1.柏倉会議
老舗の格式あるホテルの最上階に止まったエレベーターが開くと、1人の男が降りて来た。
質の良い三つ揃えを見事に着こなし、会社員というには役に足らない存在感で会社役員というには若く、さながらスーツのモデルでも出来そうな眉目の整った男だ。
男は毛足の長い床を長い足で足早に奥へと進む。
「タカ兄」
脇目も振らず歩き出した男に声が掛かり、声の方へ顔を向けると足を止めた。
声の主は自分の弟。
正確には弟達だ。
腕時計を見れば10分程遅刻だ。
自分の遅刻は理由があるが、弟達が自分を遅刻してまで待っていたとは思えない。
「……遅刻だぞ」
「知ってる♪だから待ってた」
返事をするのは先程自分に声を掛けた末の晴也だ。
二人でこちらに歩き出し返事をする。
大学では法律を勉強しているはずだが、院までいって未だふらふら遊んでいる末弟だ。
その隣で静かに付いて来るのが絢也だ。
こちらも医者をしているがこんな無口で無表情のやつが患者を診ているのかと疑いたくなる。
「何で?」
「ん~。何となく」
溜息を吐く。
何となくで遅刻をするな。
またも腕時計に目をやれば3分進んでいる。
とにかく弟を指導するのは後回しにして、待ち合わせの相手達が待つ部屋へ弟達を促す。
「遅くなりました」
洋風の設えの部屋へ純和風の組子で出来た木の引き戸を開ける。
中では初老の男と、立派な翁の体の二人が先に昼食と共に酒を嗜んでいる。
返事はワイングラスをやや上げた初老の男から返って来た。
「構わん。だが、仕事なら減点、デートなら零点だな」
笑って結局遅刻に釘を刺したこの男は自分達の父親だ。
豊かなグレーの髪を柔らかく撫でつけ、スーツのベストにノータイで襟元も外している。
黙って3人が席に着く。
「何を飲む?」
聞かれて改めて父とその奥に座る祖父の手元を見る。
こんな時間から二人が酒を飲むのは珍しいが、あえて触れずに飲み物を頼む。
弟達も頼み終えると少し間をおいて各々に飲み物が配られる。
今日は週に一度家族で昼をとる日だ。
うちは祖母と母の二人を亡くしていて、計5人の男所帯だ。
それぞれ忙しくしている為、祖父が作った日だ。
うちは祖父が作ったお茶の卸問屋から始まり順調に業績を上げ、父の代で紅茶なども海外で仕入れる貿易会社になった。
だから祖父は会長として、父は社長として、自分は副社長として忙しく日々働いている。
絢也の勤める病院はうちの傘下だし、晴也もいづれ会社の顧問弁護士となる予定だ。
「あれを」
父の秘書である奥田が静かに自分達の周りを歩き、ファイルのようなものを置く。
喉を潤していた自分も、料理に箸をつけ始めた晴也もそのファイルで手を止める。
唯一食べ続けるのは絢也だ。
何ですか?と聞くまでもない。
多分、間違いなくアレだ。
ただ3人揃ってというものおかしい。
「見ないのか?」
ファイルを見るだけに止める息子達に笑顔で言う。
仕方がなしにファイルを開くと予想通り、着物の女性が写っている。
小さく息を吐く自分の隣で「結構可愛い」と晴也から声が上がる。
変わらず見もしない弟に父から声が掛かる。
絢也からの反応はないが、これで全員見合い相手の写真を見た。
「ではグラスを持て」
父のやることは分からないが、全員グラスを掲げる。
「息子達よ、結婚おめでとう!」
その言葉にグラスの中身が大きく揺らしても思わず父を見た自分に、グラスを落とした晴也に、グラスをテーブルに戻した絢也に、それぞれの動揺が走った。
お読み頂きありがとうございます。
また次回お会い出来ますよう。