大人はずるい
開始の合図と同時にセラが突っ込んできた。
身体が魔力の膜に覆われている、合図と同時に魔力で自己強化をしたのは評価が高いな。特に魔力が全身を覆うまでの時間が短い、教師に楯突くことだけはある。
他の生徒は最初はセラに譲って取り敢えず様子見という所か。
これは生徒達のテストと同時に俺が生徒達に認めてもらうテストでもある。
だからこそ最初から本気で行かせてもらう。
「えっ!」
驚くのも無理はない、セラの刀は俺の足を的確に躱わしにくい角度で狙ってきた。普通なら飛んだりして躱すところだが、そうすると空中で二の太刀を対処する事になる。そうなればこちらが不利だ。だから俺は思いっきり刀身を踏み付けた。普通の刀なら折れてるところだがこの刀は、彼の有名な剣聖が持つ聖剣の模倣品の1つだ。刀は横からの衝撃に弱いとはいえこのくらいじゃひびも入らない。
刀を踏まれ手は完全に振り切っているので、反撃を喰らわないようにセラはすぐに距離をとる。
「あれを対処できるのかよ」
「てか、先生あんな目の色してたっけ」
セラ以外は気づいたようだ。
俺の眼の色は黒色から金色に変わっている。
この世界には能力を持つ者と持たざる者がいる、このクラスは殆どが能力を持っているらしいが俺は能力を持つ者の中でも異質な存在らしい。
能力を持っているか又どんな能力かを判別する能力者がその能力を後世に道具という形で残したが、俺はその道具に能力者として認識され無かった。だがどうみたって俺は能力者だ。能力発動時の俺の眼は景色を脳裏に映すだけでなく、時間や空間を超えてものを認識できる千里眼や認識した物体の全ての情報を読み取ること等、数え上げたらきりがない。
勿論強大な力にはそれ相応のリスクが生じる。俺の場合は、通常なら30分はこの眼を維持できるが、千里眼を使えば使った分だけ制限時間が短くなる。その他にも眼の使用時間が切れた場合は、どれだけ能力を酷使したかによって最低3日長くて1ヶ月は視力が落ちる、最悪何も見えなくなる。
だからこの眼は長期戦向きではないが、だからこそ時間制限を設けた。まぁこいつら相手なら眼くらい使わなくても勝てると思うけどな。
俺は刀を拾って「ほらよ」と刀身を持って返す素振りをした。
「取りに来ないのか?攻撃ならしないぞ」
セラは恐る恐る近づいてきて刀に手を置いた瞬間、俺に一撃入れようと体に力を入れた、がそれはもう視た。
だから俺は全体重をかけて刀を引いてくるのに対して親指と人差し指だけで刀身を持ち相手を油断させる。
「どうした取らないのか?」
「あんたが取らせないように力入れてるんでしょ」
「あぁ、悪い」
指を離すと後ろに少しよろめいたがそこから直ぐにもう一撃入れようとする。
うーん、セラはもういいかな、そろそろほかのやつの実力も見たいし。
攻撃を受け止め、
「他のやつも来いよ、時間は有限だぞ」
「俺が行く」
「待てシン、ここは協力していくしかない」
「俺はお前らと仲良しごっこしに来たわけじゃない、あいつに俺の実力を認めさせるために来たんだ」
「おっ、威勢がいいのが来たな」
このクラスで1人だけ雰囲気が違ったんだよな、流石剣聖の弟、体も結構出来上がってるしこのクラスじゃ一番強いかもな。
1人じゃなかったらの話だが。
「急ぎすぎだ、クレアと三鷹はシンに合わせて動いてくれ、俺と御門とウィルで3人の援護をする」
「では、私は残りの方達と後方に回りますね」
「リリナさん、お願いします」
「アルバード帝国が第1皇女リリナ=オード=アルバードが授けます、皆に加護を」
風切の指示の元に全員が動き出す。
正直ちょっと予想外だな、1ヶ月でここまで統率できるものなのか?
軍なら上官命令は絶対だから少なからず統率が取れるもんだが、学生ましてや1ヶ月にしては取れすぎている。
この学園には1つの学年に5クラス存在してその中のAクラスは能力者で固められる事が殆どだ、だから統率力を高める能力者がいてもおかしくは無いが、このクラスに該当する生徒はいない。
唯一可能性があるのは能力が全体に影響をもたらす皇女様、リリナしかいないが、リリナの能力は味方には全能力値の向上、敵には全能力の低下といった皇帝の血筋の者だけが使える【特権】といった特別な能力で統率力が上がるなんてことは無い、あったとしてもここまで上がるのは異常だ。
と考えると答えは一つだけだな。
「お前らがここまでやるなんてな、ちょっと予想外だ、ダレス先生のおかげだろ」
「当たりっす、謝るなら今のうちっすよせんせー」
「お前は確かクレアだったよな、そういうこと言える余裕があるなら一撃でも当ててみろ」
「言ったっすね」
こいつらの動きは全部みきれてるけど少しずつ追い詰められてるな。
人数差は別になんの問題にもなってない、戦闘経験と俺の眼の事を考えれば寧ろこっちの方が有利だ。ただ、統率力もあるが何よりバランスが良い。
前衛はシンを中心に攻めてきてる。シンの空気を無理やり断ち切るような一閃、セラはシンの攻撃が避けられることを前提として動き俺が避けるのと同時に攻撃を仕掛けるが、当然それも避ける。その際ほんの少しバランスが崩れたのをクレアは見逃さず足払いからのもう片方の足でバックキックで確実に一撃入れようとしてくる、しかもここで一番厄介なのが三鷹だ。3人の邪魔にならないような位置取りを常にしているにも関わらず俺に確実に警戒を与えさせる位置に居やがる、更に隙を見てはクレアが放つバックキックの逆方向から槍で鋭い一撃を加えてくる。
そこに後から特にさっきから指示を出してる風切が的確に魔術を打ち込んできやがる、風切は確か風の魔術が得意で能力も風を操るとかだったよな。
「残り時間30分なのにまだ俺に攻撃を当てられないのか」
「そんなに言うなら覚悟しろよ」
シンが剣に魔力を込め始める。
「おいおい、もしここが戦場だったら隙だらけで殺されてるぞ」
「ここは戦場じゃねぇ、だからこその選択だ」
一理あるけど実戦を想定して行動しろよ、何の役にも立たないじゃないか。
「くらえぇ!」
魔力を帯びた剣を構えながら勢いよく距離を詰めてくる。
【魔力撃】か悪くない判断だな。そのまま斬れれば大ダメージだし、避けられても帯びた魔力を斬撃として飛ばせば威力は落ちるが確実に当てることは出来る。
だが、俺はそれを易々と受け止める。
「なっ!」
「まさかこれで全力とは言わないよな」
「ナメるな!」
再び剣に魔力を込めようとするが、一向に魔力が溜まらない。
「今回は特別に教えてやるよ、この右手に着けてる手袋は魔力を掻き消す素材でできてるんだよ」
「魔力での攻撃は無駄ってことか」
「そゆこと」
「ならこれならどうだ」
剣に魔力を送るのを止め、その分の魔力を身体強化に回し、渾身の蹴りを放つ。
剣を掴んだままなら魔力の蹴りを止められないし、離して蹴りを止めれば剣で斬りかかれる。どっちにしても一撃与えることが出来る、とでも思ってるんだろうな。
「残念だけどそんな蹴りじゃ俺には届かないぞ」
「隙ありっすよ、先生」
「その攻撃貰った」
「えっ?」
真後ろからくる蹴りを躱し進行方向にいるシンに当てさせる。
勢いが付いた蹴りを止められるはずもなくシンは後方に蹴り飛ばされる。
「ぐわぁ!」
「ご、ごめんシン君」
「うわぁ、見事にみぞおちに入ったな」
いくら身体強化に魔力を回していてもそれを上回る攻撃にはさすがに耐えきれない、シンは立つことができずに苦痛の声を漏らしている。
「シンは脱落な、これ以上は無理せず休んでろ」
「俺は……ま…だやれる」
息を荒立てながら何とか立ち上がろうとする、まぁ無理だが。
「ほら、お前たちはまだやれるだろ」
「皆さん態勢を立て直します、シンさんの穴は風切さんが埋めて下さい」
皆が返事をして直ぐに行動する。
~授業終了5分前~
少しづつ牽制しながら攻撃をやり過ごす。
シンが居なくなってから直ぐに立て直しただけあって時間をほとんど無駄にせずに済んだ、そのおかげで気を抜くどころか攻撃の手がきつくなった。
元々シンはチームプレイをする気は無かったから、抜けた分戦力は落ちるが団結力が上がり更にやりにくくなった。
「ほら、ここが最後の攻め時だぞ」
「みんな少し時間を稼いでくれ、本気でいく」
「分かりましたフィニッシュは颯馬さんに任せます、皆さん最後です全力でいきます」
おぉ、攻撃の手がさっきより鋭くなってるうえに全く攻撃の手が緩まない。
おまけに風切が何かしようとしてるし、これ眼が無かったら負けてたかもしれないぞ。
常に未来を視ているからこそ分かる、ちょっとでも気を抜いたら当たる。
「みんな準備なできた、そこから離れてくれ」
すぐさま全員が数歩下がり空間を作る。
対する俺は、
「来い、真っ向から受け止めてやる」
「なら受けてもらいますよ、【タイフーン】」
俺を中心とした竜巻を作られ閉じ込められた。
確かにこれなら風の範囲を収縮するだけで追い込まれるし何より、
「流石にこれは防げないでしょう、何せ魔術では無く能力の風ですから」
知ってるさ、さっきから何度も射たれてるしその時右手で打ち消せなかったからな。
「これは驚いた、その歳で中級魔術のタイフーンを使えるなんてな、しかも術式の補助が無い能力でやるなんてな」
「これでも風を使う技なら校内でも三本指に入ると思ってますから」
「ほぉ、ならこっちも期待に添える様にしなくちゃなぁ」
地面が揺れる位強く踏み込む。
気を練り腕に集中させる。
「はぁぁ!」
全力で拳を前に突き出す、この時周りの風を巻き込むように拳を回転させ自らの前方に向けて放つ。
放たれた風はタイフーンとぶつかり人1人が通れるくらいの穴が空いた。
「どうやらお前の風より俺の風の方が少し強かったらしいな」
タイフーンは出来た穴が塞がることは無くそのまま霧散した。
確実に一撃を入れる奥の手が破られたのだ、集中が途切れても無理はない。
だが、1人だけ冷静にかつ素早く動いた者がいた。
持っている槍を全力で投げてきた。
真正面から投げられた槍はおよそ人の避けられる速度じゃなかった。
距離が近いのもあるがそれ以上に槍の軸が安定していて文字通りの真っ直ぐな一撃だった。
俺はこれを掴み足に軽くふんばりを効かせつつ体を一回転させ衝撃を逃がす。
「惜しいな、あと一歩早かったら当たってたかもな」
「これでも届きませんか」
そして終了のチャイムがなる。
「いやー、皆なかなか惜しかったぞ。何回かヒヤヒヤさせられたよ」
「先生本当に魔力使ってないんですよね」
「あぁ、使ってないぞ。なんなら今度測定器使って俺が魔力を戦闘で使えないところ見せてやろうか」
「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですけどあまりに信じられなくて」
「世界にはまだまだ強い奴がいるってことだよ」
「ほら、シン大丈夫か」
「余計なお世話だ、自分で立てる」
俺はシンが立ち上がれないのを見て手を差し伸べるが、弾き返されてしまう。
辛辣だなー、一応先生だし勝負に勝ったんだから少しぐらいフレンドリーに接してくれてもいいのに・・・
「せんせー質問があるんすけど、その眼何ですか?めっちゃキレイっすね」
「この眼の事か、能力の使用時に目の色が変わるんだよな」
「ちなみにどんな能力なんですか?」
「遠くのものを視たりとか、周りの動きがゆっくりに見えるとかかな」
「えぇ・・・それって相当レアな能力なんじゃないんですか?」
「まぁな・・・でもこんな強い能力がなんの代償もなしに使えるわけないだろ」
能力とは、一部の人だけが持つ魔術とは別の特別な力のことだ。
世界には魔術を使える人が約8割強いるのに対して、能力を持つ人は多くても3割を超えないと言われている。
魔術は魔力を持つ人なら努力次第で誰でも使えるようになるが、能力は生まれながらに持っているものであり、完全に運である。
そして能力には、一切の制限が無いものもあれば、代償が伴うものや限定な状況かでしか使えないもの等も存在する。
「俺の能力は1度使うと任意のタイミングでキャンセルできないし、能力が解除されると著しく視力が落ちるんだよ」
「先生が強いのも分かりましたけど、ここまで一方的に負けると流石にくるものがあるっすね」
「空也先生・・・さすがに可哀想なので種明かしくらいしてあげたらどうですか」
ずっと端っこで様子を伺っていた理事長が何を不憫に思ったのかみんなに聞こえるような声で話す。
その言葉に対して風切は直ぐに質問を返す。
「種明かしですか?」
「えぇ、取り敢えず見てもらった方がいいわね、空也先生腕を出してもらってもいいですか」
俺が腕を出すなり強化した訓練用の木刀で全力で殴ってきた。
バキィ!!となんとも痛々しい音が響いた。
するとどうしたことだ、腕には一切の傷は無く木刀の方が折れているではないか。
全員唖然としてるよ、
「いや・・・まじかよ」
「今のはシン君が使った【魔力撃】と同じ位の威力を出してみたけど、ご覧の通り無傷ね」
「じゃあどうやっても一撃与えるなんて無理じゃん」
「俺が説明でなんて言ってるか覚えてるか?」
「一撃与えて且つ傷をつけることでしたよね」
「俺は物理的に一撃入れろなんて一言も言ってないぞ」
「そんなの横暴じゃないですか、大人のやることじゃないですよ」
「何言ってんだよ、大人ってのは狡猾で汚いもんなんだよ・・・綺麗事が通じるのは子供までなんだよ」
少し呆れたような顔で言ってやると不服そうではあるが一応静まりはした。
「でもそれじゃあ、私達に勝ち目なんてないじゃないですか」
「方法だけなら俺に対して罵詈雑言吐きまくるとかかな、十数人に言われ続けたらさすがの俺でも傷つくからな。まぁでも卒業するまでにはちゃんと1人前にしてやるから安心しな」
納得してない生徒もいるようだが、取り敢えず実力は証明できたし良しとするか。
「ほら、次の授業あるから早く行くぞ」