第一話 俺が女でじじいが鳩で
「強! お主また我が『四神相応拳』を喧嘩に使いおって! 中国から渡り日本で完成された伝統ある『四神相応拳』の名が泣くわ」
まーたじじいがうるせー事を喚いてやがる。
「古いだけで全然知名度のないこの拳法、今更泣くほどの名前なんかねーだろうが」
だから俺が世界最強になって、『四神相応拳』の名を世界中に広めてやろうってのに、年寄りは頭が硬くて嫌だねー。
「強! お主と言う奴は! 今日という今日は勘弁ならん!」
「強だけにってか? しじいの冗談が聞けるなんて、嵐が来るかもな」
すごんでも怖くねーっての。
もうじじいに負ける気しねーしな。
「……これだけは使いたくなかったが、致し方なし!」
「何だ? 隠していた奥義でもあるのか? いいぜ? 一発で仕留められなきゃ、その奥義も俺のもんだがな」
「……お主には無理じゃ」
「へー、なら見せてみろよ」
「これは拳法ではなく、術であるからじゃ」
「術ぅ? 何だじじいとうとうボケ……!?」
じじいのまとう空気が変わった!
何だ!? 術っていうのは!
「我が流派の謂れを忘れたか? 中国における道教の中で、万物を表し、天地の理を読み解く『陰陽五行』を元とし、東西南北を預かる神獣を模したという事を」
「そ、それが何だって言うんだよじじい!」
「故にその奥義継承者には、世の流れを変えうる『陰陽五行』の術の知識も受け継がれておるという事じゃ! 覚悟せよ! 我が命に換えてもお主の道を正す!」
な、何だ!?
じじいが指を組んだり開いたりしていると、さっきまで晴れてた外が急に暗くなって、雷が鳴り響く!
それに何だよ命に換えてもって!
そんなやばいもんなのか!?
「な、何をする気だ! おいじじい!」
「……その身を以って知れ! 喝っ!」
瞬間、俺とじじいと道場を、雷のような閃光が包んだ……!
……ん……?
硬い床の感触……。
道場……?
「はっ!」
さっきまでの事を思い出して、俺は跳ね起きた!
正面にいたはずのじじいの姿がない!
「じじい! おい! どこだ!」
返事がない……!
命懸けってのは嘘で無事なのか、それとも……!?
『取り乱すでない強。お主はそういうところが未熟だと言うのじゃ』
「じじい! 生き、て……?」
そこにじじいの姿はなかった。
代わりにどこにでもいそうな鳩が一羽、古そうな本を器用に背中に乗せていた。
「……どっから入ったこの鳩……?」
『儂じゃよ強』
「鷲じゃねーだろ! 鳩だろ!」
『そうではないわ馬鹿者! 依谷佐膳! お主の祖父じゃ!』
「鳩を祖父に持った覚えはねーよ!」
『それを言うなら儂とて孫娘を持った覚えはないわ!」
は?
孫、娘……?
そこで俺は自分の身体の変化に気が付いた。
「な、何だ、これ……!」
お、俺の胸が、膨らんでる!?
腕も何か細くなった感じがするし……!
背も少し縮んでないか……!?
『陰陽反転術の効果じゃ。お主の身体は陽たる男の身体から陰たる女の身体へと変わった』
「はぁ!? 何してくれてんだてめー! ふざけんな元に戻せ!」
こんな身体じゃ世界最強なんて名乗れねーじゃねーか!
『愚か者。お主の道を正す為に、己が身を鳩にまでやつしたのじゃぞ? お主が心より反省し、素行を改めねば解く訳にはいかん』
「ぐっ……!」
ちくしょー……!
仕方ねー……!
納得いかねーけど、謝っとくか……。
「……すまねー……。悪かったよ……。これからは無闇と拳を振るわねーから、元に戻してくれ……」
『ふむ……』
元に戻ればこっちのもんだ。
あの変な指組みをできないようにすれば……!
『ならば愛を見つけよ』
「は?」
何言ってんだじじい。
『お主が無軌道に力を振るうのは愛を知らぬ故。真に心から想う相手を見つけよ。さすれば術を解こう』
「愛って……、彼女を作れって事か?」
『そのような浅い関係では……、いや、お主なりに考えてみよ。それが男の身に戻る方法じゃ』
くそ……。
何が何だかわからねーけど、愛とやらを見つけねーと男には戻れねーわけか……。
ならやってやる!
愛を見つけて、俺は何としても男に戻るんだ!