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17 話ついでに、疑いました。

 彼女の瞳は、どこか病的に揺らいでいた。

 初めて会った時の快活なイメージなど一切なく、そこにあるのは痛々しいほどあふれ出る、狂気。


「玲乃ちゃん、わたしに申し訳ないとは思わなかったの? どうして平然とあんな嘘を吐けたの?」


「…………」


「何とか言ってよ」


 鈴菜は玲乃を無理やり立ち上がらせて、糾問する。

 しかし、やはり玲乃は何も言葉を発しない。


「そっか……わかったよ。じゃあ、唯さん。あなたにお話しすることにします」


「……鈴菜、何言って……」


「別にいいでしょう? ただの部外者に話したって」


 急に焦燥を見せた玲乃に、意地悪く笑いかけて、鈴菜は落ち行く夕日に視線を送った。

 そのまま、雑な動きで玲乃の体を放す。


「まず、唯さん。あなたはこの玲乃がいじめられていたことは知っていますね?」


「……あぁ。それで、お前がその中心人物だったって」


「あ、それは嘘です」


 平然と言い放ったその言葉に俺は思わず目を見張った。

 この前、この公園で彼女は自ら告白した。「わたしは、いじめっ子だった」と。

 それが、嘘?


「実を言うと、わたしはただ一人、玲乃ちゃんを庇っていました」


「庇う?」


「はい。ほかのみんなは玲乃ちゃんをいじめてましたが、わたしは違いました。そのせいで本当にいじめをしていた人から嫌がらせを受けることもありましたが、それでもわたしは玲乃ちゃんのそばに居続けましたんです。そうだよね、玲乃ちゃん」


 そう言って鈴菜は玲乃に目を向ける。いまだに横たわる彼女はその視線をうけ、具合が悪いように視線を下げる。


 どういうことだ? じゃあ、鈴菜は玲乃の味方だった、っていうことか?


「どうして」


「はい?」


「どうしてお前は、玲乃を庇ってたんだ?」


 俺のその問いに、鈴菜はしばし考え込むようなジェスチャーをする。


「んー、そうですね。きっと、酔っていたんだと思います。ただ一人、いじめられっ子を守る自分、みたいなものに」


 言い放った彼女の瞳は、呆れがあった。それはきっと、過去の自分に対する、呆れ。

 なら、どうしてこの二人は今こうして対立しているんだ? 


「だけど、その関係はある日を境に崩れ去りました」


「何があった」


「そう急かさないでください。そうですね……あれは花火大会の日でした。わたしは花火を海岸で見て、家に戻る途中でした。そこで、私は見たんです。道の真ん中で女の子が倒れているのを」


「それって……」


「そうです。その女の子が玲乃ちゃんでした。彼女は、そのとき、全身に大きな傷を負って、血まみれでした。本当に、あの姿は惨いものでした」


 だめだ、話が読めない。

 ある日偶然、傷を負った玲乃を鈴菜は見つけた。そこからこの二人の関係が悪化する筋道があるようには思えない。


「それで、どうしたんだ?」


「もちろん、大人を呼ぼうとか、応急処置を、とか考えましたよ。でも、そうやってわたしが手をこまねいていると、一台の車がその道を通りかかりました。その車はすぐそばに停まると、中から人が出てきたんです。その人は、玲乃のお母さんでした」


 玲乃の母……ということは、怜美さんか。

 けがをした玲乃を、偶然見つけた鈴菜。そこに偶然、怜美さんが通りかかった。


「そのとき、玲乃ちゃんのお母さんは真っ先に玲乃ちゃんへ何があったのか尋ねました。そして……」


「そして?」


 鈴菜の表情は、これ以上なく醜く歪んでいた。


「玲乃ちゃん……その人は、わたしを指さしてこう言ったんです。『この子がわたしを』って。……まぁ、そのあとは察してください」


 ……つまり、玲乃は何らかの原因でけがを負ったが、その原因をただ通りかかっただけの鈴菜に着せたというのか。

 それがもし本当なら、その後の鈴菜を取り巻く環境は容易く想像できる。


 ひどい罵言、侮蔑の目。周りの大人からはなんと言われたかわからない。もしかしたら、あと一歩で警察なんかも関与する事態に陥った可能性だってある。


 しかし。


「そんな話、簡単に信用できると思うか? あと、わざわざ俺に話す意味が分からない」


「そうですよね、普通、そうだと思います。でも、その二つの答えは、どちらとも玲乃ちゃんが持っているはずですよ。そうでしょ?」


 そう言って、鈴菜は玲乃へ視線を向けた。


「……えぇ、彼女の言ったことはすべて本当よ。わたしはあの時、鈴菜と自分以外のすべてをだましたの」


 あっさりと、驚くほど簡潔に彼女はそう言った。罪の独白、それがこれほど痛々しいものだとは、思わなかった。


 わからない。やはり情報が少なすぎる。


 大体、なぜ玲乃はそんな大けがを負ったんだ? もしまっとうな理由があるなら鈴菜に罪を着せるような真似しなくてもいいはず。

 いや、よく考えたら鈴菜に罪を着せた理由もわからない。ただ通りかかった、という理由だけでそのような罪を着せるなんて……あの、「自暴女」がすることじゃない。


「玲乃、聞かせてくれ。どうして、そんな嘘を吐いたんだ?」


「……簡単よ。同級生から暴力を受けた、なんて事件があれば、わたしは合法に学校に行かなくて済むでしょう?」


 玲乃がそう言い切ったとき、終始余裕気な表情を浮かべていた鈴菜の表情がゆがんだ。まるで音が聞こえてきそうなほど歯を噛みしめ、目は獣のように吊り上がる。


「そんな、理由で……」


「あなたには申し訳ないと思っていたわ。だけど、恨むのならあの時あの場所を通りかかった自分を恨みなさい」


 ……究極の暴論だった。

 あくまで玲乃は自分が被害者であり、鈴菜が加害者だという嘘を突き通しているのだ。


 その理論は、ひどく傲慢で、汚らしかった。


 だけど、俺の心の奥。よくわからないけど、そうとしか表現できないそこの何かが、それは違う。間違っていると光を明滅させている。


「とにかく、あなたとまた会えてよかったわ。じゃあ、さようなら」


 飄々とそう言い放った玲乃はいつの間にか車いすに収まっており、俺を見遣った。


「さぁ、帰りましょう」


「いや……」


「話は終わったわ」


 あくまでもう話すことはないと、彼女の瞳が言っていた。

 その目の光には、後悔と自分への嘲弄があふれ出るほど詰まっていた。


「……もういいですよ。唯さん、ありがとうございました」


 最初に感じた幽鬼、という印象は間違ってなかった。

 律儀にお辞儀をするその鈴菜の顔にはもはや感情と呼べるものが残っていなかった。


 そのまま彼女は俺たちのわきを通り過ぎて公園を出ていった。

 その公園の柵の間。そこを通り過ぎてから、何かを思い出したかのようにこちらを振り向く。


「ねぇ、玲乃ちゃん。これからわたし、一生あなたのことは忘れないから」


 そうして、佐々木鈴菜はこの公園から姿を消した。

 いつのまにか陽は山稜の近くまで高度を落としており、周囲の遊具からは長い影が伸びている。


 車いすに乗る玲乃の目は、虚ろに揺らいでいた。

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