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スケベな後輩に正体がバレてしまった吸血鬼先輩

作者: 須方三城


 ――こんな奴、見捨ててしまえば良かったのに。バカなことをしたものだ。


 紅唯くれない千乃チノは自らの行動をそう評した。


 一体、何故、自分はこんなバカな事をしてしまったのだろうか。

 ……奴を、奴がいる今の生活を惜しんだ? それこそバカな。


 数百年の時の中を生きてきた吸血鬼である彼女に取って、今現在の「智霞ちがすみ高校二年二組、出席番号一三番、紅唯千乃」としての生活は、ぽいと捨てた所で特に支障はないものだ。

 吸血鬼を筆頭とする偉種いしゅ生命体の恐ろしさをよく知っている人間の長たちは、少し脅せば簡単に、何でも融通してくれる。いつでも、どんな肩書でも、用意させられる。便利なのだ、人間と言う生き物は。偉種の多くがその偉大な力を悪用せずに人間社会に馴染んでいる大きな要因である。

 見てくれだって、変化の能力でいくらでも弄れる。今現在使っている「休日の繁華街で一時間も探せば似たようなのを五人は見つけられそう」だと思える黒髪ロングの無難な女子高生スタイルだって、もういくつめの姿か定かではない。


 不都合があれば、新たな肩書と容姿で、都合の良い生活に切り替えれば良いだけ。


 だから、無理に今の生活を守る必要なんてない。

 今の生活に、こだわる理由なんて微塵もない。

 今、この生活を構成する要素を必死になって守る意味なんて――なかったはずなのだ。


 だのに、体は動いてしまった。


 意味もなく理不尽に弱者を襲う……そんな、同じ偉種とは思えない不埒者の魔の手から、奴を助けてしまった。

 吸血鬼として持つ、偉大な力を存分にふるって。


 奴の名は――笛地ふえち平助ヘースケ


 ただの、後輩だ。


 校内で人目を気にせずにだらだらできる場所を求めて千乃が創設した「採血技術研究同好会」と言う学生クラブとしては少々イカれ狂った本来なら千乃以外誰も入らないだろうはずの同好会に何故か平然と入部してきやがったバカだ。


 さっさと追い出してしまおうと千乃が血液にまつわるグロテスクな話を山ほど聞かせてやっても、清聴して最後には「先輩は物知りなんですねー」と言いながらパチパチ拍手するようなバカだ。


 もう身体的な嫌がらせしかあるまいと「資格無しに採血をするとアレだから血は抜かないけど、とりあえず練習として縫い針を刺して良い?」と訊いたら何やら興奮気味に首を縦に振るようなバカだ。


 迂遠的な攻撃では意味がないのだろうと察し、唐突に足を引っかけて転ばせて頭を踏みつけてみたら「パイセン、踏み込みが甘いです」とかダメ出ししてくるようなバカだ。


 千乃が諦観の泥に沈み無視するようになったら、千乃が何かしら反応するまで目の前で変顔をしながら単独チューチュートレインを延々披露し続けるバカだ。


 千乃が近寄り難い雰囲気を出そうと部室内で拷問に関する歴史書を読んでいたら「チィちゃん先輩、勉強は捗っていますか?」と良い笑顔でお茶を出してくるバカだ。


 千乃が「もう私に関わらないでくれないか、鬱陶しい」とド直球に伝えると、ひょっとこみたいな腹立たしい面で「かーらーの?」と返してくるバカだ。


 何をしてもバカなリアクションしか返ってこないし、何もしなくてもバカなことをして千乃の平静をかき乱す大バカだ。


 ――こんな奴、見捨ててしまえば良かったのに……! いや、ほんともうマジで……!


 今になっては、心の底からそう思う。

 でも、それでも……当時は、とっさに体が動いてしまったのだ。本当にどうかしていたと千乃は過去の自分の正気を疑う。


「いやー、まさかチィちゃん先輩が吸血鬼とは、びっくりしましたー。驚天動地ですわー。わー、吸血鬼こわいわー、ほんとこわいわー」


 窓から差し込む夕日でトワイライトに染まった採技研の部室にて。

 椅子に座った千乃の周りを、芝居がかった口調で喋りながら平助がぐるぐると歩き回っている。


「……恐い、と言う割には、三六〇度全方位からじっくり観察してくるな……」


 平助の口調やニヤついたそのクソ溜めみたいな表情からは、妙にいやらしい企みの匂いを感じる。


「賢いチィちゃん先輩ならご存知でしょうが、人間は未知のものをとりあえず『恐い』と思います。実際、時代を遡れば『炎』とは畏敬の象徴で神格化すらされることもあったほどですが、その発生メカニズムと性質を完全に理解されてしまった昨今ではハンディサイズの安っぽい機器で軽率に扱うことができますよね?」

「妙に饒舌だな……だから何だと?」

「つまり、人間とは恐怖を克服するべく恐怖の対象をくまなく調べ上げることが当然の性なのです。と言う訳で先輩、腕をあげてもらって良いですか? 次は袖口から腋を観察したぃどぅあッ」


 平助の指示通り、千乃は腕を振り上げ、彼の顎に痛烈なアッパーカットを叩き込む。


「ぎゃふん!? ッ~……ぃぃづぁい!? 割と洒落にならない程度に痛い!? 首がもげるかと!?」

「ああ、すまん。さっき吸血鬼パワーを爆発させたばかりだから、余韻で力加減がデキナインダヨネー」

「酷い棒読みだッ! ああ、今ので更に吸血鬼が恐くなってしまった! これは責任問題ですよ先輩!」

「鬱陶しい」

「ひどい! とにかく、先輩には責任もって俺を抱擁し『吸血鬼はこわくないでちゅよ~? よちよち』してもらわなきゃあ!」

「ふむ、そういえば……ベアーハッグ、と言う技があるらしいな。どれ……吸血鬼はこわくないでずぶちゃっよ? で良いんだったか?」

「はっはっは、何か今、台詞の途中に柔らかく湿ったもの――そう例えば人間の体が押し潰れたような音が混ざっていましたよ? 壮絶に舌でも噛んだんですか先輩……先輩? え、先輩、ちょ……あはは、先輩、とりあえずストップ。やだ待って真面目に目が恐い。本気の奴ですやんそれ。止まって、戻って、今すぐ座って? 吸血鬼のマジハグはソフトMではギリ耐えられなそうな雰囲気をビンビン予感しましたよ俺。なのでハグは後々将来的にあわよくばお願いする形になるかと」


 調子の良いことを……と呆れ果てつつ、千乃は椅子に腰を戻して足を組む。


「まったく……大体だな、我々偉種生命体は君たち凡種生命体に畏れられて不都合はないと言うか、むしろそれが自然なんだが?」


 故に、平助が本当に千乃に恐怖を感じているかどうかはおいといて、その恐怖を克服するような真似をする意義は……、


「やだなぁ、先輩。人間は自然の摂理を破壊するのが自然体ですよ?」

「爽やかな笑顔で言うことではないな」


 前々からほんのりと感じていたが、この後輩にはややサイコの気質があるのかも知れない。


「まぁ、とにかく? 優秀かつ可愛い後輩として俺は、チィちゃん先輩を恐れたままでいる訳にはいかないのです。先輩だって、俺に避けられたくはないでしょう?」

「……?」

「わー、すごい。すごくつぶらな瞳で『こいつは何を言っているんだろう?』って顔してる」


 そりゃあ、千乃としては平助の方から避けてくれるならば願ったり叶ったりなのだから当然だろう。


「さっきはあんなに懸命な雰囲気で助けてくれたくせに……はっ、ツンデレ……!?」

「私の尊厳と名誉を守るために、その愉快な誤解を発生させる(器官)は今すぐ取り除いておくべきだろうな」

「ひぇっ!? 先輩の周囲にさっき怪物を一撃で吹き飛ばした黒いオーラが!? いやいやいや、ではツンデレ以外の何だと!? 先輩は何で俺を助けてくれたんですかーッ!?」

「魔が差した。後悔はしている」

「俺を生存させることがまるで悪行だと言わんが如く!?」


 ……何故こんな奴を助けてしまったのか。

 千乃自身が至った結論は、今言ったように魔が差したか、耄碌もうろくしてしまったかのどちらかだ。

 そして後者は認めたくなかったので前者だと断定した。


「うぅ……先輩ひどい……流石の俺でも生存を否定されたら傷つきますよぅ。これは責任問題ですよ!」

「またか」

「先輩は恐くない優しい先輩であることを証明する責任を果たすため、おとなしく俺におっぱいをいっぱい揉まれてしかるべきかと!」

「この国における強制わいせつ罪セクシュアルハラスメントでの最高刑は死刑だったか?」

「そんな判例は聞いた事がありませんが!?」

「そうか。では初の事例になるな」


 息を吐くようにセクハラをするようなクズに生存価値などない、と言うのが千乃の見解だ。

 成程、もしかしたら先ほどの偉種、ここまで見透かしてこのクズを襲ったのだろうか。だとしたら失態だ。


 このクズを生き長らえさせてしまった失態、ここで贖おう。うん、そうしよう。


「ひぇッ、なんかマジで殺る気を感じる……!?」

「それ相応に長生きしているからな。自分の尻を拭くくらいの甲斐性はあるつもりだ」

「とことんまで俺を助けたことを生涯の汚点だと断じていらっしゃる!?」

「うん」


 黒いオーラを固めて断頭包丁を作りながら、千乃はこくりと頷いた。


「ぐ、ぐぬぬ……では先輩!」

「何だ、遺書を残す暇なら絶対にやらんぞ。一刻も早く死んでくれ」

「無慈悲過ぎません!? 一度は助けてくれたのに!?」

「魔が差しただけだと言った。本当にごめん、世界のみんな」

「せめて俺に謝って!? と言うか、遺書でも遺言でもありません! 牙、牙を! 牙をじっくり観察させてもらえませんか!?」

「……はぁ?」


 あまりにも突拍子のない平助の提案に、千乃は断頭包丁を振り上げたままぽかんと止まってしまう。


「今までのはすべてギャグ、おふざけ! いわば余興……! 圧倒的余興……! ここからは真面目な話です! 吸血鬼の象徴アイコンと言えば先輩のその今も唇からちょっぴりこんにちわわしてる八重歯でしょう!? それを見慣れること、それは即ち吸血鬼に慣れ、恐怖を感じなくなることに繋がるのではないでしょうか!?」

「いや、だからそもそもだな? 私としてはこれから死ぬ人間に慣れてもらう必要はないのだが?」

「法廷をすっとばして死刑が確定してしまっている!? ああですよね、さっきの発言は流石に度が過ぎましたとも! 先輩! 本当にすみませんでした! いくら俺たちのドメスティックレベルで非常に親しい間柄でも『おっぱい揉ませて』は余りに卑猥であったと謝罪いたします!」


 ははぁー! と平助は地に頭を擦りつけて土下座。

 その姿勢を見て、千乃はやや迷いつつ、こんなクズでも人間だし更正の可能性はあることを踏まえ、「……まぁ、そこまでするならば命までは奪うまい」と結論。

 ただ何もなしに許すと調子に乗るだろうことは容易に想像がついたので、土下座中の平助の頭を踏みつけることにした。


「あッ、丁度いい、ソフトMには丁度いい踏み込み具合ッ……そうです先輩これですこれくらいなんですよこれこそが俺の求めてぃただだだだだだだだだ!?」

「知っているか? 人間の頭を使って風船が割れるような音を鳴らす方法」

「実践しなくて結構ですのでぇぇぇ!」


 平助の頭をしばらくぐりぐりと踏み躙り、ある程度は気が済んだ所で千乃は椅子に戻ると、


「はぁ……ま、いい。ほれ、さっさと見ろ。そしてもう本当に鬱陶しいから満足したらさっさと帰れ」


 千乃が椅子に腰かけて「んあー」と大口を開けて待機していると、「……へ?」と間抜けな声と共に平助が顔をあげた。


「?」


 ――何だ、何を呆けている? 牙を見たいんだろう? その程度ならまぁ、見せてやるさ。隠すようなものでもないしな。だからほれ。さっさと見て、そしてさっさと帰れ。


「……チィちゃん先輩って、時々そういう所ありますよね。無知と言うか、微妙に感性がズレてると言うか……いや、まぁいいって言うか最高なんですけれど」

「?」

「では、お言葉に甘えまして……」


 平助はへっへっへと妙にニヤけながらいそいそと千乃に近づき、下から抉り込むような角度でその口腔内部を観察し始めた。


「ほうほう……これは……中々に立派な牙……犬歯、とも言うらしいですが、まさしくな鋭さですねー……」

「…………………………」

「下の歯も微っ妙に尖っているのがあるんですねー……」

「…………………………」

「他の歯は割と普通……いや、少々丸みがあってしかも唾液の名残でつやつやしていて……かわいい」

「……………………!?」

「よく見れば舌は肉厚! しかも唾液の照りが一層強い! 軟口蓋は見ているだけでももうプ二プ二していそう! まるで生まれたての赤ん坊の肌のようで! 喉奥へと続く闇はそうまるでブラックパールのように引き寄せられる堪えがたい吸引力を醸し出しており! これはまさしくブラックホォォォル!」

「……ちょ、ちょっと待て!? 牙! 牙を見るのだろう!?」


 どこを見ている!? と言うかどう言う見地で見ている!?

 千乃は思わず赤面しながら声を荒げて叫んだ。


「ええはい! 牙もエロいです! 噛まれたい!」

「ェロッ……!?」

「はい、先輩の牙はエロいです!」

「……!? ッ!? ……ッ……!?」

「自信を持ってください! 先輩の牙はエロの塊です! 見た者すべてを魅了し、そしておそらくは噛み付いた者すべてを快感に狂わせる魔性のエロ牙なのではないかとるっぶるあ!?」

「ッしょ、そ、そんな訳、あるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 牙を性的に褒めるなどあまりにも初めて過ぎて、千乃は軽くパニック。

 涙目になるほどに赤面しながらも全力で平助を薙ぎ倒し、両手で口元を隠した。


「は、はぁー……はぁー……あ、やば。首折っちゃったかも……」


 まぁ折れていたとしても自業自得だろうけど、とつぶやきながら、千乃は平助の首を確認。


「……チッ、無事か……」


 意識は飛んだようだが、奇跡的に外傷は特にない。無事と評していいだろう。


「しかし、今のは失態だったな……」


 十数年しか生きていない若造に性的なからかいを受けて動揺し、思わず本気で殴ってしまうなど、割と汚点だ。実に癪に障る。


「ふむ……気絶しているならば丁度いい……意趣返しをしてやる」


 人間の社会で長く生きてきた千乃は知っている。

 所詮、あーだこーだ言っても、この年代の男子など口先だけ。

 いざ真面目に性的な行為に及ぶと言うシチュエーションになれば、しどろもどろと醜態を晒すに決まっている。


 その醜態を嗤ってやると言うのは、性的なからかいで受けた屈辱の意趣返しにはもってこいだろう。


 と言っても、このバカを相手にして実際にそういうことをしてやるなど死んでも御免だ。

 吸血鬼には、おあつらえ向きの能力がある。


「味あわせてやろう……吸血鬼の妙技がひとつ、幻惑の夢を!」



   ◆



 吸血鬼は相手の夢――睡眠中の無意識領域に入り込み、思い通りの幻覚をみせる能力がある。


「くくく……随分と良い夢を見ているようだな」

「ん……ち、チィちゃん先輩……?」


 平助の無意識領域に降り立ち、千乃は余裕しゃくしゃく、大物ぶった笑みを浮かべた……が、実際は激しく動揺していた。


 ――なんだ、この動くモザイクだらけの無意識領域は……!?


 偉種生命体の精神力を以てしても正しく認識してはいけない名状しがたき何かのダンスパーティ会場、と言った感じだ。

 ……さっさと目的を果たして帰ろう。うん。


「さっさと立て」

「あだっ」


 このひたすら不愉快な空間の中央に転がっている平助を蹴り飛ばし、立ち上がるように急かす。


「先輩……? んぅん? 何ここ……気持ち悪い……のに、どこか妙に落ち着くような……」

「……君は本当にやばい奴なんだなぁと実感している」

「?」

「とにかく、だ。このままではムードもクソもないので少し弄らせてもらうぞ」


 千乃がパチン、と指を鳴らすと、景色が一変した。

 イメージ的には、最高級ホテルのスウィートルーム、か。

 ……開放的な大窓から見える外の景色はモザイクだらけだし、室内のいたる所にモザイクの断片がはみだし蠢いているが。


「……モザイクが強い……!」


 ――もう嫌だこんな空間……!


 ……無意識領域の強さはその人間の精神力に比例する。

 平助のメンタルは鋼のそれだ。つまり鋼のモザイクである。

 吸血鬼の権能を以てしても、完全には塗り潰せない不屈のモザイクなのだ。


「……あのー、先輩……これは……? この状況は、まさか……」

「ぬ……く、くふふ、まぁモザイクはひとまずおいといて、こちらの思惑通り、困惑してくれているようだな!」


 気を取り直し、千乃は尊大な雰囲気を取り繕った。


 モザイクさえ度外視すれば実に大人ムーディなこの空間!

 そこに若い男子と見た目は若い女吸血鬼が一組! 何も起きないはずがない!


 思春期男子ならばこのシチュエーションだけで先の展開を妄想しドギマギし始め、すぐに狼狽の極致に至――


「――最高かよ」

「……!?」


 スパァン! と言う軽快な効果音とともに、平助の衣類がすべて弾け飛び、すっぽんぽんになった。


「据え膳、はは。そうか、これが据え膳なるものかァッ!」

「ぉ、ぉい? 君? なんかキャラが変わってないか……!?」


 全裸で目をらんらんとさせた平助が迫ってくる!

 その余りの迫力に、千乃は汗をがん吹きして狼狽、後ずさる。


「この状況、理由は一切わからぬ! だが好機であると言うことだけは確か! そしてそれだけわかれば動くに充分であろう!? むしろ逆に! 勝機を見て動かぬ者はおらんだろうがァァ!」

「どこの戦国武将!?」


 千乃が若い頃に岐阜のあたりで見た鉄砲フェチ男の姿を思い出す気迫である。


「くッ……どこまでも私の予想を裏切る! おとなしく若造らしい初心な反応をしろこのバカァァァ!」


 一旦、冷静にさせるべきだろう。

 千乃は黒いオーラ――吸血鬼界隈では「黒念力」と呼ばれる力を発現。黒いオーラを自在に操り、第三第四の腕や武器として扱う戦闘法を可能とする能力である。


「らァ!」


 千乃が吠え、黒念力を砲弾として射出!

 狙いはまっすぐ、全裸平助の脳天!

 ここは無意識領域、精神体の世界だ。多少ぐちゃぐちゃにしても死にはしない! まぁ死んだところで構いもしないが。


 なので、割と全開出力で撃った!


「ちょこざいわァ!」

「……はァァァ!?」


 対する全裸平助、まるで羽虫を払うように、黒念力の砲弾を片手で叩き落とした!


「嘘……ま、まさか……」


 途端、室内空間のあちこちに亀裂が走る!

 モザイクだ! モザイクの氾濫が! 千乃が作り出した高級スウィートルームを蝕み、破壊している!


 ――夢の中、無意識領域は、その人間の精神力がもろに影響する空間。


 つまり、もしも、もしもだ。

 偉種である吸血鬼の力すら上回る精神力を持つバカみたいな人間がいて、その無意識領域に吸血鬼が入ってしまったら――


「チィちゃん先輩ィァァァッ!! 何故そんな厚着をしているのですゥゥ!? 生まれた頃を思い出せェェェッ!!」

「ひッ……こ、こっちくんなバカァァァ!? って、うわぁぁぁ!? モザイクの群れが襲いかかってくるーッ!?」


 ――相手が絶対優位を得られる特殊領域に、両足揃えて飛び込んだようなもの……と言うことだ。



   ◆



 ――夕暮れ染まる部室内。


「――……ん? あれ……俺、据え膳先輩とエロいことをしようとしていたはずでは……?」


 そんなことを言いながら、平助はむくりと体を起こした。


「……夢ぇ? まじかー……」


 至極残念、と言った様子で、平助は重い溜息。


 ――くぅぅう……! 本当……本当になんなんだ、こいつゥゥゥ……!


 そんな平助の様子を、千乃は掃除用具箱の中に隠れてうかがっていた。

 無数のモザイク兵士に囲まれた危ういところで平助の無意識領域から離脱、その後、平助も追いかけるように覚醒したため、とっさに隠れたのだ。


 万が一、夢の余韻であの調子のまま襲いかかられても恐いし。


「って言うかチィちゃん先輩? せんぱーい? ……帰っちゃったのか?」


 ――そういうことにして、君もさっさと帰ってほんともうマジで……。


「うん、なんかあの夢のせいでムラムラしてっし、スッキリして帰ろ」


 ――えッ。


「こんな時のためのマイ・ティッシュ……ンマァ~イッ…ティ~ッシュ。ふんふんふーん。ネタはまぁ夢の続きを妄想補完でー、っと。んッん~……我ながらギンギンだぜ。ネタがネタだしネ☆ こりゃあ一〇連続(アゲイン)はしないとだわ」


 ――ッ!? ッ!? ッッッ!? ぇ、嘘……ちょ、まっ、私で……!? ぁ、ああ……!? あ……!? そんな体勢……!? ほ、ほぁッ……ほぁぁああああああああああああああああああッ!?



   ◆



 絶え間ない快楽の狂宴と、激しい恐怖と悪寒の阿鼻叫喚がハーモニーすること数時間。


「春の訪れを感じながら茶を嗜んだような最高に清々しい……そんなクールな気分だぜ。アデュー☆」


 平助はきっちり清掃・換気・消臭・除菌を施して、部室をあとにした。


「……………………」


 すっかり青ざめた表情で、千乃はふらつきながら掃除用具箱から出てきた。

 数歩進んで、すぐにぺたんと腰から床に崩れてしまう。


「ぁ、あいつ、マジでイカれてる……! バカだ……極め付けのバカだ……!」


 頭おかしいとか言う次元ではない。もっと苛烈な何かだアレは。HENTAIと言う表現すら生ぬるい。

 かつてこの星を侵略するとのたまって襲来し、偉種生命体の連合軍とドンパチしていた宇宙の果てよりの邪神どもよりも悍ましい何かだ。


 普通ならば、その異形を目にしただけで戦意どころかあらゆる感情を失うレベルの相手――だがッ。


「……この屈辱……晴らさずでおくべきか……!」


 ――私は、あんなバカに……負けない……!


 窓から差し込む月光に、誓う。


「必ず……あのバカに、恥辱の限りを味あわせてやるゥゥゥ!」


 必ず、叩き潰す。意趣返しとして。偉種の誇りを賭して。

 そう、性的な方面で、あの化生バカに一泡を吹かせてみせる!


 ……こうして、千乃の不毛な戦いが幕を開けたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 笑った。 なんというか、うん、大昔に通った道だなあ、と。 笛地くんには、あれですね、うん。 有名なあの台詞、 「そこにしびれる憧れるぅ」って元バカガキ(今もそう変わりはしないけど)が感じ入る…
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