第一話・信濃川さんとの出会い
「高速道路上に三人......全員軽装備だね、偵察かな?」
隣におる凪沙はんは、黒色の小さいバードウォッチング用の双眼鏡を覗きながら、遠くに見える高速道路の跡地を指さした。
凪沙はんが指をさす方向にM700を向けて、スコープを覗きゼロインを合わせる。
調整を終わらしてターゲットを確認してみると、迷彩色のジャケットを着て周囲を警戒しながら歩いている敵さんがよう見える。
「そうかもなぁ。見た感じアーマー薄っぺらくても正面戦闘向きやないし、高速道路らへんの索敵にでも来たんかな?」
「そんで、あの人達は倒せそうなの?」
「うん。体をモロに出しとるから簡単に仕留められるとは思うけど、その前に稔はんに連絡しぃひんとね」
ウチがそう言うと、凪沙はんは腰のあたりからぶらさげとったトランシーバー取り出して、稔はんに連絡を取る。
「はーいこちら凪沙です。高速道路上のエリアF3に軽装備の敵が三人居て翼ちゃんは簡単に倒せるって言うんだけど、どうする?」
『えっとその位置なら主力部隊とも遠いと思うので、ひとりでも倒せるのであれば狙撃をお願いしたいです』
「りょーかい」
凪沙さんはトランシーバーのボタンを押して通信を終わらせる。
「だってさ翼ちゃん」
「わかったで」
肺に溜め込んでいた空気を吐き出す。スコープに刻まれた十字の線が高速道路場を慎重に歩く敵の頭を捉ええた。
開幕狙撃で退場なんて運がなかったな。
引き金を引く。
腕にかかる反動を受け流すと、すぐさまコッキングをして二人目の獲物に備える。チャンバーから弾き出された薬莢が地面に落ちて心地よい金属音を奏でた。
「大当たり」
「残りの二人は? コッキングしとったせいでスコープ覗かれへんかった」
「ひとりは青いコンテナの後ろで、もうひとりは白いバンの後輪に隠れてる」
「ウチらの位置はバレてる感じかな?」
「大方の方向は知られていると思うけど、サプのお陰で詳しい場所までは知られてないと......って青いコンテナの左側から顔だしてる」
凪沙はんの言うたとおり、敵さんのひとりが青いコンテナから無防備に顔を出しとる。息を吐いて指先に意識を集中させる。
引き金を引く。
「あっ右に逸れた。それと今ので完璧に場所バレたかも」
「ほな、もう顔は出さへん感じかな?」
「そうだと思う......あれ? バンの後輪に隠れてる人の頭がほんの少し見えてるんだけど、狙える?」
素早くコッキングをして、スコープの十字を少し飛び出しとる頭に合わせる。
次は外さへんよう慎重に.......
「ナイスだよ翼ちゃん」
「ありがとう凪沙さん。それと場所変えよか銃声鳴らしすぎたわ」
「りょーかい」
◇ ◇ ◇
まだ蕾が多い桜の木が立ち並ぶ並木道を歩いて高校を目指す。
これから始まる新生活に期待して、晴れやかな表情の人もいれば、顔を俯かせて灰色のコンクリートを真っ直ぐ見つめている人もいる。
私はまだ肌寒い春の風に吹かれて、冷たく冷えた手をこすりながら足を進める。
背中に押し掛かる教科書の重さと、高校に続く登り坂のせいで少しの気怠さを感じながらも、まだ着慣れないセーラー服の感覚が私の心を弾ませた。
と書けばこれから始まる高校生活に胸を躍らせながら高校を目指す乙女と共に爽やかなBGMが流れている情景をイメージするかもしれないが、実際は違う。
「き、きつい......」
日々の運動不足が原因で、私の体力は既に限界を迎えようとしていた。
主要五教科の教科書・ノート・参考書や英語の辞書と国語辞典の重さが私の背中に伸し掛かる。それに加えて、スキーのダウンヒルが開催できそうな急勾配のせいで足の筋肉が攣りそうだ。
「地獄だ......こんな高校選ばなければよかったぁ」
吹き付ける春の風はまだ冷たいから、手の先や顔面は冷えて冷たいのに体は軽く汗を掻いている。
登校初日で転校を心から望んでいる生徒は私だけじゃないだろう。
「あぁやっと頂上についた」
息を上げながら坂道を登りきると、目指している学校が見えた。
薄汚れた白い外壁には正方形の窓が等間隔に並んでいて、無機質でデザイン性の欠片もないその建物はまさしく公立高校のそれだった。
正門で、近所からのクレームが心配になるほどの声量で挨拶をするガタイの良い男の先生を軽い会釈で受け流し、校門を潜り玄関で靴を履き替えて教室を目指す。
私達一年生の教室は四階にあり、坂を登りきって疲れた足に階段がさらなる追い打ちをかけたせいで、私が教室に到着する頃には足の感覚がもうなかった。
◇
窓から差し込まれている朝の傾いた日差しが教室の中を照らしている。
殆どの生徒は机の上に置かれた「入学案内」に目を通していたり、ぼんやりと窓の外を眺めて暇そうに過ごしているのが大半だが、中には教室の隅で楽しげに話している人もいる。
恐らく同じ中学校出身なのだろう。
黒板に貼られた座席表を目印に席を見つける。背負っていたリュックサックを肩から下ろして机の脇に置いた。
クリアファイルを取り出してプリントを挟みリュックの中へと仕舞う。
「申し訳御座いません。席をお間違えになられてはいませんか?」
右側から声がかかる。
制服の上から薄手のコートを羽織っているその女子高校生は、黒板の方を指差した。その指先の動きを辿るように私の顔は黒板の方へと向けられる。そこには座席の配置図が貼られていた。
「あっごめんなさい。後ろでしたね」
座席の紙を改めて見ると座る場所がひとつズレていた。
私は少しの恥ずかしさを感じながら軽く会釈して後ろの席に移る。
声を掛けてきた女子生徒の、長い黒髪と相性の良い可憐で凛とした表情に何故か自然と目が惹かれる。
その可憐な少女を無意識のうちに目で追っていたのは私だけでなかったらしく、クラスに居た大方の男子生徒はその美しさに目を奪われていて、女子生徒も数人の例外を除いた殆どが突然現れた美貌に目を向けている。
「わたくし信濃川澄玲と申します。これから宜しくお願いしますね」
信濃川と名乗った女子生徒は私に向かって深々とお辞儀をする。
「えっと私は若葉稔って言います。こちらこそ宜しくお願いします」