23 到着したので、語ってもらいました。
「おい、着いたぞ。起きろ」
「ん、ん~……」
なんか唸ってる玲乃を揺さぶって起こす。
「もう着いたの……? 早かったわね」
「お前は寝てたからな」
これ以上ないってくらいじとっとした目を向けてやるが、彼女はどこ吹く風と言った様子でんんっ、と伸びをした。
「何時?」
「7時半。あと三十分はある」
「そう、よかったわ」
よかった? その言葉に少し疑問が湧く。
しかし……
さすがは展望台だ。
かなり山の上にあることもあって、そこには広大な絶景が広がっていた。
まず手前に見えるのが笠町の夜景だ。
あのラスベガスとか、そんな都市の夜景とは趣が異なる。ぽつりぽつりと灯る民家の光は、その一つ一つに生活があるのだな、ということを否応にも考えさせられる。
そして、その奥にあるのが夜の海。
月も出ていないのでほとんど真っ暗だが、わずかに水面が揺れているのが分かる。
ここからなら、海に映り込む花火なんてものも見れるかもしれない。
「なかなか良いポイントだな」
「そうでしょう?」
俺は彼女の横に立って呟く。
「……で? こんな早く来て何したかったんだ?」
今日の朝からの彼女は少しおかしかった。
わざわざ俺を早く起こしに来たり、まともに動かない体で必死にいろいろ準備してたり。
その節々から花火大会へ早く行きたい、という気持ちが伝わってきた。
しかし、いざ出発すると彼女は緊張した様子を見せたり、反対にこんどは眠ってみたり。
おかしな行動がいつもにまして多い。いつもに増して……って、まぁ玲乃は一応常識人ではあるようだが。
「……ただ、唯に話がしたくって」
唯『に』という言い方が少し引っ掛かる。
俺は彼女に無言を返した。
「わたしが昔、大けがをしてこんな体になったのは知っているでしょう? そして、その理由はだれも知らない」
急にそのことを話すのか。と、一瞬驚いたが、まぁそうだろうな。
玲乃の大怪我の原因は、俺自身ということに『何か』がしてくれた。
どんな経緯があって俺がけがをしたのかは知らないが。
「いや、違うわね。まずはこの話からしないと」
「なんだ?」
「唯も多分知ってるとは思うけれど、『交換の機会』についての話よ」
一瞬、理解が追い付かなかった。なぜ玲乃がそのことを。
「私は昔、その機会を使ったの。今は使えないけど、一度機会を使ったせいでいつ、だれが、どんな風に『犠牲』と『対価』を好感したのかわかるようになったわ」
「それって……」
「えぇ。『本の交換』『花の命の交換』『船舶操縦技術の交換』……それに『嘘の交換』」
それらが、俺がここに来てから行ったどの交換を指しているのか、すぐに理解できた。
そしてその言葉から、玲乃の言っていることは本当だということも。
「わかってたのか……」
「えぇ。知ってて知らないふりをするのは難しかったわ。でも、私のために無茶をしてくれていたってことはわかる。それは少しうれしいわ」
突然のデレだった。
しかし、俺はこの状況を理解するので精一杯になってしまっている。
「つまり……えっと、どういうことだ?」
「私は、唯がどんな交換をしたかわかってる、って言ってるの。早く理解して」
「えっと、あぁ。大体わかった……ような気がする」
いくらなんでも突然すぎる。
というか、玲乃も昔、『交換の機会』を使ったって……?
「それで、話を戻すわ。唯は、私が昔怪我をしたのは自分のせいだ、っていう事実を『交換』で作ったわね」
「あ、あぁ」
「だけど、その交換に意味なんてないのよ」
玲乃はそう言って呆れるように笑った。
「だって、私が両手両足の自由を失ったのは……もともと唯のせいだから。いえ、そうじゃないわね。確かに原因は唯。だけど、それを選んだのはわたし」
いや、わからない。どういうことだ。
何を言っている? 玲乃は何を……。
「心配しなくても、最初から説明してあげるわ」
そうして、玲乃は語り出した。
□
私とあなた、唯は幼馴染だったわ。
あなたの生まれはこの笠町。きっと唯は忘れているだろうけどね。
幼い私たちは毎日のように遊んでいたわ。
そして、ある年の夏休み。わたしたちは一緒に花火を見ることにしたの。
唯が見つけた、この展望台でね。
「玲乃、お母さん良いって言ったの? こんな夜遅くなのに……」
「誘ったのは唯でしょ? いまさら何言ってるの。ほら、行こ」
わたしたちは、夕日がきれいな公園で待ち合わせをして、この展望台まで上ったわ。
そして、二人で一緒に花火を見た。
「ねぇ、唯」
「なに?」
「来年もさ、こうして一緒に……」
「うん。一緒に見に来ようね」
笑う唯の瞳には、花火の明かりが映り込んでいたのを覚えているわ。
今のあなたと違って、純粋なかわいらしい微笑み。
こうして、子供二人は手をつないで、展望台を去った。
花火はとてもきれいだったけど、隣の唯が気になってわたしはそれどころじゃなかったわ。
あと。
「ねぇ、唯。この道はやめよう?」
「どうして? 近道なのに」
「えっと……暗くて怖い」
私は昔から嘘つきだったのね。
これも嘘。唯とちょっとでも長くいたかったから、遠回りをしたかったの。
「わかった、じゃあちょっと遠いけど明るい道を通ろうか」
「うんっ……」
そうして、わたしたちは展望台から少し上ったところにある山道を通ることにしたわ。
車も通る広い道だったから、そこには街灯もあった。
「玲乃、帰ったらきっとお母さんに怒られるよ?」
「それは唯も一緒でしょ? こんな夜遅くに子供だけで出かけたんだから」
「まぁね。でも、玲乃のお母さんこわいじゃん。怒ったら」
「……もうこの話はやめましょう」
夏の夜だっていうのに、風は涼しくて、心地よかったわ。
普通に歩いているのに、心なしかスキップをしているような、心が躍ってるような、そんな優しい気持ちだった。
「ねぇ、唯」
「なに?」
「わたしね、唯が――」
その言葉のちょうど途中だった。
急に入ってきたのは眩しい光。あと、大きな何かを引きずる音も聞こえたわ。
きっとそれは、ヘッドライトとブレーキをかける音だったのでしょうね。
「玲乃っ! 危ない!」
唯はわたしを思いっきり突き飛ばしたわ。そのせいで、わたしは道から出て坂を転げ落ちた。
幸いどこも打たなかったし、すぐに落下は止まったけれど。
「なに、よ……急に押し飛ばして……」
少し痛んだ左足を庇いながら私は落ちてきた坂を上ったわ。
やがて、白いガードレールが見えてきたから、私はなんて言って唯に怒ろうかって考えてた。
だけど、そこに唯はいなかった。
道にあったのは、ただ人の形をした肉。
10メートルぐらい引きずられたあとと、血の跡がはっきり道路に残ってた。
「え……なに……? ゆい、は? 唯はどこ?」
もうその時にはわかってた。
それが。その肉の塊が唯なんだって。
全身から力が抜けて、目の前が真っ暗になって、頭を強く打たれたような衝撃が走ったわ。
だけど、なんとかしなきゃ、って。唯を助けなきゃ、って私は這って唯に近づいた。
急に気持ち悪くなって、口の中に酸っぱいものを感じたときには私はもう吐いてた。
「ごほっ、こほっ……くっ、はぁ、はぁ……唯……」
近づいて、それに触れたら、まだ温かった。熱があった。
唯の熱だってまだ分かった。
だけど、それが生きてないこともすぐに分かった。
「いや……いやあああああああ!」
ひたすら叫んだわ。
何もわからなかったけど、怖くて、全身が弾け飛んでしまいそうな痛みが走って、なんだかすべてが黒く塗りつぶされて。
笑ってた唯の顔がその肉に重なって、また気持ち悪くなって、吐いて、吐いて、頭ががんがんして。
わたしがなんなのかわからなくなって、周りの景色が歪んで、唯がどこかに歩いていくのが見えて。
それを追っても全然届かなくて、触れたと思ったらもうすでに遠くまで行ってて。
辛くて、痛くて、悲しくて、寂しくて、腹が立って、気持ち悪くて。
そして、気が付いたら、目の前に光があった。
人魂かなにかみたいに、ふわふわと宙を浮いていたわ。
『かわいそうに。これで涙を拭いて』
声が聞こえたと思ったら、私はハンカチを握っていた。
それで乱暴に目元をぬぐったけど、あとからあとから涙は溢れてきた。
『大丈夫かい?』
「大丈夫、なわけ……ないでしょ」
それがなにか。なんでしゃべっているのかなんてわからなかった。
『ねぇ。もしその子を助けられる、って言ったら君はどうする?』
「助けられるわけ……ない。だって、もう……あぁぁぁ……」
『落ち着いて。助けられるんだよ。君次第でね』
光の声はとても優しかった。
「本当に……? 」
『あぁ。もし、ボクが君の手足の自由、そして、君とその子の関係を消してもいい、そう思うならね』
「いいよ。……私なんていらない。わたしはどうでもいいから、唯を……唯を……!」
『良い決断だね。じゃあ、始めるよ』
その直後、唯だったそれがほどけるように消えていった。
光の糸を一本ずつ引っ張っているような、そんな風な光景だった。
そして、私は倒れた。
脚と、腕の感覚がなくなるのが分かった。
まるで、さっきまでそこにあったものが一瞬で消し去られたような喪失感。
だけど、帰らなきゃ。急がなきゃって私は体を動かした。
なんで帰らなきゃいけなかったのかはわからない。
でも、気づいたらあの公園に私はいた。
「……玲乃ちゃん……? 玲乃ちゃんだ! ど、どうしたの……? えっと、きゅ、救急車、お、大人の人を……」
疲れてぐったりとなってたわたしのもとに、鈴菜が来たわ。
そして、慌てる彼女の後ろには、車から降りてこちらに走ってくる母さんの姿も見えた。
目をいっぱいに開いて驚く母さんに私は言ったわ。
「この人が」
って、鈴菜を指さしながら。
その理由は簡単。唯がわたしのせいで捕まるんじゃないかって思ったの。
その時は意識もはっきりしていなかったから妙なことを考えてしまったんだと思う。
私にけがを負わせたから、唯が警察に捕まっちゃう、なんてね。
□
「これが、私の交換と嘘。どう? すべてを知った気分は」
車いすに乗ったままこちらに笑いかける玲乃。
その笑みは、果てしないくらいからっぽで、悲しそうで。
気づいたら花火ももう終わっていた。
始まっていたのにも気づかなかった。
だけど、この日はこれで終わりじゃなかった。
地面が揺さぶられる感覚が俺の足先から頭までを貫いた。
直後、轟音とともに大地が揺れる。いや、揺れるなんてものじゃない。このまま世界が逆さになってしまうんじゃないか、って俺は瞬時に思った。
「地震……?」
隣の玲乃が呟いた。
「あ――」
俺の足元の地面が割れた。
直後、宙に浮いているような変な感覚が全身を襲う。
そこまできてやっと気づいた。
地面が、崩れた――と。
咄嗟に横にいた玲乃を見遣る。
彼女は、まるでスローモーションのようにゆっくりと宙を舞っていた。
車いすに腰かけたまま、こちらを正面に見据えて落ちていく。落ちていく。
ワンピースの裾が翻っていた。彼女の髪がたわんでいた。
玲乃の表情には、驚きさえこもってなかった。
刹那。
時間の流れが等速に戻り、玲乃の姿は見えなくなった。
今日1日で完結までいきます。




