3. 柏倉晴也
────やった!
決して喜んだのではなくやらかした方の失敗を胸の内で叫ぶ。
父の言葉を聞いて驚き過ぎてグラスから手を離してしまった。
薄いブラウンのテーブルクロスに濃い茶色が広がっていく。
飲んでいたのが冷たい焙じ茶だったから余計だろう。
俺は柏倉晴也。
もちろん花の独身の23歳。
昔から勉強には困ったことがないため、大学に入ってからは2年の時に早々とスキップして卒業見込みを貰い、院生への道もしっかり確保した上で楽に現法学部の院生生活を親からの小遣いで悠々自適に送っている。
代々続いた老舗お茶問屋を祖父の代で「妻が好きだから」という理由で紅茶屋になった。
それをまたも「妻の為に」と父親が様々なフレーバーの紅茶を扱うようになり、買い付け先も海外の多岐に渡ったため一気に事業拡大をして今の大手商社になった。
だから親達が妻を愛し、家庭が大事なのはよくよく分かっている。分かっているが、ちょっと待ったを入れたい。
俺の計画では来年にはイギリスのロースクールに飛ぶはずで、王道の美形兄達程ではないがなかなかの顔面を生かして外国人の彼女の1人や2人と考えていた。
なのに、結婚?!
隣で長男のたか兄が親父に抗っている。
いや、そうなるわな。
さすがの兄も動揺するよな。
それに引き換え…次男の絢兄は…食べてる。
聞いてなかったのか?
手元はさっきこぼしたお茶の片付けをホテルのサーブ係がしてくれているので手伝いつつ、次男の兄を見る。
片付けが終わる頃には祖父まで話に入っている。
それならばと参戦してみるが旗色は悪いどころではなく、変わらない、だ。
祖父と父が決定をしたなら、覆ることはまずうちではあり得ない。
────だから嫌な予感、したんだよな
いつもであれば毎週の家族ランチだ。
いつも通り10分前にはホテルには着いた。
祖父と父が先に通されているのだっていつものことだったが、何だか今日は1人で親のいるところに行きたくなかった。
次兄が来たってその気持ちがあり、次兄を巻き込んで会食の部屋へ行くのをグズグズしていたのだ。
長兄が来れば平気かと思ったのに、やっぱりダメだった。
突然、花嫁とか結婚とか、意味が分からない。
自分たちがたまたま見合いで得た妻が最良だったとしても今時見合いどころか勝手に親が決めた相手との結婚で決定報告はないだろう。
隣でたか兄が苦戦しているところに、次男の絢兄がとんでもないことを言うし!
会うって何?!
取り上げた絢兄のファイルにある女性は眼鏡をかけた知的な美人が写っていた。
自分のファイルにある女性とは全然雰囲気が違う。
初めて見て可愛いと言ってしまったくらいには顔は整っているし、控えめに微笑んでいるのも好ましとは思ったが、結婚するかどうかは全くの別物だ。
俺の援護など虚しく、その後もたか兄が話しても埒が明かずに親達が優勢のままだ。
─────あ、終わったな
笑顔の父親に言い切られ負けたたか兄が…というか俺達兄弟の運命が決まった。
その後の食事は何も味が分からなかった。
普段だとて会話が大いに弾むわけもない男5人だが、今日は俺すら場を繋げることをしない。
俺の隣で同じように食が進まないたか兄は、絢兄が食べ終えたのをきっかけに親たちに退出を伝えた。
置いて行かれては困るので俺もそれに倣う。
残した料理は俺達の各マンションに夕飯として届くことになるだろう。
兄二人とエレベーターに乗り、ドアが閉まるのを待って口を開く。
「……どうするの?」
「どうにもならん。絢が言ったように会うしかない」
俺の質問に苛立ちを滲ませながらたか兄が答える。
「じゃあ大人しく結婚するの?」
「しない」
「どうやって?」
「知らん」
たか兄に会話を切られ、絢兄を見る。
「絢兄は?どうするの?」
「……」
返事の代わりに欠伸を返された。
これは……
絶対にマズい。
今は何も思いつかないけど、どうにかしないと。
無意識に両手で頭を抱えた俺だった。
お読み頂きありがとうございます。
また次回もお会いできるのを楽しみにしております。