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第1話 ワイトハイネン伯爵

 その昔、ドイツのハイデルベルクに、とある兄と妹が住んでいました。兄と妹は血が繋がっていませんでしたが、屋敷に二人で住んでいました。兄はフランツといい、妹はリーナといいました。

 フランツは日課の本屋巡りから屋敷に帰って、茶を飲んでいました。すると急に呼び鈴が鳴りました。誰かが屋敷にやってきたのです。フランツが扉を開けると、そこには髭の紳士が立っていました。


「あ、あなたは!」


 フランツはその紳士を見て驚きました。「ワイトハイネン伯爵はくしゃく!」


「そうだ。私はワイトハイネンだ」


 紳士はすました顔で答えました。フランツは怪訝な顔をしていました。


「私がここに来た理由は、分かっておるんだろう」とワイトハイネン伯爵は言いました。


「分かりません」

「もう!」


 ワイトハイネン伯爵はドンと地面を踏みました。「分かってるくせに!」


「何なんですか。僕は明日はいそがしいんですよ。帰ってください」

「まあ、そういうなよ。妹のリーナは元気かね?」


 伯爵は髭をなでながら言いました。フランツは、このワイトハイネン伯爵が、妹のリーナを好きだということを知っていました。フランツは心の中で舌打ちをしながら言いました。


「妹は……妹なら、さっき家を出ました」

「ほう? こんな夜中にかね? 何の用事だね」

「さ、さあ。何かなあ……。あっ、そうだ。裏の畑で大根の収獲をしています」

「ほう、そうか。って、おい! お前の家の裏に、畑なんかないだろ! ……いるんだろ?」

「誰がですか?」

「君の妹だよ! もーっ! イライラするなあ!」


 ワイトハイネンはフランツを睨み付けました。フランツはかわいがっている義理の妹をとられると思って、内心、頭にきていました。


「お兄様!」


 その時、二階から女性の声がしました。


「何だ、いるじゃないか。フランツ君」

 

 ワイトハイネンはフランツの肩をポンと叩きました。ニヤけています。


「いや、あれは、執事のセバスチャンの声ですよ」とフランツは言い返しました。


「ウソこけ。『お兄様』と言ったじゃないか!」


 ワイトハイネンがイライラとしながら叫んだ時、階段から美しい女性が駆け下りてきました。リーナです。フランツは、「チッ」とまた舌打ちをしました。


「リーナ! ご機嫌うるわしゅう」


 ワイトハイネン伯爵が髭をなでながらお辞儀をしました。するとリーナはワイトハイネンを見ながら言いました。


「あら、ワイトハイネケン伯爵! こんな夜中にどうなさったの?」

「私はワイトハイネンだ! ハイネケンじゃ、酔っ払ってしまうわ! ……ところで、リーナ。今日は君に会いに来たんだよ」

「どんなご用事?」


 リーナが尋ねると、フランツが横から口を出しました。


「伯爵は、今度、トマト投げ祭りで、裸で坂を転げまわるそうだ」

「そんなことはせん!」


 ワイトハイネンは怒鳴りました。

 リーナはクスクス笑って、「あら、裸で坂を?」と言いました。「見たいわ。割とハイネン様が、三十個のトマトをほおばって、トマトで真っ赤になりながら、叫び声を上げている様を見たいわ!」

「割とハイネンじゃない、完全にハイネンだ! それに、三十個もトマトを食べるか! 牛か豚じゃあるまいし」


 ワイトハイネンはプリプリ怒り出しました。リーナは、「あら、ごめんなさい」と謝りました。フランツがその様子を、イライラしながら見ていました。


「じゃ、この辺でおいとましてください、伯爵」

「何を! まだリーナと話は終わっていないぞ」

「いや、リーナは明日、イチゴ狩りに出かけるんです」

「いや、話をする。それができないというなら、決闘だ!」

「え?」

「決闘だよ!」

「ケットー? はて、聞いたことがない言葉だ」


 フランツはとぼけました。


「馬鹿、決闘だ! 殴り合うんだよ!」

「はて、そんなドイツ語があったかな……。いやあ、僕は不勉強だなあ」


 フランツはそう言った途端、ワイトハイネンに殴りかかりました。


「汚いぞ!」


 ワイトハイネンは叫びながら拳を避け、足蹴りをくらわそうとしました。しかし、フランツはそれを間一髪よけたのです。二人は取っ組み合いになりましたが、その二人の勢いはリーナを跳ね飛ばしましました。二人は驚いて、喧嘩をやめたのです。

 リーナは床に倒れています。


「リーナ!」


 フランツが叫びました。ワイトハイネンもリーナの方に駆け寄ろうとしました。


「寄るな、触るな、ワイトハイネン!」

「うるさい!」


 また取っ組み合いです。すると……。


「なーんちゃって!」


 リーナが元気よく、ゴム人形のように立ち上がりました。二人は目を丸くして、リーナを見やりました。


「私、ロシアのヒョードル皇帝から、護身術を学んでいたのよ。こんなことで怪我するもんですか」


「リーナ様! 大丈夫ですか」


 フランツ達があぜんとしてリーナを見ていると、七十代の老人が、あわてたように食堂から飛び出してきました。執事のセバスチャンです。燕尾服を着ています。どうやら、食堂の掃除をしていたようです。

 セバスチャンは、「どこか怪我をされたのではないですか?」とリーナの腕をとりました。

 するとリーナは突然叫びました。


「さわるな! けがらわしい!」


 セバスチャンは、「し、失礼しました」と頭を深々と垂れました。リーナはたまに、こうやって怒りだすことがあるのです。それを知らないワイトハイネン伯爵は、ぽかーんとリーナを見やりました。


 リーナは、「オホホ、ちょっとイライラしていたものですからね」と笑いながら言いました。「セバスチャン、明日の朝食は、ロッゲンブロート(ドイツのパン。酸味がある)のサンドイッチを作ってちょうだい。──じゃ、私はもう部屋にはいって眠りますわ。疲れたんですもの」


 リーナはそう言って、階段を上がっていってしまいました。

 ワイトハイネン伯爵とフランツは呆然としたまま、リーナの後ろ姿を見上げていました。しかしながら、やっぱりその後ろ姿は美しかったのです。リーナはちょっとおかしいところはあるが、それでもハイデルベルクで一番の美女でした。

 


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