おれのキス魔な幼なじみ
チク、タク、チク、タク……。
静かな部屋に時計の秒を刻む音だけが響き渡る。
時刻は五十六分。設定しているアラームが鳴るまでは四分ほど残っていた。
━━あと一問は解くか。
おれは数学の問題文に向かい合った。同時に、そわそわと落ち着かない様子の幼なじみに声をかける。
「ひな」
「え!?な、なに!?」
「集中しなさい」
「う、うん!」
返事だけはよかった。しかしすぐに消しゴムを転がしたりちゃぶ台の表面にある傷をいじったり……。
しばらくして十五時を告げるスマホのアラームが鳴ると、ひなは「わ!もうこんな時間だったんだ!?」と大袈裟に驚き、鷹揚な仕草でオフの日専用のメガネをケースにしまい、「さて!」と手を合わせた。
「キス、しよっか!」
おれは静かにペンを置いた。
「ひな、まずは説教だ」
「ええ!?」
「まじめに勉強しろ受験生!」
「ごごごめんなさーい!」
ひなはキス魔だ。
背が小さくて小動物的な見た目とは裏腹に、それはもう悪魔的なキス魔である。
『ね、ね。そろそろいい?』
『ひな。先週したばっかりだろ?いい加減……』
『ゆうくんは』とひなが食い気味に言葉を被せてくる。『眠たいの一週間も我慢できる?』
『…………』
『出来ないよね?それと同じ』
『いや、だけど』
『お腹空いてるのも我慢できないよね?』
『…………』
『それと同じ!』
ちゅ、ちゅ、ちゅぅ。
流されるおれも悪い。いや、悪いのは全ておれだ。年長者として、こんな不健全な関係を許してはならないはずなのに。
ひなの親御さんからはよく「娘をよろしく頼むよ」と声をかけられる。というのも、おれとひなは学年が一つ違うのだ。大の大人ならいざ知らず、ガキの時分の一歳差はとてもでかい。旺盛な好奇心とエネルギーを体いっぱいにあちらこちらへ走り回るひなの面倒を見るのはいつもおれの役目だった。
ある日のこと、ひながレンタルビデオを家に持ってきた。
まだ小学生だったひながどうやってそれを入手したのかは今でも謎だが、昔からこいつはそういうとこがあった。どこから不思議な娯楽を輸入してきて、一緒に楽しもうとおれを誘うのだ。年下の幼なじみの面倒を見るという体で付き合っていたおれではあるけれど、『楽しい』を主導してくれたのはいつだってひなの方だったように思う。
『ワクワクだねっ』
そう言ってひなが笑う。
おれがひなを異性として意識せずにいられた、それが最後の笑顔である。
そして始まる濃厚なキスシーン。
照明が落とされたリビングに両親はいなかった。
どうしていいか分からず横目でひなの様子を伺うと、テレビの光に照らされたその横顔におれはあっけなく見惚れてしまった。
『……ね』
ひながこちらを見て、首を傾げた。
『こういうの、興味ない?』
あの時、とおれは悔やみを堪えることができない。あの時おれの鋼の意思がきっぱりとその誘いを断ることができていれば。あの時、年下の幼なじみの言葉を冗談みたいに笑い飛ばしてうやむやにすることができていれば。あるいは今のような不完全な関係は━━━━。
ちゅ、とリップ音を残してひなの唇が離れた。夢の中にいたおれは、その感触でようやく我に返る。
至近距離で目が合って、ひながはにかむ。
「きもちいいね」
名残惜しさを確かめるようなキスを二度、三度。唇が離れた後も、鼻先にひなの甘い香りが残っていた。
ダメだろ、これは、とおれは思った。
おれはできる限り自然な仕草であぐらの上にクッションを乗せ、できる限り自然な仕草でメガネをくいと持ち上げようとして今日がコンタクトレンズであることに気づいて持ち上げた手を結局下ろした。
「不健全だ!」とおれは誤魔化すように主張する。
「またそれ?」
「何回だって言い続けるからな!不健全!反対!」
ひなが呆れたように笑うが、なにゆえ物事をそこまで軽く考えることができるのかおれには理解できない。
「あのな、本来キスってのはちゃんと大切に取っておくべきものであって……」
「堅いなぁ、ゆうくん。付き合ってたらキスくらい普通にすると思うけど」
付き合ってないから言ってるんだろうが!とおれは頭を抱えた。
「ゆうくんは……そんなにイヤ?」
不安げな声が耳に届く。
「わたしとキスするの、イヤ?」
おれは言葉につまった。
イヤではない。まったくもってイヤではない。
だけど。
いや、だからこそ。
こんな関係は早いうちに終わらせないといけない。おれはそう思うのだ。
「なあ、ひな」
おれは頭を上げ、ひなの目をまっすぐに見つめた。
「改めて言う。やっぱり、こんな関係は不健全だと思う。倫理的に良くない。ひなの親御さんにも申し訳が立たない」
「…………」
おれは一つ息を吸う。
「ひな、来年からおれと同じ高校だろ?」
「受かれば、の話だけどね?」
ひなが茶化すように笑うが、それでもおれはひなの目を見つめ続けた。
「子どもの頃とは違うんだ。おれもひなも高校生になって、こんな関係はもう続けているわけにはいかないんだよ」
だから、とおれは続けた。
喉がカラカラに乾いていて、強引に唾を飲み下す。
「つ、次の、ステップに進むべきだろ」
「次の……?」
ひなが首を傾げた。
「えっと……」
困惑の表情が、次第に納得の色へと変わり、次に羞恥の色に染まっていく。
「手、繋ぎながら、キスする……?」
「違う!」
「ち、違うんだ。今まで唇と唇だけだったから、てっきりそういうことかと……」
「だから、次のっていうのはつまり……」
「も、もしかして!」
「そう!」
「べろとべろでちゅーする……ってこと!?」
「違う!」
慌てて否定するが、ひなはさらに顔を赤くして痛烈におれを罵り始める。
「ゆうくんの変態!最低!バカ!獣!えっち!」
「だから違うっての!」
「不健全なのはゆうくんの発想の方だよ!そんな深すぎるやつなんてダメに決まってるでしょ!」
「だーかーらぁ!」
バンとテーブルを叩いて場を仕切り直す。
おれのやろうとしていることはとてもリスクのある行為だ。おれの一言で、ひなとのぬるま湯みたいな日常を壊しかねない。
正直、怖い。でも、やるしかない。おれとひなは一歩前に進むべきなんだ。
おれはその確信をひなに突きつけてやった。
「ひなは!」
「うん?」
「お、おれのことが…………好きだろ!?」
「…………」
空気が固まる。
おれの喉を汗が伝っていく。
そして……。
「え、ええと?」
ひなは苦笑いした。
あ、おれ死んだ。
「待って待って待って!流れるような動作で二階から飛び降りようとしないで!」
「離してくれ!おれみたいな勘違い自惚れクソ野郎に生きてる価値なんてないんだ!」
ひなに引っ捕らえられたおれはクッションを抱きしめてさめざめと泣いた。
「嘘だろ……。え、違うの?おれの勘違いだったの?」
「ゆうくん、今日は奇行が多いね。さっきもメガネないのにメガネくいってしようとしてたし」
心臓がばくばくと痛みはじめる。
お、落ち着けおれ。まだ負けが決まったわけではない。こちらには証拠があるのだから。ひながおれのことを好いているという証拠が!
「……ひな」
「うん?」
「ひなはキス魔だな?」
「そうだけど」
言質は取った。
あとは理詰めで論破するだけだ。
「昨日、ひなの家に友だちが来てただろ」
「うん。ちょっと寄るだけですぐ帰っちゃったけど」
なんで知ってるの?とひなが首を傾げる。
そう不思議なことじゃない。ひなの家とおれの家は近いので、交友関係もなんとなく分かってくるのだ。
「散歩中にすれ違ってな。ちょっと世間話をしたんだ」
「へえー。どんな話したの?」
「ひなのキス魔について訊いた」
「…………へ?」
ひなが呆然とした。
その表情の変化におれは勝ちを確信した。
「『なんのことです?』って言われたぞ。キス魔なんて初耳だそうだ。学校でそんな様子はまったく見せてないらしいな?ひな?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
「はぁーはっはっは!つまりこういうことだ!」
「なんでそんなこと訊いたの!バカ!ゆうくんのバカ!なんでそんなこと言っちゃうのぉ!」
「ひなは!おれ以外とキスをしたことがない!」
「当たり前でしょぉ!?」
涙目でぽかぽかと拳を叩きつけてくるが、そんなものおれにとっては勝利の福音と変わらない。
「ひなのいうキス魔は、おれとキスするための口実に過ぎないってことだ!証明終了!」
「ぁぁぁぁぁぁああああ……っ」
膝から崩れ落ちるひな。
「改めて確認するぞ?ひなは、おれのことが好き。そうだな?」
「ううう……」
ひなはしばらく唸っていたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「強引だなぁ。今日のゆうくん」
「すまん。でも、確かめたいことだったんだ」
「うん。……でも、いい機会かもしれない。今までちゃんとした場面で言葉にしたことはなかったと思うし」
ひなと目が合う。
「わたしは、ゆうくんが好きだよ」
「……おう」
胸の中にたくさんの喜びと安堵が溢れてくる。
でも、それだけじゃない。
弱みを握るようにして先に気持ちを言わせてしまった罪悪感。
だからこそ、おれも真剣にひなに気持ちを伝えなければならない。
━━おれもひなが好きだ。
ずっと前から年下の幼なじみに抱き続けていた恋情。唇を交わすたび、狂いそうなほど膨れ暴れ回って、それでもなんとか押し隠し続けていたこの想い。
次のステップに進もう。
そんな決意とともにおれは口を開こうとした。
その前にひながこんなことを言った。
「……もぉ。ゆうくんって彼氏がいるのに他の人とキスなんてするわけないでしょ?心配性だなぁ」
「え?」
「え?」
「すまん。もう一回言ってくれないか」
「だから、ゆうくんと付き合ってるのに他の人とキスなんてするわけないでしょ?」
「付き合ってる?」
「うん」
「おれとひなが?」
「うん」
「そう……か……」
さっきまでとは違う種類の緊張がぎりぎりと心臓を痛めつける。冷や汗だらっだら。
え?なに?どういうこと?いつから?
「……ゆうくん」
ひなの目がすぅっと細められる。やばい。
「……わたしとはキスだけの関係のつもりだったってこと?」
「違う違う違う違う違う!そうじゃない!」
「嘘だよ!絶対いま、付き合ってるってなにそれ?いつのまに?って顔してたよ!」
「ごめん!本当にごめん!でも分からない!いつのまに!?」
記憶を探ってみるが、おれとひなが気持ちを伝え合ったことはないはずだ。
「そもそも、好きでもない人とキスなんてするわけないでしょ!」
「まあ、一般的には」
なるほどと少し納得する。
おれとひなの言う『キス魔』の捉え方が違ったのかもしれない。
ひなは単にキスが好きであることを自称し、おれはだれかれ構わずキスをする人のことを指すのだと理解した。そこに齟齬があったのだ。
「いや、それだけで付き合ってると解釈するのは無理があるだろ!」
「で、でも!今まで何回もゆうくんに好きって言ってたでしょ!?」
「…………。いつ?」
ひなが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「き、キスしてるとき!」
思い返すと、心当たりがあった。
『好き。好きっ。ちゅ……好き、好きだよ』
たしかにひなは、たまにこうして『好き』と言う単語をこぼすことがあった。それも、唇を交わしながら。
それは大抵、都合が合わせられずに長く会えなかった時であるとか、イベント事の直後の、興奮冷めやらぬタイミングで、こういうときのひなには非常に悶々と気持ちを抱えさせられたものだった。
なにせ好きな女の子とキスをしながら吐息まじりに好き好き大好き囁かれるわけである。当時のおれはまだひなと付き合ってるとは夢にも思ってなかったのだ。
「ほら!言ってたでしょ?」
「すまん。キスが好きってことかと」
「……はぁぁぁぁああああああ」
ひなはため息を吐くが、おれの方はようやく現実が飲み込めてきたところだった。
点と点が繋がって線になっていく感覚だ。言われてみると、今までに何度かそういった認識のすれ違いはあったような気がする。
「もしかして、おれと同じ高校を志願してるのも」
「それも気づいてなかったんだ……」
覚えている。
『ゆうくんと同じ高校入る!』と言われたのだ。その時はずいぶん慕われたものだなぁと嬉しい気持ちになったものだが、今考えるとそういうことだったらしい。
「わたしも納得だよ。付き合ってるのにキスするのにはやたらと否定的だったの、それが理由だったんだね。そもそもゆうくんはわたしと付き合ってるつもりなんかなかったわけだ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「不健全なゆうくん」
「過去におれの使った言葉が今すごい勢いでブーメランになっておれの体に突き刺さり始めてるんだけど!」
心が悲鳴を上げている。
でも一方で、安心する部分もあった。ひなのご両親のことだ。
どこかで顔を合わせると必ずかけられる『娘をよろしく頼むよ』の一言。その度にこの柔和そうな笑顔の人たちを裏切ってしまっていることに申し訳なさがあったのだ。
でも、すれ違いがあったといえ、おれとひなが付き合っていたとなればいくらか罪悪感も軽減されるかもしれない。
そう言うとひなは。
「お父さん、わたしとゆうくんが付き合ってるって知ってるよ?」
「うん?」
「ずっと前から知ってる」
冷や汗、アゲイン。
「結婚はいつになるんだ?っていつもいつもうるさいんだよね。ゆうくん、お父さんが迷惑かけてたらごめんね?なにか意地悪されたらすぐわたしに言ってね?」
心配そうにひなが声をかけてくれるが、それに応える余裕がおれにはなかった。
娘をよろしくって、『責任取れ』ってこと!?
あの優しい笑顔が、今となってはなにか別の得体の知れない何かに思えてくる。やばいやばいやばい。
「こ、こほん!」
「ゆうくん、冷や汗だらっだら」
「早いうちにご挨拶に行こうな」
最後の最後にとんでもない地雷を踏み抜いてしまった。
しかし、それ以外は万事解決かもしれない。予期せぬ結果とはいえ、おれとひなの気持ちは通じ合い、無事次のステップに進むことができたのだから。
「まだだよね?」とひながにっこり微笑む。
「はい」
「ゆうくんから気持ちを聞いてないよね?」
「はい」
おれはひなと向き合った。
「その……すまん。今のは誤魔化そうとしたわけじゃなくて、ツッコミ待ちというか、フリが欲しかったというか」
「うん」
おれは息を吸った。
「ひな、好きだ。改めて、おれと付き合ってほしい」
「……うん」
ひなは深く俯いた。表情が前髪に隠れる。
「……初めて言ってくれた」
ポツリと聞こえたその言葉に胸がギュッと痛くなる。
「嬉しい」
「ひな……」
「その嬉しさに免じて、わたしのことをだれかれ構わず無差別にキスするような女だと思っていたことを許してあげる」
ポツリと聞こえた怨嗟の声に胸がギュッと痛くなる。
「ねえ、キスしよ?」
「……ああ」
ひなに袖を引かれて、すぐ近くの距離まで体が近づいた。
「ゆうくんなら、女心分かるよね?」
「任せろ」とおれは虚勢を張る。本当はめちゃくちゃ緊張しているが、それを表に出すわけにはいかない。クールにメガネを持ち上げようとしてコンタクトだったことに気づいて一度上げた手をもう一度下ろした。
「ゆうくん、顔真っ赤」
「見逃してくれ」
そうしておれはひなにキスをした。
おれからひなにする初めてのキスだった。
ほんのわずかな唇の触れ合い。
すぐに離れると、ひなは少し潤んだ瞳でこう言う。
「もっと」
「嘘だろ」
「まだ足りないよ?」
自分からするのとされるのではメンタルの持ち方が違うのだ。
精一杯の抵抗としておれは軽口を叩いてみる。
「舌でも入れるか?」
「……うわ、猿」
「猿!?そこまで言う!?」
「変態。最低。バカ。獣。……えっち」
「なんか聞き覚えある罵倒!」
「付き合ってると分かったとたん、こうなるんだね。不健全なゆうくん」
「ごめんて!冗談だから!」
くすくすとひなが笑う。
からかわれていたらしい。
「……でも」
「なんだよ」
「ちょっと進むだけなら、いいよ?」
「……」
「ゆうくんも言ってたでしょ?次のステップにって。一歩ずつ、ね?」
「……わかった」
女心のわかる男なので、「いいよ」は「しろ」と同義だということを理解している。
おれはひなの手を取った。指と指を恋人同士みたいに絡め合わせる。……いや、恋人同士なんだけどさ。
「これで正解?」
「どうだろうね?」
「うわ、微妙な回答」
「いいよ、ゆうくんがしたいようにしてほしい」
「その言い方はおれが自制できなくなるからやめてくれ」
「……たまにはさ」
「うん?」
「ゆうくんが主導してくれるのも、悪くはないかなって。今思った」
「……そか」
二度目のキス。
一度目よりも少しだけ長く、少しだけ強く。気づくとひなと握りあった手に力がこもっていた。
「ゆ、ぅ……くん……っ」
「っ!?」
慌てて唇を離す。
みると、ひなが呼吸を荒くしていた。上気したほおに一線の髪が張り付いている。
「強いよぉ……」
「すまん!」
謝るしかない。なにせ自分の方からするのは素人同然なのだった。力加減が全くわからない。
「その、これも一つのステップというか。一歩ずつ上達していく所存でごさいますので、どうか末長い目で見ていただければ……」
しどろもどろに言葉を連ねるおれを横目に、ひなは落ち着きを取り戻したようだ。サッと髪を整え、何度かの深呼吸。
「……もっと」
「嘘だろ!?」
「まだ足りない!」
「じゃ、じゃあせめて攻守交代しよう。おれはまだ慣れてないから」
「ゆうくんの方から!」
おれは天井を仰いだ。
なるほど、おれはひなの自称する『キス魔』を嘘だと推理した。何故なら、それはおれのことが好きなだけであると。
違った。
ひなは正真正銘、キス魔だった。
「引かないで聞いてほしいんだけどっ」とひなが俯いたままおれの手をぶんぶんと振る。
「うむ」
「本当は、その」
「うむ」
「一時間くらいずっとキスだけしてたい」
「うむ」
「ダメ……かな?」
ダメではない。
いやたしかに、一時間となると未知のゾーンなのでどこまでやれるかわからないが、しかし、晴れて彼氏の身となったからには、この年下の可愛い幼なじみのわがままくらいいくらでも聞いてあげたい。
しかし問題は、おれの理性がどこまで保つかというところである。
「……えっち」
「心を読むのはやめてくれ」
「猿」
「心を抉るのもやめてくれ!」
ひながくすくすと笑う。
なんだか誤魔化されたように感じつつも、まあいっかとおれは思ってしまった。
色々と地雷を踏んだりもしたけれど、今度こそ、これで全てが解決したと思う。
「ゆうくん、好きだよ」
「……おう」
「うわ、女心が分かってない」
ひなにキスをする。
幸せだ、とおれは思った。
一時間後、ひなのスマホに一通の連絡が届いた。
届け先は友だちからで、つい昨日、おれがひなについて立ち話をした女の子だった。
『ひな、キス魔なんだって?笑』
顔を真っ赤にしたひなにバチボコ叩かれ(ノーダメージ)、「これからどういう顔して友だちと会えばいいの!」と怒るひなに土下座をするはめになったのは、また別の話。
読了ありがとうございました。
ブクマ評価等、大変励みになります。