりにしているらしく、リリィは上に頭を乗せて眠っていた。
思えばそれは非常に有用と言うほかない。けっして休まず眠ることのないギギは、24時間365日、常にリリィを守り続ける。
どんなに危険な場所で眠ろうともリリィの頭の下で周囲を警戒しつつ、危険が迫れば主人を起こし、己を盾にして敵を屠るのだ。
これほど頼りになる護衛もいないだろう。
疲れを知らず、眠らず、愚痴も言わない。普段はぬいぐるみとしてリリィを癒し、必要とあらば黙々と敵を抹殺する。
定期的な魔力補充こそ必要なものの、それも週に一回で十分なうえに、身動き一つしなければ最長で二週間程度は待機し続けられるのだ。
ギギが不気味な声を上げながら立ち上がる。必然的に頭を地面に落とされたリリィが、小さく声を上げて目を覚ました。
「痛……どうしたのギギ? 敵? 魔獣?」
尋ねながらリリィが周囲を窺う。するとその視界に、エリクがギギに追い詰められているのが見えた。
訝しむリリィ。エリクに訊いた。
「エリク……なにしているの? どうしてギギに追い詰められているの?」
「あ……いや……誤解だ、誤解なんだ。俺はただ……」
「ただ?」
「お、お前の寝顔を見てみたかっただけで……」
「……私の寝顔を? なぜ?」
「いや、えぇと……その……」
「ギギギ……」
最高に訝しげなリリィの眼差し。彼女がエリクを怪しんでいるのは間違いなかった。
さっさと答えなければミンチにされる。
そんな強迫観念に駆られながらも、リリィを納得させられるような答えがどうしても思いつかない。なのでエリクはやけくそ気味に言ってみた。
「なぜって……そんなの決まってる。お、お前が可愛いからだよ!」
「えっ……!」
ひゅうと音を立ててリリィが息を呑む。それから息をつく間もなくギギに命じた。
「ギギ、殺して」
その言葉を聞いたエリクは、己の血の気が引く音を聞いたような気がした。