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02 着任のついでに、いろいろ観察してみました。

「かん、り?」


「えぇ」


「誰が?」


「あなたが」


「誰を?」


「わたしを」


「なぜ?」


「あなたは仕事を請けたでしょう?」


 あたかも、俺が何を疑問に思っているのかわからない、と言った風に彼女は小首を傾げた。

 いやいやいや、ちょっと待て。


「いや、俺が請けたのはこの家の管理なんだけど」


「知ってるわ。家なんていう大層なもののついでに女の子一人を管理するなんて簡単じゃない」


 開けっ放しの窓から風が吹き込み、カーテンが舞うようにはらりと揺れた。

 えぇっと、つまり、


「俺は家と一緒にあんたのことも管理しないといけない……ってことか?」


「まぁ、そうなるわね」


「だけど、契約書にはそんなこと……」


 多分、書いてなかった。というか、そんな仕事内容があってたまるか。

 俺は手に持つ鞄から律儀に持って来た契約書を取り出す。


「ほら、ここ。『仕事内容:家の管理』って書いてある」


「下もしっかり見て。『※仕事内容は多少変更となる場合があります』とも書いてあるじゃない」


 彼女はその多少の変更に、『家』が『女の子』になるということも含まれると考えているのだろうか。……いや、普通に暴論だろ。


「それに、わたしは今、この家の中にいるわ」


「だから?」


 嫌な予感しかしない。


「あなたはこの家を管理することになった。そして、わたしはその家の中にいる」


「そうですね」


「なら、あなたには家の付属品であるわたしの管理もする責任が生じるんじゃない?」


「いや、生じないから」


「完璧な理論ね」


 あー、だめだ。この人、人の話もう聞いてないよ。


 出会って1分も経たないうちに、俺の中で彼女のあだ名が決定した。

 命名、「自己完結暴論女」。略して「自暴女」である。世紀末感やばいね。


「話は聞いたみたいだね?」


 後ろから声がしたと思ったら、怜美さんが扉から顔を出していた。


「聞きましたけど……帰っていいですか?」


「まぁ結論を急がないで。日当1万のバイトなんてなかなかないよ?」


「それはそうですけど」


「しかも、美少女とステキな洋館で夏のひと時を過ごす、なんて最高の仕事内容で、朝昼晩の食費はこちらがもとう! さあ、どうかな」


 ニコニコと微笑みながらセールスマンさながらにそうまくしたてる彼女。ドーン! とかしてきそうで怖い。


 まぁ、前半の内容はともかく、後半の食費支給は普段一人暮らしをしている自分としてはぐらつくものがある。


 だけど、管理って……なんかいかがわしいし、こき使われそうで怖い。


「具体的に仕事内容を教えてもらってもいいですか?」


「そうだね。浅田くん、きみの仕事はこの子、玲乃れののお世話をしてもらいたいんだ」


「管理って……そういうことですか」


 つまり、このお嬢様の身の回りの世話をすることが今回の本当の依頼ということだろうか。

 ……でも、世話人をつけないと生活できないって、どんなお嬢様だよ……。


 と、俺は再び「自暴女」に視線を戻した時、一つのことに気づいた。

 大きな窓の前に座る彼女、その椅子はただの椅子ではなく、車椅子だったのだ。


「たぶん、察してると思うけど、玲乃は身体が不自由なんだ。だから、一人はお世話をしてくれる人がいないといけないんだよ」


「そ。そういうわけよ。わかった?」


 なんでそちょっと偉そうなんだよ。


 と内心呆れながらも、身体が不自由という身の上には、同情をせざるを得ない。

 その俺の心情が伝わってしまったのだろうか。俺と目を合わせた時、露骨に「自暴女」の顔が不快に染まった。


「同情なんていらないわ。……不自由はあるけれど、わたしがそれを悲しむことなんてないもの」


 前半は眉を顰め厳しい表情だった彼女だが、後半はまるで何かを悔いるような、そんな風な雰囲気を感じた。

 手足が不自由になるというのは、日常生活を送るうえで他者との大きな『差』が生まれることを示している。その本当の意味が、一瞬ちらりと見えた気がした。


「ごめん、配慮が足りなかった」


「だから、そういう配慮とか考えている時点でわたしからしたら不快なの。……まぁいいわ。調子いい日は立って歩くこともできるの。だから、普通に接して」


 そう言うと、彼女はぷいっと視線をそらした。

 普通に接して、か。

 その言葉が、彼女の心からの叫びに聞こえたのは、きっと気のせいじゃないはずだ。だから俺は、自分の持てる精いっぱいの笑顔を彼女に向けた。


「わかった。よろしく、怜乃」


 一瞬だけ、こちらに視線を向けると、彼女は俺の笑顔に驚いたような顔をした。

 そして、そのあと一瞬、ふわりと口元を綻ばせ、


「えぇ。よろしくね」


 そう短く俺に言ってくれた。

 そこで、タイミングを見計らっていたように怜美さんが口を開いた。


「さぁて、じゃあそろそろ私は行くね。唯くん、怜乃をよろしくね~」


 ひらひらと手を振って、彼女はそのまま部屋を出た。続いてばたんという大きな音が聞こえ、彼女がこの家から出ていったことを報せた。

 

 さてと……と俺は「自暴女」に再び向き直る。


「で、俺は具体的に何をすればいいんだ?」


「そうね……主な仕事は、炊事洗濯と掃除かしら。できる?」


「余裕。これでもいつもは一人暮らしだから」


 ちょっと得意げに俺は胸を張ってみたが、彼女のリアクションはただ一つ頷くだけだった。


「えーっと……んじゃ、家の中を見てくる」


 彼女の返事を待たず俺は部屋を出た。

 そして後ろ手で扉を閉めると、すぐさま俺はその扉にもたれかかる。


「なんだよ、この仕事……」


 なんか流れで請けてしまったが、女の子の管理なんて意味わからねぇ……。

 こうやって部屋の外に出たのも彼女と正対し続けるのが気まずかったからだし、なにより管理ってなんだよ。


 だけど。


「請けてしまったし、今更、なぁ……」


 ここで、「やっぱり辞めます! さようなら!」ぐらい言える神経が俺に備わっていればよかったのだが、残念ながら豆腐メンタルの唯くんには無理です。本当にありがとうございます。


 ……つまり、まことに不本意ながら俺はこの管理人という仕事を完遂しなければいけないのだ……。


 踏ん切り、というか諦めがなんとなくついたようなついてないような俺は、とりあえず今すべきこと、家の構造の把握を始めることにした。背中のリュックも重いし、早めに置ける場所を探したい。


 まず俺は、少し廊下を歩き、突き当りの扉を開いた。

 横に並ぶ二つの扉は、一つがトイレ、一つが洗面所とバスルームだった。洗濯機もちゃんとある。


 一階の廊下を歩くともう一つドアがあったので開けてみる。

 その部屋は、「自暴女」こと玲乃の部屋のようだった。


 広めの空間に、大きめのベッドが一つ。壁際には机があり、その横には棚が。その上にはかわいらしい小物がいくつも乗っていた。


 ……甘い匂い。

 女の子特有の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。


 芳香剤の香りなどではなく、なんとなく甘く心地いい、そんな匂い。

 なぜそのような匂いがするのかという疑問を抱きかけたが、きっとその秘密を俺が知ることはできないのだろうと結論付け、意識の端へ。俺はそのままその部屋を出た。


 後ろ手で扉を閉め、ふっとその匂いが消えたとき。俺はふいに胸元に小さな冷たさを感じた。

 そこに手をやれば、小さな固い感触が。


 ――あぁ、今日も着けてきてたのか。


 俺は首元のひもを引っ張って、その胸元のものを首元から取り出す。

 シャツの内側に入れていたそれは、銀色のペンダントだ。円形で、鈍い銀色に光るペンダント。

 これを手に入れたのがいつでどこだったのかも覚えていないが、なんだか大事なもののような気がして、毎日欠かさず着けている。


 もちろん、幼少時に女の子と約束なんてしていない。そんな事実があれば忘れるわけがない。

 しかし、なぜだろう。なぜ俺は、今このペンダントのことを思い出した?


 ひやりと胸を刺すような冷たさ。その正体を、俺は昔から探しているような気がした。





 この洋館での最初のお仕事は、掃除だった。

 

 一階二階と部屋を見て回った俺は、玲乃に承諾をもらって、全ての部屋をピカピカに磨き上げた。

 掃除機はあまり好きではないので、ほとんど雑巾とほうき、それからちりとりでの掃除だ。


 ちなみに、二階には俺のために用意されたらしい部屋と、もう一つ客間。あと物置部屋があった。


 そんなこんなで一通りの掃除を終えると、もうお天道様は空の真上に上り切っていた。

 しかし、夏真っ盛りの真昼間だというのに、そこまで暑くはない。森の中というのはこうも涼しいのか。


「そろそろ、お昼か」


「何を作るの?」


 彼女はずっと読んでいたらしい本を閉じると、こちらに目を向けた。

 本を読むくらいには手も動かせるのか……と脳内にメモをしつつ、俺は考える。


「んー、さっき見たとき、冷蔵庫の野菜室にトマトが入ってたな……あとパスタもあったし、トマトの冷製パスタ、ってのはどう?」


「なかなかにいいじゃない。たしか、そのトマトは家の畑でとれたものよ」


「あー、建物の横にあった家庭菜園か。じゃ、気合入れて作らないと」


 その栽培を誰がしていたのかはわからないが、家庭菜園でとれた野菜を下手な料理に使うわけにはいかない。俺はさっそく鍋を火にかけ水を沸かし、まな板と包丁を準備する。

 掃除中に調理道具はあらかた確認したので何がどこにあるかはほとんど把握済みだ。


「家でも作るの?」


「できるだけ自炊しようとは心がけてる。まぁ、お惣菜とかで済ませちゃう日もあるんだけどね」


 そこまで答えたが、俺は彼女が俺に質問をしたことに驚いた。

 だって、てっきり人には興味がない不思議系お嬢様とばかり思っていたから。


「羨ましいわ。わたしにはもう料理なんて作れないから……」


「えっ」


 彼女の瞳は、憂い気に揺れていた。

 あぁ、そうか。俺が当たり前にできることでも、彼女にはもう一生できないことだってあるのか……。

 というか、これに俺はどう返せばいいんだよ! 


「ふふっ、冗談よ。わたしも調子がいいときには料理ぐらいできるわ」


「なっ、こいつ……」


 あたふたと戸惑う俺の姿を、「自暴女」は「愚民が慌てておる。おかしなものよのぉ」みたいな顔で嘲笑した。おい、そういう冗談やめろよ。ガチか冗談か判断できないから。


「ほら、お勤め初日で緊張してる管理人さんをリラックスさせるジョークじゃない」


「嘘つけ。というか、全く緊張なんてしてないし」


 べ、別に? 女の子と一週間二人きりっていまさら自覚して恥ずかしくなったりしてないし?

 包丁握る手が少し狂ったりなんてしてないし? 

 ……おい、にやにやしながらこっち見るな、「自暴女」。


 そんなこんなで、出来上がったトマトの冷製パスタ。

 少し不揃いなトマトと冷たいパスタ。二人でおいしくいただきました。



 

 


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